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火の壁(文春文庫) 伊野上裕伸

火の壁
1938年生まれの著者の作品は今回初めて読みますが、数多くの推理小説が出版されています。中でも作家になる前に勤務していた損害保険会社での調査員の業務と経験が多くの作品に生かされているようです。

本書は1996年にサントリーミステリー大賞を受賞し、単行本が発行され、1999年に文庫化されています。

本書の主人公は損保会社と契約し、保険支払に関わる事故などの調査を請け負っている会社の調査員で、主に火災事故で火災保険の支払のための調査をおこなっています。

私も自宅には火災保険をかけていますが、保険金の支払い額を抑えるため、例え全焼して保険金が満額が支払われたとしても、自宅の再建や使い慣れた家具や電気製品などを揃えるには十分な水準ではなく、元の生活には戻れそうもないかなと思われる程度の契約で、今後見直しも必要かなと考えているところです。また地震保険も付けたいところですが悩ましいところです。

小説では、連続して自宅や店舗が不審火や失火で火災保険が支払われている曰く付きの男性について、新たな火災が起きたため、さすがにこれは疑わしいと損保会社から依頼をされ調査を始めたのが主人公の調査員です。

以前読んだ重松清著「疾走」でも放火がテーマで、重苦しいテーマでしたが、放火のテクニカルな話とともに、放火を起こす犯人の複雑な精神状態など、単なる保険金目当てだけではない様々な事情や人間関係が絡んできます。

しかし火災の原因や、失火に誰が関わったかなど、警察ではない調査員が調べていくというのは、一種の探偵と同じで、個人情報やプライバシーなど様々な制限があり困難を極めます。

そうした困難をひとつひとつクリアしていき、その中からおおよその絵を描いて、あとは保険会社とその弁護士へ引き渡していくという流れで、一般的な探偵小説のようにすべて一人で解決していくというものではありません。

推理小説としては、人間関係にやや無理がなくはありませんが、総じて知らない世界を見せてもらって面白かったというのが感想です。

★★☆


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追想の探偵(双葉文庫) 月村了衛

追想の探偵
機龍警察シリーズ」の小説が有名な著者ですが、そちらはまだ読んでいません。本作品は、2017年に単行本、2020年に文庫化された連作短篇の小説です。

探偵というタイトルから「人捜しでもするのだろう」ぐらいに思って、特にあらすじとかは知らずに読み始めました。

そうすると人捜しには違いないものの、主人公が出版社で怪獣や変身もの、戦隊ものなど、特撮ドラマや映画の専門雑誌の編集長で、当時の関係者のインタビュー記事を掲載するために古い作品の監督など関係者を探していくという物語です。

特撮ものというと、1950年代から1960年代にかけて、テレビでは月光仮面や、少年ジェット、ウルトラQ、マグマ大使などがヒットし、その後はウルトラマンシリーズや仮面ライダーシリーズ、映画ではゴジラシリーズなどへと広がっていきます。

1957年生まれの私がリアルタイムで見ていた特撮もののテレビ番組は、カネゴンやガラモンが登場していたウルトラQ以降です。

2000年頃からはそれまでのミニチュア模型やコマ送り合成などを使ったSFX(特撮)から、コンピュータグラフィックスを使ったVFXへと変わってきます。

ゴジラシリーズで言うと2004年公開の「ゴジラ FINAL WARS」まではミニチュアや着ぐるみで製作されましたが、実質その次の作品となる2016年公開の「シン・ゴジラ」からはVFXで製作されています。

したがって従来の特撮の専門家というと、主に1960年代~1990年代までに活躍した人たちということになり、その時代に活躍していた人はすでに亡くなっているか、かなり高齢ということになりますので、人捜しはたいへんです。

短篇は6編あり、それぞれに当時の特撮に関係していた人を探していきますが、今でも当時の特撮マニアが相当数いるというのには驚きます(知りませんでした)。

なお、この小説の主人公のモデルは実在していて、解説に書かれていましたが洋泉社がかつて発行していた「特撮秘宝」の編集者だった方です。単なる創造世界の中だけでなく、実際にこのような特撮のマニアックな世界があったこと自体驚きでした。

