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黄金の島 (講談社文庫) 真保裕一

真保裕一氏は、1961年生まれということですから、今年51歳と小説家としては脂がのっている世代でしょう。氏のデビュー作「連鎖」は文庫になってから読みましたが、なかなかの傑作で、それ以降映画でも大ヒットした「ホワイトアウト」や「アマルフィ」、テレビドラマになった「奇跡の人」など次々とヒット作を出しています。この黄金の島は、2001年に初出で、文庫版は2004年からです。

内容は、ヤクザになりきれない半端者の男が、しばらく姿を消すためにタイへ逃げ、そこでも謎の追っ手が現れたことによって、隣国ベトナムへ不法入国することになります。

最近のベトナムの話題と言えば、解放政策が取り入れられ経済絶好調で、日本からも必死に新幹線の売り込みがされていますが、20年前のベトナムはまだアジアの中でも特に貧しい閉鎖的な共産国でした。

特権階級にいるわずかな高官やその家族、親戚以外は、虐げられ抑圧され、虐め倒されています。そのあたりの暗い話しは、以前読んだ梁石日(ヤン・ソギル)氏の「闇の子供たち」を彷彿させます。

若者が生きていくために、また黄金の国といわれる先進国日本に行けば明るい未来があると信じて、命をかけて密航しようとする気持ちをこれでもかというぐらいに書き込まれています。

そのような日本へ出稼ぎにいき、大金持ちになって帰ってくることを夢見ているベトナムの若者と、命を狙われたり、ベトナムの警官に刃向かったために酷い仕打ちを受ける主人公が、様々な難関をくぐり抜けて、台風の大時化に乗じて漁船で日本を目指すといったストーリーです。

しかし主人公は決してヒーローでも格好良くもなく、そしてハッピーエンドでもなく、読んでいて気持ちがズンズンと重たく沈んでいくことうけおいの小説です。

著者別読書感想(真保裕一)

  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

靖国への帰還 (講談社文庫) 内田康夫

太平洋戦争当時と現代とがタイムスリップで結ばれるというのは、荻原浩著「僕たちの戦争」や、今井雅之著「THE WINDS OF GOD」、北村薫著「リセット」、アメリカ映画で「ファイナル・カウントダウン」などがあり、コミックやアニメでは私も全巻読破した「ジパング」などが有名です。

この「靖国への帰還」も、昭和19年の太平洋戦争末期に、海軍の戦闘機乗りだった主人公が、B-29の迎撃中に負傷して厚木飛行場へ戻ってくるとき、雲の中でタイムスリップが起き、米軍と自衛隊が共同使用している現代の厚木基地へ着陸してしまいます。

内田康夫氏は浅見光彦シリーズなど現代のミステリーものが多い作家さんですが、このようなエンタテーメント系のファンタジーロマン小説は珍しいのではないでしょうか。

夜間戦闘機月光のパイロットだった主人公が突然現代に現れたことで、政治やマスコミの報道合戦などに巻き込まれることになります。そして「死ねば靖国で会おう」と誓い、多くの仲間達が奉られている靖国神社の立場が戦中と戦後で大きく変わってしまったことに主人公は大いに失望してしまいます。

靖国問題とはA級戦犯合祀による近隣諸国の反発と、政治と宗教の政教分離の二つの問題です。

靖国神社への思い入れが強い著者の思想も多少は入っているのか、かなりのページがそれに費やされますが、本来ならそのような世界的に見るとローカルで小さな問題よりも、世界初で唯一現存するタイムスリップ経験者の存在という、物理科学、歴史、医学、哲学、宗教、軍事、宇宙工学、精神世界などでの問題や話題のほうが大きく、物理学や宗教観を一変させてしまいかねない世界的な大きな出来事でしょう。

この作品でも触れられていますが、昔の伝説などには「浦島太郎」のようなタイムスリップを匂わせるようなものが世界各地にありますが、科学的に証明ができない人の存在というのがどうなるのか、おそらく宇宙からやってきたエイリアンよりも大問題になりそうです。

最後のクライマックスでは、現代に有効な飛行操縦免許を持っているはずのない主人公が、なぜか公式な行事で、自分の愛機だったとはいえ、現代の空を自分で操縦桿を握って飛べるかなど、絶対にあり得そうもなく不可解なことが多く、ちょっとそれらの展開が突飛すぎて残念でした。ま、このような小説に、そのようなリアリティを求めるのもなんなのですが。

著者別読書感想(内田康夫)

  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

ブラックペアン1988 (講談社文庫) 海堂尊

昭和から平成と変わる直前の1988年(昭和63年)の東城大学医学部付属病院を舞台とする小説で、初出は2007年9月です。つまり同氏の「チーム・バチスタの栄光(2006年)」「ジェネラル・ルージュの凱旋(2007年4月)」よりも後に書かれていますが、物語の舞台はそれらの事件が起きる約20年前の設定です。

