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大往生したけりゃ医療とかかわるな (幻冬舎新書) 中村仁一

誰しもいつかは迎えることになる往生。その死への旅をどうすれば人間らしく尊厳をもって向かえることができるかを老人ホームの医師でもあり、市民グループ「自分の死を考える集い」を主宰する中村仁一氏が現場で経験したことから書いたものです。

タイトルが刺激的で、当然他の医者や医師会などからは反発を招き、様々な反論や批判を浴びることになるというのも本人は承知の上です。

基本的にこの本では高齢者の老衰死を扱っているので、まだ若い人へのメッセージではありません。

なので「手術すればまだ治る可能性があるのだから」「できるだけのことをして一命を取りとめるべき」と言った批判は無意味です。

著者はもう高齢で引退間近な医者なので、誰に気兼ねをすることもなく、そして今更ながらキャリアに傷がつくわけでもなく、どこまでが真実で事実であるかは読み手に任せるとして、本音で言いたい放題で、なかなか面白い本です。

著者がこの本で伝えたいのは、

1)誰にも寿命はあるので、高齢者に対し医療で無理に数日長引かせるような延命療法はやめよう
2)医者だからといって万能ではないので大きな期待を寄せるのはよそう
3)癌は痛くて苦しむものばかりではなく、治療をやめれば痛みはなくなり死ぬ直前まで好きなことをして過ごせる場合も多い
4)病院で検査して病巣が発見されると、穏やかな老衰で死ねず、可能な限りの延命策が施される
5)元々動物が本能として持っている死期を察する能力を取り戻そう(機械や薬で生かされるのはやめよう)

などです。

それ以外にも、死期が近づいたと思ったら、それなりの準備をし、家族にも心の準備をしてもらうという内容が書かれています。先月人気司会者みのもんた氏の奥様が亡くなり、喪主の告別式の挨拶で「妻の喪服を娘が着られるように仕立て直しがしてあった」という話しにジーンときましたが、本書にも「癌で死ぬのは事前に余命がわかり、それまで様々な死ぬ準備ができていいことだ」と書かれています。

誤解されないように補足しておくと、3)4)はよく「検査で癌が見つかったときはすでに手遅れだった」ということがありますが、これからもわかるように、癌の発生だけで我慢できない痛みを感じることは少なく、痛むのは手遅れなのに延命措置だけで放射線や強力な薬で癌を攻撃をするからです。そういう治療をしないと癌による痛みは最期まで少ないということです。

放射線治療や、劇物薬品によって癌も一時的には小さくなるかも知れないけど、同時に体力も奪われ、多少長生きできたとしてもベッドでチューブだらけにされ、寝たままで過ごすしかありません。

それならば悪あがきはやめて「手遅れなら一切の治療はやめ、今まで通りに身体が動く状態で残りの寿命を有意義に過ごし、残された余命を楽しむのもいいのでは」ということです。

  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

さよなら渓谷 (新潮文庫) 吉田修一

著者の吉田修一氏は、2002年「パレード」、2007年「悪人」などの代表作がある特に若い人に人気がある小説家です。この「さよなら渓谷」は「悪人」の翌年2008年に発刊されています。

最初の部分には、ちょうどこの作品を書いていただろう2006年に起きた秋田連続児童殺害事件の、我が子を殺しておきながら被害者の母親を装い、マスコミに追いかけ回されたあげく逮捕されるという事件をヒントに作られています。

また、犯人と被害者の心的相互依存症、ストックホルム症候群のような男女の関係も出てきたりと、ありきたりとは言え、ミステリー仕立てで登場人物の心理描写が巧みです。

誰しもちょっとした気の迷いや勢いで重大な犯罪を犯してしまう可能性があります。この小説の登場人物には大学生時代に羽目を外しすぎて、名門野球部の仲間と女子高生を寮に連れ込み、酔った勢いで乱暴を働いてしまうという取り返しのつかない凶悪犯罪を起こしてしまいます。これも現実に起きた事件を下敷きにしているようです。

都会で生活していると、満員電車で足を踏んだ肩がぶつかったで喧嘩がちょくちょく起きます。最初は口げんかで済んでいても、それがちょっとした一言やきっかけで、殴り合いになったり、ナイフで刺されたり、ホームから突き落とされたりというようなことが起きます。

多くの場合、先に手を出して相手に怪我をさせたほうが、傷害罪などに問われることになり、当然前科がつきます。

厳しい勤務先なら懲戒解雇され、転職しようにも賞罰ありの前科持ちを喜んで採用してくれる会社など多くありません。一時の怒りでふとしたことからそうなってしまうと、今まで築いてきた安寧な人生が狂ってしまうことになってしまいます。

著者別読書感想(吉田修一)

  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

拡がる環 (ハヤカワ・ミステリ文庫) ロバート・B・パーカー

原題は「The Widening Gyre」で「拡がる輪」でほぼそのままの直訳です。1983年の作品(日本語版1984年)で、スペンサーシリーズ10作目の作品です。

物語はアメリカ上院議員選挙に絡みその立候補者に頼まれ、妻のスキャンダルに関連しての依頼です。

そのスキャンダルはおそらくライバルの政敵が仕掛けてきたと推測されますが、そのやり方がスペンサーにはどうも納得がいかず、おなじみの新聞社や警察署の友人の協力を得て、その政敵である下院議員に近づいていきます。

終盤にさしかかり、珍しくギャングに撃たれてしまいますが、軽傷で済み、その後は相棒ホークの力を借りて、問題を無事に解決していきます。

この作品では、スペンサーと離れて暮らすことになった恋人スーザンとのやりとりや、18歳に成長したポール・ジョコミンとの人生についての会話など、事件以外のスペンサーの考え方、生き方などが描かれています。

そのあたりがハードボイルドを期待しているとちょっとうざっぽく思えますが、その後に続くスーザンが男を作ってロスへ旅立ったり、独り立ちしてスターになっていくポールなどとの関係の原点になるのかもしれません。

著者別読書感想(ロバート・B・パーカー)

  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

モンスター (幻冬舎文庫) 百田尚樹

この「モンスター」は百田尚樹氏メジャーデビュー後5作品目で2010年に発刊された作品です(文庫化は2012年4月)。同氏のデビュー作「永遠の0(ゼロ)」は発刊当時は埋もれていましたが、やがて口コミで拡がり突然火が付き100万部の大ヒットとなり一躍人気作家に躍り出てきました。

