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獅子吼(文春文庫) 浅田次郎

獅子吼
「獅子吼」「帰り道」「九泉閣へようこそ」「うきよご」「流離人」「ブルー・ブルー・スカイ」の6篇の短篇作品を収録した2016年(文庫は2018年刊)に発刊された短編小説集です。

タイトルにもなっている表題作「獅子吼(ししく)」は、時代は太平洋戦争末期の日本で、語り手が動物園のライオン(獅子)だったりして度肝を抜かれます。

途中から畜産科で学業中に動物園でも働いたことがある男性が徴兵され軍務に就いている中、やがて戦局の悪化にともない動物園の猛獣の射殺を命令されます。実際に、全国各地の動物園でも餌の不足とともに、空襲などで檻から逃げ出すリスクを避けるために動物たちを殺していました。

そうした悲しい歴史とともに、動物の王者としての威厳を守ろうとするライオンの創造的な意志を言語化した珍しい作品です。

その他では、東京大学の入試を受けるつもりが学生運動のため入試が中止となり、1年浪人生活をおくるため都内の格安アパートへやってきた私生児の男性が主人公の「うきよご」、ひとりで旅行中に老人が話しかけてきて戦争中に命令に従わずあちこち旅をしていた将校のおかげで死なずに済んだという話の「流離人」など、面白く読めました。

ただいつも思うのは、著者の作品は長編小説こそ輝いていますが、短篇作品はどうも当たり外れというか、全体的に長編の合間の少ない時間で編集者に拝み倒され無理矢理書かされている?っていう売れっ子作家さんの悲哀を感じるときがあります。

★★☆

著者別読書感想(浅田次郎)

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弔いのダマスカス(ハーパーBOOKS) デイヴィッド・マクロスキー

弔いのダマスカス
元CIAの分析官だった著者のデビュー作で、2021年にアメリカで出版、和訳版は2023年に文庫で出版されました。

国際的に活躍するスパイを取り上げた小説は数知れないですが、こちらもその例に漏れず、中東の地でスーパーマン的な活躍をします。主人公ですからどれだけピンチに陥っても死なず安心して読んでいられます。

そのアメリカのスパイが活躍するのは、中東シリアの首都ダマスカスです。

化学兵器を開発製造しているのではとダマスカスで調べていたCIAの担当官が二人捕まり殺害されます。実際にシリアでは2013年に反政府軍に対しサリンを使った攻撃をしたという歴史があります。

その復讐と化学兵器の保管場所を突き止めて打撃を与えるというのが主人公の役目で、まずは政権内部にいながらも現政権に不満をもっている女性職員をスパイとしてスカウトし、様々な連絡方法を駆使し情報を集めていきますが、シリア政府も友好国のロシアやイランとタッグを組んでCIAの活動を見張り次々と対抗策を打って出ます。

違法活動が明らかとなった大使館付きのタフなCIAエージェントを生きたまま捕まえるために、シリア側がたった3人の弱い民兵を送り込んで失敗するなど、あり得ない点は数々ありますが、エンタメ性は十分で、そのうち映画化されても不思議ではないでしょう。

しかしこれほど中東の国や軍は極悪非道で、暗殺すべき相手は、捕虜を殺して頭の皮をはぐのが趣味の軍人や、ペドフィリアの軍幹部な、暗殺時には巻き添えで他人に傷つけないのが必須の条件など、徹底して勧善懲悪を貫いています。現実的にはそんなわけなかろうと思いますが。

尾行のまき方、連絡の取り方、要人暗殺の方法、スパイのスカウトの仕方など細かいCIAのうんちくが満載で、ただし事前にCIAにオープンにしても構わないとお墨付きをもらっているので実際の方法とは違うということになりますが、それらの退屈な部分が長々と続き、特に前半は一向に先へ進まず読むのを断念しようかと何度も考えました。

