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すベてがFになる (講談社文庫) 森博嗣
森博嗣氏1996年のデビュー作として有名な同著ですが、その時すでにシリーズものを何作かは書いていてこの作品はシリーズ4作目となるそうです。
デビュー作にはインパクトのあるものからということで、この作品がデビュー作となったようです。
他にも似たようなタイトルの作品があり、もう読んだものとばかり思っていたらまだだでした。遅ればせながら。
森氏の作品にはこの作品を含む「S&Mシリーズ」の他に、「スカイ・クロラシリーズ」「Vシリーズ」「Gシリーズ」などが有名で、その他にも多数の著作物があります。
私が過去に読んだことがあるのは「Zシリーズ」の「ZOKU」だけです。あとアニメ映画になった「スカイ・クロラ」は見ましたが、それだけみても多才な人だということがわかります。
2005年に退職するまでは名古屋大学工学部助教授で、異色の作家と言えますが、工学部だけにSF的な発想と知識はお得意です。
ストーリーは、主人公のN大学助教授犀川創平と犀川の恩師の娘である西之園萌絵(犀川と萌絵でS&Mコンビ)が、天才プログラマ真賀田四季博士が幽閉されている真賀田研究所がある島へ行くことになり、そこで殺人事件に巻き込まれることになります。この著者が書く小説の登場人物名はいつもユニークです。
真賀田四季博士が島で軟禁状態にあるのは、若くしてアメリカの大学を卒業し、天才と言われていたものの、その後両親を刺殺したということによります。
精神病の末の犯行ということで、刑務所ではなく両親が作った研究施設の中で数十年ものあいだ幽閉され、医者の監視下におかれています。その中で起きた密室殺人の謎を解いていくわけですが、数学的な話しもあり複雑で内容を理解するのに結構疲れました。
この小説が発刊されたのは1996年なので、書かれたのがその前年1995年だとすると、社会ではWindows95が登場しインターネットが使われ始めた頃です。
しかしこの小説の中ではネットやPCがごく普通に使われていて、VR(バーチャルリアリティ)技術や、リモートコントロール、コンピュータの音声案内、自律的なロボットなど、当時としてはまだほとんど実現していなかった場面が展開されています。それが当たり前になった今では、この小説が示す近未来想定に共感を覚えます。
文庫版で500ページを超す長編で、それなりに科学的な興味と面白さもありますが、技術的な面以外では無理をしていて、突拍子もない素人っぽい部分が目立ち、子供騙しとまでは言わないまでも、いい大人が真剣に読んだり感想を書くものではないかなとも。またこういった漫画的な小説にあまりリアルさを求めてもいけないのでしょう。
◇著者別読書感想(森博嗣)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
マンチュリアン・リポート (講談社文庫) 浅田次郎
「蒼穹の昴」「珍妃の井戸」「中原の虹」から続く近代中国・満州を描いたシリーズで、「中原の虹」を完結してから3年が経ち、すっかり忘れた頃にようやく文庫として登場しました。
簡単にシリーズをおさらいをしておくと、「蒼穹の昴」は清朝(1616年~1912年)末期、貧しい家の出身で踊り子だった李春雲が苦労を重ね宦官となり、やがて頭角を現し宦官の中でもトップの座に就きます。
そして悪女として名高い西太后に仕え、内憂外患の滅び行く清朝を懸命に守り建て直していこうとする姿を描いたものです。日中合作でドラマ化され、NHKで放送されてました。
続く「珍妃の井戸」は、清朝滅亡を一気に加速させることになる義和団の乱(1900年)が取り上げられています。
今までは清朝末期の話しといえば「ラストエンペラー」で有名な宣統帝、愛新覚羅溥儀(あいしんかくらふぎ)を描かれることが多いのですが、浅田次郎氏は先の「蒼穹の昴」とともに西太后を中心して描いています。
そして「中原の虹」は義和団の乱のあと起きた日露戦争(1904年~1905年)が日本の勝利で終結した後、列強各国に蹂躙されていく統治者がいなくなった中国で、馬賊出身の張作霖(1875年~1928年)が東北部(満州)で勢力を増し、やがては長城を超えて北京へと進出していく過程と挫折が描かれています。
そしてこの「マンチュリアン・リポート」です。直訳すれば「満州報告書」。
清朝末期の1900年初頭、満州全域を制覇し、さらに清朝が滅亡した後、主導権争いで群雄割拠する北京へ入り、中国統一へ野心をのぞかせていた張作霖でしたが、北伐で勢力を増してきた国民党(国民革命軍)との争いに敗れ、地元奉天へ引き下がることを決め、その際に何者かによって列車ごと爆殺(1928年6月4日)されてしまいます。物語はその1年後から始まります。
裕仁親王(昭和天皇、当時27才)はその張作霖暗殺事件を曖昧にする田中総理大臣を更迭し、事件の真相を調べるため、軍紀を乱したと投獄されていた日本帝国陸軍の志津中尉に白羽の矢をたて中国へ送り込み、その中尉が定期的に送ってくる報告書という体裁で、真実に迫っていきます。
主人公は報告書を送る志津中尉と、その報告書の間に登場する25年以上前に西太后に贈られた英国製の蒸気機関車を擬人化した鋼鉄の公爵。
そう、張作霖を乗せて北京から奉天へ向かう時に使われた蒸気機関車です。とは言うものの、喋る英国の蒸気機関車といえば「機関車トーマス」か「チャギントン」がすぐに頭に浮かんできてしまい、シリアスなドラマになにか妙な感覚を覚えます。
清朝の後の中華皇帝に手が届く寸前のところまでいきながら思いを果たせず、暗殺されてしまう張作霖は、私の中では天下統一の前に倒れた織田信長や、自分が関わってきた新しい日本を見ずして倒れた坂本竜馬のイメージとダブります。
