リストラ天国 ~失業・解雇から身を守りましょう~
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永遠の仔 (幻冬舎文庫) (1)再会 (2)秘密 (3)告白 (4)抱擁 (5)言葉 天童荒太
1960年生まれの天童荒太氏の作品は、先に2008年の直木賞受賞作「悼む人」を読んでいます。
この「永遠の仔」は1999年の作品で、日本推理作家協会賞とこのミステリーがすごい!国内1位を受賞していますが、それよりも2000年に中谷美紀主演でテレビドラマ化され、それを知っている方が多いのではないでしょうか。
小説のスタイルとしては主人公3人の少年少女時代と、17年後の現在とが行き来していきます。
その3人の子供はいずれも親から虐待を受けていて、そのせいで精神的に障害があります。
四国の病院で一時期ともに暮らしていたその少年と少女には、それぞれの秘密を共有する仲間となりますが、ある事件をきっかけにしてその後は連絡を絶ちます。
そして17年後、大人になった3人は川崎市の総合病院看護師、個人事務所を構える弁護士、神奈川県警の刑事としてそれぞれ会うこともなく働いていましたが、看護師の弟を自分の弁護士事務所で採用したことから、その関係が再びつながっていくことになります。
親からの虐待を受けて苦しむ子供や、障害を持つ少年少女が主人公の小説の場合、読み進めるにつれなんとも重苦しい雰囲気になるものが多く、この小説もその例外ではありません。
単行本で上下巻、文庫本だと5巻に渡る長い小説ですが、読み進めていくのがつらくなるほど息苦しさを感じてきます。
そして四方八方に張り巡らされた多くの謎の糸が、じれったいほどなかなか明らかにならず、なぜ?どうして?とその長さを感じなくなるほど読むことに集中したくなります。
そのあたりはいかに読者に飽きさせないテクニックを感じます。テレビで言えば、次回を見ないとその謎がわからないもどかしさを各回の最後に出すようなものでしょう。
このようなスタイルで、子供が犯す過去の犯罪に、読者が肩入れしてしまいそうな小説としては、松本清張の「砂の器」を思い出します。あれも暗くて重い小説でした。
それと雫井脩介氏の「犯人に告ぐ」がそうでしたが、小説の舞台となるのが、地元の川崎市ということもあり、なんとなく身近に感じました。
◇著者別読書感想(天童荒太)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
eの悲劇 (講談社文庫) 幸田真音
幸田真音氏の経済小説は割と好きで「マネー・ハッキング」1996年、「傷―邦銀崩壊」1998年、「日本国債」2000年、「凛冽の宙」2002年、「代行返上」2004年、「タックス・シェルター」2006年、などを読んできました。
で、この「eの悲劇」2001年ですが、毎度情けないことに文庫になってまもなく2004年5月に購入していて既読でした。道理でどこかで聞いたことのある話しだなと頭の片隅で思いながらも、最後まで既読とは知らずに読みふけりました。
記憶障害なのか、あぁ情けない。幸田氏も本のタイトルより著者名だけつい買ってしまう作家さんなのでこういうことがしばしば起きます。
内容は、短編連作の小説で、元腕利きの金融トレーダーだった中年男が、ある部下のミスをかばって辞職に追いやられてしまい、現在は金融界から足を洗って警備会社で警備の職に就いています。
その現場で起きる様々な出来事や事件に絡んで、過去の人脈や知識が生かされて、活躍をすると言ったものです。
連作の最後の短編では、昔勤務していたことのある銀行の金庫の中に取り残されてしまい、それを開けるためのパスワードを外に伝えるため、モールス信号を使うところなどは、金融とはまったく関係のないことですが、なかなか凝った味のある設定です。
モールス信号なんてもう誰も知らないとだろうと思っていたら、意外なところで使われていたり勉強している人がいるものです。
◇著者別読書感想(幸田真音)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
真紅の歓び (ハヤカワ・ミステリ文庫) ロバート・B・パーカー
1989年初出の作品で、日本語の文庫化がされたのは1995年、探偵スペンサーシリーズでは15作目になる作品です。
パーカーの作品では珍しく、通常は「私」が語る一人称が多い中で、この小説では犯人と思わしき人物が淡々と独り言のように語っているところがあります。
その犯人とスペンサーの推理が最初は遠いところにあるものの、徐々に近づいていき、最後には交わっていくところがなんともスリルがあって楽しめます(実際は犯人自らから近づいていったのですが)。
内容は、黒人の中年女性が惨殺される事件がボストンで相次ぎ、ボストン市警のクワークに頼まれてスペンサーも犯人捜しを始めます。
そして別のよく似た事件が起き、その犯人が捕まりますが、クワークもスペンサーも犯人は別にいることを確信します。しかし連続殺人事件を早く決着したい人達の妨害を受けながら、引き続き真犯人捜しを続けることになります。
タイトルは、犯人が警察やスペンサーに対する挑戦状を突きつけ、さらに女性を殺した現場に真っ赤な薔薇を残していくという、快楽殺人に通じるところからきているのでしょう。
このシリーズの中には、殺し屋に狙われ命からがらということも多い中、この作品ではそのような場面はなく、そして最後はあっけない幕切れとなり、悪役がサイコっぽい異常者だとしてもどうも小粒すぎて、相棒ホークが活躍するシーンもなく、やや全体に物足りなさを感じます。
この作品では派手なアクションではなく、恋人スーザンとの知的でエロチックな会話や、スーザンの精神科医としての専門性を生かした犯人の行動分析などに重点を置いた楽しみ方をするのが正しいのかも知れません。
◇著者別読書感想(ロバート・B・パーカー)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
プラチナタウン (祥伝社文庫) 楡周平
正直言ってこのような中高年者が会社から追われ、見返してやろうと捨て身で奮闘する小説やドラマがとても好きです。
まず似た境遇で理解しやすく感情移入がしやすいのと、最初このようなつらい目に遭うと、最後は概ねハッピーエンドで終わると想像ができるからです。
私と同い年の楡周平氏はデビュー作「Cの福音」(1996年)以来、私は内容について無条件で購入する作家さんの1人です。
文庫化された本はほぼすべて読んでいますが、今回も例外なくワクワクドキドキの面白さでした。
元々犯罪絡みや暗黒街の世界をリアルに描く作家さんでしたが、2000年前後からは企業小説やコミカルなものまで幅を拡げた作品を発表されています。
今回の作品は民間企業と地方の役場という事業に関しては対照的な取り組みや考え方を前面に出し、苦難に立ち向かう主人公を応援しながら元気が出てくる内容となっています。