そうした部分を過ぎて後半でようやく物語は動き出し、一気にクライマックスへとなだれ込んでいきます。

中東でも、イランやイラク、イスラエルなどの話はよく見たり聞いたりしますが、シリアという国は日本との関係が薄くあまり知られていません。そうした知らなかったシリアのことを知るには、敵対するアメリカ人視点ですが少しだけ役立ちそうです。

★★☆

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キンモクセイ(朝日文庫) 今野敏

キンモクセイ
2018年に単行本が出版された本著は、著者のデビュー作からなんと199作品目ということです。それにしても多作な作家さんです。

しかし過去に読んだ作品からは手抜きや使い回しって感じのものはなく、本著もかなりの力作と思いました。

シリーズ物が多い中で、本作品は単独のもので、主人公は警察庁警備局警備企画課所属のキャリア採用の官僚です。警備局とは主に公安事案を扱うので戦前で言えば特高のような組織に当たります。

そんな中で、法務省官僚が何者かに射殺され、その対処を指示されながらも、なにかの力が働きすぐに解散となり、なにか裏がありそうだと先輩官僚や、同期で他の省にいる官僚仲間達と調べ始めます。

そこで出てきたのがタイトルにもなっている「キンモクセイ」というワードで、そのワードに込められた秘密を知ったことで法務官僚は殺されたのではとわかってきます。

しかしこうした官僚達が今の日本を動かしていることは頭では理解していても、こうして例え小説とは言え内輪の話を読むと複雑な気持ちになってきます。

それは決して「主権たる国民のため」というよりも、省益や利権、自己保身、エリート意識(プライド)など、下々の庶民には遠い世界で自分たちに都合良く国を動かしているに過ぎないのかな?ということです。

本著でも触れられていますが、恣意的な運用が可能な「特定秘密保護法」や「改正組織犯罪処罰法」「共謀罪」などは、平和で何も起きていないときには無視できるものでも、それこそなにか国に非常事態が起きたり、政治家や官僚にまずいことが発生して隠したいときには、これらの法律が国民の行動や声を封鎖する威力を発揮することになります。

フィクションとは言え、なにか国民の知らないところで政治家や官僚の都合が良いように法律が変わっていくという不気味さを感じられる小説でした。

★★☆

著者別読書感想(今野敏)

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絶唱(新潮文庫) 湊かなえ

2015年に単行本、2019年に文庫化された連作短篇小説集です。短編4編のタイトルは「楽園」「約束」「太陽」「絶唱」です。

この4篇に共通するテーマが、南太平洋にあるトンガ王国と阪神淡路大震災の記憶で、これは著者の作家になる前の体験(著者は震災当時震源に近い西宮に住んでいたことや、その後海外ボランティアでトンガで教師をしていたことなど)が反映されているものと思われます。

文庫の帯には「号泣ミステリー!!」と書いてありましたが、涙はまったく出ず、ミステリーというような感じもしませんでした。読み込み不足なのか、それとも感情の動きがにぶいのか?わかりません。

ただすでに30年近くが経とうとしていて記憶が薄れてきている阪神淡路大震災の当時を忘れることができず、多くの大切な人や身近な人を失ったり、人生が狂わされた記憶を引きずっている人はまだ多くいるのだろうと想像できます。著者もそのひとりなのでしょう。

少し前まで、東日本大震災関連の小説を選んで多く読んできましたが、同じ震災でもやはり身近で起きて実感のある震災の方が時間を重ねても忘れられないのだろうと思います。

関西在住の作家さんが少ないのか、こうした阪神淡路大震災をテーマにした小説は意外と少なく、横山秀夫著「震度0」や、東野圭吾著「幻夜」、あと宮本輝著の小説で震災の記憶が時々出てくるぐらいのものしか読んでいません。

著者もこの震災をテーマにした小説を書くことに長くためらいがあったようですが、実体験を元にした震災と、それによって起きる人の生活の変化や関係性を考えさせられるものでした。

★★☆

著者別読書感想(湊かなえ)

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