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神様のカルテ2 (小学館文庫) 夏川草介
2009年に発売された「神様のカルテ」は新人デビュー作品にもかかわらず高い評価を受け、2010年には本屋大賞第2位となりベストセラーとなりました。著者夏川草介氏は現役の医師でその体験などをうまく織り交ぜながら地方にある24時間365日受け入れ可能な総合病院の若い医師とその妻の姿を描いています。2011年公開の映画も大ヒットし、主演の櫻井翔とその妻役宮崎あおいがまずまずいい味を出していました。
この「神様のカルテ2」はその続編で、別々に読んでもさほど問題はありませんが、できれば順番通りに読むことをお勧めします。
内容は、松本市にある最後の砦と言われている総合病院に主人公栗原一止の医学生時代の同級生で非常に優秀だった医師が同じ病院へ赴任してくるところから始まります。そういうところは、やはり医師でありながら作家の海堂尊氏の「田口・白鳥シリーズ」の小説を想像してしまいますが、同じ医師が書く小説だけあって、医療の問題点をあぶり出すところなど似ているところもあります。
そのエリート街道まっしぐらだった同級生が実家のある松本へ幼い子供を連れて帰ってきた話しと、主人公が慕って師と仰いでいた古参の医者が倒れてしまい、精密検査をすると思いがけず重篤で「負け戦」の闘いを余儀なくされる話しが中心としつつ、妻や共同住宅に新しく入ってきた学生なども含め話しが展開していきます。
おそらくこちらも映画化はされるのでしょうけど、小説の中では「神様のカルテ」よりも信州や近郊の四季折々の風景がたくさん出てきそうで、今から楽しみです。そして「神様のカルテ 3」もすでに単行本は刊行されています。文庫本になるのが待ち遠しいです。
◇著者別読書感想(夏川草介)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
東京セブンローズ (文春文庫) 上・下 井上ひさし
井上ひさし氏(2010年没)は数多くの小説や童話、随筆、戯曲などを残し、直木賞、谷崎潤一郎賞、菊池寛賞、日本SF大賞、日本芸術院賞、日本レコード大賞や文化功労者顕彰まで受けた多彩な才人ですが、なんと言っても私の年代で一番有名なのは「ひょっこりひょうたん島」の原作(共作)者ということではないでしょうか。
「東京セブンローズ」は単行本として1999年に発刊され(文庫は2002年刊)ましたが、書かれた時期は1982年から1999年まで17年間に渡って(途中中断もあったそうだが)季刊誌に掲載された小説です。
舞台は終戦近い昭和20年4月から1年間、東京都の根津(東大や上野公園も近い下町っぽい文教地区)に住んでいる団扇屋の主人が書いた日記という体裁をとっています。
この日記は当時のままを再現するためか正字正かなで書かれていますので、若い人には読むのにちょっと苦労するかも知れません。私の世代だと、特にそういう教育は受けていませんが、なんとかギリギリ読むことができます。書けといわれても絶対に書けませんが。
正字正かなとは例えば本文から引用すると「帝國ホテルを三階まで登ったところで、自分はさう結論を出した。<301>と眞鍮製洋數字の貼り付けてある扉をコツコツ叩きながら文子が訊いたから、かう答えた」「天皇が神ぢやないとわかってゐたのなら、はつきりさういへばいいんだ」「彼らはいづれも學徒出陣組で、命拾ひをして復員し、元の大學に戻ったが、たちまち生活難に陥った」「發表文や聲明文にたくさん漢字を竝べて有難味を出さうとしたんでせう」という感じです。
話しは、戦中戦後の物資不足で苦心する庶民の姿、その中でたくましく生活をしていく姿など、この時代の庶民の暮らしがよくわかってたいへん興味深いです。苦労を知らず、アメリカと絶望的な戦争をしたことすら知らない小・中学生用に教科書として使うといいかもしれません。
この小説のテーマは日本語で、終戦後のアメリカ占領軍が、世界一複雑で悪魔の言語と称する日本語の改革に着手し始め、漢字を廃止しすべてカナに、そしてローマ字へと移行させようと画策しますが、それに抵抗する日本人達という流れになっていきます。久しぶりに長編小説の醍醐味を味わいました。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
鄙の記憶 (角川文庫) 内田康夫
お馴染みの浅見光彦シリーズのミステリー小説で、文庫は2006年に発刊されています。この浅見光彦シリーズというのは、小説ですでに119話、それ以外に紀行文・随筆まであり、探偵小説界のゴルゴ13と言ってもいいかもしれません。
面白いのはこれだけの小説(原作)であればテレビに映画に引っ張りだこかと思いますが、テレビでは「火曜サスペンス」を始め数多く原作となっているものの、映画で製作されたのは「天河伝説殺人事件」ぐらいです。テレビドラマになると、そのキー局によって主役の浅見光彦を演じる役者が違い、ある時は国広富之だったり、水谷豊だったり、沢村一樹だったりします。内容が映画よりも2時間ドラマ(実質90分間)向きなのでしょうかね。
あまりよく知らない人のために書いておくと、主人公の浅見光彦はフリーのルポライターで、普段は旅行雑誌に記事を書いたり、政治家の提灯記事を書いたりしていますが、なにか事件が起きると冴えわたる嗅覚を生かし、次々と難題を解き明かしていくという素人探偵です。
また事件は日本各地で起き、一種、観光案内というか紀行もの小説とも言えます。多くの場合は人に頼まれ、仕方なく事件に首を突っ込むことになりますが、いつも現地の警察から余計なことをするなと反発を受けます。そして後になって、実の兄が全国の警察署を統括している警察庁の刑事局長だということが判明し、警察の態度がコロッと一変するというのもいつものオチというか流れです。
この作品はまず最初に静岡にある寸又峡(すまたきょう)で起きた自殺か事故か事件かよくわからない遺体が発見されるところからスタートし、その後、舞台が秋田県の大曲へと移っていきます。途中まで準主役かなと思っていた、定年間近の地方の新聞社通信部員もやがて死体で発見され、その通信部員と寸又峡で捜査を共にした浅見光彦が乗り出していくことになります。
この本を読んで静岡と言えば伊豆半島や清水、浜名湖など海岸線へはよく行くものの、大井川鐵道沿線や寸又峡の南アルプス直下の地域には今まで縁がなく行く機会がなかったので、今度折を見て行ってみたくなりました。
ちなみにこの小説の中でも会話に出てきますが、寸又峡で起きた戦後史に残る大事件として、1968年に起きた金嬉老事件があります。55歳以上の人なら誰もが知っている事件で、猟銃で脅し人質をとり旅館に88時間立てこもった劇場型凶悪犯罪のハシリとなった事件です。その籠城の舞台となったふじみや旅館はその後長く営業していましたが、ここ最近の不況が影響したのか観光客減少で昨年1月に廃業したようです。
◇著者別読書感想(内田康夫)
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