ストーリーは、宮城の農村出身ながら一流商社へ入り、順調に部長まで昇進してきた50歳超の主人公が、ある些細なつまずきにより、上司からおそらく復帰の見込みがない左遷を言い渡されます。
時を同じくして、出身地の町役場に勤めている中学校の同級生から「次期町長選挙に出てくれないか」と依頼されます。
その町というのが、地方によくありそうな公共事業で箱ものばかりを作り、その維持費用や地方交付税の削減により大きな財政赤字を抱え、数年後には夕張市のように財政再建団体に入ってしまう寸前のひどい状況です。結果、誰も町長選挙に出る人はなく、この町出身の主人公に白羽の矢が立ったわけです。
当然、そんな町に戻る気はなかったものの、酔った勢いでOKしてしまい、それが地元新聞にも掲載されるまでになって、後に引けなくなってしまいます。
他に立候補もなく、当選を果たした主人公を待ち受けているのは、町の大きな借金だけでなく、やる気のない公務員と利権にめざとい町議会議員です。
そういった環境の中で、真っ当な営利ビジネスの最前線で闘ってきた主人公がこの地方都市をプラチナタウンにするまでの苦難のドラマです。
日本社会は待ったなしに高齢者の生き甲斐や健康、介護、医療などの問題を解決していかなければなりません。
現在都市部に多くある民間の高齢者施設、いわゆる老人ホームはビジネスホテルのような狭く貧相な部屋か、億の単位が必要な高級な場所かの二通りに限られています。
さらに賃金が安いせいで常に介護士不足が続き、十分な介護が受けられません。この小説ではそれら問題を解決するひとつの方法を示しているものです。
◇著者別読書感想(楡周平)
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鹿男あをによし (幻冬舎文庫) 万城目学
京都が舞台の「鴨川ホルモー」でデビューした万城目学氏の二作目が、この奈良を舞台とした作品です。その後書かれることになる「プリンセス・トヨトミ」と合わせて「関西三部作」と呼ばれているそうです。またこの作品は2008年に玉木宏主演でフジテレビの連続ドラマとして放送されていたそうなので、そちらで知っている人も多いのではないでしょうか。テレビが先行したためでしょうか、関西三部作の中で映画化されていないのはこの「鹿男あをによし」だけです。
物語は大学院で研究員として務めている主人公が、研究室の不和の原因となっていることから、教授から奈良の女子高へ臨時教員として行くことを勧められます。そこで起きる様々な顛末をコミカルに、またミステリアスに描かれていて、前作同様バカバカしくも楽しく読めます。
関西に住んでいた若い頃には、奈良へ何度も行きましたが、その頃は古墳や寺社に興味があるわけもなく、今にして思えば、この小説に出てくるおよそ1800年前には日本の政治や文化の中心地だった奈良の名所をもっと回っておくべきだったと今になって反省しています。なかなか近くにいるとそういうことって気がつかないものなんですよね。
同じく奈良の歴史的名所が出てくる小説では、恩田陸氏の「まひるの月を追いかけて」を思い出しますが、どちらの小説も読むと奈良へ行ってみたい気持ちが一段と高まりますので、仕事やプライベートで十分に忙しい人は注意が必要かもです。
変わったタイトルですが「あをによし」は「奈良にかかる枕詞」だそうで、「青丹よし 奈良の都は咲く花の 薫ふがごと今盛りなり」(万葉集)などと使われます。そういえば中学校か高校で習った記憶があります。
余談ですが、この作品では鹿がしゃべり出しますが、1960年代には「馬がしゃべる そんな馬鹿な♪」という音楽にのって始まる「ミスター・エド」というアメリカのコメディホームドラマがありました。実際に内容はよく覚えていないのですが、その歌だけ記憶に残っています。
◇著者別読書感想(万城目学)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
オイアウエ漂流記 (新潮文庫) 荻原浩
荻原氏初の無人島漂流ものということで、著者と内容その両方に興味があるのでさっそく買ってきました。無人島漂流ものは古くから小説やそれを原作とした映画がよくありますが、子供の頃からずっとあこがれています。
ちょっと思い出すだけでも、
「ロビンソン・クルーソー」「十五少年漂流記」「蠅の王」「サバイバル・ファミリー」「青い珊瑚礁」「ブルーラグーン」「パラダイス」「流されて」「6デイズ/7ナイツ」「キャスト・アウェイ」「無人島に生きる16人」「東京島」「冒険ガボテン島」「LOST」などがあります。
荻原氏は「誘拐ラプソディー」や「愛しの座敷わらし」などコミカルで軽いものから、「明日の記憶」や「千年樹」などシリアスなものまで幅広くユニークな作品を連発してきましたが、この「無人島漂流」をどう調理するのか楽しみで購入しました。
場所は南太平洋、よくあるパターンで嵐に遭遇した小型旅客機が海に不時着し、這々の体で脱出した乗客がどうにか無人島に上陸。すぐさま救援隊が来ると思ってら、一向に現れず、仕方なく生きていくために無人島生活を始めます。
無人島に上陸した10人のうち9人は日本人で、1人だけアメリカ人。その日本人のうち5名は仕事絡みで、会社の上下関係や同行していた顧客との関係があり、最初のうちはサラリーマンの悲哀や世にも不思議な習慣が楽しめます。と言っても荻原氏がよく知っている1990年代のサラリーマンと、21世紀に入ってからのサラリーマンではだいぶんとその習性が変わっていて、若い人が読むと理解できないことも多いのじゃないかな。
あと「キャスト・アウェイ」や「6デイズ/7ナイツ」のように漂流したのが1人や2人ではなく、10人の団体での生活なので、最初のうちは「すぐ助けがくるはず」とまったく緊張感がなく、また十数人が流された「東京島」のように、人間のエゴと暴力、そして本性が丸出しともならず、実社会の延長のまま淡々と過ぎています。
そのようなのんびりしたメンバーばかりなので、島に漂着して本来ならすぐにやるべき食料や飲料水の確保とか発見してもらいやすくするための火起こしなどもせず、拍子抜けです。
普通ならもしものことを考えて、火を絶やさないよう焚き火を何カ所かに分けておくだろうに、火が消えてライターが壊れるともう火がおこせなくなったり、突然のスコールで大慌てしたりと10人も揃っていて現代人はそこまでバカになったのか?と読んでいて不思議に思ってしまったり。
今までの荻原浩氏の作品と比較すると、エンタメ作品としては理解できますが、あまりにも想像できないとんでも設定で、しかもその内容に上記の通り緊張感がなく、正直言って失敗作品じゃないのかなぁって。映画化をして、もう少しリアル感を出せば、それなりに面白く見られるかなというのが率直な感想です。
そういえば荻原作品はどれも映画化に向いていると思うのですが、意外と映画化されたのは渡辺謙主演の「明日の記憶」と高橋克典主演の「誘拐ラプソディー」だけです。「明日の記憶」は最高にいい映画でした。
