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1026
オリーヴ・キタリッジの生活 (ハヤカワepi文庫) エリザベス・ストラウト

2009年にピューリッツァー賞 フィクション部門を受賞した連作短篇集で、アメリカでは2008年刊、翻訳版は2010年(文庫は2012年)に発刊されています。

作品に収められているのは「薬局」「上げ潮」「ピアノ弾き」「小さな破裂」「飢える」「別の道」「冬のコンサート」「チューリップ」「旅のバスケット」「瓶の中の船」「セキュリティ」「犯人」「川」の13作品。

最初の「薬局」では主人公は40代でしたが、最後の「川」では70代になっています。特に有名ではない普通の田舎に住むアメリカ人の女性が、結婚して、子供ができて、その子供が成長し巣立っていき、夫が先に亡くなってしまい、、、という連作になっています。

さて読んでみたものの、そういうものなのか、それとも翻訳がまずいのか、主婦の井戸端会議のような話しが細かすぎて中身がさっぱり頭に入ってこないのです。

近所の人や教え子(主人公は学校教師)など登場人物も多い上に、アメリカの田舎の文化、生活習慣などが違うこともありなにを言っているのかさっぱりわからなくなってしまいます。

気が散りがちな満員の通勤電車の中ではなく、落ち着いたところでじっくり読めば良かったのかもしれませんが、こうした細かな神経をもつ女性の感性に共感を持ち同調しなければ理解できそうもない小説はちょっと無理かなぁ、、、

★☆☆


  ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟

年金の教室―負担を分配する時代へ (PHP新書) 高山憲之

少し古い2000年発刊の年金の新書ですが、基本的な構造は変わっていないので、問題ありません。

著者の考えは、年金の基礎支給部分を年金目的に限定した消費税にして、それで賄うことで、減少を続ける働く人達の年金負担を下げ、また年金逃れをする人をなくし、公平に、世代間の格差をなくそうという、もっともな理論を展開してきた人です。

様々なシミュレーションを元にして現在の年金制度とこれからとるべき方策を比べ、また世界の他の国の制度も参考にして、わかりやすく?理路整然と説明されています。

ただいかんせん、それでなくともややこしい年金制度の仕組みと数字が複雑に合わさって、専門家にとっては「なんでこれがわからないの?」という感じでしょうけど、読み始めるとすぐにあくびの連続で、読み終わるまでに結構かかってしまいました。集中して読めばおそらく2時間ぐらいもかからずに読めてしまう分量だと思いますが、、、

私が読んだ版は2002年版で、少々古いものですが、同書にも記載されていますが、最新の情報などはWebサイトに上がっていますので、併用して読むのが良いかも知れません。

高山オンライン

年金の現状と今後の課題(2015年9月26日プレゼンデータ PDF)

★★☆


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0.5ミリ (幻冬舎文庫) 安藤桃子

2011年刊の小説ですが、著者は元々映画監督で、この小説も2014年には実父の奥田瑛二が製作総指揮、自らは監督で、主演は実妹の安藤サクラを起用し映画化されています。

自らの介護経験を元にした内容で、主人公の女性は、介護ヘルパーとして派遣されている家庭で、その家族から「もう長くはないので、最後のお願い」と頼まれ、会社の規則に背いて認知症が進む老人の添い寝をすることになります。

しかしその老人の力があまりにも強くて、暴れたために火事を引き起こしてしまい、ヘルパーの仕事もそれまで住んでいた家も失ってしまうことになります。元々根無し草のような生活だったようですが。

その後、街に出てひとりきりの老人や、万引きしているところを見つけてはその弱みにつけ込み、その家に押しかけて、介護ヘルパー的な同居生活を始めます。

そういう展開はドラマや映画としては面白いのかも知れないけど、いきなり美少女がタイムスリップしたり、主人公の前に都合良く政府機関の重要情報に簡単にアクセスができちゃうニートのハッカーが現れたりするみたいな、ちょっと常識的にありえなさそう。

タイトルの0.5ミリは、人のささいな、0.5ミリぐらいの小さな心の積み重ねが、社会を動かすことになると、老人が日記に書いていたことからの抜粋と思われます。つまりそうした小さなことや思いの積み重ねが人間関係や社会に大きな影響を与えていくのだよということかな。

あとこの文庫には「クジラの葬式」という短編も入っています。

こちらは老人の話という共通点はあるものの、ガラリと変わって謎深い老人の生と死を扱ったショートストーリー。私はどちらかと言えば、こちらの話しのほうが好きでした。

★☆☆


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恋文の技術 (ポプラ文庫)  森見登美彦

京都大学出身の作家と言えば、古くから井上靖、大岡昇平、小松左京、高木彬光、隆慶一郎、和久峻三など大御所が並び立ちますが、最近でも万城目学、平野啓一郎、我孫子武丸、綾辻行人、貴志祐介など売れっ子作家さんがズラリといて、早稲田大学ほどではないにしても、なかなかの文筆学閥ができそうな勢いがあります。