その後の作品「ボックス! 」や「風の中のマリア 」「錨を上げよ 」などの評価も高く、順調に活躍されています。

著者の作品の中では、すでに「ボックス! 」は市原隼人が主演で映画化されていますが、来年には東宝の大スペクタル作品として本命の「永遠の0」が山崎貴監督、岡田准一主演で映画化されることが決まっています。

この小説はなかなか映画化は難しそうな内容で、バケモンと言われたきたブルドッグのような顔の少女が、家族からも追い出され、身体を売って自力でお金を作り、それで整形手術を繰り返し、世間を見返していくというストーリーです。

小説ならまだしも、映画にすると、顔の変化は特種メークでいくらでも変えることができるでしょうけど、偽善的な社会、特にフェミニスト団体から猛抗議を受けてしまいそうな内容です。

韓国では整形外科が普通におこなわれていて、別に珍しくないと聞きますが、日本ではまだそれへの抵抗感や反発が強いのと、風俗で働いてお金を稼ぎ、整形手術につぎ込むという、決して誉められたやり方でない方法を美化し推奨してしまう恐れもあります。

流行のテレビ局タイアップ式の映画化は難しいものの、独立プロが手がけるというのは話題性があって可能性はあるかもしれません。

細かなことを言えば、例え顔はすっかり変えることができたとしても、戸籍やパスポート、健康保険、納税申告、銀行口座などが簡単に偽名でおこなえるはずはなく、小説のように年齢や氏名を変えて、まったく別人になりすまして裏社会ではなく表舞台で生活するというのは現実的には難しいでしょう。

それにこれはなんとなくですが、整形手術を何度も繰り返すと遠目だとわからなくても、間近でじっくり見るとなんとなくわかってしまいます。

誰よりも大金をつぎ込み、世界でもトップクラスの整形外科医が施術したであろうマイケル・ジャクソンですら、あの顔の不自然さやホルモン注射から時間が経った時の崩れ方は半端なく異常でした。

でも女性(特に不美人と自分で思っている)にとっては、お金とチャンスがあれば、顔を変えてみたい願望はきっとあるのでしょう。

そしてなにかのきっかけで軽く一カ所の手術をして成功すれば、今度は別のところと際限なくそのスパイラルにはまっていくこともあるのでしょう。男にはあまりわからない世界ですが。

登場人物の中に、主人公と同じく風俗で働く女性(整形済み)が、風俗を辞めて田舎の実家に帰るときには、また元の顔に戻して普通の結婚をすると言っていたのには「なるほどなぁ」と妙に感心してしまいました。

下手に風俗やAVで顔が売れてしまうと、その後もずっと影響してしまうので、そういうこともあるのでしょうね。

著者別読書感想(百田尚樹)

  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

モダンタイムス(講談社文庫) 伊坂幸太郎

伊坂幸太郎氏の小説は10冊以上読んだお気に入りの作家さんです。この作品は2005年に発刊された「魔王」の続編にあたる小説で、「魔王」から50年後が舞台となっています。発刊は2008年(文庫は2011年)に出版されました。

「魔王」は文庫化された2008年に読みましたが、4年が経ちすっかり内容を忘れていましたので、少し復習してから読むべきだったかも知れません。

でもそれを知らなくても特に困ることはありません。

内容は主人公のシステムエンジニアが先輩が途中で放り出した謎の改修作業を引き継ぐことになり、そこから起きる様々な顛末です。

しかし100年後にも日本人のシステムエンジニアがパソコンに向かって仕事しているとはちょっと思えないのですが、そこは本来SF作家ではない伊坂氏の限界もあるのでしょう。

ちなみにパソコンと呼べるマシンが登場して今年で38年。その間の進歩はみなさんご存じの通りで、それがあと100年経つとどういうものに進化するかは想像でしかありませんが、少なくとも現在のパソコンという概念は消え、まったく違ったモノへと変わっていることでしょう。

ま、そういう細かなところはさておき、主人公以外の登場人物がみな魅力的です。そういえば伊坂氏の初期の作品「陽気なギャングが地球を回す 」も登場人物全員が主人公?と思えてしまうほどみんな魅力たっぷりでした。

著者別読書感想(伊坂幸太郎)

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612
家族の言い訳 (双葉文庫) 森浩美

著者の森浩美氏は1960年生まれで秋元康氏と縁が深い放送作家や作詞家でもあり、ミュージカルの脚本や小説も手がける多彩な人です。名前から想像すると女性に思えますが男性です。

この文庫に収録されている8編の短編小説はいずれも家族がテーマになっています。

生活に疲れ小さな我が子を連れて親子心中するために死に場所を探して旅をしていたところ、子供が発熱してしまい、知らない土地で病院へ行き、その町の民宿へ泊まったところ、そこの女将さんに暖かなもてなしを受けて生きる勇気をもらうという定番の話しながらほのぼのとする「ホタルの熱」。

プライベートでは投資用マンションをいくつも持っているやり手の雑誌編集者でありながら、婚期を逃してしまった女性。以前仕事で「才能がないからこの仕事はやめたほうがいい」とダメだししたフリーの女性ライターと街でばったり出会い、いまは逆の立場になっていることに愕然とする「カレーの匂い」。この話しはもう一つ最後にオチがありますがネタバレするので。

その他に特に印象に残ったのでは子供の時に母親に捨てられて、それ以来会わずにシングルマザーと家庭を築いたものの、自分の子供を育てることに恐怖を感じている男性。その男性と一緒になった女性が一肌脱ぐ「イブのクレヨン」など。

いずれもなかなか味わい深い短編ですが、「家族の言い訳」というより「結婚の言い訳」のほうが近いかも。そして結婚って本当にいいものなのか?というのは微妙で、この小説からはなんとも言えない気怠さが伝わってきます。

著者別読書感想(森浩美)

  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

夜行観覧車 湊かなえ

2009年7月に島根で起きた中学2年生が医者の父親を殺害した事件など、いくつかの事件をモチーフにしていますが、読んでいくにつれ、湊かなえ流の「なぜ?」「どうして?」という謎が深まっていきます。