テレビドラマ化された「僕たちの戦争」や「神様からひと言」以外にも、「千年樹」「あの日にドライブ」「コールドゲーム」「メリーゴーランド」など映画化して面白そうな作品がいっぱいありますが、なぜか伊坂幸太郎氏の作品のようには映画化が実現しません。
◇著者別読書感想(荻原浩)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
イントゥルーダー (文春文庫) 高嶋哲夫
高嶋哲夫氏の著作は割と好きで「ミッドナイトイーグル」や「M8 エムエイト」「ペトロバグ―禁断の石油生成菌」「ファイアー・フライ」などを読みましたが、この作品はそれらよりも前の1999年に書かれ、実質的なデビュー作と言っていい作品です。
昨年の3月11日にはM9の地震が起き、津波により外部電源が失われ、福島の原子力発電所が爆発、核燃料がメルトダウンするという大惨事を引き起こしましたが、高嶋氏はそのずっと前からそれらが起きることを予言し、警告する小説を書き続けていました。原子力発電所に詳しいのは、著者は大学院卒業後に旧日本原子力研究所(現日本原子力研究開発機構)に勤務していた専門家でもあったのですね。
この本のタイトル「イントゥルーダー」は「A-6と呼ばれる米軍の艦上攻撃機、、、」のことではなく、元々の「侵入者」という意味ですが、主たるテーマは原発建設の安全性の問題、建設反対派を押さえ込もうとする政財界、それと結託した闇の世界が描かれています。
その他にも「M8 エムエイト」(2004年)はマグネチュード8の直下型地震が首都圏に起きた時がテーマだし、「メルトダウン」(2003年)、「TSUNAMI 津波」(2005年)など、昨年の震災を受けてようやく真剣に取り上げられるようになってきた話題を、10年近く前から数多く書かれています。
作品のすべてを読んだわけではありませんが、高嶋氏の小説の特徴としては決してすべて丸く収まったハッピーエンドにならないところでしょうか。それだけに、読後なんとも言えない重々しさが後々まで残ります。
◇著者別読書感想(高嶋哲夫)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
若葉のころ (集英社文庫) 小松江里子
この「若葉のころ」という小説は、もともと1996年にTBS系列で同名の連続ドラマが放送され、その脚本を書いた小松氏自らが小説に仕立てものです。原作を使ってドラマ化されることはよくありますが、その逆という珍しいケースです。テレビドラマでは主演の二人に堂本剛と堂本光一、女子高生役に奥菜恵、父親役に根津甚八、宅麻伸などが出演し、12話で構成されていました。
ストーリーはお金持ちの医者の息子甲斐と、早くに母親を亡くし貧乏な上に酒飲みで暴力的な父親を持つ武司とのあいだで不思議な友情が生まれ、絶望的に貧乏な武司にのし上がっていく野心が燃え上がっていくところまでは、ジェフリー・アーチャーの「ケインとアベル」を彷彿させるか?と好意的に思っていたら、なんと急展開し、二人を中心に同級生、両親、女教師、幼なじみの女子高生までを巻き込み、裏切り、いじめ、暴力、不倫、そして事件が起きて少年院へ入るなど肉欲渦巻くドロドロの世界が拡がっていきます。「若葉のころ」と言うよりは「酒池肉林のころ」が似つかわしいかなと。
元々テレビドラマである以上、そのぐらい展開がスピーディに流れていき、終盤近くなると「えっ次はどうなるのか!?」と思わせることが重要なので、まさにジェットコースターのように上がっては下がり、また上がるという忙しい内容です。
小説とはいえ、文章自体は脚本っぽく登場人物がすぐに思い浮かぶような書き方になっていて、こなれた文章の小説ばかりを読んでいると、こういうのもとても新鮮な感じで悪くはありません。というのも著者の小松江里子氏は元々脚本家として著名な方で、「部長刑事」やNHK大河ドラマの「天地人」など多くの脚本を書いている方です。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
神様のカルテ (小学館文庫) 夏川草介
現役の医師でもある夏川草介氏が2009年に出したデビュー作です。医者でありながら小説を書くというのは古くからよくあって、パッと思いつくだけでも森鴎外や北杜夫、渡辺淳一、帚木蓬生、加賀乙彦、北山修、海堂尊、鎌田實など、歌人に齋藤茂吉など、天は二物をあたえるものだなぁとひがみ半分やっかみも半分です。
中でも自分のお手の物である医学界や病院などをテーマとしたものではなく、本業とはまったく畑違いのテーマで小説を書く森鴎外や帚木蓬生、加賀乙彦が特に私のお気に入りです。って今回のこの本はまさにその本業そのもの、地方病院の勤務医が主人公です。
信州松本平にある24時間365日救急患者受入れる総合病院を舞台にした、野心はなく平凡な青年内科医の奮闘を描くこの小説は、単なる青年医師の過剰労働告発ドラマではありません。
大学病院の医局に勤務し高額な医療機器を使い先端医療を学び狭い分野で専門家していく道と、一般病院に勤務し内科も外科もなく医者か医者でないかの区別しかない当番制の救急担当医としての葛藤、そして慢性的医者不足に悩まされる地方病院の問題、高齢化する社会を迎え、患者の延命をはかることだけが医者の役目ではないことなど、大きな社会問題を考えさせられる作品となっています。
これを原作とした映画が、昨年2011年に櫻井翔、宮崎あおい主演で上映されていましたので、そちらを見た人も多いのではないでしょうか。私も公開中に面白そうだなと思ったものの、なんでも中高生が映画館に押しかけているという噂を耳にしたので、ちょっと恐怖におののいて観に行けず、今度DVDを借りて1人でじっくり観ることにします。
この神様のカルテはシリーズ化されていて、すでに「神様のカルテ 2」は刊行済み、「神様のカルテ3」は現在小学館の小説誌に不定期で連載中のようです。海堂尊氏「チーム・バチスタの栄光」の「田口・白鳥シリーズ」のような派手なヒロイズムはありませんが、ライトで1~2時間で読めてしまうようなこのような小説もまた、中高生に携帯電話やゲームの世界だけでなく、読書や映画という世界をお手軽に経験してもらうにはたいへん素晴らしいことです。
最後にちょいと余談を書くと、主人公が巨大な病院の建物を振り返って見上げるシーンで建物の姿を「データラボッチ」に例えるシーンがあります。これは主人公が勤める病院のある松本平のすぐ近くに、高ボッチ(高原)というところがありそれに由来していると思われます(想像ですが)。
その高ボッチはもののけ姫にも登場するダイダラボッチという伝説の巨人妖怪が腰掛けたという場所で、そのような変わった地名がついています。その巨人ダイダラボッチを巨大な病院の建物に置き換えてたのだと推測しています。
◇著者別読書感想(夏川草介)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
れんげ荘 (ハルキ文庫) 群 ようこ
今回は軽めのほんわかした小説ばかりで、もう少し考えた選択をしなきゃなと、反省しています。