もちろん「夜は短し歩けよ乙女」や「太陽の塔」など京都を舞台にした作品がある著者もそのひとりです。

この作品は2009年に単行本、2011年に文庫化された小説で、中身はすべて書簡(手紙)のスタイルをとっています。

主人公は京都の大学院生で、クラゲの研究のため人里離れた能登の研究室へ送られますが、それを機に手紙の奥義をマスターし、いずれは恋文マスターになろうかと、友人や先輩、妹などと手紙のやりとりを始めます。

そう言えばもう「文通」とか「恋文」って言葉は現代においては死語になっていますが、恥ずかしながら、私も暇だった高校生時代には何人かと文通をしていたことをふと思い出しました。もう40年以上前のことです。

もしいま丁重なお手紙をもらったとしても、正直言うと迷惑なだけで、手紙で返事を返さなければならないと考えただけで暗澹たる気になります。

割とそうした手紙に慣れている中高年の私でもそうですから、今の10代、20代の人でちゃんとした手紙を手書きで書いたことがある人って少ないのではないのかなぁって思ったり。

物語は能登の日常の風景やら、友人との思い出など、さすがにプロの作家が書く手紙だけあって、面白くそして情景豊かに綴られています。

キーボードに慣れてしまった人にとって、手書きの文章というのは大層ホネで、漢字もなかなか思い出せなかったりするものです。そしてこの手書き風の文章は、著者がパソコンでキーを打って書いたのだろうなぁって思うと、ちょっと不合理を感じたりもします。

★★☆

著者別読書感想(森見登美彦)


【関連リンク】
 4月後半の読書 放浪記、しない生活 煩悩を静める108のお稽古、名もなき毒、青春の彷徨
 4月前半の読書 三十光年の星たち(上・下)、だから日本はズレている、珈琲屋の人々、新・日本の七不思議
 3月後半の読書 快挙、晴天の迷いクジラ、悪の教典、なぜ人を殺してはいけないのか―新しい倫理学のために

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1021
放浪記 (新潮文庫) 林芙美子

著者は明治、大正、昭和とめまぐるしく変化する日本を生きて、多くの詩や小説を残してきました。その中の代表作とも言える本書は最初1930年(昭和5年)に単行本が発刊され、その後何度か改版、新装され続け、現在に至っています。

発刊当時は第1次世界大戦後で軍事国家が支配しつつある日本で、婚約者に裏切られながら、貧困の中で、必死にもがいて生きていく筆者の日記を元としています。

2012年に亡くなった森光子が亡くなる寸前まで帝劇等の舞台で演じていたのがこの作品の演劇で、2015年からは仲間由紀恵が跡を継ぎ主人公役を演じています。ちなみに演劇の中で注目される「でんぐり返し」の場面は、本書では出てきません。

本作品は小説ではなく、日記を本にしていますので、日付とその時々の様子や筆者の考えなどが赤裸々と言うか遠慮会釈なく、この時代の女性にしてはいたって明るく奔放な様子が書かれていて、読む者を引きつけていきます。

ただ、時代が時代だけに、この頃の女性の労働環境や、貧しい地方から東京へ出てきた苦労などは、今からは想像できないぐらいに違っていて、そうしたことを理解しながら読むのにはちょっとした想像力なども必要です。

こうした明治から大正時代の実録職業婦人の記録は、ほとんどないでしょうから、歴史的な価値はもちろんのこと、研究論文の参考図書としても十分利用できそうです。

ただ、一読者として読むのには、日記が書かれている日が飛び飛びで、次々出てくる内容の関連性がわかりにくく、また小説ではないのでストーリーが一気通貫してはなく、その当時の時代背景の説明もないので、それを理解して読み進めていくのは結構つらいものがありました。

自分で日記を書いてもたぶんそうなるでしょうけど、「旅をした」とか「就職した」とか、大きな変化があったときは細かに書いても、日々淡々と過ぎてしまうと何ヶ月もすっぽりその部分は抜け落ちることになります。

あの大きな関東大震災が起きた時も、本書では震災の数日後にちょっと触れられているだけで、それよりも日々の生活がたいへんって感じの書き方でした。ちょっと肩すかしをされたような感じです。

★★☆


  ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟

しない生活 煩悩を静める108のお稽古 (幻冬舎新書) 小池 龍之介

2014年に刊行された新書で、30代の現役の若いご住職が書いた仏教的生き方の知恵みたいな感じの本です。

章立ては5つからなり、合計108つの「しない」が書かれています。というか108つのエッセイと言ったほうがいいかも知れません。その5つの章は、「つながりすぎない」、「イライラしない」「言い訳しない」、「せかさない」、「比べない」です。

以前読んだことがある仏教の教えについてわかりやすく解説したひろさちや氏の「仏教に学ぶ八十八の智恵」(1983年刊)とも共通するところがあるなぁと思いながら108つの煩悩?を一気に読み進めました。