大ヒットした実質的なデビュー作品の「告白」でもそうでしたが、特に誰が主人公というわけではなく(映画では松島奈々子が主演でひとりだけ目立ってましたが、小説ではそうでもなかった)、複数の登場人物が次々と自分の視点で語り、行動していくスタイルは最近の流行なのでしょう。いったい誰に感情移入していいのかわからないので、困ってしまいます。

登場人物のそれぞれの語りから、家族の中に抱えいる問題や、古くから住んでいる住人と新しい住人との葛藤、エリート一家とそれにあこがれる隣人、受験で志望校に落ちた子供のストレス、暇でお節介な近所の高齢者など、どこにでもありそうな設定に身近な雰囲気が漂います。テーマの取り方などはちょっと宮部みゆきっぽい感じではありますね。

そして「告白」ほどの衝撃のラストではなく、さもありなん程度の決着が最後のオチとなっています。このような家族を扱った物語ではあまり衝撃的で無慈悲なラストというのは現実的ではなく難しいのでしょう。

あとなぜこのようなタイトルになったのかはわかりませんが、もしかすると「よその家をこそっとのぞき見する人達」という意味を込めてのことかも知れません。

著者別読書感想(湊かなえ)

  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

輪廻の山―京の味覚事件ファイル (光文社文庫) 大石直紀

「京の味覚事件ファイル」と副題がついていて、聖護院かぶら、筍、ひろうす、賀茂茄子、白味噌など京都独特の野菜や食材が絡む殺人事件の謎を、転勤で東京から初めて京都へやってきた若い夫婦がライトな感覚で解いていきます。

著者の大石直紀氏は私とほぼ同年の1958年静岡県生まれ、1993年に日本ミステリー文学大賞新人賞に輝いた「パレスチナから来た少女」でデビューした作家さんで、私が読むのはこれが初めてです。

学生時代には関西に住んでいたらしいのですが、特に京都や料理とはあまり縁がなさそうに思え、どうしてこのような京料理の作品を書く気になったのかは謎です。もしかすると歌でも小説でも京都と名がつけば売れるっていうジンクスでもあるのでしょうかね?

しかし単なる観光案内やうんちく話しだけではなく、意外と知られていない京都の食材の由来や、それらを使った料理法なども書かれていて、京料理に興味のある人ならうんちく程度ですが役立ちそうです。

ミステリー自体は、本格的なミステリーファンには簡単すぎるトリックが多く、謎解きを楽しむというほどのものではありません。元々そうした本格的推理小説ファンに向けたものではないのでしょう。軽く気分転換を兼ねて仕事で疲れた頭を癒すのにはお手頃な作品です。

  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

図書館戦争 図書館戦争シリーズ(1) (角川文庫) 有川浩

この「図書館戦争」(2006年2月発刊)はその後、「図書館内乱」(2006年9月)、「図書館危機」(2007年2月)、「図書館革命」(2007年11月)とシリーズ化される原点の作品です。また漫画やテレビアニメ、劇場アニメ(2012年6月封切り)にも拡がり一種ブームとなった作品(参考:wikipedia)ですが、残念ながら50を過ぎたおじさんはいままでそれらとの接点がなく、まったく基礎知識がありません。

内容はSFで、近未来の日本で著作物の検閲がますます激しくなり、それから言論と表現の自由を守ろうとする図書隊が図書館法を元にして「図書館の自由に関する宣言」を法制化し武装していくという、アニメには最適な荒唐無稽な小説です。

主人公は高校時代に陸上をやっていた活発で背の高い女性。この女性が子供の頃に書店で買いたい本を取り上げられそうになったとき、図書館側に助けられ、それ以来自分も図書隊になろうと思い、そして厳しい試験をクリアして実現したところから始まります。

不良図書を排除しようとする側(メディア良化委員会良化特務機関)と、それを必死に命をかけて守ろうとする図書館隊防衛部図書特殊部隊とで争いが続きます。世界では宗教や国土や民族などの戦争や殺し合いがひっきりなしに起きている中で、日本は平和なんだなぁと思い知らされるかもしれません。やはりこれは想像力に欠陥をきたしている50過ぎたロートルが読む本ではありませんでした。

著者別読書感想(有川浩)

  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

その日のまえに (文春文庫) 重松清

7つの短編からなるこの本は2005年に発刊、2008年に文庫化されています。また2008年には大林宣彦監督で映画化もされていますが、緩いつながりしかないそれぞれの短編をまとめて映画化ってのもまたすごいですね。やはり映画化された佐藤泰志氏の短編集「海炭市叙景」も同じような感じですが、映画ではいったいどうなっているのか一度見てみたいものです。

収録されているのは、「ひこうき雲」「朝日のあたる家」「潮騒」「ヒア・カムズ・ザ・サン」「その日のまえに」「その日」「その日のあとで」。最後の3編はひとつの物語と言ってもいいかもしれません。

重松氏の小説の特徴としては、話しの中に主人公の子供の頃の情景がふんだんに取り入れられ、その後大人になった自分と同級生との再会や回想があります。この短編の中にもそういったものが多く、40歳以上の人にとっては懐かしく甘酸っぱい思い出に浸ることができます。

そして泣かせる小説には必ずといっていいほど、若くして病気で亡くなってしまう人が登場します。突然亡くなる交通事故などではなく、その多くはガンや白血病といったジワジワと時間が経つにつれて弱り、そして亡くなる病気です。

小説の中には頻繁に登場しますが、実際の世の中にはそういう病気で亡くなる若い人は、そう多くないと思いますが、作家の中ではひとつの定番となってしまっているのでしょう。

重松清氏の小説はやっぱり長編をジックリと読みたいものです。

著者別読書感想(重松清)

  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

純情 (光文社文庫) 小川 竜生

著者の小川竜生(おがわたつお)氏は1952年生まれ、ラジオでのパーソナリティもつとめる大阪在住の小説家でしたが、2003年に51歳で急逝されています。この作品は、1996年に発刊された「極道ソクラテス」から改題されて2005年に文庫化されたものです。