主人公は45歳、実家で母親と二人で暮らす独身女性。仕事に疲れ、母親の相手にも疲れ、兄夫婦が実家に戻ってくる機会を捉え、それまで20年間勤めてきた大手広告代理店を辞めると同時にひとり暮らしを始めます。
8桁の貯金がありもう働かないと決め、月10万円の生活をおくるため、見つけてきたのが、共同トイレにシャワーしかない月3万円という格安のレンゲ荘という年代物の木造アパート。梅雨時は猛烈なカビに、夏は大量に発生する蚊に、そして冬には外へ出たほうがまだ暖かいという寒さに悩まされながらも、変わった住人達との日々をおくっていきます。
群ようこ氏が実際に広告代理店に勤務したのは大学卒業後の半年ほどだったそうなので、もし自分があのまま広告代理店に20年間勤務していたら、きっとこの小説の主人公のように突然なにもかも捨てて、なにもしない生活をおくっただろうと想像したのかどうかはわかりませんが、いずれにしても、もうひとりの自分の姿を映し出した作品のようです。
小説から離れ、現実的になってこの女性の生き方を少し考えてみます。
実家で暮らし、大手広告代理店でバブル時代を含め20年間総合職で勤めると、確かに数千万円の貯金はできるでしょう。45歳から80歳までの35年間、毎月10万円ずつ使っても生活できる貯金がある書いてあるので、最低でも10万円×12カ月×35年=4200万円の貯金があるということです。
いま東京都内で「最低限の文化的生活」を保証してくれる生活保護を受給すれば、単身者で住宅補助を含め約13万円が支給されます。さらに医療費や公課(住民税など)、国民年金を支払う必要はありません(条件等あり)。
それと比べると、この主人公の場合、月3万円の家賃と言っても、会社勤め時代より割高な国民年金や健康保険料の支払い、住民税などの租税、年齢を重ねるにつれて増えていく医療費、そしてまもなく消費税が大幅に上がり、さらに家賃もこの先何十年と同条件とは思えませんので、20数年後の60歳過ぎからは年金が受給できると言っても月10万円生活は現実的には厳しそうな気がします。
あと、女性の場合、無職で昼間は散歩をしたり、公園や図書館で毎日ブラブラしていても、小説に書かれているように周囲から不審者として見られることは少なそうで、おそらくそのような暮らしをしてみたいと思う女性は結構いるのではないかと想像します。
一方、もし45歳の健康な男性が、仕事もせず近所をブラブラしていると、まず間違いなく「危なそう」「不審者」のレッテルを貼られてしまいそうです。なので、私を含め、一般的に男性がこの小説を読むと、この主人公のような生き方にあこがれや羨ましいといった感情はほとんど湧かず、どこか別世界の出来事のように映るのではないでしょうか。
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Google+の衝撃 山崎秀夫・村井亮・小石裕介
「○○の衝撃」というタイトルは、NHKの煽り特集番組か週刊誌のタイトルでもうすっかりお馴染みとなっていて、もはや誰もそれをいちいち衝撃だとは思わないけれど、少し気になるなと、騙された気持ちになって読んでみました。しかし編集者の責任でもあるのでしょうけれど、こんなベタなタイトルを臆面なくつけているようでは、せっかくいい中身でも陳腐な印象を受けてしまいます。
それはさておき、この本読んでみてわかったのですが、Google+のことが中心に書かれているのかと思いきや、そうではなくWebサービスやSNS全般について過去のからの歴史も含め、あっちへ飛び、こっちへ飛びしながら進んでいきます。その点は3人の共著ということもあってのことか、書かれている内容が散らかりすぎているのが気にかかります。3人ともそれぞれがテーマを少しずつ変えて別々に書けばよかったろうに、ごった煮状態です。
あれこれ話しが飛ぶのは、Google+のことだけを書くには、今はまだ情報や優位性が見つからないというのもあるのでしょうけれど、twitter、mixi、Facebook、LinkedInなど、今ときめくSNSの特徴や優位点、少しばかりの弱点などの話しが充実していて、Google+に絞って使い方や有効な利用法を考えるための本ではなさそうです。
三人の著者のうちどなたの意見なのかは不明ですが、「SNSはソーシャルゲームで普及した」「ソーシャルゲームが今後もSNSを支えていく」のような意見(正確ではなく要約)が繰り返し出てくるのですが、それに対して果たして現在SNSを使っている人の中にソーシャルゲームを経験した人がいったいどれだけいるのか?と反論したくなります。
別にSNSを使うのにソーシャルゲームを知る必要もなければ、普及のために必要なものとも思えません。よほど筆者の方の中にはソーシャルゲームにはまった方がいらっしゃるのか、その方の子供が無邪気に遊ぶ姿を見てその印象でそう思われているだけなのでしょう。少なくともビジネスパーソンがSNSを活用するときには、ソーシャルゲームを特に意識することは今後もなさそうです。
以前からそのようなゲームがニッチな世界で普及してきていることは雑誌やネットの情報では知っていましたが、この本を読んで、そういう使い方をしている人もやっぱり世間にはいるんだとあらためて知ったぐらいマイナーなことだと思っています。
なんだったら一番有名なソーシャルゲームの名前をあげて、パワーユーザーでなく普通にSNSを利用している1000人に「知っているか?」「使ったことがあるか?」を調査すると、それがいかにマイナーなことかわかるはずです。
で、結局そのGoogle+はどうなのよ?という結論は「たぶん土台はいいので、そこそこいいところまではいくんじゃないの?」(かなり要約)と言ったところでした。しかし果たしてFacebookなどからGoogle+への「巣移りの儀式」が近々おこなわれるかどうかは、神のみぞ知るってところで、現在のところ著者達を含め、誰にも予測がつかないようです。個人的県会で言えば、Facebookがとんでもなく大きなミスでも犯さない限り、難しそうな気もしますが。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
六枚のとんかつ (講談社文庫) 蘇部健一
著者の蘇部健一(そぶ けんいち)氏はこの「六枚のとんかつ」で1997年にデビューしたミステリー作家で、同氏の作品を読むのはこれが最初です(最後になるかも)。
内容は、保険調査員が主人公の短編連作集で、タイトルの通り、ちょっと変わっているというか、ふざけているというか、いやいや、お気楽に推理小説が楽しめるというか、推理小説のトリックが簡単に味わえるというか、自分の中でも評価は分かれてしまいます。
本のタイトルにもなった「六枚のとんかつ」や、それと同じトリックを使った「五枚のトンカツ」の短編では、事前に「島田荘司氏の『占星術殺人事件』のトリックがネタバレするので、そちらを先に読むように」と注意書されていますが、それで「おっそうか、じゃこの本はいったん置いて『占星術殺人事件』をさっそく買ってきて、そちらを先に読むとするか」と行動する人が、いったいどれほどいるんじゃ!と、突っ込みたくなるのは自然なことです。