中では53番の「ネットを断って一人に立ち返ることこそ、最高の安息」はちまたでもよく言われていることですが、現代のネット依存に対してあらためて考えさせられる内容です。

「つながり過剰に情が縛られたら己を見失う。つながり過剰にその恐れを感じて、犀の角のように孤独に歩むように」は経集の自由訳からですが、名言です

若い著者ですので仕方がないのですが、文章の中に「トホホ・・・」とか「にっこり」というネットでよく使われているスラングががやたらと使われていたりして、ちょっと幻滅。

そこまでして若い人の流行に合わせなくてもいいのではないかな。読んでいてなんだか痛々しく感じてしまいます。本来なら編集者が遠慮なくスパッとつまらない意味のない言葉はカットしてしかるべきことですが、編集者の毅然とした力も最近は弱まっているのでしょうかね。

★☆☆


  ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟

名もなき毒 (文春文庫) 宮部みゆき

誰か―Somebody」の続編にあたる「杉村三郎シリーズ」第2弾の長編小説で、元々は新聞で連載されていた小説で、2006年に単行本が発刊されています。

2013年には前作とともに連続テレビドラマ化がされて放映されました。主人公役には著者の指名で小泉孝太郎だったそうです。

宮部氏ぐらいの大物にもなるとドラマの主人公役が指名できるのですね。そういうのはプロに任せておいたほうがいいと思うのですが、映画「模倣犯 」でも不満を表したとか、なかなか自我の強い人なのでしょう。

そしてこのシリーズは、すでに第3弾として「ペテロの葬列」が2013年に発刊されています。また読まなくっちゃ。

2013年6月前半の読書 「誰か―Somebody (文春文庫)」 宮部みゆき


主人公の杉村三郎は弱小出版社で児童書などの編集の仕事をしていましたが、その時に偶然知り合い恋仲になった女性が大企業オーナーの娘で、結婚をする条件に父親の大企業へ転職することを約束させられ、オーナーの義父直轄の広報室勤務という、いわゆる世間的には逆玉の男という変わった設定になっています。

今回の活躍の場は、大きくふたつあり、ひとつは主人公が勤めている広報室でバイトとして働いていたエキセントリックな女性を解雇したことで起きる様々な問題。

もうひとつが、上記の解雇した女性の職歴等を調べている中で、偶然知り合った女子高生とその母親が、当時世間を騒がしている連続青酸カリ毒物事件の被害者遺族だったことから、その事件の真相にも関わっていくことになります。

また並行して住宅地の土壌汚染や建築材のシックハウス問題も出てきたりしてお腹いっぱいになりそうな盛りだくさんの内容です。

そしてクライマックスでは主人公の子供が危機一髪のスリリングな展開が待ち受けていますが、安っぽいテレビドラマじゃあるまいし、原作で果たしてここまでする必要があったのかはちょっと不自然な感じもします。

★★☆

著者別読書感想(宮部みゆき)

  ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟

青春の彷徨 高橋 寛治

2012年に発刊された「青春の彷徨」「幻想の断崖」「めぐり来る春」の3編の中編小説が収録された単行本です。発刊から4年が経ちましたが、文庫化はされないのかな?

「青春の彷徨」の主人公は東大へ通う大学生で、学生運動が盛んで、普通の家に下宿をするという時代ですから1960代後半頃の話しでしょうか。

その下宿先というのが、家の1階で書店を営む、夫を病気で亡くした女性と、その子供の女子高生の二人住まいの家です。

主人公は女子高生に勉強を教えたり、映画を見に行ったりと仲良くなっていきますが、夏休みを終えて下宿に戻ると娘は軽井沢の友人の別荘へ出掛けていて、艶めかしい夫人と一線を越えてしまいます。

ま、それだけの話しなのですが、やがてはその関係が娘にも気づかれてしまい、、、とよくあるパターンで、それが「青春の彷徨」かと言えば、えらく時代的で大げさなと思わなくもありません。

「幻想の断崖」は小学校の教員の主人公が、夏休みの嵐の夜に上野発の夜行列車で金沢、能登半島へ向かいます。そこで知り合った訳ありの女子大生と高校生の姉妹。

旅から戻ってから話しを聞くと、姉妹は大金持ちの事業家の娘で、父親が愛人を作ったことで母親が自殺し、それを許さない女子高生の妹が登校拒否となってしまったことを知ります。

教師の端くれとということで、その一家というか妹を立ち直らせるために、様々な協力をすることになりますが、特に盛り上がることもなく、不幸中の幸いでハッピーエンドっていう感じ。どうもまとも過ぎて、あと一癖二癖の工夫が足りないような気がします。

「めぐり来る春」では国語の高校教師が公園で知り合った子連れの女性の離婚騒動に巻き込まれていくという話しで、その離婚係争中の旦那の暴力的性格と、女性が経営している飲み屋の客で女性に横恋慕する男がストーカーさながらで、薄気味悪いったらありません。