ブラックペアンのペアンとはなにか?といえば、本の表紙を飾る手術のときに、器官や組織などを挟み、牽引したり圧迫したり、止血したりするのに用いるハサミに似た形状のもので、これが今回の小説ではキーとなります。普通はステンレスで作られるペアンが、なぜ黒いのか?最後にその謎が判明します。

内容は、新しく研修でやってきた外科医師の卵達の視点で、大学病院の中で起きる様々な人間模様や確執に翻弄されていくところが描かれていきます。そして講師として中央の権威ある大学から派遣されてきた有能な外科医師が新しく開発した器具を使った手術を広めていきますがそこで事故が起きます。

ちなみにこの派遣されてきた講師が、20年後の「チーム・バチスタの栄光」などでは病院長に、医学部に在籍中で実地研修にやって来たメンバーが「チーム・バチスタの栄光」や「ジェネラル・ルージュの凱旋」では主人公になっていたりします。

小説としても、また医学界が抱える様々な問題や製薬会社の利権などについても、わかりやすく書かれていますので、雑学を仕入れるのにも有効です。しかし大学病院の職場というエリートばかりが集う世界というのも大変ですね。霞ヶ関の官庁の中も似たようなものかも知れません。

最初はなんの小説かもまったく予備知識なしで読みましたが、ストーリーもよく練られ、たいへん面白い小説に仕上がっています。こちらもぜひ映画化をしてもらいたいものです。

著者別読書感想(海堂尊)

  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

臨場 (光文社文庫) 横山秀夫

臨場とは「警察組織において事件現場に臨み、初動捜査に当たること」を意味するそうですが、ここでの主役は検視官です。2009年と2010年にはこれを原作として内野聖陽主演でテレビドラマ化がされていました。

「検視」と一般的に馴染みのある「鑑識」との違いですが、変死事件が起きると、必ずそれに立ち会って鑑識を含む検視という作業をおこなうことになっているそうです。その検視ができるのは、刑事部の理事官又は管理官クラスということで、現場に出向く警察官としては上級のベテランがその任にあたることになります。そのような場合、検視官がいないと現場検証はおこなえないと言うことです。一方「鑑識」は空き巣事件でも出動しますし、比較的格下の役割です。

作者の横山秀夫氏は私と同年齢の推理作家ですが、警察ものが割とお得意かなという感じです。私も同氏の作品は短編は別にして「影踏み」「震度0」「第三の時効」「動機」「半落ち」「深追い」「ルパンの消息」「出口のない海」を読んでいて、同世代の感覚が割と共感できるのか贔屓にしています。

この「臨場」では8つの事件がそれぞれ短編に分かれていて、大酒飲みで上司の言いなりにはならないヤクザっぽいけれど、仕事は非常に優秀な検視官がそれぞれに登場し、誰もが見落としがちな些細なことから独特の見立てをおこない、事件の真実を解明していきます。

著者別読書感想(横山秀夫)

  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

累犯障害者 山本譲司

著者の山本譲司氏は、演歌歌手山本譲二氏とは違い、民主党の衆議院議員でありながら、2001年に秘書給与流用の詐欺容疑で実刑判決を受けた方です。

秘書給与として支給されたお金を事務所の運営費などに充てていたわけで、もちろん犯罪行為にあたりますが、自分か親が金持ちでない若手議員は、そうしてやりくりでもしないと、まともな議員活動ができないという実態もあるのでしょう。

当時は辻元清美衆議院議員など何人かの議員に同様な公費流用が指摘されていたに関わらず、現職の議員で実刑を受けたのはこの山本氏だけで(辻元氏は執行猶予付き)、一種みせしめ的な逮捕・起訴・実刑判決だったようにも思えます。

その山本氏、刑務所の中で思い知らされる現実に驚きます。それは政治活動において表層しか知らなかった障がい者と社会福祉の関係です。

障がい者と言っても知的障がい者もいれば身体障がい者も、視聴覚障がい者もいます。そしてさらにその障害度も軽度から重度と様々です。しかし一般的にマスコミに取り上げられるのは重度の身体障がい者です。それは明らかに映像として絵になりやすいからでしょう。

そして誰がみてもすぐにわかる障がい者の場合は、比較的福祉の手が差し伸べられやすいのに対し、軽度の知的障がい者や聴覚障害などの場合、大人になると福祉とつながっていないケースが非常に多いことに気がつきます。

そのような障がい者が、ホンの軽微な犯罪(空きっ腹に耐えかねて500円のお弁当を盗んだとか)で、刑務所に服役しているようなことが起きていました。中には警察や検察の取り調べで、関係ない別の殺人事件の容疑者として裁判にかけられているケースもあります。