逆に言えば、この本でそのトリックを知ってしまったら、「占星術殺人事件」を新たに買って読んでみようとは思わなくなります。
Amazonで確認したところ、古い文庫は次々と廃版になり、5年ほど前の文庫本の在庫ですら切れていることが多い中で、10年前の「六枚のとんかつ」(文庫2002年)や、もう25年も前の「占星術殺人事件」(文庫1987年)が、いずれもちゃんと「在庫あり」となっているのはすごいことです。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
しゃべれどもしゃべれども (新潮文庫) 佐藤多佳子
佐藤多佳子氏の小説は先日読んだ「一瞬の風になれ」(2006年)に続いて2作目になりますが、この作品は1997年なのでそれよりずっと前のものになります。
「一瞬の風になれ」は非常に面白いいい小説でしたが、そのノリでこの本を買ったのではなく、テレビの深夜映画で国分太一主演映画「しゃべれども しゃべれども」(2007年作品)を見て、ぜひその原作も読んでみたいなと思ったら、佐藤多佳子氏の作品だったというわけです。余談ですがこの映画は2007年キネマ旬報ベストテンで3位でした。
ストーリーは、落語家の卵である主人公が、あることがきっかけで、恋人にふられ人間不信に陥っている女性や、関西弁丸出しで転校してきた東京の学校でいじめにあっている小学生、ハンサムでテニスが上手いのに、内向的性格かつ緊張するとどもってしまうことを悩んでいる従兄弟などに、落語を教えることになります。
しかし主人公も人に話し方を教える以前に、自分の本職である落語に悩みがあり自己葛藤しています。それらの問題にそれぞれが落語を通じて自分と向き合っていくという青春ドラマと言っていいでしょう。
いい味を出しているのが、その落語教室に途中から加わるプロ野球の代打専門だった元選手で、引退後はラジオで解説の仕事するものの、ほとんどうまく喋れず、逆にアナウンサーの邪魔をしています。それに悩み、この落語教室を話し方教室かなにかと勘違いしてやってきますが、内面は弱いくせにプライドは人一倍高い人物です。
ここ何年も漫才ブームが続いていますが、多くの若手漫才コンビは、私に言わせるとギャーギャーとわめいているだけで、まったく面白くもなく、子供だましの芸に過ぎないとあきらめています。
一方若手の落語家というのも、なかなか弟子入り後の修行や、生活が厳しそうで、二世三世など係累以外に新たな大型新人が育っていない気がします。
小説とは直接関係がありませんが、江戸時代の西鶴以来、営々と庶民の笑いをリードしてきた日本の文化とも言える落語の行く末がちょっと心配になってきました。この本を読んで、あらためて桂枝雀や笑福亭松鶴、桂春団治の噺をもう一度じっくりと聞いてみたくなりました。
◇著者別読書感想(佐藤多佳子)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
海馬を馴らす (ハヤカワ・ミステリ文庫) ロバート・B・パーカー
私立探偵スペンサーシリーズの13作目(日本版1987年)にあたり、9作目「儀式」(日本版1984年)の続編という位置づけです。「儀式」では通りで身を売るしか救いがなかった少女エイプリルを、比較的まともな高級娼館の女主人へ引き渡してどうにかどん底から救い出したものの、そこで新たに知り合った男に騙され、飛び出したまま行方不明になります。
そのエイプリル・カイルを救うためにスペンサーが活躍をするわけですが、エイプリルを引き抜いたポン引き男を見つけて情報を引き出し、さらにその同じ男に使われている娼婦のジンジャーへも接触をします。そこで彼女から12歳の時に父親に性的暴力を受け、その父親に16歳で娼館へ売られた過去の身の上話を聞くことになります。
その後その娼婦は誰かに殺されてしまい、スペンサーの怒りに火がつきます。なぜジンジャーが殺されなければならなかったのか?誰が殺したのか?そして飛び出していったエイプリルは今どこにいるのか?黒幕は誰か?という謎だらけの追跡が始まります。
それらの事情を調べるため、まず手始めに殺されたジンジャーの故郷へ出向き、そこで父親にジンジャーの仇とばかりに、わざと喧嘩をふっかけ、殴り合いをするあたり、まさにスペンサー流の調査といったところです。
タイトルの「海馬」は「タツノオトシゴ」や「セイウチの別名」という意味と、最近脳科学などでよく聞く「本能的な行動や記憶に関与する大脳辺縁系の一部」という意味があります。
最初は、深く考えずにただ本能だけで行動するエイプリルのことを指しているのかと思いましたが、作品が書かれた1982年頃と、原題の「Taming a Sea Horse」からするとやっぱり「タツノオトシゴ」で、エイプリルのことを、海流などの流れに逆らわず、外洋を漂い、擬態を用いて隠れ住むその特性に重ねているのしょう。全然違ってたりするかも。
◇著者別読書感想(ロバート・B・パーカー)
■スペンサーシリーズ関連過去記事
スペンサーシリーズの読み方(初級者編)
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ハードボイルド的男臭さ満点小説
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
姫椿 (徳間文庫) 浅田次郎
2003年に文藝春秋から発刊された短編を集めた小説で、発刊後まもなく買って読んでいましたが、今年の2月に別の出版社(徳間書店)から中身は同じこの文庫が新たに発売され、徳間書店としては新刊本扱いなので、当然のように書店の新刊書コーナーに並べてありました。で、深く考えずに手に取り買ってしまい、見事に騙されてしまいました。ハイハイ買った私がバカなだけです、わかってますハイハイ。
このような出版社を違えて同じ小説が発行されることは、人気作家の場合、ままあることですが、せめて先に出した文庫が廃刊または絶版、在庫切れになってからにしてもらたいものです。
Amazonを見るとまだ文藝春秋の文庫も新品が普通に売られていてしかもそちらのほうが値段が安く、なんか枯れ葉も山の賑わいで目立つ新刊本コーナーに置くための一種の詐欺商法みたいな感じさえ受けてしまいます。
徳間書店といえばギャビン・ライアルの「深夜プラス1 (ハヤカワ書房)」のまるごとパクリの志水辰夫氏「深夜ふたたび」(徳間文庫)を、そのことにまったく触れずにシラっと販売していました。せめてそういうことは最低限裏表紙のあらすじや中の解説などで触れておくべきで、まったく人を騙すことに抵抗のない、誠意の感じられない会社です。
「舞台をアメリカを日本に置き換えただけで、出てくるジョークまでまったく同じ内容の小説なら買うわけないだろ!」と思うのですが。はがきでクレームを入れましたが当然反応なしでした。その後志水氏の小説を一切読まなくなったのは言うまでもありません。徳間書店の本を買うときには今後注意が必要です。って言うかできれば買いたくない。