私の夢にまで出てきてうなされましたので(笑)、たぶんその異常的行動が真に迫っていたのではないかと思っています。

あとがきを読むと、65歳になって初めて書いた小説ということで、なるほど、ベテラン小説家のように、いかにも読者を引きつけるテクニックや緻密なプロットはないものの、素人は素人らしく、素直に淡々と書かれた話しだなって感じは受けました。このまま文庫化もされずに埋もれてしまうのはなにか惜しい気もします。

★☆☆


【関連リンク】
 4月前半の読書 三十光年の星たち(上・下)、だから日本はズレている、珈琲屋の人々、新・日本の七不思議
 3月後半の読書 快挙、晴天の迷いクジラ、悪の教典、なぜ人を殺してはいけないのか―新しい倫理学のために
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1016
三十光年の星たち(上)(下) (新潮文庫) 宮本輝

多くの作品を残す著者の2011年に単行本発刊、2013年に文庫化された長編小説です。

1年に数冊は著者の作品を手に取りますが、まだまだ数多くの作品が未読なので、それらは老後の楽しみにしています。

この長編小説は、2010年に毎日新聞に連載されていた小説で、無難な仕上がりという感じです。

著者はこうした新聞連載が割とお好きなようで、「ドナウの旅人」(1985年)、「花の降る午後<新装版>花の降る午後」(1988年)、「朝の歓び」(1994年)、「草原の椅子」(1999年)、「約束の冬」(2003年)、「にぎやかな天地」(2005年)、「田園発 港行き自転車」(2015年)、「草花たちの静かな誓い」(現在連載中)など、多くの新聞連載小説があります。

今まで読んだ著者の21作品の中では、自伝的なライフワーク作品「流転の海」シリーズは別格として、初期の「道頓堀川」「青が散る 」、中期の「ドナウの旅人」「月光の東」「睡蓮の長いまどろみ」、割と最近の「にぎやかな天地」などがお勧めです。

「流転の海シリーズ」については、
4月前半の読書と感想、書評 2014/4/16(水)
に少し書いています。

さて、こちらの小説の主人公は親からは勘当され、一緒に商売をしていた恋人には逃げられ、商売の借金だけが残り、半ば自暴自棄に陥っている30歳の男性です。主人公が住んでいるのは京都の中心街にほど近い長屋になっている古いアパートです。

商売でお金を借りていた同じ長屋に住む老人に、借金が予定通りに返せなくなったことを正直に伝えにいきますが、借金を棒引きする代わりに運転手役を頼まれ、一緒に借金の取り立てに行くことになります。

その後は急展開して、老人の過去を知り、自分の今までの生き方、考え方が誤りだったことを教えられ、その老人がやってきたこと、これからやろうとしていることを手伝い、そして跡を継ぐ決意をします。

30歳まで散々な人生をおくってきた主人公が、貧困の中からの一発逆転人生というのはまずありませんが、そこは創造と楽観な小説の世界。主人公は資産家の老人に気に入られ成長していきます。

ちょっと話しが巧くいきすぎるかなとも思いますが、人生なんてそんなものかも知れません。チャンスをうまくつかめるか、見逃さないかという、分水嶺に立つことはよくあることです。

この著者の小説の中には、本題とはあまり関係のない、様々な雑学的な珍しい雑学的な話しが盛り込まれています。

この作品でも、料理の話し、陶芸や染色の話し、人工林の話しなど、別にすぐに役立つわけではないけれど、知っているとそれだけで人生にちょっとだけ深みが増すような知識が得られます。そうしたことも宮本文学を読む楽しみのひとつでしょう。

★★☆


  ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟

だから日本はズレている (新潮新書 566) 古市憲寿

著者は1985年生まれの作家、評論家ということで、報道ステーション始め、多くのテレビ番組にコメンテーターやゲストとして出演している若手論客という感じでしょう。

本書は2014年に発刊後、10万部を超える大ヒットとなり、若者の代弁者という立場?で、社会への不満、不条理、若者には理解しがたいオジサン文化や既得権益をわかりやすく論理的に説明をしています。

この本を出したときはまだ「20代の社会学者」ということで話題性がありましたが、現在はもう三十路で、これからが一番脂がのったの働き盛りでもあり、この人の真価が問われていくところでしょう。若くして著名になると、社会から注目される期間が長いだけに結構つらいものがありそうです。

学者としてまっとうな研究職に進んでいくのか、薄っぺらな評論家という名の電波芸者に成り下がっていくのか、それとも名誉欲と金儲けが巧い社会運動家として生きていくのか、後がないオジサンからすればどうでもいいですが、温かく見守っていきたいと思います。

目次をあげておくと、「リーダー」なんていらない、「クール・ジャパン」を誰も知らない、「ポエム」じゃ国は変えられない、「テクノロジー」だけで未来は来ない、「ソーシャル」に期待しすぎるな、「就活カースト」からは逃れられない、「新社会人」の悪口を言うな、「ノマド」はただの脱サラである、やっぱり「学歴」は大切だ、「若者」に社会は変えられない、闘わなくても「革命」は起こせる、このままでは「2040年の日本」はこうなる、と、ありふれてはいるものの、気になるワードを散りばめた、こんな感じ。