それは、身体は立派な大人でも、知能レベルが小学生レベルで、警官や検察官の言うことにすべて同意をしてしまうことをいいことに、犯罪者に仕立て上げられてしまうようなことが起きていたり、耳が聞こえず筆談や手話での取り調べや裁判がおこなわれ、結果的に意と違う内容になってしまうといったりするケースです。

そしてそうした障がい者が出所した後も、まともに福祉の手は届かず、安住の地は刑務所の中だけと、結局はまた犯罪を犯し刑務所へ戻らざるを得ないという負の連鎖がありました。

山本氏は出所後はそうした障がい者を含め、福祉活動に力を入れ、まだ道半ばですが、国の委員会などにも出席してその改革を進めているところです。この文庫版では、その改善の進捗が後書きで書かれています。

文庫解説ではジャーナリストの江川紹子氏が「秘書給与事件によって私たちは前途有為の政治家を失ったが、代わりに優れたジャーナリストと果敢な福祉活動家を得たのだ」と書いています。

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イギリス人の患者 (新潮文庫) マイケル オンダーチェ

先に映画「イングリッシュ・ペイシェント The English Patient)」を見て、そのスケールの大きさ、内容の濃さ、映像の美しさに惚れ込んで、私の気に入った映画ベスト10に入りましたが、名画座の映画館で観たのが1998年頃、14年が経ってその内容がかなり怪しくなってきたところで、book-offで原作本を発見し、読むことにしました。

結論から言えば、映画で記憶の残っていたのは、後半部分の記憶をなくしたイギリス人の患者が、なぜ姿形もわからないほどの全身火傷の重症を負うことになったのか、結婚はしているのか、していないのか、また英国を裏切ってナチスに協力をすることになったのか、など兵隊や同僚の死を見過ぎ厭世的になってしまった看護師に語っていく場面だけでした。

実は、この本を読み終わってからすぐにTSUTAYAへ行って「イングリッシュ・ペイシェント」のDVDを借りてきました。結構長い映画ですが、当然原作ほどの詳細な場面は描ききれず、要約された場面が多いのですが、美しい北アフリカの砂漠地帯、重症で後方への移動には無理があると置いていかれたイタリアフィレンツェの古い教会など、小説ではわからない風景が映画では楽しめます。

基本、戦争で悲劇的な結末を迎えることになった男女の不倫愛なのですが、その英国を裏切った男を捜してやってきた両手の親指をナチスに奪われた謎の男や、ターバンを巻いたインド人でありながら英国の教育と爆弾処理の訓練を受けて英国軍に従軍する兵隊、そして前述の女性看護師とが共に生活し、患者が記憶を徐々に取り戻して真実を知っていくことになります。

やっぱり恋愛の基本は悲劇で終わるというのはシェークスピアに聞くまでもなく、現代社会においても鉄板なのでしょう。

  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

パレード (幻冬舎文庫) 吉田修一

2002年に出版され、第15回山本周五郎賞を受賞した作品です。著者の吉田修一氏は43歳、同じ2002年に「パーク・ライフ 」で芥川賞も受賞した気鋭の作家さんです。しかしなんと言っても同氏の名前を不動のものとしたのが2007年に出版され、その後2010年に妻夫木聡主演で映画化された「悪人」でしょう。

この「パレード」も藤原竜也主演で2010年に映画化されていますが、「悪人」ほどにはブレークせず、私も観ていません。

内容は、2LDKのマンションに男二人、女二人の独身者がゆるい共同生活をしている中に、新宿二丁目で身体を売っている若い男性が転がり込んできます。

そしてその住人一人一人が順番に一人称で語っていくというストーリーで、その方式は決して目新しくはないものの、誰が主人公で、中盤ぐらいまで物語がどのように展開していくのかよくわかりません。

今では当たり前になってきた独身者のルームシェアは、2002年当時ではまだ珍しかったのではないでしょうか。しかもこの小説で出てくるパターンは1部屋に二人が寝るという、昔の言葉で言えば相部屋パターンです。

今の若い人の多くは、一人一部屋が普通の子供時代を過ごしてきていますので、家族でもないのに一部屋に、年齢も生活パターンも違う人が一緒に住むなんてまず考えられません。一部屋に相部屋でずっと過ごすというのは、バブル時代に日本に金を稼ぎにやってきた貧しい国の人達だけの世界です。

先日読んだ「風が強く吹いている 」に出てくる、学生向けの賄い付きで家賃3万円という、2階の床が抜けるボロアパート青竹荘でも双子以外の8人は一人一部屋でした。そういう点ではちょっとあり得そうもない設定ですが、そういう細かいところは無視してもいいのでしょう。

著者別読書感想(吉田修一)

  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

過ぎ去りし日々 (ハヤカワ・ミステリ文庫) ロバート・B. パーカー

アイルランドからワケありでアメリカへ移住してきた祖父と、ボストンで親と同じ警官という職業に就いていた父親が辿ってきた人生を、主人公が調べ上げてきたことを、婚約破棄寸前の恋人に語ることで、その恋人の家族とのあいだに思わぬ接点があり、家族同志の関係が悪化した理由が徐々に明らかになっていく壮大なスケールの大河小説です。