小説の舞台は大阪は西成。コテコテの大阪、しかも一匹狼、天涯孤独、イタリア人と日本人のハーフでフリーの極道が主役です。

阪神淡路大震災が起きてまもなく、震災でインド人の父親を亡くしたルビーが、ボランティアで知り合った大阪西成にある教会に住み込んで働いています。その女性に一目惚れした主人公の極道ソクラテスが日曜礼拝に通って勝手に自分で歌詞を作って賛美歌を歌うところがなんとも言えません。

しかしその女性にある日ヤクザっぽい取り立て屋がやってきて父親の借金を返すか、それとも神戸に戻って働くようにせまってきます。ソクラテスの幼なじみでもあった警官が調べようとしたとき、その取り立て屋に刺されて重傷を負います。

わずかな借金のことでわざわざ幹部が出てきたり、警察と悶着を起こすなど疑問に思ったソクラテスがルビーのために大阪、神戸で大活躍をするっていうのがあらすじです。

ちなみにこの「極道ソクラテス」は1996年に大仁田厚主演で映画化もされていますがDVDは出ていないようです。

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5月前半の読書 2012/5/19(土) 

607
睡蓮の長いまどろみ (文春文庫) 宮本輝

長い小説ですが、ヨーロッパの田舎町と日本が登場し、何十年と長く会っていなかった親子が再会し、それまでの紆余曲折の人生を語るといういかにも宮本輝流の小説です。

宮本輝氏ぐらいの大物作家になると、小説を書くために取材旅行をと言えば、海外渡航費などを出版社が喜んで負担してくれるので、こういう日本人が滅多に行かないような海外の地が出てくる小説が多いのではないかと勝手に想像しています。失礼ながら西村賢太氏にこのようなイタリアの聞いたこともないような片田舎の街を舞台にしてストーリーを描けといってもそりゃ無理ですものね。

で、そのイタリアの風景がこの小説にどうしても必要かと言えばそれはまったくないわけで、主人公を生んですぐに消息を絶った母親と何十年ぶりかで再会する場所は、別に軽井沢でも沖縄でも熱海でもよかったわけです。

タイトルになっている睡蓮と蓮の違いを含め、うんちくについては雑学として勉強になりますが、発酵食品を取り上げた「にぎやかな天地」ほどは役には立ちそうもありません。こういううんちく雑学を語らせると天下一品です。

そして特に驚きとか感動とかはなく、主人公とその母親の生い立ちについてまるで蓮の花がひとつふたつとはがれ落ちていくようにして深い事情がわかっていくという暗示をタイトルに込めているのかもしれません。

著者別読書感想(宮本輝)

  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

プレイメイツ (ハヤカワ文庫) ロバート・B・パーカー

日本では1990年に発刊されたスペンサーシリーズ16作目です。タイトルからすると一見綺麗な女性がいっぱい登場してきそうですが、そのような期待は大きく裏切られ、アメリカでは4大人気スポーツの一つであるバスケットボールの将来有望な若手選手が今回の相手です。

大学のバスケットチームに所属し、プロのスカウト間違いなしと言われている選手に八百長疑惑が起きたことで、その大学が私立探偵スペンサーに調査を依頼するところから始まります。

八百長をおこなったかどうかの調査なら、すぐに終わってしまいますが、パーカーの理想とする探偵像はそれだけにとどまらず、依頼者である大学を裏切ってでも、将来のスター選手の芽をつみ取ってしまうだけのことに満足せず、殺し屋を送り込んでくる八百長を仕組んだマフィアを敵に回しながら、スキャンダルに発展しないよう落ち着き先を考えます。

またその生意気で自信過剰で、そそのかされて八百長に手を染め道を外そうとしているスター選手を心身両面で支え、賢明に助けようとするガールフレンドの誠実な対応に報いてやろうとするところが、スペンサーのスペンサーたる所以でもあるでしょう。

スポーツの世界を舞台としたこのシリーでには他に「失投」があります。こちらはメジャーリーグ、地元のボストンレッドソックス所属選手のやはり八百長問題についての調査でした。

スペンサー自身レッドソックスのファンでもあり、その他の小説の中にもホームグラウンドのフェンウェイ・パークや、メジャー中継をテレビで観戦しているシーンが登場しています。中にはレッドソックスのライバル球団として「ヤンキースに入団した風変わりな日本人」と当時悪役のイメージがあった伊良部投手のことを書いたものもありました。

著者別読書感想(ロバート・B・パーカー)

  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

冬の童話 (ポプラ文庫) 白川 道

白川氏のファンなのでそれほど多くはない文庫本はほとんど読んでいますが、これは2010年(文庫は2011年)発刊の長編恋愛小説です。映画タイタニックやプライベートライアンのように、プロローグとしてまず現在の結果が描かれ、それが終わると一気に過去へ飛んで結果に向けての長いストーリーが始まるという仕掛けです。

主人公は、生まれてすぐ捨て子にされたものの、里親に恵まれ、大学を出て大手出版社に勤務、そこから人一倍努力を重ね自分で文芸書出版社を起業し社長にまで上り詰めます。しかし幼い頃の悪夢が時々よみがえり、自分の捨て子だった過去を繰り返してはいけないと、結婚もしません。

またもう一人の主役は、幼い頃に父親を亡くし、義父に虐待を受けながらも美しく成長した女性です。その二人の運命的な出会いと再会、そして永遠の別離を描いています。

主人公が起業した新興出版社のモデルは、すぐにわかってしまう出版界の風雲児「幻冬舎」ですが、この小説はポプラ社から出版されています。なにかちょっと不思議な感じ。

白川氏の小説は「流星たちの宴」から続く一連の「病葉流れて」「朽ちた花びら―病葉流れて 2」「崩れる日なにおもう―病葉流れて〈3〉」など麻雀などギャンブルや強引な株取引などの男臭い日本的ハードボイルドものが多いと感じていましたが、この小説ではそういったギャンブルや暴力、ヤクザなどは一切出てこないタイトル通り大人の男と女が夢見るベタなおとぎ話です。

昨年白川氏が最初に就職して確か数ヶ月で辞めてしまったという三洋電機が解体されました。できればその三洋電機が舞台の小説を書いて欲しいなと思っています。三洋電機がきしみながら壊れていく姿を、最後まで見届けた男達の物語を単なる経済観点ではなく白川タッチで読んでみたいものです。

著者別読書感想(白川道)