中でもしつこく書いてある、いかにもスマホも使いこなせていないオジサン達が無理やり考えたようなパナソニックのスマート家電とそのマーケティング戦略のバカバカしさ、昔から大企業・有名企業ばかりに群がたがる就活生の習性とそれを評価し認める社会など、面白おかしく世の中の不思議と不条理を取り上げています。

へぇ~って思ったのは知らなかったのですが、「日本の若者は格差を感じていない」の項に書かれています。

それは「欧米の国の若者と違って日本の若者は日本社会で生きることにそれほど不満を持っていない」ということ。

これは「国民生活に関する世論調査」のデータで、20代の若者は「今の生活に満足している」が78.4%に達しているとのこと。マスメディアは刺激的なタイトルをつけていつも逆の発信をしていますので多くの人はそれに惑わされているかも知れません。

私も気がついたらもう高齢者の仲間入り寸前のところまできています。こうした若者の実態を若者側から聞くことも少なくなっているので、たいへん勉強になります。

この著者、若いのに老成したところもあり、個人的にはまだまだ不満なところは多くありますが、案外いいセンいっていると思います。

このままメディアの軽いノリのオジサン方にいいように持ち上げられ、大金と名声をつかまされ、寝る間も惜しむ生活に翻弄されるようなことがなく、純粋に社会学や哲学の深淵を静かに学び、時には本を書き、時にはテレビに出てきてチクリと刺すという生活をおくり、やがては社会に影響を与えるような大物、鶴見俊輔氏のような評論家になってもらいたいものです。

★★☆


  ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟

珈琲屋の人々 (双葉文庫) 池永 陽

殺人の前科を持ち8年間の服役を終え出所した後、亡くなった父親の喫茶店の跡を継いでマスターをやっている36歳の宗田行介が主人公です。

その喫茶店の名前は「珈琲屋」で、そこに集まってくる人々が1話ごとに変わっていく連作短編集です。

初出は「小説推理」に掲載されたもので、単行本としては2009年、文庫は2012年に刊行されています。

この作品には「初恋」「シャツのぬくもり」「心を忘れた少女」「すきま風」「九年前のけじめ」「手切金」「再恋」の7編が納められており、その後、続編として「珈琲屋の人々 ちっぽけな恋」(2013年)と「珈琲屋の人々 宝物を探しに」(2015年)の同じく連作短編集がすでに発刊されています。

主人公の幼なじみで、元恋人だった女性がいったんは結婚したものの、離婚して実家に戻っていて、毎日のようにこの店へやってきます。この脛に疵を持つ二人の大人の恋がどのように収斂していくのかというのも、楽しみとなっています。

舞台は8割以上ちっぽけな珈琲屋の中で終始しますので、きっと安上がりなテレビドラマに向くだろうなと思っていたら、すでに2014年4月にNHK BSプレミアムでドラマが放送されていました。

主人公のマスター役に高橋克典、その他木村多江、八嶋智人、壇蜜などが出演していますが、原作とはだいぶんと内容が変わっているようです。

著者は今年66歳、団塊世代に属する人で、作家デビューは18年前の1998年ということですが、作品を読むのは今回が最初です。作品には今回の現代小説や、時代小説もあり、今後いくつかは読んでみたいと思っています。

★★☆


  ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟

新・日本の七不思議 (創元推理文庫) 鯨統一郎

著者の実質のデビュー作でもある「邪馬台国はどこですか?」(1998年)の早乙女静香シリーズ第三作目で、2011年に文庫で刊行されました。

2011年8月前半の読書「邪馬台国はどこですか?」

2013年10月後半の読書「新・世界の七不思議」


上記の「早乙女静香シリーズ」は、いずれも面白く、登場人物の話しに引き込まれるように読めました。ただいずれも短編集でライトな雑学の範囲を超えるには至りませんでしたが。

今回の謎解きをおこなうのは、下記の7つです。( )は私の一言あらすじです。

「原日本人の不思議」(日本人はどこからやって来た?日本語のルーツは?)
「邪馬台国の不思議」(皆既日食が起きたため、卑弥呼が亡くなった?)
「万葉集の不思議」(飛鳥時代の歌人、柿本人麻呂は実在しなかった?)
「空海の不思議」(空海は日本人ではなかった?)
「本能寺の変の不思議」(能の敦盛を好んだ織田信長は予定通り50年で幕を閉じた?)
「写楽の不思議」(写楽は誰か?わずか10ヶ月で消えた理由)
「真珠湾攻撃の不思議」(

残念ながら前2作からすれば、全体に新鮮味とパワー不足がゆがめませんが、「原日本人」や「空海」についての謎は、ミステリーとしても十分読み応えがあります。前にも書いたけど、そうしたテーマでもう少し深掘りした歴史ミステリー小説も読みたいものです。