ロバート・B. パーカーと言えば「探偵スペンサーが活躍しなければ面白くない」という人も多いのではないかと思いますが、パーカーファンであれば、この長編小説は大いに読む価値あります。

この小説では3代に渡る2つの家族の関係がポイントで、パーカーが作品の中で時々見せる「親と子の絆」について、その原点を知ることができます。

また同時に、命をかける勇気ある男の行動、安易な結婚の末路、そしてそれぞれの時代における恋愛など、スペンサーシリーズをも包括したような面白さがあります。

ただ小説の時代が今と過去と次々に交差し、登場人物も多いので、ゆっくりと理解しながら読み進める必要があります。ページは通常のスペンサーシリーズのゆうに2~3倍はありますから、2~3時間で読了し、難問も解決というわけにはいきません。私も何度か登場人物の欄を見直しつつ、じっくりと読む進めました。

小説の中では、外国人の場合、ファーストネーム、ラストネーム、ニックネームが場面場面で使い分けられ、会話に出てきたりすることがあり、それも同じラストネームで3代続くわけですから、混乱して、同一人物だとあとで気がついたりすることがしばしばあります。

内容自体はテンポもよく、スラスラ読めますが、一度こんがらがると意味不明に陥りますので、落ち着いてじっくり読める時にこそお勧めです。

著者別読書感想(ロバート・B・パーカー)

  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

被害者は誰? (講談社文庫) 貫井徳郎

ミステリーの旗手、貫井氏の2003年(文庫は2006年)の作品です。この作品では「被害者は誰?」「目撃者は誰?」「探偵は誰?」「名探偵は誰?」の中編4編をまとめた謎を解く探偵ものです。

しかし単に謎を解いてドヤ顔をするのではなく、最後の「名探偵は誰?」なんかでは最後に貫井マジックにはめられたと、うめき声をあげるところでした。

登場人物は少なめで、主人公といえる事件の謎を推理するのが得意な売れっ子作家と、その後輩で、事件を持ち込む殺人事件などを扱う警視庁捜査1課の刑事のやりとりがメインです。

簡易版、入門編の貫井ワールドってな感じですが、しかしこういう発想やアイデアを次々と考えつくミステリー作家というのも、いつかはオリジナルのアイデアが枯渇するのではという恐怖を感じないのだろうかと、他人事ながら勝手に心配しています。

アイデアは無限だということはビジネスにおいてもよく言われることですが、人それぞれに得意分野があり、細かな手作業が得意な人や、毎日同じ作業を何年も繰り返しておこなうことが得意な人もいれば、アイデアを枯渇させることなくビジネスや小説に生かしていくことが得意な人もいるということでしょう。

ま、凡人な私には、この発想力は羨ましい限りです。

著者別読書感想(貫井徳郎)

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562
誘拐症候群 貫井徳郎

失踪症候群、「殺人症候群」とともに症候群シリーズ3部作と言われている作品です。失踪と殺人はすでに読んでいましたが、この本はまだ読んでいなかったので買いました。

このシリーズは連続する失踪、誘拐、殺人をそれぞれをテーマにし、その中で現役警視が元警官達を使って被害者や遺族の無念をはらす現代版必殺仕事人シリーズとも言える作品です。

この小説が書かれたのが1998年(文庫版は2001年)ですから、まだインターネットが普及し始めて間がない頃です。この小説の中にもネットには「ダイヤルアップで接続して・・・」というのがあり、時代を感じさせます。

同様に少し古い小説を読んでいると「なぜそこで携帯電話ですぐに連絡しないんだ!」とか「犯人の車がわかっているのだからNシステム(自動車ナンバー自動読取装置)で追跡できるだろ!」とか思った後、「あ、まだこの頃は携帯電話はないのか」とか「Nシステムが普及したのは1990年以降だったっけ」とか思うことがしばしばあります。ちなみにNシステムはオウムのサリン事件(1994年~95年)以降、急速に普及しました。

著者別読書感想(貫井徳郎)

  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

オリンピックの身代金 上・下 奥田英朗

時は1964年の東京。新幹線、国立競技場、武道館、首都高速道路、代々木体育館などオリンピック景気に沸く中で、東北などの地方から多くの労働者が出稼ぎに来ています。

華やかな東京都の表部分と、地方の電気さえ十分に届かない裏の部分がくっきりと付いてきた時代でもあります。戦争に負けて20年、世界から敗戦国として侮蔑されてきて、ようやく世界から許しを得られた証明がこの東京オリンピックでした。