  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

FLY (文春文庫) 新野 剛志

白状すると、私は寝る前に自宅のベッドの中で読む本と、片道1時間の通勤中に読む本と、だいたいふたつの本を並行して読んでいます。この「FLY」と同じ時期に並行して読んでいたのが、上記の「冬の童話」でした。そしてどちらにも歌がうまくて、歌手としてプロデビューしようとする薄幸な美少女が重要な役割として登場するではないですか。しかもFLYには二人も。

寝る前に読む本と通勤中に読む本は意図してまったく違うジャンルの本を読むように気をつけていますが、今回はまったく無自覚で内容が一部分ダブってしまうことになりました。そして読んでいるうちに内容や登場人物がごっちゃになってしまい、混乱してしまったことを認めます。

こちらの小説は、2004年に初出で、文庫は2007年発刊です。著者の新野剛志氏と言えば少し前に読んだ「あぽやん」がとてもスマートで面白かったので、今回続けて読んでみることにしました。この「FLY」は「あぽやん」と同じ作者とは思えない本格的なクライムノベルで、コミカルな部分は皆無、子供への虐待や殺人など犯罪が次々と起きていきます。

登場人物はかなり複雑です。将来は飛行機パイロットになろうと目標を決めていた高校生が、ある日偶然に指名手配されている殺人事件の容疑者を見つけてしまい、それを警察に通報したことから、容疑者の恨みを買ってしまい一番大事なものを目の前で失ってしまうという流れがひとつ。

その事件から十数年が経ち、将来は物書きになりたいと思っているフリーターの若い男性が、仲のよいバイト仲間の女性につきまとうストーカーになぜか興味を惹かれ、調べていくうちにその女性の父親とストーカー男の間に横たわる暗い闇が次第に判明していくというふたつめの流れ。

さらに過去に暴力的な父親から逃れ、歌手になる野心のため犯した犯罪と、それをネタに強請ろうとする実母のヒモに苦しめられる売れっ子ミュージシャンの不幸な生い立ちからの流れ。

それぞれの視点で物語が展開し複雑に絡み合っていきますので、誰が主人公というのではなく、複数の登場人物が主人公と言えます。登場人物は多くはないものの、それでも視点(語り手)がコロコロと変わりますので、しっかりと読んでいかないと途中で混乱してしまいそうです。

そして最後になってわかる最初に起きた殺人の意味や伏線がしっかりとあとになってから効いてくる、なかなかトリッキーな小説です。ただタイトルがこの「FLY」だと、よほどの売れっ子作家で作者名で買っていく人が多くないと、読み手にはまったく意味不明なだけに、そこがちょっと損をしたかな。

著者別読書感想(新野剛志)



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603
パイレーツ―掠奪海域― (ハヤカワ文庫NV) マイケル・クライトン

この作品は2008年に亡くなったマイケル・クライトン氏が亡くなった後にパソコンの中から発見されたものだそうです。もう一作未完の作品「マイクロワールド」という作品も同じパソコンに残されていて、それが本当の遺作となります。未完の原稿は「ホット・ゾーン」の作家リチャード・プレストンが未完部分を仕上げて完成させたそうです。

同氏の名を一躍高めたのは映画にもなった「ジュラシック・パーク」ですが、医学博士号を持つ秀才で、テレビドラマで有名な「ER 緊急救命室 」など医学関連の小説もいくつか出しています。そんな中でこの「パイレーツ」は、SFを得意とする彼の作品としてはちょっと異例な1665年のジャマイカなどイギリスとスペインが植民地争いでにらみ合うカリブ海を舞台とした冒険小説です。

内容はかなり映像化されるエンタテーメントが意識されたもので、インディジョーンズのような、いわゆるノンストップアクションです。1600年代後半、周辺はすべて大スペインが支配しているカリブ海の中にあって唯一のイギリスの植民地(ジャマイカ島)に住むエリート私掠船船長が、スペインが支配する難攻不落の要塞を攻め、そこに停泊中の商船を奪取しようとする物語です。

「私掠(しりゃく)英語:privateer」とは、「戦争状態にある一国の政府からその敵国の船を攻撃しその船や積み荷を奪うこと(wikipedia)」で、私掠船はその国から私掠免許をもらった船長が乗る船という、あまり日本では知られていない言葉です。いわば政府公認の海賊のようなもので、敵対する国の財宝を奪う職業です。

その私掠船船長で新大陸アメリカにできたばかりのハーバード大を出た英国人ハンターは、スペインの軍艦との戦い、要塞攻撃、ハリケーン、伝説の怪物クラーケンとの死闘、人食い族からの女性救出など次々と困難を乗り越え、奪った商船をジャマイカへ持ち帰ってきます。しかし上陸すると新しく赴任してきた英国人官僚達がクーデターを起こしていて、いきなり逮捕、監禁され、死刑が言い渡されることに。

なんともはや冒険譚のすべてがここに凝縮されているといえるストーリーですが、もしクライトンが長生きしていたら、この船長を主人公にして続編も考えられたでしょうに、それが読めないのが残念です。

著者別読書感想(マイケル・クライトン)

  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

太平洋の盃―ソロモンの賦 豊田穣

帝国海軍で戦闘機パイロットだった著者は、九九艦上爆撃機でガダルカナル島を攻撃中、米軍に撃墜され捕虜となり、終戦後に帰還して多くの小説や歴史書を残しています。その中で「長良川」「蒼空の器―若き撃墜王の生涯」「撃墜 ―太平洋航空戦記」「『玉砕』―日米陸戦記」「激戦地」などを過去に読みました。

この「太平洋の盃」は、今から33年前、1979年に書かれた小説で、表題作のほか、いくつかの短・中編集として構成されています。そのいくつかには太平洋戦争中の軍人と庶民の生活ぶりが小説として描かれていますが、途中からは史実や実体験に基づいた軍人の生き様、死に様など特定個人に関するドキュメンタリーに変わります。したがって、どこまでがフィクションの小説で、どこからがノンフィクションなのかその区別がつきにくくちょっと混乱します。

表題作の「太平洋の盃」は明らかにフィクションで、ハワイに住む日本人移住者(移民一世)が住む近くに真珠湾攻撃で傷ついたゼロ戦が不時着し、負傷したパイロットを救出し手当をします。その一家には年頃の娘がいて、そのパイロットを世話するうちに関係ができてしまいます。