また本作に含まれる「邪馬台国」や「本能寺の変」については前作の延長戦みたいなところがありますので、前作を読んでからこの短編を読むことをお勧めします。

★★☆


【関連リンク】
 3月後半の読書 快挙、晴天の迷いクジラ、悪の教典、なぜ人を殺してはいけないのか―新しい倫理学のために
 3月前半の読書 存在の耐えられない軽さ、風のささやき 介護する人への13の話、定年病!、K・Nの悲劇
 2月後半の読書 退職金貧乏 定年後の「お金」の話、埋み火、残虐記、違法弁護



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1012
快挙 (新潮文庫) 白石一文

2013年に単行本が刊行され、2015年に文庫化された小説です。著者は私とほとんど同世代ということもあるせいか、その話には共感できることが多く、文庫化された小説は、2003年に文庫化された実質的なデビュー作「一瞬の光」以来ほとんど読んでいます。そして2009年の「ほかならぬ人へ」で直木賞を受賞されたのは嬉しいことでした。

2012年4月上旬の読書「ほかならぬ人へ」


「快挙」とは、また変わった小説のタイトルだな?と思いつつ、なんの予備的知識もなく購入して読みました。この著者の作品は安心して読めるので、文庫本で見つけると中身は見ずすぐに買います。

今回の小説の主人公は、若いときにカメラマンを目指していたものの芽が出ず、いまは浅草のホテルでフロントのアルバイトをしながら、出版社の編集やライターの仕事を手伝ったりしている定職を持たない男性。

いつものように散歩をしながら趣味で写真を撮っていると、月島の古い飲食店の2階で若い女性が洗濯を干している姿に魅了されシャッターを切ります。

その店で切り盛りしている女性に撮影した写真をプレゼントしたことで、二人は急接近することになります。

その後二人は正式に結婚し、主人公の男はカメラマンをあきらめ小説家を目指すようになりますが、須磨にある妻の実家の酒屋が阪神淡路大地震で被害を受けてしまい、両親を励まそうと夫婦で須磨に引越し、店の再開を手伝うようになります。

著者の作品では、男女の目に見えない細やかな感情の糸が入り交じるのが特徴とも言えますが、この小説でも「彼女に会えたことが自分にとって快挙」と言えるまでに時間をかけて醸造されていくストーリーが見事です。

★★☆

著者別読書感想(白石一文)


  ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟

晴天の迷いクジラ (新潮文庫) 窪 美澄

2010年のデビュー作「ふがいない僕は空を見た」に次ぐ2012年発刊(文庫は2014年)の2作目の長編小説です。「ふがいない…」は山本周五郎賞を受賞し、この作品は山田風太郎賞を受賞と順調に売れっ子作家の道を歩んでいるって感じです。

2015年6月前半の読書「ふがいない僕は空を見た」


文庫本の最後にある解説を直木賞作家の白石一文氏が書いているところなんかを見ても、新人らしくない著者の作品の筋の良さがかいま見えてきます。

この小説の主人公は3人いて、それぞれに重くてつらい過去を引きずっています。と言ってもひとりは会社を経営する中年の女性、ひとりは社会へ出たばかりの若い男性、もうひとりは女子高生という年齢も立場も抱え込む問題もそれぞれみな違うわけですが。

物語の最初から2/3ぐらいまでは、3人のそれぞれの背景が別々に淡々と語られているだけなので退屈な感じです。ところが、その3人が連れ立って湾の中に迷い込んだクジラを見に行くところから一気に話しは盛り上がっていきます。

この作品は映像化に向きそうだなぁって思って読んでいたら、すでに水面下では映画化の動きはあるようですね(詳細不明)。くれぐれもこの作品は演技力がある役者の配役が重要なので、力のあるプロデューサーに役者の人選を仕切ってもらえれば良い作品になるのではないかと期待しています。


★★☆

著者別読書感想(窪美澄)


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悪の教典(上)(下) 貴志祐介

2008年から別冊文藝春秋に連載され、2010年に単行本、2012年に文庫版が発刊されました。

2012年には三池崇史監督、伊藤英明、二階堂ふみ主演で映画化もされています。見てないけど。

「教典」というからには、もう少し哲学的、宗教的で高尚な内容かと期待していた面もありましたが、あまりにも俗世感たっぷりな内容でやや混乱気味です。

タイトルは小説の中で高校生バンドが練習しているイギリスのプログレッシブ・ロックバンド「エマーソン・レイク&パーマー」の「悪の教典(原題Karn Evil)から都合良く取られているようです。

主人公は子供の頃から自分の気にくわない相手を次々と殺してきた人との共感を持たない高校教師という設定で、殺人鬼と知った両親も小学生の頃に手にかけています。

そうした殺人鬼のあり得そうもない設定かというと、さすがに小学生ではちょっと知りませんが、中学生ぐらいになると、親を殺害した事件は世の中には結構ありますから、まんざら嘘くさい話しとも思えません。