そのオリンピック開催を間近にして、貧しい地方から出てきたエリート東京大学大学院生が、繁栄のために地方を犠牲にするその象徴であるこの東京オリンピックを妨害しようとします。彼にとってはなんでもよかったハズだけど、目の前に世界中が注目する東京オリンピックを人質にした恐喝を始めます。

長い小説ですが、その前段である東京と地方の格差、日雇い労働者と大手企業や役人との格差、そして1960年の安保運動以来急速に力を付けてきた公安警察と警視庁捜査1課との確執などが盛りだくさんで、途中でダレルこともなく、クライマックスの10月10日の開会式へ向かって突き進んでいきます。

東京オリンピック開催の時は私はまだ小学生で、しかも関西にいたので、その影響(恩恵)はなにもなく、家で家族と一緒に白黒テレビで入場行進を見ていたことぐらいしか印象には残っていません。その後のメダルを取ったバレーボールやマラソンなどは興味はなかったものの、家族がみな大喜びしているのを不思議な思いで見ていたものです。

これはもちろんフィクションで、著者はまだ当時小学生で当時のことを知っていたわけがありませんが、よく1964年の世相をよく調べて書かれています。おそらくいまもっとも余裕のある団塊世代以上の人達が大喜びしそうな小説でしょう。おそらく映画化されるのではないでしょうか。

著者別読書感想(奥田英朗)

  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

ジーン・ワルツ 海堂尊

チーム・バチスタの栄光」や「ジェネラル・ルージュの凱旋 」など医療・医学小説を得意とする現役医師の海堂尊氏の小説です。この小説では「代理母出産」がテーマになっていて、主人公は大学医学部産婦人科学教室助教です。

日本では倫理的観点から認められていない代理母ですが、すでに人工授精は普通におこなわれている現状からすると、その延長線上にある代理母は技術的には問題がないところまで来ています。なかなか重いテーマですが、知識のない人でもわかりやすく書かれていて、エンタテーメントとして読むことができます。

海堂尊は歯に衣着せぬ物言いで、医学界のみならず厚労省に対しても批判を続けている方ですが、その中で今年には東大教授に名誉棄損で敗訴しています。しかしいまもまだ意気軒昂で、今後も引き続き楽しみな方です。

本職が医者でありながら小説を書いていたというのは、森鴎外や齋藤茂吉、北杜夫、渡辺淳一、帚木蓬生(敬称略)など過去にも多くいらっしゃいますが、医学という自然科学と、創造力と表現力の文学の両方をものにできるとはまったくすごい才能です。

著者別読書感想(海堂尊)

  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

すごい会社のすごい考え方 夏川賀央

2010年時点で「すごい」と思われている会社とその考え方を、各種の関連書籍からその創業者や経営者の自慢話しを抜き出したダイジェスト版っていった本です。20年後にこの本を読んでみたら思わず失笑してしまうことになるのかも知れません。

そのすごい会社というのは「任天堂」「グーグル」「ディズニー」「アップル」「レゴ」「スターバックス」「サムスン」「IKEA」の8社です。グーグルとアップル、スターバックスを除くと歴史ある名門の会社です。

なぜこれらの会社が選ばれたのかはよくわかりませんが、2010年現在好調を維持していたのは間違いないのでしょう。ただ、結果的にうまくいったからその秘密を探ろうというのは、まだ社会を知らない学生や新入社員にはいいのでしょうけれど、十分経験の積んだ社会人にとってはややキツイなぁという感じも。

というのも、会社なんて生き物であり、調子のいいときは社員に対しての恩恵も多く、逆に厳しくなると急に引き締められるというのが一般的です。もしグーグルが落ち目になったときでも、いまと同じ経営方針や社員に対する待遇や採用方針が続くかというとそれはまずないでしょうし、絶好調の企業の考え方と普通の企業では比較の対象にはなりえないのです。

こうしたビジネス本では時代が変わっても変わることのない「コミュニケーション」や「マネジメント」と言うところが鉄板なのでしょうが、それらを遥かに超越したこの種の成功物語と自慢話は、ちょっとどうかなと抵抗を感じてしまいます。どちらかと言えば社会人向けには苦境にある中で、その中にいた人がどうやってそれを凌いだかという話のほうが役立ちそうです。

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558
自由死刑 (集英社文庫) 島田雅彦

主人公は30過ぎの独身男性。わずかばかりの貯金を引き出して、1週間後に自殺をするため、残された日々を(主人公なりに)有意義に過ごそうとしています。その1週間の物語です。

なぜ自殺をするのか?世を儚んでというわけでもなく、ただ思いつきでとしか言いようがない流れですが、毎日平均で80人以上の自殺者(はっきりと自殺と判明しているものだけなので、実態はもっと多いはず)が出ているの、たいした理由がなくとも自殺する人がいても全然不思議ではありません。