★★☆

著者別読書感想(月村了衛)


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70歳の正解(幻冬舎新書) 和田秀樹

70歳の正解
2022年に発刊された新書で、高齢者専門の精神科医として「80歳の壁」や「70歳からの老けない生き方」など、タイトルに年齢を入れた健康指南本が多い著者です。

私と年齢が近く、したがって日々感じていることや、それぞれの年代によって必要とされるものなど、考え方に近いものがあって話はスッとはいってきます。ということはおそらく20代や30代の人がこの本を読んでも、あまりにも置かれた環境や精神的・肉体的条件が違いすぎてピンとこないでしょう。

まず最初に本を開いてみると、文字が大きく老眼の入った高齢者にも読みやすくなっています。普段細かな文字の文庫ばかりを苦労して読んでいるので、極めて楽に読めます。

内容は、平均余命まで生きるとして60代だとまだ20年以上余命があり、そのラスト20年に心身ともに健康でいられるように医者としてなにをしたら良いかという話がメインです。

そうした高齢者の健康指南本は星の数ほどあるので、その中に埋もれてしまいそうな気もします。内容的にも、他の指南書とそう変わらないかなと思います。

その中には、タバコの害と禁煙は当然書かれていますが、「最近の研究では、ニコチンはアルツハイマー型認知症を防ぐ効果がある」というアップデートされた意外な記載があり、過去に書いた著書の使い回しではないことは言えそうです。

★★☆

著者別読書感想(和田秀樹)

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囚われの山(中公文庫) 伊東潤

囚われの山
著者の作品を読むのは今回が初めてですが、1960年生まれの著者は2007年以降、歴史小説やノンフィクションを数多く出版されています。

本著は、1902年(明治35年)に青森で起きた八甲田山雪中行軍遭難事件をモチーフにした現代が舞台の小説ですが、この冬山での遭難事故として世界の中でも最多の犠牲者を出した事件については、戦史家、歴史家、学者、ジャーナリストなど多くの人が検証や研究発表、執筆を行っていて、もはや新しい謎やネタで書くのは難しいだろうと思っていました。

個人的には若い頃に高倉健主演の映画「八甲田山」をロードショーで見て、そのずっと後に映画の原作となった新田次郎著「八甲田山死の彷徨」を読んでいます。さらに東北へ旅行したときには、本著にも出てくる八甲田山雪中行軍遭難資料館を見学し、隣の幸畑墓苑にお参りしてきました。

幸畑墓苑

小説のストーリーは、出版社に勤務する中年男性が、歴史物雑誌の特集記事で八甲田山事件を取り上げる提案をしてその企画の責任者となります。

その主人公は元々は夕刊紙の記者でしたが、雑誌の編集長だった先輩に誘われて今の部署に来ています。しかしその先輩が雑誌の販売不振で退職したあと、後任にファッション雑誌の副編集長だった女性が上司としてやってきたのが不満です。さらにプライベートでも妻との関係もうまくいかずに別居状態です。

八甲田山事件の謎として、下級兵士の服装が冬山には不向きと言える軽装備だったことから、これは軍部が満州でソ連と戦う前に冬の装備の優劣や、兵士が寒冷地で凍傷に罹った場合の対応など人体実験として計画されたものではないか?というテーマと、もう一つ、当初の新聞では現地での凍死者数200名というのが、後から軍の発表では199名となっていたことに疑問を持ち、除外された1名の謎を追いかけます。

多少は八甲田事件のことを知っていたことや、夏場ですが行軍隊が迷走した馬立場から鳴沢あたりの地形を実際に俯瞰して見ているので、迷走した歩兵第5連隊の行動履歴がよく理解できました。本書の最初には、地形図と露営地の場所などが書かれた地図もついているのが親切です。

最後の命をかけたクライマックスのシーンはそれまでの緻密な設定から急に大雑把な感じへと変わってしまい、やや不満が残るところですが、なりゆきからどこかで雪山で無念の死を迎えた兵士の亡霊でも出てくるかなと思っていたら案の定でした。

それはともかく、ずっと興味を持っていたテーマでもあり、とても面白かったです。

★★☆


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