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北帰行 (角川文庫) 佐々木譲

廃墟に乞う」(2009年)で直木賞を受賞したその翌年2010年にこの小説の単行本を発刊、2012年に文庫化された長編小説です。ジャンルはお得意の警察ものや歴史ものではなく、現代のハードボイルド作品です。

主人公は旅行会社から独立をして、たったひとりで旅行代理店や海外からの旅行者のアテンドをやっている男性で、ロシアから来た女性のアテンドをしたために、大きな事件に巻き込まれてしまいます。

そのアテンドをした旅行客は、数週間前にヤクザに殺された出稼ぎにきていた女性の姉で、殺された妹の復讐のためロシアンマフィアから送り込まれた殺し屋という設定です。ちょっと「007ロシアから愛を込めて」を思い出してしまいます。

実際的にはどうも現実感がなく、さらにこの主人公は自分が運転手となってアテンドをした女性が、自分の目の前でヤクザの組事務所を襲った後も、逃走に手を貸し、その際に怪我をしたロシア女性に哀れみの感情さえ持ってしまいます。したがって警察に通報することもせず、ヤクザからの追跡から逃げ回る結果となり、飛躍しすぎていて、とうてい考えられないアホなことを始めます。わずかばかりのアテンド費用で命張ってどうするよ。

その結果、警察からもヤクザを殺した女の共犯者として追われ、偶然顔見知りだったヤクザからは脅され、実家の家族にまで被害が及ぶことになります。いくらハードボイルドでも、ボディガードを頼まれたわけでもなく、自ら墓穴を掘っていく姿が情けないやら哀れだったり。

ちょっとそういうことで、内容的には東京-新潟-稚内というロードムービー的な要素を持つ面白そうなハードボイルド逃避行小説ながら、エンタメ要素を無理矢理詰め込んだせいで、設定にかなり無理があり、同氏の作品にしてはやっつけ仕事っぽくてイマイチかなぁというのが感想です。


天地明察 (角川文庫)(上)(下) 冲方丁

 
2009年に発刊され吉川英治文学新人賞や第7回本屋大賞を受賞し、直木賞にもノミネートされた長編時代小説で、映画やドラマに引っ張りだこの岡田准一主演で2012年に映画化もされ人気を博した出世作です。

主人公は江戸城に勤める囲碁棋士で、算術に強くやがて天文暦学者になる安井算哲(渋川春海)という実在の人物で、知る人ぞ知るというユニークな人生を歩んだ人物にうまくスポットライトをあてたのはさすがと言えます。

春海は、徳川4代目家綱から5代目綱吉の時代に活躍し、それまで日本で利用されていた800年も前に唐からもたらされた宣明暦を、緻密な観測と中国と日本の位置からくる違いを計算し、新しい和暦(貞享暦)を初めて作りました。

暦の基本形を作るのはいまは国立天文台ですが、当時は主に祈祷師や神社などが中国の暦を元に勝手に作っていて、地域によっては1年が数日違っていたりすることもあったとか。

今でも旧暦という太陰暦は特に占いや年中行事などではよく使われていますが、当時もやはり暦と占いや年中行事は切っても切れない関係にあったようです。また各地の有名神社が独自の暦を発行することで、大きな収益を得ていたと言うこともあるようです。

様々な妨害や、伝統や権威と戦い様々なプレッシャーにも負けず、粘り強く日本の暦を新しく変えた主人公の成功物語と言ったところでしょうか。

余談になりますが、日本初の和暦となった貞享暦は、その後宝暦暦、寛政暦、天保暦と変わっていき、ついに明治5年11月9日(西暦1872年12月9日)には世界標準となっていたグレゴリオ暦(新暦)へと変更されます。

この新暦への変更時は、年末まであと2ヶ月近くあると思っていた国民が、いきなりあと3週間で年が改まると聞かされ、そこで起きる様々なドタバタは小説や、映画、落語などでもよく出てきます。


微笑む人 貫井徳郎

2012年に単行本が発刊された小説で、まだ文庫は出ていません。Twitterでなにかと話題が多かったこの作品ですが、私はなにも予備知識を持たないまま読みました。

小説はある突拍子もない事件を取材した小説家の語りで始まります。最初は貫井氏本人が取材したノンフィクションか?と思いましたが、そうではありません。

事件とは川に遊びに来ていた家族の幼い子供と妻が溺れて亡くなるという悲惨な出来事が起きますが、それはただの事故ではなく、目撃者と火葬直前だった遺体から発見された証拠から、一緒に現場にいて救急車を呼んだ夫の殺人事件だったということが後に判明します。