島田雅彦氏の小説は過去に読んだことあったかなぁと思って調べてみると、島田一男氏、島田荘司氏の小説は読んでいましたが、島田雅彦氏の小説はこれが初めてでした。

最後はどうなるのか?とドキドキしながら読み進んでいきますが、途中であこがれの元アイドルとの逢瀬や元カノとの出会いなど、退屈することのない濃縮された1週間があっという間に過ぎていきます。最後は、読んでのお楽しみです。

島田氏は今年50歳、多くの小説やエッセイ等を出しておられますが、いまいち書店で見た記憶に残っているものはなく、地味と言えば地味、ツウ好みと言えばそうなのでしょう。

この自由自殺を原作にしてテレビドラマが作られたことがありますが、一気に有名になるためにはやはり著名タレントを使って映画化がされ、大掛かりな本と映画の同時キャンペーンでもおこなわないと厳しいのでしょう。言うは易くで有力なプロデューサーや監督の目にとまらなければなりませんからたいへんです。

著者別読書感想(島田雅彦)

  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

一瞬の風になれ 第一部 -イチニツイテ- (講談社文庫) 佐藤多佳子
一瞬の風になれ 第二部 -ヨウイ- (講談社文庫) 佐藤多佳子
一瞬の風になれ 第三部 -ドン- (講談社文庫) 佐藤多佳子


2007年本屋大賞を受賞したベストセラー本でもあります。先月読んだ三浦しおん氏「風が強く吹いている」が大学陸上部の物語だったのに対して、こちらは高校の陸上部が舞台です。

大学陸上の目標が箱根駅伝に対して、高校陸上部はインターハイという違いはありますが、この二つの陸上部の小説にはよく似た類似点があり、それは主人公とその主人公があこがれる理想的な最強の仲間と、しのぎを削る強力なライバルがいるということです。

また陸上競技ということで言えばその前年の2006年には堂場瞬一氏のマラソンランナーのドーピングを扱った「標なき道」、翌年の2008年には黒木亮氏のやはり箱根駅伝をテーマにした「冬の喝采」が文庫化されてました。この頃は小説の世界では陸上競技ブームだったようです。

さて、単行本で3冊に及ぶ長編小説ですが、話のテンポはよく、スラスラと読めていきます。なぜ3冊に分かれているかと言うと結果的にそうなったというのでしょうけど、ちょうど高校3年間を各1年ずつで3年間分という形です。特に最後の第3部のクライマックスではもう手の汗を握るドキドキの連続です。すべてはこの最後に向かって長い長い第一部と第二部、それと第三部の前半があったと言って過言ではありません。

昔のスポ根ドラマのように1年生の時のしごきとかはなく、新人戦レースや夏合宿、夏休み中の自主トレ、それに家族愛や恋愛など、盛りだくさんで飽きさせません。そして1年生、2年生の時に悔しい思いをしたことをバネにして、最後の3年生で目標を達成していくというストーリーは鉄板です。

上手いなぁと思ったのは、女性作家さんでありながら、男子高校生の日常と陸上部という特殊な環境の中のことが詳細に、しかも違和感なく書いてあることです。ただ現実はと言えばもっと汗と泥だらけの不潔が歩いているようなもので、さらに親や兄弟を疎ましく思える年代であり、一方では性欲はもっとギラギラしていてもおかしくはないと思うのですが。

おそらくこの本を推薦するのは多くは女性ではないかなと思います。女性から見た魅力ある理想の男子高校生を描くとこうなるんだろうなぁと思ったりします。

著者別読書感想(佐藤多佳子)

  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

わかりやすく〈伝える〉技術 池上彰

執筆活動に力を入れたいからと最近ブラウン管では時々しか見かけなくなった池上彰氏ですが、元々はキャスターも務めたNHK記者ということもあり、その頃から身に付けてきた人に「わかりやすく伝える技術」をまとめたものです。

新聞記者とテレビ記者の大きな違いはおそらく新聞記者が書く力(読ませる技術)であるのに対して、テレビ記者は伝える力(表現力)に主眼が置かれます。

それは新聞の場合は、記者が書いた原稿がそのまま活字となり新聞に掲載される(当然編集者の手は入るにしても)のに対し、テレビの場合は、アナウンサーが原稿を読む場合でも、記者が現地から生中継するときでも、主役は映像であり、言葉はサブ的なものとなります。したがって主役の映像を元にしていかにわかりやすく言葉や文字で伝えるかに主眼がおかれるというわけです。

そしてある程度は購読層が限られる新聞に対し、テレビの場合は老若男女様々な相手を対象とします。そこでも必要になってくるのは、どんな相手にもわかりやすく伝える技術でしょう。

ただそのテレビでの経験だけではこの本を読むであろう学生やビジネスマンに応用できる範囲は限られるので、企業や学校の場で、会議やプレゼンテーションに使える有効な技術がいくつか紹介されています。