それと似た手法としては出版社は同じで、カバーや帯を変えて置かれることがありますが、その場合は新刊本コーナーには置かれないので、納得して購入できるので問題ありません。カバーを変えただけで埋もれて消えていく小説がバカ売れすることがありますので、それはいいことだとです。
浅田次郎ファンは多いので、私と同様に新刊本コーナーに置かれた文庫をタイトルなどロクに見ず、すぐ買ってしまた人も多いのではないでしょうか。お気の毒さまです。
一応しゃくだから最初からすべてを読み直しました。半分以上ストーリーを忘れてしまっていましたが、そいうことも含め、正直言って浅田次郎氏の作品にしては珍しく、ほとんど印象に残らない平凡な、悪く言えばつまらないストーリーだなと感じました。同じ小説を二度買いしてしまった不満と恨みがそこには込められているので話半分にしてください。
◇著者別読書感想(浅田次郎)
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580
迷宮 (集英社文庫) 清水義範
著者はSF小説を得意としながらも、ミステリーやコラムっぽい話しまでかなり幅広く活躍されている方です。私も1990年代に短編集で「深夜の弁明」「ビビンパ」などを読んでいますが、非常にユニークな方という記憶があります。
この「迷宮」は1999年初出の小説なので今から13年前のものになります。ブックオフで購入したことがバレバレでして、その場合は著者にはまったく実入りがないので申し訳なさでいっぱいです。だからと言ってベタ褒めするようなお調子者ではないので、率直な読後感想です。
まず内容はいきなり驚き連発です。このようなスタイルは決して珍しくないと解説にありましたが、いやいやどうして十分に珍しいです。解説者の場合は「俺はお前等と違ってもっといっぱい読んでいるんだぞ」という見栄がありますから、知ったかぶりでもなんでも有効に使わなければ食っていけません。
まず病院と思える室内にひとりの男が連れてこられ、かと言ってなにか拘束されているようなわけではなく、単に過去に起きた特定のある凄惨な殺人事件の新聞記事や週刊誌記事、それを題材として小説を書こうとしている人の取材メモ、手紙などを治療の一環と称され読まされます。というか小説ですから文章で表されます。治療にしてはかなり過激とも思える療法です。
読者としてはその過去の殺人事件のことにだんだんと詳しくなっていき、それを読まされている男がおそらくこの事件に関わりのある人物だと感じてきます。記憶喪失の主人公も当然それに気付きはじめます。うん、これだけでもなにかゾクゾクします。
というだけの話しなんですが、組み立てが素晴らしいというか、作者が新聞記者が書いた原稿、週刊誌のライターが書いた原稿、小説家が取材したメモ、小説家が師と仰ぐ先生にこの件で相談した手紙、先生からの返事、警察の聴取記録などひとつの事件について様々なパターンでその真相を想像したり探って書いていくのはこれは凄いし、それが一気に読めるのはたいへん面白い試みです。ただ最後が突然終わるので、これがやっぱり清水義範氏の持ち味なんだなぁと思い知らされたり。
◇著者別読書感想(清水義範)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
阪急電車 (幻冬舎文庫) 有川浩
2004年「塩の街」でデビューしその後大活躍中の女性作家さんです。自らライトノベル作家と称するように、軽いノリで大人の機知をうまく表現する現代の売れっ子必須要素を備えている感じです。
この作品は「阪急電車 片道15分の奇跡」として映画化もされましたが、わずか片道15分の阪急今津線の各駅ごとに主人公を入れ替え、様々な人生模様を軽いタッチで描かれています。
同沿線には名門の関西学院大学や阪神競馬場、子供でも知っている宝塚歌劇場、大正時代にできた宝塚ホテルなどユニークで歴史ある施設が多い場所です。
そういえば1月に甲東園駅前にあるマクドナルドが関西学院大学にマナーの悪い学生を注意して欲しいとクレームを入れたら、学校側は出入りを禁止すると学生におふれを出したことがありました。その甲東園駅もこの今津線の駅のひとつです。
おそらくこの小説と映画のおかげで、あこがれて全国から若い人が押し寄せてきたのではないかと思われますが、なにかそうさせてしまいそうな、男女の微笑ましい出会いや、くだらないDV男と別れるきっかけとなる乗客のひと言など、ほのぼのとさせるものがあります。
残念ながら私の年齢では、もうときめきもなにも湧いてきませんが、青春時代を送るならこの街がいいなと思わせる、そして阪急電鉄から表彰状と金一封がもらえそうな同時進行の短編物語です。
◇著者別読書感想(有川浩)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ひとがた流し (新潮文庫) 北村薫
2005年から2006年にかけて朝日新聞に連載されていた小説です。主人公はテレビ局の独身中年女性アナウンサーで、高校、大学時代からの同性の友人達と今でも仲良く付き合っています。その女性同士の友情の話しが淡々と続いていきます。
序盤から終盤近くまで特に話しで盛り上がるところもなくずっと平板なまま過ぎていきます。眠たくなるのをこらえるのがたいへんでした。北村氏の小説にしては妙だなと思っていましたら、案の定終盤近くになってから主人公に大きな事件が起き、そこから一気に急展開となります。
女子アナと言えば華やかでモテモテで脚光を浴びてと思いがちですが、40歳を超えたベテラン局アナだと、そういう華やかな世界ではなく、ナレーションや取材先からの中継で時々顔をだす程度の地味な存在となってしまいます。
しかしベテランアナともなれば、ニュース番組でのメーンキャスターの道もあり、主人公は密かにその道を目指しています。そこへ行くまでの苦労話などはほとんど出てきませんが、ようやくその主役の座が回ってきそうなときに、思いもよらなかったことが起きるのです。
タイトルは主人公が子供の頃に、澄んだ綺麗な川に「ひとがた」の紙に願いを書いて流した行事について、ある本では「ひとがたに書くのは悲しみや持病など捨ててしまいたいこと」と書いてあり、それにずっと違和感を覚えていたところ、ある人から「願いを書くこともある」と聞いて、自分達のおこないが間違っていなかったことに安心するところから用いられています。しかしそのタイトルと、小説の中身とはあまり関係がなさそうです。
◇著者別読書感想(北村薫)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
読者は踊る (文春文庫) 斎藤美奈子