しかし犯行を認めたものの、殺害の犯行理由が「自宅の本の置き場がなくて」という信じがたい理由だったことや、犯人をよく知る人に聞くと誰もが「絶対に信じられない」と口を揃える好人物なのです。

取材を進めていくと、過去にこの男の周辺では謎の多い事故が起きていることが徐々にわかってきます。しかし、もしそれらが男の周到な殺人だったとしても、妻や子供の犯行と同様、犯行の動機がまったく想像がつきません。

そのように、取材で次々と出てくる犯人とされる不思議な男の感覚が、ふわふわというかジワジワと漂ってきて、気味悪さでいっぱいになってきます。

さらに男の子供の頃の話しまでさかのぼっていきますが、やはりそこでも虚言癖がある同級生との関係など、さらに謎が深まっていくことになります。

このような周囲から見ると信じ難い犯行動機が存在していても、決して不思議ではないということや、誰もが口を揃えて「いい人」「優秀なエリート」という犯人をあえて登場させることに著者はこだわったようで、今までのミステリー小説の常識や、事前に伏線を敷かれた謎が、スパッと解明される明快なミステリー小説に一石を投じたということかも知れません。

それだけに著者も期待はしていないでしょうけど、エンタメ映画やテレビドラマには不向きで、一種の最後まで科学的な謎が解明できないホラー小説を読んでいるという感覚に近かったかもしれません。


ジェノサイド (角川文庫)(上)(下) 高野和明

5年ほど前に「13階段」(2001年)という著者のデビュー作となる小説を読んで、この人はストーリーテラーとして一流だと感じましたが、その著者の最新作がこの「ジェノサイド」(2011年、文庫2013年)です。2011年の直木賞にもノミネートされた小説ですが、その時は池井戸潤氏の「下町ロケット」に持っていかれました。

 
タイトルのジェノサイドとは一般的に「大量虐殺」という意味で使われていますが、それは物理的な数のことを指すのではなく、「特定の集団等の抹消行為」をいい、ナチスのユダヤ人虐殺のホロコーストやルワンダで起きた内戦による民族同士の大量虐殺などがそれに認定されています。

タイトルからすれば悲惨で暗そうなストーリーに思えますが、舞台が日本、アメリカ、イラン、コンゴなど場面は次々と変わっていき、前半部分はある種フレデリック・フォーサイスの国際陰謀小説を読んでいるかのような錯覚を覚えます。後半はまたちょっと毛色が違って、瀬名秀明著の「BRAIN VALLEY 」など先端医療サスペンスの様相を呈してきます。

主人公は二人いて、ひとりは日本の大学で薬学部で創薬を研究している大学院生、もうひとりは子供が難病にかかっているためその巨額の治療費を稼ぐため、アメリカ陸軍特殊部隊グリーンベレーを辞めて今は民間軍事企業で傭兵として働くアメリカ人です。

大学院生の父親は日本の大学でウイルス研究をおこなっていましたが、ある日突然亡くなります。その亡くなった父親から自動送信で謎のメールが息子宛に届き、それが発端となり父親が表沙汰にしていなかった研究を知ることになります。

この小説では国際陰謀小説ではよくありがちな権力欲にまみれたアメリカ大統領とその取り巻き一味が悪者で、好戦的で私腹を肥やすことに目がない権力者達が、世界一の軍事力、諜報力、政治力を使って陰謀に手を染めていくという構図です。

そうした壮大な国家権力に振り回されながら、日本人の大学院生は韓国人の留学生の協力を得て新薬開発に乗り出すことになり、元特殊部隊の傭兵も他の傭兵や元CIAなどの力を借りて、殺されるはずだった新生物を救いだし、証拠隠しのために自分たちも抹殺されることを知り、果敢に立ち向かっていくというエンタテーメントとしてはうまい仕上がりになっています。

ジェノサイドというタイトルの言葉は、この小説の中に時々出てきますが、タイトルとして適当かどうかは個人的に疑問があり、どちらかと言えば内容的にはエヴォリューション(Evolution)が妥当かなと思っています。

話しが壮大なだけに、日本で映画化はかなり難しそうですが、いっそハリウッドが「エイリアン 」や「ブレードランナー 」「ブラックホーク・ダウン 」などを手掛けたリドリー・スコット監督を起用して制作すると興味あるものができそうな気がします。ただその場合はきっと、原作とは違いアメリカ政府が悪者にはなりませんね。


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