例えば「プレゼン原稿を作ってから図を描くのではなく、まず自分で図解をしてから原稿を作る」とか「プレゼン画面は大項目を3つだけ描いておき、その詳細は資料には書かず口頭で述べる」「聴衆の予想を裏切ることで引きつける」などなど。

テレビの報道番組ではみのもんた氏のちょい見せプレゼンや間の取り方、久米宏氏の口に出さずともテレビに映ることで意志を表現する手法などを絶賛し、テレビに出るときのお手本となったとベタ褒めです。逆に「政府には早急な対策を望みたいですね」などと言っているキャスターに対しては怒りさえ覚えると、ゴールデンタイムの某報道番組キャスターを名指しこそしていませんが、バッサリと切り捨てているのは痛快です。

著者別読書感想(池上彰)

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灰色の嵐 (ハヤカワ・ミステリ文庫) ロバート・B・パーカー

残り少なくなってきたスペンサーシリーズ36作目は、過去(「悪党」「冷たい銃声」)に登場し、最初はスペンサーの命を奪う目的だったのが、その後は和解し、時には仲間としても活躍するようになった全身灰色ずくめの腕利き殺し屋グレイ・マンと再び対決することになります。

この謎だらけでクールなグレイ・マンの人気は高いのですが、この小説で再び適役となってしまった以上、主人公は死ぬわけにはいかないので結局グレイ・マンが死んでしまうのかとちょっと残念に思いながら読み進めます。

最初に娘の結婚パーティが開かれる島の女主人に護衛を依頼されながら、スペンサーの目の前でその娘が誘拐され、花婿や護衛が殺される事件が勃発し、その主犯がなんと顔見知りのグレイ・マン。そこから二人の闘いが切って落とされます。その後ボストンへ戻ってからは、「なぜグレイ・マンともあろう男がこのような雑な事件を起こしたのか?」「裏で糸を引いているのは誰か?」などを相棒ホークとともに調査を始めます。

しかし「首を突っ込むな」というグレイ・マンの警告に対し、一歩も引くことはないスペンサーをやがてつけ狙う殺し屋が現れたり、グレイ・マンや、パーティが開かれた島の持ち主、その元結婚相手などを調べていくうちに、徐々に謎が明らかとなっていきます。

このあたりは、いつものことですが、「わからない時は、とにかくいろんな人を尋ね歩き、つつき回すと、それを気に入らないと思う奴らがしびれを切らせて尻尾を出す」ということで、その通りになっていきます。

そして、最後の対決のためグレイ・マンがスペンサーの部屋へやってきて語る自身の過去とは、、、う~ん、、、

■スペンサーシリーズに関連した過去記事
 スペンサーシリーズの読み方(初級者編)
 さらばスペンサー!さらばロバート・B・パーカー
 ハードボイルド的男臭さ満点小説

著者別読書感想(ロバート・B・パーカー)

  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

城をとる話 (光文社文庫) 司馬遼太郎

最初読む前、タイトルだけを見て想像していた本の中身は、戦国時代に数々の城が攻められ、そして落城してきましたので、その城をとるための傾向と分析かなと勝手に思ってました。しかしまったくそうではなく、架空の人物がある建築中の城を取ってやろうとする物語です。

解説を読んで知ったのですが、この小説は1965年に日経新聞に連載されたもので、元々は仲のよかった石原裕次郎に、映画にしたいから自分を主人公にした時代劇を書いて欲しいと頼まれたものです。石原裕次郎と時代劇というのも珍しいですね。

映画は小説が連載中に「城取り」というタイトルで舛田利雄監督、石原裕次郎主演で制作され上映されましたが、当時私はまだ7歳なので知るよしもありません。団塊世代以上の人なら観たことあるのかも知れません。

さて内容は、豊臣側と徳川側が日本を二分している1600年頃の会津の北方、豊臣側の上杉景勝と徳川方の伊達政宗が対峙する中で、伊達側が国境に戦闘用の城を築城し始めたことで、上杉側の客分がひとりで城を乗っ取ってみせると豪語します。

途中で味方につけた山賊や巫女、商人などとともに城近くの村に入り、そこの百姓を動かして城を乗っ取ろうとするのですが、伊達方もなかなか強力で、、、とまぁ言うことですが、中盤までののんびりとしたムードが一転して激しい戦闘シーンへと移っていく迫力と、知恵比べなど見どころも満載です。

著者別読書感想(司馬遼太郎)

  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

雷桜 (角川文庫) 宇江佐 真理

私はまだ映画は観ていないのですが、小説よりも岡田将生、蒼井優の二人が主演した2010年の映画が先に有名になった感があります。

内容は時代劇で、身分の違う二人が出会い、そして別れざるを得ない悲恋です。ま、ハーレクイーンやディズニー映画の時代劇版と言いましょうか。

著者の宇江佐真理氏の本は、今回初めて読みましたが、過去には吉川英治文学賞をとった「深川恋物語」や、直木賞候補にもなり、シリーズ化されている「髪結い伊三次捕物余話」など多くの時代小説があります。

