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切羽へ(新潮文庫) 井上荒野

著者は小説家井上光晴の長女として1961年に生まれ、出版社勤務の後、1989年に小説家デビュー、2008年には本書で直木賞を受賞した女性作家さんです。名前は「こうや」ではなく「あれの」で本名とのことです。

本書の内容は、昔炭坑として栄えた離島に住む夫婦を中心に、島の人間関係、東京からやってきた非常勤の小学校教師など、感情に訴えかける日常が淡々と綴られています。

文庫の裏表紙に書かれている紹介には「官能的な大人のための恋愛長編」とありますが、私の読後感としては恋愛小説とは思えず、どちらかと言うと、島の紀行と生活スタイル小説という感じです。

おそらくこの微妙な恋愛感情をわからないヤツと言われるのでしょうけど、どっちつかずであまり意味もなく揺れ動く感情というのが苦手で、読んでいてどうにもイライラさせられます。

都会に住む人には、理解できない島の狭くて濃密な人間関係など、そういう異世界な話しとして読む分には、そういう世界、生き方もあるのねと納得できそうです。

タイトルの「切羽」は、「切羽詰まる」の「せっぱ」と読むことが多いのですが、この著書では「きりは」とふりがながふってあります。

意味は、「トンネル工事、鉱石の採掘現場などで、掘り進めている坑道の先端」(コトバンク)で、本書ではそれから連想した意味として使われています。

余談ですが、「せっぱ」と読むと、意味は変わり、「刀のつばを固定するため柄と鞘に接する部分に使う金具。または、差し迫っていること。どたん場」となります。

著者の作品を読むのはこれが初めてですが、数多くの作品があるので、そのうちまた手に取ってみたいと思います。

★★☆ 

著者別読書感想(井上荒野)

 ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟

虚無回廊 I(徳間文庫) 小松左京
虚無回廊 II(徳間文庫) 小松左京
虚無回廊 III(ハルキ文庫) 小松左京

著者の作品には「果しなき流れの果に」「さよならジュピター」など宇宙を舞台にしたSF長編作品も数多くありますが、晩年になってから書かれた本作品が未完のまま残されました。

1985年の雑誌で連載が始まり、途中中断のあと1991年から1992年まで連載されされて雑誌の都合で終了します。続編の執筆の意欲はありながら2011年に亡くなり最後の長編小説となります。

内容は、琴座と白鳥座の間の方向の地球から5.8光年離れた場所に、巨大な人工物と思われる物体が現れたり消えたりすることが観測されます。

しかしその時の宇宙船で現場へ行くには片道だけで何十年もかかり人間が乗船して行くのは無理で、AIロボットのその先を研究していたAE(人工実存)ロボットを送り込むことになります。

AE(Artificial Existence)ロボットは、指示を与えられなくとも自らの判断だけで行動することができるロボットで、自己修復、自己改良、自己再生が可能で、開発研究者の経験や知識、さらには魂までが移植されています。

AEを乗せた宇宙船が巨大人工物に到着する前に、地球にいるAEの開発者が寿命を終え、それを知ったAEは、これで義務や義理がなくなったと、地球との定期交信を終了する判断をし、その後は単独で人工物の探査を始めます。

まるで宇宙の中の集蛾灯のような存在の巨大人工物に何万年も前から様々な生命体や人工生命が集まってきていて、その中で地球から送られたAEはコミュニケーションが可能な異星人や異星人が送ってきたロボットと情報を交換し共に探査活動を始めます。

と、言った内容ですが、まだ宇宙、時に太陽系以外のことがよくわかっていなかった1980年代に、よくこれだけ宇宙開発について想像しながら書けるものだと驚きです。

この小説にも出てきますが、天の川銀河の中心近くにあり電波を発している天体「いて座Aスター」のことが、先日大きなニュースで出てきました。

天の川銀河のブラックホール撮影 最も近くに存在、2例目―国立天文台など国際研究チーム
地球から約2万7000光年離れた銀河系の中心部には、「いて座Aスター」と呼ばれる電波を発する天体が存在する。周囲の恒星の動きから、この天体は太陽系よりも狭い範囲に太陽の400万倍の質量を持つことが判明。巨大なブラックホールと考えられてきたが、今回の撮影で裏付けられた形だ。

宇宙にはまだわからないことがいっぱいあるので、ロマンがあふれます。

そしてこの未完の長編を誰かが引き継いで書かないか?ということですが、ハルキ文庫の3巻で解説を書いている瀬名秀明氏などが有力な候補になるでしょう。

でも、実際のところ、偉大な著者がこの遺作とも言える長編のラストをどのようにしたかったのかわからないので、なかなか難しいでしょう。

この3巻まででも十分に楽しめるので、これでいいんじゃない?と私は思います。

★★☆

著者別読書感想(小松左京)

 ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟

ナニカアル(新潮文庫) 桐野夏生

なにも知らずに読み始めましたが、「タイトルからするとこれはホラーものか?」と思ってましたが、全然違いました。

2010年に単行本、2012年に文庫化された長編小説で、主人公は戦前戦後に活躍した女性作家林芙美子です。

以前、林芙美子著の「放浪記」を読みましたが、不幸な貧しい生い立ちから、母親と共に生きるために様々な仕事をし、やがて文才を認められて日記を元にしたエッセイや小説を書くようになります。

2016年4月後半の読書と感想、書評(放浪記)

しかし当時の文壇は高学歴で高尚な思想、芸術家が権力と支配力を持っており、貧しい家の出身で、高等教育も受けていない芙美子はその性の奔放さもあって、様々なところで差別や軋轢を生むことになります。しかし芙美子の書く大衆文学は広く庶民に愛され、人気に火が付いて売れっ子作家となっていきます。

その林芙美子の伝記風小説というわけでもなく、芙美子とその夫で画家の緑敏も亡くなり、その夫の後妻となった遺族が自宅にあった遺品を整理していたとき未発表の原稿を発見し、それをどうしようかと相談するところからこの小説は始まります。

その原稿には戦争中に南方へ渡って視察し、軍の宣伝用のレポートを新聞に寄稿するという役目ですが、その旅の途中では、徴用された民間船の船員や、スパイの疑いがかかっている馴染みの新聞記者との密会、さらには、不倫でできた子供を夫に内緒で出産し、しれっと孤児の赤ちゃんとをもらい受けたと画策するなど、「これは事実を書いた自伝なのか、それとも小説なのか?」という謎が、誰にもわかりません。

この遺稿の部分は著者の創作ですが、それ以外の部分は林芙美子のわかっている人生をなぞっていて、小説でありながらも伝記的な側面があり興味深く読めました。

ただ南方インドネシアに滞在していた時の話し、しかも色恋沙汰のベタベタした話しがやたらと長く、ダラダラと続き、ちょっと中だるみを感じました。

それにしても、瀬戸内晴美とかこの林芙美子とか、十分に保守的だった昭和の時代に、性に対してあっけらかんとした女性だからこそ、大衆向けの小説やエッセイを書く作家という職業に向いていたのでしょうかね。

★★☆

著者別読書感想(桐野夏生)

【関連リンク】
 5月前半 アンダスタンド・メイビー(上)(下)、戦国時代の大誤解、隻眼の少女、生きる
 4月後半 世界の中心で愛を叫んだけもの、溺レる、生きている理由、ミーナの行進
 4月前半 蜜蜂と遠雷(上)(下) 、となり町戦争、連続殺人犯、追想五断章


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