また主人公が勤務する私立高校では、男子生徒と淫行している中年女性教諭、男子生徒とゲイの関係をもつ美術教師、校長の弱みを握り、学校を支配しようと目論む根暗数学教諭、女子高生を弄ぶチンピラ体育教師など、青少年の教育の場にあるまじき異常な倒錯世界がてんこ盛りです。

エンタメとわかっていても、真面目な高校教師からすると反吐が出そうな展開でしょう。

ま、それはいいとして(よくないが)、やがては表向きは明るく弁説も爽やかな人気英語教師の主人公の裏の顔に気がつく生徒が現れ、また仮面が剥がれそうになって追い詰められていく主人公教師と対決していくという流れです。

途中からバイオレンス色が強くなり、校内でブラックジャックやスタンガンはもちろん、散弾銃までが登場し、壮絶すぎる殺戮が始まります。まるで「処刑教室」とか「バトル・ロワイアル」のノリになってきて不快さを感じる人も多いような気がします。

ま、理性ある教師なら、さすがにそこまではしないだろ?って思うのですが、事実は小説よりも奇なりってこともあるので、小説の世界ではこれぐらいはどうってことないのでしょうね。でもやり過ぎ。

★☆☆

著者別読書感想(貴志祐介)

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なぜ人を殺してはいけないのか (PHP文庫)  小浜逸郎

聞かれると返答に困り、ドキッとしてしまう倫理を問う10の難問について考える本です。

人を殺すことになんのためらいも抵抗もない大量殺人を描いた「悪の教典」と並行して読み進めていたので、なんだか不思議な感じがしました。

2000年に新書として刊行されベストセラーに輝き、その後2014年には文庫化もされています。

著者は評論家で国士舘大学局員教授のちょうど団塊世代ど真ん中の方です。そのご尊顔を拝見すると、いかにも団塊世代に多く存在する、一癖も二癖もありそうな思想家っぽい感じの方です。

さて、その10の難問とは、

第一問 人は何のために生きるのか
第二問 自殺は許されない行為か
第三問 「私」とは何か、「自分」とは何か
第四問 人を愛するとはどういうことか
第五問 不倫は許されない行為か
第六問 売春(買春)は悪か
第七問 他人に迷惑をかけなければ何をやってもよいのか
第八問 なぜ人を殺してはいけないのか
第九問 死刑は廃止すべきか
第十問 国民は主権を持つのか

それぞれの難問について、考え方や、なぜこのような疑問、質問が発生するのかという時代背景など、論理的に説明されているのですが、正直言って学の乏しい私には半分ぐらいしか理解はできませんでした。

結局なにが言いたいんだ?ってな感じ。頭が悪くてスマンこってす。

第8問の本書のタイトルにもなっている「なぜ人を殺してはいけないのか」については、著者の見本回答?含め、比較的わかりやすく説明が加えられていましたが、その他多くの難問にっついては、その背景や考え方がわかったところで、それが正解のない理由とは思えず、なにかモヤモヤした気持ちが残ってしまいます。

もうすぐ耳順を迎える身ですが、まだまだこうした思想めいた、哲学的というか、禅問答に近い話しにはどうもついていけません。

★☆☆


【関連リンク】
 3月前半の読書 存在の耐えられない軽さ、風のささやき 介護する人への13の話、定年病!、K・Nの悲劇
 2月後半の読書 退職金貧乏 定年後の「お金」の話、埋み火、残虐記、違法弁護
 2月前半の読書 人類資金 1・2・3・4・5・6巻、下流老人 一億総老後崩壊の衝撃



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1008
存在の耐えられない軽さ (集英社文庫) ミラン・クンデラ

チェコ出身でフランスに亡命した作家ミラン・クンデラが1984年に発表した小説で、1988年にフィリップ・カウフマン監督のもとで映画化され有名になりました。

第2次大戦後東側陣営に組み込まれていたチェコスロヴァキアですが、共産党政権の中でも国民のあいだからは民主化や自由経済化の運動が叫ばれていました。それがいわゆる「プラハの春」運動につながります。

いかしその民主化の動きを封じ込めるため、1968年にソ連が政治的、軍事的介入を強め、チェコを弾圧する目的で軍隊を送り込んできます(チェコ事件)。

この小説ではそうした激動の中にあるチェコスロバキアに暮らすプレイボーイな外科医トマーシュと、その恋人との愛の物語ですが、なかなか哲学的な表現や思想を強調する場面もあり、また激動する国からとっとと他国へ亡命できるというような恵まれた特権階級という側面もあり、なかなか一言ではよかったとか感想が言い出せない困った小説です。

そして主人公トマーシュは、結婚した後も、絶えず外に愛人を持つという自由奔放な生活を送り続け、妻の「私にとって人生は重いのに、あなたにとってはとても軽い。私はその軽さに耐えられない。」という想いがタイトルになっています。

平和な日本においては、こうした国を捨てて亡命をするという経験もなければ、その最中にも妻と愛人を同時に愛するといういかにも肉食系男子的な恋愛小説は、あまりにも実感がわかずに、理解されがたいかもしれません。