「雷桜」のようなやや甘ったるい小説を書かれているので、失礼ながら若い新進作家かなと思っていましたが、50代も半ばになった私よりも8つも年上の方でした。

この小説で出てくるメインの人物はいずれも架空ですが、主人公の父親に当たる十一代将軍徳川家斉は実在し、その息子の中には小説で出てくるのと同様、徳川御三家のひとつ紀州藩へ婿養子として入った人物が確かにいます。このように、実在した人物をうまく使い、小説を創り上げるのは醍醐味でもあり私は大好きです。

  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

風が強く吹いている (新潮文庫) 三浦しをん

この歳になってくると、スポコン青春ドラマは敬遠しがちになってくるので、自ら進んでは読まないであろう、この本は2007年の本屋大賞で3位になった作品ということで買ってみました。

著者の三浦しをん氏は2006年に「まほろ駅前多田便利軒」で、20代の若さながら直木賞を受賞したすごい方ですが、私が同氏の本を読むのはこれが初めてです。

内容は東京にある私立大学に通う学生達が入居しているオンボロアパートの住人達10名が、主人公のリーダーに引っ張られ、数々の試練を乗り越え陸上競技の名門校と伍して闘い、箱根駅伝の出場キップを手に入れ、220km先のゴールを目指す10カ月間が描かれています。

一般的に陸上競技とは縁がなく、西日本以西で生まれ、その地で育った人にとって箱根駅伝というのは単なる「学生の地方大会」ということで、どうしてそれを昼間からテレビがゆっくり見られる大事なお正月に、朝から昼過ぎまでずっとテレビ生中継されているのか不思議に思うことがあります。

ただこの箱根駅伝、歴史はすごいものがあって、大正9年(1920年)に早稲田大学、慶應義塾大学、明治大学などが参加して開催したのが最初で、途中太平洋戦争時に何度か中止になったことががありましたが、今年(2011年)は第87回というものです。東京六大学野球ですら1925年の開始ですからそれよりも前ということです。

その箱根駅伝のうんちくなどもわかりやすく書かれていて、これを読むと箱根駅伝に興味のなかった人も、「どれ、次は見てみようか」と思うようになります。

私事で申し訳ないのですが、私は短距離走ならクラスでもトップクラスにいる自信があったのですが(短距離リレーなどはいつも選抜メンバー)、長距離走はてんで自信がなく、中・高・大で長距離走があるといつも平均か平均のちょっと下あたりをウロウロしていました。

そういうこともあり、長距離走にはほとんど関心がない私ですが、それでも読み始めると感情移入してしまい、最後はドキドキウルルものです。映画化もされているそうで、機会があったら今度DVDを借りてこようかと思っています。

著者別読書感想(三浦しをん)

  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

ワーキング・ホリデー (文春文庫) 坂木司

タイトルからはまったく想像できない内容ですが、とてもいい感じの小説でした。坂木司氏は先日デビュー作の「青空の卵」に続き2冊目です。

小説やドラマ、映画なんかによく登場する「ものすごくよくできた子供」が登場します。この大人顔負けに知識が豊富で、お手伝いや家事を嫌がらず、そしてかわいげもあるという「よくできた子供」というのは実際にはまずお目にかかることはありませんが、大人、特に子を持つ親からすると理想形の子供ということなのでしょう。

恋愛小説には整った顔の男女が登場するように、親子が主人公になる小説には、必ずと言っていいほど、出来の悪い親と、出来のいい子供のコンビが登場します。もうそれにはヘキヘキしますが、そうでもないと単なるドキュメンタリーチックな悪ガキ、家庭崩壊物語か、それともサザエさんやドラえもんのような風刺的アニメにしかなりようがないのでしょう。

さて、この物語の親子ですが、父親は新宿のホストクラブに勤めるあまり人気のない若きホスト。そこへ突然見知らぬ小学生が尋ねてきて「お父さん」と、、、

昔付き合っていた彼女が別れた後こっそり産んでいたことを知り愕然とするも、ホスト仲間やクラブ経営者の助けもあってホストを辞め、宅配便会社へ転職し、夏休みの間その子供と一緒に生活をすることになります。

あり得ない話とはいえ、いきなり小学生の子を持つことになった父親と、人見知りもしない掃除洗濯料理となんでもござれのよい子との感情の機微などがうまく描かれています。そしてお約束のように夏休みが終わりに近づいてきて、親子が離ればなれになる時が迫ってきます。

無理矢理に話しを盛り上げるでもなく、淡々と親子関係と宅配運送業の仕事が描かれていて好感が持てます。脇役のホスト仲間やホストクラブ経営者、宅配会社の同僚や上司などが魅力たっぷりで、映画化されるときっと面白くなりそうな感じです。

著者別読書感想(坂木司)



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