その暗殺には関東軍参謀が関わったという説が有力ですが、それ以外にもスターリンの命を受けておこなわれたなど諸説があり現在でも確定はされていません。
この暗殺、一般的には線路や列車に仕掛けられた爆弾が炸裂してというイメージが強いのですが、事実は線路同士が交差する上の橋を爆破して下を走る列車を押しつぶすというもの。しかも押しつぶせるのは、19輛編成のうち、せいぜい1~2輛という難しさです。
それには張作霖がその時に乗っている車輌を知らなければならず、また駅が近くてスピードは落としているものの、列車は走っているので、その車輌が通過するタイミングで爆破しなければならず、緻密な計画と練度の高い技術が要求されます。
そうした中でこの志津中尉に代弁させた浅田次郎氏が導き出した結論は、、、ということは読んだ人だけの楽しみとしておきましょう。そしてこのシリーズはここで終わってしまうにはなにか中途半端な気もするので、これに続く新たな小説が今後の楽しみです。
この浅田次郎氏のシリーズは史実を追い実在の人物の名前もたくさん出てきますが、基本的にはフィクションの小説であるということを十分理解しておかなければ、時々書評で見かけるようなトンチンカンな感想になってしまいます。それは史実とフィクションをごっちゃにしてしまっていることによるでしょう。
◇著者別読書感想(浅田次郎)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
砂の上のあなた (新潮文庫) 白石一文
「ほかならぬ人へ」(2009年発刊)で直木賞を受賞し、その翌年に発刊された2010年の作品(文庫の発刊は2013年3月)です。
主人公は結婚して家庭に入った30代女性。子供が欲しくて計画妊娠など手を尽くしているその女性の元に、突然見知らぬ男性から「亡くなられたあなたの父親の手紙がある」と電話がかかってきます。
その手紙は主人公の父親から愛人に宛てたもので、筆跡や内容から父親が書いたもので間違いなく、死後はその愛人と一緒になりたいと書かれています。
もうそれだけでもひとつの大河ストーリーが出来上がりそうですが、話しは中盤以降、思わぬ方向へと進んでいきます。詳しくは書きませんが、まったく予想外の展開で、これは家族というより、なにか人間の縁とか運命を強く感じさせられるドラマに仕上がっています。
ただひとつの小説に「妊娠したい女性」「夫とのすれ違い」「亡くなった父の愛人」「突然現れた魅力ある男性」「自分の名前の謎」などいろんな展開を詰め込んでしまったがゆえに、話しがあっちへ飛んだりこっちへ戻ったりと散らかってしまった感はゆがめませんが、前半部分の緩やかでけだるい進行から、後半は展開の早い推理小説のような趣となります。
親が高齢で亡くなると、それまで背負ってきた長い人生には、実の子も知り得なかった様々な葛藤や歴史があり、それを子供が知ることが果たしていいことかどうかは賛否あるでしょう。ただ好きだった肉親に関することをもっと知りたいという欲求もまた起きるでしょう。
今年の暮れに映画上映される百田尚樹氏の「永遠の0」も、特攻で亡くなった祖父のことを孫達が調べ歩く小説ですが、若い人の自分のルーツ探しが今後流行していくかもしれません。
映画「真夏のオリオン」(原作は池上司氏「雷撃深度一九・五」)も、孫が亡くなった祖父のことを聞きに祖父の戦友を訪ねるところから始まっていました。
◇著者別読書感想(白石一文)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
寝ながら学べる構造主義 (文春新書) 内田 樹
「街場のメディア論」や「下流志向〈学ばない子どもたち 働かない若者たち〉」など、社会の流行をバサバサと切る歯に衣着せぬ言論でお馴染みの著者ですが、その代わりに敵も多そうで、Twitterなどではよく非難の的となったりしてよく話題に上がっていたりします。
この本は2002年に発刊されたものですが、いかにも難解そうな思想哲学「構造主義」について、気楽に読んでも理解ができそうに工夫して書かれています。本は漫画しか読まないという人には無理かも知れませんが。
「構造主義」とは一言で言えば、、、と書こうと、Wikipediaを読んでみてもさっぱりわかりません。「狭義には1960年代に登場して発展していった20世紀の現代思想のひとつである。
広義には、現代思想から拡張されて、あらゆる現象に対して、その現象に潜在する構造を抽出し、その構造によって現象を理解し、場合によっては制御するための方法論を指す言葉である。」とこんな調子です。入り口でこれですから、興味がなければさらに深く突っ込んで学ぼうとは思いません。
本書ではそういう難解な説明は極力排除されているとはいえ、いきなり読むとやはりついて行けません。特に「寝ながら」読むとそのままぐっすり寝込んでしまいます。
マルクス、フロイト、ニーチェ、フーコー、ソシュール、バルト、レヴィ-ストロース、ラカンなど思想家達のこと、構造主義が出来上がってきた歴史的背景、その他関連する逸話など、寝ながらではとても理解できませんが、最低限の教養というか身だしなみとして知っておくことができるかもしれません。
巻末のあとがきに書かれていた「レヴィ=ストロースは要するに『みんな仲良くしようね』と言っており、バルトは『ことばづかいで人は決まる』と言っており、ラカンは『大人になれよ』と言っており、フーコーは『私はバカが嫌いだ』と言っているのでした。」というまとめが象徴的でした。
◇著者別読書感想(内田樹)
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