しかしハワイの地元住人に日本人パイロットを匿っていることが知られ、当然敵国人として米軍に通報されそうになります。そこでそのパイロットを逃がすために一家は船で無人島に移そうとします。その船の中でパイロットと娘は簡単な祝言(夫婦の盃)をあげることになります。しかしその漁船はやがて米軍の哨戒艇に発見されます。

そのような表題作の他に、艦隊司令長官だった南雲忠一大将や、上海事件の後中国軍の捕虜となった空閑昇(くがのぼる)陸軍少佐の不運な戦いと悲劇について史実に基づき書かれています。

  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

獄窓記 (新潮文庫) 山本譲司

元衆議院議員で、秘書給与流用の詐欺で実刑を受けた著者が、その刑務所内の生活を主に、判決を受けるまでと、出所した後について書き下ろし、2004年に出版したのがこの「獄窓記」です。同じように自分の刑務所体験を描いた佐藤優氏の「国家の罠」(2005年)や、ジェフリー・アーチャー氏の「獄中記 地獄篇」(2003年)などがあります。今後ホリエモンも出てきたらきっとその体験談を書くのでしょう。

同氏の著作では少し前に、障がい者と犯罪について書かれた問題作「累犯障害者(2006年)」を読みましたが、この刑務所の中で多くの障がい者と接してきた実体験が、今までほとんど知られていなかった隠された社会の問題点について取り上げるきっかけとなったのでしょう。

私は前作「累犯障害者」を読んだ後、著者をものすごく応援したい気になりましたが、この「獄窓記」では、自分が犯した犯罪について一方的な解釈や都合のいい取り上げ方をして、片方では深く反省していると何度も繰り返すことで、著者の性格には極端な裏表がありそうで、どうも好きになれません。

誰でも性格に裏表があるのは仕方がないにしても、きれい事を並べた後に、深く反省の弁を述べ、自分より偉そうな人に対しては必死に持ち上げてみたり、逆に若造にはけしからんという態度を見せたりし、特に現場で働く刑務官や他の囚人に対しては「俺は君たちとは違って博学だしエリートなんだぜ」という意識がみられこれぞ政治家の正直な姿といわんばかりです。現在は違いますが「選ばれた人間なんだぜ」と勘違いしている政治家が発する政治家臭と言い換えられるかもしれません。

誰でも極限状態に置かれると、その人の本性が現れるといいますが、出所後まもなく書かれたこの本では、より強くその傾向が出てしまったようで、その2年後に書かれた名著「累犯障害者」はそういう臭いがしなかっただけに、本当に同じ人が書いたものかと疑ってしまいそうです。あるいは編集者がベテランに代わったのかもしれませんね。

それはそうと、刑務所の中には健常者ばかりがいるわけではなく、医療刑務所に入れない身体障害者、精神薄弱者、痴呆の高齢者なども多く服役しているというのがこの本を読むとよくわかります。そのような健常者でない囚人は一般社会と同様に刑務所の中でも差別され、場合によっては同じ囚人同士で酷い仕打ちを受けることもあります。

また予算削減と犯罪者の増加でどこの刑務所も定員を大きく上回っている中で、人員不足の刑務官の仕事の厳しさとストレスは相当なものがあるようで、そのストレス発散の矛先が囚人に向かってしまうという悪循環も無視できません。そして時々その一端がマスメディアに報道されますが、刑務官が任務に乗じて抵抗できない囚人に対して、嫌がらせや暴力をふるう事件が、実態として多くありそうです。

  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

最後の証人 (宝島社文庫) 柚月 裕子

著者の柚月(ゆづき)氏は43歳、2008年のデビュー作品「臨床真理」で「このミステリーがすごい!」の大賞を受賞されています。この「最後の証人」(2010年)は、いわゆるヤメ検と呼ばれる元検事だった弁護士佐方貞人を主人公とする法廷ミステリー小説です。

本のタイトルに「最後の証人」とあるので、読み始めてすぐに「最後に登場する証人が判決をひっくり返すのだろう」というのが容易に想像でき、それまではその伏線ということになります。

ストーリーは飲酒運転事故により亡くなった子供の仇を討とうする両親が中心になって展開されますが、その中で起きる殺人事件の被告から弁護の依頼を受けたのが上述の佐方弁護士です。

この佐方弁護士がなぜ検事を辞めたのかという理由も出てきますが、警察や検察局の隠蔽体質については昨今のよく報道されている通りでまったく変わっていません。

この小説に書かれているような、警察や検察の身内かわいさによるもみ消しなどは全国どこでも起きていて不思議ではありません。佐々木譲氏の北海道警シリーズにもそのような警察内部の犯罪がよく書かれています。

この小説の場合、よく考えて構成が作られているものの、ちょっと内容自体が現実的ではなく、ネタバレするのでここでは書けませんが、かなり無理をしているところがあります。そうしたところがちょっと惜しいかな。

このような法廷ドラマ(小説)は特に海外モノでよく見掛けますが、有名なところでは「十二人の怒れる男」「評決のとき」「推定無罪」「告発の行方」などヒット映画にも多いです。それらの中でも私の一番のお気に入りは「スリーパーズ」で、これも最後に登場する証人の発言が一発逆転のキーとなります。その最後の証人であるダスティン・ホフマン演じる牧師はたいへんよかったです。

著者別読書感想(柚月裕子)

  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

あぽやん (文春文庫) 新野 剛志

デビューから9作目にして、2008年上半期の直木賞候補(受賞は逃した)となった作品です。読むまではなんの知識もなく「あぽやん」というタイトルから大阪が舞台のコテコテの作品かなと思っていたら、全然違いました。

「あぽやん」の「あぽ」は「APO」でairport(空港)の略称。そこで勤務するいわゆる地上旅客対応要員のことだとか。一般的には国際空港勤務といえばエリートのような感じがしますが、大手の旅行会社では、空港勤務というのは左遷と同じで、キャリアアップにもつながらず、営業から頼まれたムチャ振りを含め、旅行客の無事に送り出すだけの雑用係とか。

大手航空会社子会社の海外旅行専門旅行代理店の本社に勤務する独身男性が、上司の不評をかってしまうことになり、成田空港事務所へ飛ばされ、そこであれやこれやのトラブルに見舞われます。