以前読んだ米原万里氏(故人)の書評本の中で、やたらと誉めちぎっていた斎藤美奈子氏の書評本を読んでみることにしました。米原万里氏の書評を読んだ時もそうでしたが、書評にはその中でお薦め本というのがあり、自分の趣味の中には入っていない本でも面白そうな本を積極的に取り込むことで知識や興味の偏りを防ごうとしています。米原氏の書評の中からは佐藤優氏の本などいくつか発掘できました。
この本では、聖書からグルメガイドや辞書、教科書、学習漫画まで広範囲に200冊以上の本に触れ、舌鋒鋭く、また諸先輩方々や業界の大物にもなんらひるむことなく、気の向くまま思うままに書かれているので、これがたいそう面白くて笑えます。しかし逆にすごく読みたくなる作家さんや本のことはあまり紹介されてなく、新たな分野や作家さんを発掘する目的だとちょっと物足りないかも。
著者は1956年生まれということで私と1歳違いの同年代です。ステレオタイプで語るわけではないのですが、この世代というのは何かにつけて団塊世代が食い散らかしたその後始末と、社会に入ってからも、ドカンと居座って騒がしいその(悪い)影響をモロに受けざるを得なかった世代で、多少は世の中に対して皮肉っぽくなるのも仕方なしです。
現在は朝日新聞の文芸時評を書いているそうですが、その団塊世代にもっとも支持されているであろうお堅い新聞ではおそらく控えめにしか書けずストレスが溜まりまくりでしょうが、自分の本なら名誉毀損になりはしまいか?と思えるギリギリまで、バッサリと斬り捨て御免ができます。
一方では著者本人も書評だけでなく小説などを書いていますので、自分の書いた本の書評についてもぜひ取り上げてもらいたいものです。おそらくその書評を書いた人や書評自体をまたバッサリと斬るのでしょう。
半端ではない読書量と、同じテーマの本を比較するために何冊も読むという執着心?、それになにも怖いものなしというところは、米原万里氏とも相通ずるところがあったのでしょう。この文庫版では解説に米原万里氏が登場しています。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
九つの殺人メルヘン (光文社文庫) 鯨 統一郎
鯨統一郎氏の小説は、早乙女静香シリーズの「邪馬台国はどこですか?」(1998年)に続き2冊目です。この「九つの殺人メルヘン」は2004年刊で、バーの中で謎を解くスタイルは「邪馬台国はどこですか?」と似ていますが、シリーズとしてはこちらは「桜川東子シリーズ」ということで別のものとなります。
タイトル通り九つのグリム童話に関連した不思議な殺人事件をテキパキと解決していくメルフェンを専攻する女子大生桜川東子と、バーのマスター、刑事、犯罪心理学者の三人の厄年トリオのうんちく話しが中心です。
童話の話し以外にも厄年トリオが、日本酒の話しや少年時代の思い出話し等、数々の雑学を披露してくれますので、飽きることがありません。しかし、デビュー作「邪馬台国はどこですか?」でも感心しましたが、鯨統一郎氏の守備範囲の広さには驚かされます。「2011年8月前半の読書」
すでによく知られていることですが、グリム童話の本当のストーリーは、絵本やディズニー映画で描かれているのとは大きく違い、かなり残酷かつ、非道な内容であると解釈されていますが、その解釈をうまく利用しながら、身近で起きた殺人事件の謎解きをおこなっていきます。
登場する童話と新解釈は、
ヘンデルとグレーテル→口減らしのための子捨て
赤ずきん→不良娘の夜遊びと視覚失認症
ブレーメンの音楽隊→死ぬ前の一瞬の夢
シンデレラ→ガラスの靴は性の相性
白雪姫→父親との近親相姦
長靴をはいた猫→悪漢ネコのピカレスクロマン
いばら姫(眠れる森の美女)→エクスタシーと性交渉禁止
狼と七匹の子ヤギ→母親の愛人による子への虐待
小人の靴屋→怠け者の願望
童話の新解釈本は今ではいろいろとありますが、本書の参考書籍にもなっている「メルヘンの深層―歴史が解く童話の謎」森義信著あたりを読んでみたくなりました。
◇著者別読書感想(鯨統一郎)
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1月後半の読書 2012/2/4(土)
576
あかね空 (文春文庫) 山本一力
山本一力氏は1948年生まれの今年64歳、15年前に江戸時代の庶民の生活を描いた「蒼龍」でデビューし、そして10年前にこの「あかね空」で直木賞を受賞されました。デビュー以来数十の作品を出しておられますが、私は時代物、特に江戸時代の小説はあまり興味がなかったので、今までに読んだことがありません。
作家へデビューしたきっかけというのが面白く、バブル時代に億単位の借金を背負ってしまい、それを一気に返済するため起死回生策として小説を書いたということです。道理でこの小説でも、主人公の長男が博打で多額の借金を背負ったり、店賃の支払い、豆腐一丁の値段などお金にまつわる小事がしばしば出てきます。私も貧乏人ゆえに、お金には細かい性格なのですが、小説においてこれほど細かくお金にこだわって書かれているのも珍しいでしょう。
内容は、京都で修行をしてきた貧乏な豆腐職人が、新天地を求め、江戸の下町にやってくるところから物語は始まります。貧乏長屋に居を構え、硬く歯ごたえのある江戸風の豆腐に対抗して、上品で柔らかい京豆腐を作りますが、これが当初はさっぱり売れません。
しかし長屋の仲間などにも支えられ、少しずつ販路が増えていき、商売は少しずつ順調になっていきます。そして結婚して跡継ぎになる2男1女をもうけます。
幸福と不幸は裏表で、妻や跡を継いだ息子達との間にギクシャクとした関係が残ったまま、主人公が亡くなってしまいます。後に残された妻と子供達は、、、あとは読んでのお楽しみと言うことです。いずれにしても江戸時代の市井が肌で伝わってくる小説です。
親子二代にわたる大河小説とも言えますが、上記のようにやたらお金に細かく、よく言えば丁寧、悪く言えば執拗に書かれている時代もあれば、いきなり数十年がすっ飛んでしまっているところもあり、ことの重大さと時間の流れが一定ではなく、ちょっと面食らうところがあります。
◇著者別読書感想(山本一力)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
告別 (ハヤカワ・ミステリ文庫) ロバート・B・パーカー
ボストンの私立探偵スペンサーシリーズ11作目の作品で1992年に日本語訳が出ています。
今回の事件は、あるダンスチームの主宰者から怪しい新興宗教集団に自分の恋人がさらわれたと言う事件に首を突っ込むことになりますが、本当の事件はというと、スペンサーの恋人スーザンが精神科医の学位を取った後、ひとりになりたいと遠く西海岸へ行ってしまうことにあります。
そのためタフガイだったはずのスペンサーは精神的にヨレヨレになってしまい、しかもスーザンに男がいることまでわかり、振る舞いが暴力的になるのはまだいいとしても、生きていく気力までを失って、クライマックスでは拳銃を構える犯人に向かって手ぶらで向かっていき、そのため胸を2発撃たれ、意識不明の重体となってしまいます。
