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ダークナンバー (ハヤカワ文庫JA) 長沢樹

著者の作品は今回初めて読みましたが、2011年に横溝正史ミステリ大賞を受賞した「消失グラデーション」でメジャーデビューを果たした作家さんです。

この小説は、2017年に単行本、2020年に文庫化された長編ミステリー&犯罪小説で、視点がひとりではなく、閑職へ追いやられた「やり過ぎ」テレビ局員と、警視庁でやはりはみ出た分析官の二人の女性、さらに途中からは犯人の視点でも描かれていきます。

したがって、テレビ局員と警察関係、それに途中からは犯人とその関係者と、それぞれに登場人物が多く、いちいち誰の視点かということを見ておかないと混乱しそうです。誰の視点かは都度書かれているので安心ですけど。

タイトルの「ダークナンバー」とは、例えば被害者が泣き寝入りして表沙汰にならず、隠れた犯罪を犯した「存在しない犯人」のこと指しています。

この小説の中では、本来の犯行を隠すために、別の類似する犯行を重ねていき、いわゆる「連続事件」として捜査を誤った方向へと向かわせる知能犯との戦いという構図です。

主人公のテレビ局員と警視庁捜査支援分析センターの分析官が中学時代の同級生ということもあり、その二人が重い過去を引きずりながら、警察とマスメディアという立場の違いや、現在職務で背負っている様々なしがらみを避けつつ、少しずつ犯罪の真相に迫っていく姿は読み応え十分です。

ただ、警察小説としては、あまりにもあっさりしすぎていて、日本一男社会で保守的な警察の官僚組織を相手に、20代の女性分析官やメディア記者にいいように振り回されるライトな姿は想像ができません。

また複雑に錯綜した犯罪そのものについても、リアリティはなさそうで、ちょっと凝り過ぎな気がしました。

★★☆

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人間の叡智 (文春新書 869) 佐藤優

著者は2002年に鈴木宗男事件に連座して逮捕、起訴(2009年執行猶予付きで有罪確定)された外務省職員で、裁判中の2005年に出版した「国家の罠:外務省のラスプーチンと呼ばれて」を出版し、一躍有名になった方です。

「国家の罠」は私も2011年に読みましたが、どうも「自分は悪くない」という自己弁護に徹した言い訳っぽい感じで、あまり良い印象は持ちませんでしたが、周囲にいた様々な方からは、著者のことを悪く言う人はあまりなく、さらの同書を含め作家としての能力は高そうな方です。

2011年5月の読書(国家の罠―外務省のラスプーチンと呼ばれて)

上記の逮捕起訴された事件と「国家の罠」については、確かに外務省が嫌った鈴木議員の腰巾着とみなされ斬り捨てられたというか、スケープゴートにされた感が強く、しかしそれでもめげてしまわず、転んでもタダでは起きない著者の執念とバイタリティが感じられます。

本書は、そうした事件のことはほとんど触れずに(1)なぜあなたの仕事はつらいのか(2)今、世界はどうなっているか(3)ハルマゲドンを信じている人々(4)国体、資本論、エリート(5)橋下徹はファシストか(6)いかに叡智に近づくかという章立てになっていますが、読んでみて思うのは、あまりそうした各章のサブタイトルとは関係なく(たぶん後付けと思う)、過去に経験したり見てきたこと、それに最近の動向で気になることを都度文章にしてまとめて一冊にしてみましたって感じです。

それと国際情勢に関して言えば、何十年、何百年の歴史や文化を知る必要があるものもありますが、今のアフガンのようにわずか数年でコロッと体制が変わってしまうようなこともあり、この新書が発刊された2012年はまだバラク・オバマ大統領の時代(日本は民主党政権時代)で、隔世の感があります。

しかしこの新書の「裏のテーマ」?でもある「新・帝国主義」の潮流については、オバマ後のトランプ時代、メドヴェージェフ後のプーチン、キャメロン、メイ後のボリス・ションソン、野田総理後の安倍総理など、世界中で顕著となり、先見の明があるとも言えるのでしょう。

しかし橋下徹氏の政治家としての今後の可能性を大いに期待している節がありましたが、大阪都構想に失敗(2015年)したあとは、すっかり評論家兼弁護士に落ち着いてしまった点はアテが外れました。