★★☆


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風のささやき 介護する人への13の話 (角川文庫) 姫野カオルコ

「もう私のことはわからないのだけれど」というタイトルで2009年に発刊された小説ですが、2011年には介護の話しだということがよくわかるタイトルに変えて文庫本で刊行されました。

著者自身が肉親、親戚など延べ20年近くも親族の介護を経験してきただけあって、高齢者の介護に対してえらく達観して見えるところがありますが、様々な事情を抱えた介護の形を13のケースの短編にうまくまとめています。うまくっていうのとはちょっと違うかな。

さてこの本の感想を書こうと思いきや、どうとらえていいのやら、介護に長く関わっている人しかわからないような心理描写や、人生観など、小説と言うよりも、なにか朗読詩を聞いているような錯覚に陥りました。

詩のように思えるのは、文章が生きていいる証拠でしょうけど、一般的な小説のように起承転結などあるわけでもなく、介護に関わったこともない人が読むと退屈きわまりない誰かわからない人の日記的な文章となってしまうかも知れません。

介護で悩み多き人がこの本を読むと、共感が持てるのかも知れませんが、一般的に読書好きな人にこの本を勧めたいか?って聞かれると、ちょっと躊躇うところです。

★☆☆

著者別読書感想(姫野カオルコ)


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定年病! (講談社+α新書) 野末陳平

野末陳平と言えば私は1980年代にあった「税金党」を思い浮かべますが、もう彼の名前を聞かなくなってから久しく、最近はどうしているのかなぁって思っていたら今もお元気でご活躍のようです。

戦前生まれで今年で84歳になられます。著者と早稲田で同窓だった野坂昭如氏は昨年(2015年)暮れに亡くなっていますから、団塊世代にとっての兄貴分と言えるこの世代の人もだんだんと少なくなってきます。

野末陳平通信(ブログ)


同新書は2007年に刊行されたもので、著者の周囲にいる人達の実例をもとに、定年後の生活が「思っていたと違った!」とならないようにするための軽めの教書というべきものです。

定年病とは著者が名付けた定年になったとたんに陥る心理状況、ひいては病状のことです。

最近よく聞く「定年後の田舎暮らしはうまくいかないよ」とか、「海外移住は業者に騙されているだけ」「奥さんは地域で独自のコミュニティを持っているが、会社人間の旦那は引退すると孤立する」といった、どこかでよく聞く内容ですが、2007年発刊なのでそれもやむなしでしょうか。

主に300万人近くいる団塊世代向けに書かれていますが、50代の人でも十分に面白おかしく、そしてためになります。「定年とは合法的な解雇(=失業)である」という言い回しは、確かにその通りだと思いました。

★★☆


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K・Nの悲劇 (講談社文庫) 高野和明

2001年に「13階段」でデビューを果たした著者ですが、それ以前から多くの映画やドラマの脚本を手がけていて素養は十分にあった方で、この作品は単行本としては3作目、2003年に発刊されたミステリー小説です。この著者の作品では他に「13階段」と「ジェノサイド」(2011年)を読んでいます。

 「ジェノサイド」2月前半の読書と感想、書評 2014/2/19(水)

13階段」も「ジェノサイド」も、私がお勧めするミステリー小説のひとつですが、この作家さんは長編小説が1年に1作あるかどうかという比較的寡作の方ですので、なかなか次の作品を読む機会がありませんでした。

映画やテレビドラマの脚本なども多く手がける多才な人気作家さんなので、引っ張りだこなのでしょう。

最初は普通のミステリー感覚で読み始めましたが、よく現役医者作家が書くような医療サスペンス色が濃くなり驚きました。

しかも亡くなった友人が憑依する霊的現象などホラー色も加わり、下手をすればとんでも小説になりかねないところ、元産婦人科で、現在は精神科医というたいへん好都合な主人公のおかげで、論理的に破綻せずにうまくまとめられています。

タイトルは、妊娠中に胎盤早期剥離のため亡くなった3年前の親友の事故を、イニシャルの匿名として書かれていた週刊誌の記事タイトルからきています。

本書に繰り返し書かれていますが、1990年頃には国内で40万件以上もの人工妊娠中絶がおこなわれており、もしこの中絶を胎児の殺人として考えてみると、その数は日本人のガンによる年間死亡者数(2014年度37万人)をも上回り、日本人の死因の堂々1位となってしまうという事実には驚きました。

ただし近年はその中絶数は減少傾向にあり、2000年で34万人、2013年は18万人となっていて、年間18万名の死因2位の心臓病(高血圧や動脈硬化など)とほぼ同数まで下がっていますが、それでも人口減少のなかにおいて、まだまだ中絶をする人(せざるを得ない人)が多いのだなということを初めて知りました。

★★☆

著者別読書感想(高野和明)


【関連リンク】
 2月後半の読書 退職金貧乏 定年後の「お金」の話、埋み火、残虐記、違法弁護
 2月前半の読書 人類資金 1・2・3・4・5・6巻、下流老人 一億総老後崩壊の衝撃
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