物語の内容というか事件そのものは、やや薄っぺらく、ご都合主義的に思いますが、タフガイのスペンサーが、イアン・フレミングの描く本当の007ジェームス・ボンドの姿--任務のためとは言え、人をひとりやむを得ず殺してしまい、そのせいで、酒浸りになり、ひとりで悩んで苦しむ--とダブって見えます。
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著者別読書感想(ロバート・B・パーカー)
スペンサーシリーズの読み方(初級者編)
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ハードボイルド的男臭さ満点小説
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
陽だまりの彼女 (新潮文庫) 越谷 オサム
一般的に言う「ファンタジーノベル」ってヤツなのでしょう。全体の9割は単なる学校のクラスからはみ出した者同士の、理想的な同級生恋愛とその後の結婚生活?って思ってしまいますが、最後の1割でそれがいっぺんにひっくり返えることになります。そこはま、お楽しみということで。
私的には、このような女子中・高校生、またはその頃の多感な頃の感情がまだ強く残っているロマンチック派な女性(書店の女性店員さんにそういう人が多そう)が読むと、それはそれはきっと楽しめるのでしょう。
が、中年を超えて、やがて老年にもさしかかろうかというリアリストな男が読むにはさすがにちょっと苦しいです。水だけでお腹が一杯になってしまったような感覚です。
いや、でもハーレクイーンのような、いかにもお嬢様やお姫様になりたかった女性向けに作られたものではなく、(若い)男性が読んでも十分に面白いと思える斬新なストーリーです。
ただ9割が現実的なホンワカした話しが山盛りで、残り1割だけに、ミステリーかつファンタジーというのは、、、と、まだ言うか。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
廃墟に乞う (文春文庫) 佐々木譲
佐々木譲氏の小説では、北海道警刑事のシリーズが大ヒットしていますが、その流れをくむ刑事が主人公の連作短編集です。ただし登場人物は他の道警シリーズとかぶってはいません。そして過去の実績と実力と照らし合わせると遅きに感じる直木賞を受賞(2009年下期)したのがこの作品です。
私個人的には、佐々木氏の小説は文庫化されたものはほとんど読んでいますが、その中でもどちらかと言えば現代の警察もの以外の「エトロフ発緊急電」(1989年)や「昭南島に蘭ありや」(1995年)に代表される太平洋戦争ものや「天下城」(2004年)「くろふね」(2003年)など歴史もの小説が好きです。
さてこの小説の主人公は北海道警察本部捜査一課の刑事ですが、終章で明らかにされるある事件がきっかけで心的外傷後ストレス障害(PTSD)に罹り、現在は治療のため休職中の身。したがって4週間に一度心療内科を受診するだけで暇を持てあましています。
そこで知り合いから頼まれ、行き詰まっている事件の調査や真相を単独で行うことになります。もちろん休職中ですから調査の権限も警察手帳もない状態です。アメリカの小説に出てくるようなタフな元警官の私立探偵を日本版で作ろうとしたら、このような手法にするのがベターでしょう。
そして捜査を始めると地元の警察から「余計なことをするな」と煙たがられ、時には事件に関係する地元のヤクザに絡まれそうにもなります。激しいアクションもなければ、華麗に活躍する場面はありませんが、警察では追い切れない、または公にできない事件の裏側を、地道に詰めていき、明らかにしていくというスタイルは新鮮です。
そして事件の大筋が見えた段階で、地元警察のプライドを傷つけないよう、そして刑事の手柄となるよう巧みに捜査の範囲やベクトルを修正し誘導していきます。
アメリカの私立探偵小説の主人公ならば、警官に楯突いてでも強引な捜査をおこない、ドヤ顔で結果だけを警官に伝え、恩を売っておくために手柄を渡すというパターンが多いのですが、この小説の主人公は休職中とは言え同じ警官同士ということもあり、地元警官への気の使い方は半端ではなく、これを読むと逆に警察官のプライドの高さと縄張り意識の強さだけが際だちます。
◇著者別読書感想(佐々木譲)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
血と骨 梁石日(ヤン・ソギル)
梁石日氏の作品は「闇の子供たち」に続きたぶん2冊目の購入です。この「血と骨」も「闇の子供たち」も映画になっているので、すでにそちらを観たと言う人もいるでしょう。また実質的な小説家としてのデビュー作「タクシー狂躁曲」も「月はどっちに出ている」というタイトルで映画化され、大ヒットしています。
梁石日氏は1936年生まれですから今年で76歳です。1936年と言えば日本では二・二六事件が起き、政治にも軍事色がより一層強まる頃で、ヨーロッパはドイツを中心とする第二次世界大戦(1939年~)の響きが近づきつつある、暗雲立ちこめる混乱の時代でした。
この小説は、そのような時代に多くの同胞達とともに朝鮮から出稼ぎ労働として日本に移住してきたある
型破りな大男の半生で、その大男のモデルとなったのは、他でもなく著者梁石日氏の実父です。
大阪には在日韓国・朝鮮人が数多く住んでいますが、戦前、戦中は安い工場労働者として根深い差別と貧困で苦しみ、戦後は他の日本人同様、すべて失った焼け野原からの出発です。そのような時代を背景としたひとりの在日朝鮮人とそのまわりにいた家族や同胞、愛人などの狂おしいほどの生と性が描かれています。
この小説では父親の半生がメインにその父親の言葉で語られますが、話の途中には、飛田新地の娼婦だったり、強引に結婚することになった妻だったり、同胞の幼なじみであったり、最後には長男(つまり著者がモデル)の視点で語られたりと、場面、場面で主体となる主人公がコロコロと変わっていくのが特徴です。
時代も時代ですから、その貧しさと狂気、日本が物資不足の中で世界と戦争を始めようとする異様な集団的な興奮状態の世相と、それに加えて酒と博打と暴力の世界にどっぷりつかり、理不尽までに自分勝手な父親の暴れっぷりに、読み進むのが途中で苦痛になってくるほどの重くてつらい内容が続きます。どうにか最後までキチンと読めましたが、精神的に不安定なときにこれを読むのはあまりお勧めしません。
主人公は蒲鉾の加工職人ということで、初めてその仕事のことを知りましたが、ほぼすべてが自動化されている現在とは違い、高級食材として手作業で作られていた雰囲気がよく伝わってきます。そう言えば私のまだ小さかった頃(昭和30年代)の蒲鉾は、カネテツなど大手食品メーカー以外のものは、板からはみ出していたり、山の形が少し歪んでいたりして、もっとずっと手作り感が残っていたように思います。
◇著者別読書感想(梁石日)
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