当初は適当にしのいでいればまたすぐに本社へ戻れるだろうぐらいの安易な気持ちでやっていたところ、意識がだんだんと変わってきて、やがては「あぽやん」として一人前になろうとする前向き青春ドラマです。

いずれにしても著者の新野剛志氏は大学卒業後6年間は旅行代理店に勤務していたそうで、そこでの経験や、同じ旅行代理店の知り合いなどから聞いた実話に近い話しがコメディタッチにまとめられています。続編の「恋する空港―あぽやん〈2〉も出ているらしいので、それも楽しみです。

こういうたぐいの小説は比較的テレビドラマになりやすいので、そのうちきっと制作されることになるのでしょう。そのとき果たして小説の中では主人公が勤務する企業の想定とされるジャルパックが全面協力するかどうかは微妙なところです。お堅そうな会社ですからね。主人公役はなんとなく妻夫木聡って感じがします。

著者別読書感想(新野剛志)

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4月上旬の読書 2012/4/18(水)

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大人もぞっとする初版『グリム童話』―ずっと隠されてきた残酷、性愛、狂気、戦慄の世界 (王様文庫) 由良 弥生

ドイツの古い民話・伝説を収集して書かれたのがグリム童話の原点だということですが、現代に知られている作品とは大きく違い、その内容は子供に聞かせるにはちょいと過激な内容のものが多く、時代を経て少しずつその内容が書き換えられてきました。

そのグリム童話の初版に書かれた内容を翻訳したのがこの本です。

しかし実際に読んでみると、事前に思ったほどは普通で、子供だって生きるの死ぬのといったことには興味があり、子供達が毎日見ている昨今の過激なテレビドラマやバラエティと比べるとずっとマシに思えてくるから不思議なものです。

それよりもそれぞれの物語で本当はなにを言いたいのか?なにを警告しているのか?ということを無視して、意味のないおとぎ話を創り上げてしまったディズニー映画のほうが問題なんじゃないかとちょいと感じたりもします。

もちろんおとぎ話仕立てにしたのはなにもディズニーだけではなく、グリム兄弟も世間の評判を聞いて次々と内容を変えていったそうです。

そしてタイトルにあるような「残酷、性愛、狂気、戦慄の世界」のようなおぞましい内容と思えるところはほとんどなく、それだけ現在身近に起きている事故や事件や災害が、古い伝承を大きく上回るまでに至ってしまったということになるのかも知れません。なのでちょっと期待はずれの感もありました。

  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

プロフェッショナル〔ハヤカワ・ミステリ文庫〕 (スペンサー・シリーズ) ロバート・B・パーカー

いよいよパーカー最後の作品まで残り少なくなってきましたが、2009年に出版され、つい先日ようやく日本で文庫化された作品です(単行本は高くて買えない)。

ボストンの私立探偵スペンサーシリーズもこの作品を含め残り3作品となります。

この作品では派手なアクションはなく、金持ちの若い妻ばかりを狙って親密交際し、やがて金をゆすり取ろうとする魅力あるジゴロと、その強請をやめさせて欲しいと依頼されたスペンサーとの関係が楽しめる作品です。

話しの前半は、スペンサーもやがて好意すら持ってしまうそのジゴロというか女たらしの男性のことをずっと調べあげ、後半はその男に入れあげるセレブな若妻を中心として物語が進んでいきます。

スペンサーの魅力ある相棒ホークもヴィニィも登場しますが、その腕前を披露する機会はまったくなく、淡々としたストーリーで盛り上がりには欠けます。

しかしこれは派手なアクションを楽しむのではなく、落ち着いてスペンサーの会話を楽しむモノなのでしょう。

著者のパーカー自身もかなり高齢(77歳頃)の作品なので、スペンサーの思考法にもその老成したところが見え隠れする、じっくりと読ませてくれるたいへん面白い一品です。

著者別読書感想(ロバート・B・パーカー)

  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

夜を賭けて (幻冬舎文庫) 梁石日(ヤン・ソギル)

先般、山本周五郎賞を受賞した「血と骨」(1998年)を読みましたが、それよりも数年前に書かれた作品です。

この小説を原作とした映画も作られていて、昨年反原発で一躍有名人になった山本太郎氏が主演し、韓国に昭和30年頃の大阪をオープンセットで再現して2002年に制作されたものです。

その「血と骨」の中にも同じような時代と風景が登場しますが、戦後まもなく大阪城のすぐ近くにあった東洋最大と言われた大阪砲兵工廠跡を舞台にし、在日韓国・朝鮮人が差別や貧乏にまみれ、また警察やヤクザと闘いながら鉄くず拾いで必死で生きていく姿が描かれています。

戦後にこの大阪砲兵工廠跡で鉄くずを集めて売り飛ばしていた話しは、開高健氏の「日本三文オペラ」や小松左京氏の「日本アパッチ族」にも描かれている有名な話しですが、著者の梁石日氏の子供の頃の実体験が下地になっていることは間違いありません。

戦後から10年と言えばまだ日本も貧しく、日本に残った韓国・朝鮮人の生活もたいへん厳しいものでした。

そんな中で、終戦直前の8月14日に米軍B29の大空襲で徹底的に破壊しつくされた大阪砲兵工廠跡には、掘れば軍需物資や鉄のかたまりが生き埋めになったまま放置された人間の骨と一緒にザクザク出てきます。

しかし場所は国有地で、そこに埋まっているものは国有財産ということになり、夜中にこっそりと掘り返して盗み出す主人公達と警察がぶつかるのは自然なことです。

ただ警察も混乱時期でもあり、広い工廠跡を昼夜見張ることもできず、いたちごっこが続きます。

また自らの家族を殺害し、出所してからヤクザと関わりのある同胞もやってきて、警察とヤクザと一発当てようとする労働者がこの地を舞台にややこしいことになっていきます。

すでにもうその面影もほとんどなくなってしまった大阪城公園や京橋付近ですが、こういった歴史に埋もれたあだ花の上に1970年の大阪万博(日本国中はもとより世界中から集まってくる観光客向けに大阪城公園が綺麗に整備されたのも1970年)や1990年の大阪花博(会場の鶴見緑地はこの舞台の京橋のすぐ近く)が、その延長線上にあったのだと言うことを知るにはいいことかも知れません。