★★☆

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おにのさうし (文春文庫 ゆ 2-26) 夢枕獏

単行本で2001年に絵師天野喜孝氏との共著という形で「鬼譚草紙」が発刊(文庫版は2006年)されたもので、それからイラストと短篇の1話を削除した形で、タイトルを替えて2014年に発刊(出版社が違うので新刊)です。

こうした以前発刊された本を再版とか新装刊ではなく、別の出版社が新刊として売り出すと、Amazonのレビューでも夢枕ファンと思える人から新刊と思って読んだと文句タラタラでしたが、私も浅田次郎などの小説でタイトルこそ同じですが別の出版社から「新刊」として発刊されるという同様なことが何度かあり、非難囂々、切歯扼腕、偏袒扼腕です。

せめて、表紙か裏表紙(カバー)に「初出は○○年」ですとか表示する義務化を出版協会で決めてもらいたいものです。

収録されている3話は、「染殿の后 鬼のために 繞乱せらるる物語(繞は女編)」、「紀長谷雄 朱雀門にて女と争い 鬼と双六する語」、「篁(たかむら)物語」です。

今昔物語や古事記などに使われている和歌などをうまく利用しながら、独自の世界観を拡げていくのはかなりの教養と創造性がないとできそうもありません。

著者の作品は過去に「上弦の月を喰べる獅子」(1989年)や「陰陽師」(1988年)などを1990年代に数冊読んで以来ですから20数年ぶりに久々です。

さらにこの短篇集、テーマは鬼とエッチで、平安時代の男と女、密やかな睦言と官能の世界がそれぞれ描かれています。表現も露骨なところがあります。

元の単行本には絵師天野喜孝氏のカラー絵図が添えられているそうで、ちょっと気になるところです。

そういうわけなので、小学校や中学校の図書館に蔵書するのには相応しくありませんが、大人が秋の夜長に読むにはちょうど良い感じかも。

3話目の「篁物語」は、実在した小野篁を主人公にした、腹違いの妹との禁断の狂おしい恋愛と死、そして閻魔大王への直訴というストーリーです。

あとがきにもありましたが、ベストセラー「陰陽師」の別巻とも言えるし、平安時代の呪術師で安倍晴明のライバル蘆屋道満のスピンアウト小説とも言えるかも知れません。

★★☆

著者別読書感想(夢枕獏)

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センセイの鞄 (文春文庫) 川上弘美

私とほぼ同年代の作家さんで、1994年にデビュー、1996年には「蛇を踏む」で芥川賞を受賞されていますが、私自身意外でしたが著者の作品を読むのはこれが初めてです。

この作品は、雑誌に連載後、2001年に単行本、2004年に文庫化されています。2003年には小泉今日子主演でテレビドラマも作られています。

内容は、まもなく40歳になろうかという女性の主人公が、高校生時代の国語教師で、すでに引退した老人と言って差し支えない高齢男性との長編恋愛物語で、雑誌に連載する都合でしょうが、連作短篇形式で書かれています。

居酒屋でひとり飲むのが好きな主人公が、いつものように飲んでいたら、老人に声をかけられ、教え子だという話しから仲良くなっていきます。

老人は、妻が何年も前に出奔し一人暮らしで、気ままな生活を送って、いつも寄る居酒屋で何度も見かける女性が、元教え子だということに気がつき声をかけたわけです。

主人公の独身女性にも特に恋人はいなく、元教師の老人と付かず離れずで居酒屋で会っている中で徐々に気持ちが傾いていくというなんだか切ない話しです。

しかし二人ともやたらと飲兵衛で、飲んでいるシーンばかりです。恋愛にお酒がつきものなのはわかりますが、飲んでいるシーンばかりというのには辟易させられます。

ま、著者の一番の趣味でもあるのでしょう。

大人、しかも熟年と老年の恋愛小説というのも珍しく、高齢化社会が進む中で、こういうことは珍しくなくなってきているのだろうなぁと面白く読めました。

★★☆

著者別読書感想(川上弘美)

【関連リンク】
 9月前半の読書 蝶、ぬるい毒、殺し屋、やってます。、家守、うまくいっている人の考え方
 8月後半の読書 運命のコイン、シャーロック・ホームズ対伊藤博文、経済危機のルーツ
 8月前半の読書 地のはてから、父の戦場、誰かのぬくもり、号泣する準備はできていた



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