前半はアパッチ族の話しがメインとなり、後半はガラリと印象を変えます。主人公の1人がその窃盗容疑で警察に捕らえられ、その罪には執行猶予がついたものの、他の思想的な事件に関与してきたと思われ、不法入国者として長崎にあった大村収容所へ入れられます。

大村収容所は刑務所ではなく強制送還するまでの収容所という扱いながら、実態は北と南で戦争が起き、在日間でも対立するコリアン達を押し込めておく場となっていて、そこでの出来事を書くことで、この大村収容所が戦後に在日韓国・朝鮮人に対していかに人権を無視したひどい施設であったかを伝えるためと推測できます。

著者別読書感想(梁石日)

  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

ほかならぬ人へ 白石一文

「ほかならぬ人へ」は2010年、第142回直木賞の受賞作品です。父親で作家だった白石一郎氏は「海狼伝」(1987)で受賞しているので、初の親子で直木賞受賞と言うことです。

この本には表題の「ほかならぬ人へ」の他に「かけがえのない人へ」の二編が収録されています。

まず受賞作の「ほかならぬ人へ」ですが、主人公は名門資産家に生まれながら兄達と比較すると才能が大きく劣っていると自覚し、大学卒業後は家を出てスポーツ用品を扱う企業に勤める男性の、ちょっと変わった悲劇で終わるラブストーリーです。

話の先行きがさっぱり予測がつかず、意外なことばかりで、う~むと唸らせられました。

ラブストーリーと言っても先般読んだ越谷オサム氏の「陽だまりの彼女」のようなキラキラホンワカしたものではなく、親同士が決めていた幼なじみでもある元婚約者とはお友達付き合いしながら、仕事の接待で行ったキャバクラ譲に一目惚れし家族の大反対を押し切って結婚します。

ここまでならばよくある話しですが、そこから驚きの展開が一気に加速していき、読者をグイグイと引き込んでいきます。

さすがにこれ以上は書けませんが、男性が読んでも女性が読んでもワクワク、ドキドキ、最後はウルウルと、読書の素晴らしさを堪能できること間違いありません。できればもう少し長編で書いてもらいたかったところです。

白石氏の小説は私は好きで文庫化された作品はすべて読んでいますが、なぜか映画やドラマになっていません。しかしこの作品はいずれテレビドラマ化か映画化されるのではないでしょうか。

この作品なら原作者へ映画権の申込みが殺到していてもおかしくありませんが、どうなのでしょうね。

もう一方の「かけがえのない人へ」の主人公は、周りから羨まれる同僚のエリート男性との結婚が間近にせまった29歳の女性。結婚相手とは別に、昔の男(元上司)と寄りを戻して再び深い交際をしているというしたたかさ。

マリッジブルーという言葉が昔からあるけれど、相性のいい昔の男が忘れられず、結婚式直前までフラフラとしているところが、世の中の女性の多くは共感を得られるのでしょう。

男にとってはなんだかとてもやるせない一品です。最後の終わり方がちょっと残念かな。

著者別読書感想(白石一文)

  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

ジョーカー・ゲーム (角川文庫) 柳 広司

柳広司氏の作品では最初に「トーキョー・プリズン」を読みましたが、今までにはないまったく新しい作風に衝撃を受け、その後「キング&クイーン」や「新世界」を続けて読みました。

この作品は日本陸軍のスパイ養成学校を扱った一連のD機関シリーズと呼ばれ、その後も続きますが、この文庫には表題作ほか、幽霊、ロビンソン、魔都、XXと合計5作の短編が収められています。

小説に登場するD機関とは有名な陸軍中野学校を一部モデルとしていると思われますが、第二次世界大戦前の慌ただしく動く国際情勢をにらみ、陸軍の猛反対を押し切って、元スパイだった結城中佐が設立します。

各短編ごとに学校の卒業生や訓練中のスパイ達が活躍あるいは挫折する姿を描いています。

日本は伝統的に武士道の「正々堂々と対決する」という考え方があり、相手の秘密を利用して交渉や戦いを優位にする「スパイ行為など卑怯者のやること」という精神が根強くあります。

しかし同一民族間の争いならともかく、複雑で怪奇な国際間交渉においてはこの情報収集・分析能力は雌雄を決する重要なこととなりますが、日本はその点で世界に大きく後れを取ってしまうことになります。

また映画や小説で描かれるスパイというのは知的で冷酷でそして華々しくスーパーマン的な活躍を要求されますが、ここに登場するスパイは目立たず社会に溶け込み、透明人間になることが求められます。

自分の近くで人を殺めたり逆に殺められたりすること自体は際だって目立つ行為となり、スパイとしては最悪の結果と言うことになります。

いまでは国際的な地位が低くなって、さほど重要視されないとは言え、現在の日本においても世界中の多くのスパイ達がうごめいていることを考えると、なにかとても不気味さを覚えます。

そう言えばまだ英国統治下にあった香港で仕事をしていた時、英国政府ビルの前でなかなか捕まえることができなかったタクシーをやっと停めることができ、ヤレヤレと思って乗り込もうとすると、スーツ姿の白人男性が近づいてきて「どこへ行く?」と聞いてきたので「セントラル」と答えると「俺も途中まで乗せてくれ」と有無を言わせず乗り込んでくる。

相乗りしてどこから来たか?なんの仕事をやっている?など聞かれつつ、世間話しをすることに。

その後なにが気に入ったのか名刺を出して「今度自宅でパーティをするから遊びに来い」とパーティの日時と自宅の住所を書いてくれる。「必ず来いよ」と2回念を押され、その強い押しの雰囲気に逆らえず「All right」と返答。

そして上手な広東語でタクシーの運転手に自分が降りたい場所を伝え、先に降りていきましたが、彼が降りたあと、運転手が私に向いて小声で「He is a spy, England spy.」と言ってニタリと。

唖然として見送りましたが、タクシー運転手にまで知られているスパイとはこれいかにって感じです。

スパイの親玉で有名人だったのでしょうかね。どうしようか少し迷いましたが、仕事も忙しくパーティには行きませんでした。行っていたら人生変わっていたかもしれませんね。

著者別読書感想(柳広司)

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