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隠遁とは「俗世間を逃れて隠れ住むこと」とありますが、別に山奥に隠れ住みはしなくても、俗世間と少し距離を置いて誰にも邪魔されず、好きなことをやって余生を送りたいと思っている人は少なくないでしょう。

もうだいぶんと以前から都会から地方の農村部や海外へ移住する人の話しがニュースなどで時々登場し、私も一種のあこがれを持って見ていましたが、それらの人の多くは五体満足の健康で、しかも比較的裕福な方が多そうで、あまり私の参考にはなりません。

あるいは裕福ではない人でも、実家が地方にあり、都会に出て長く仕事をしていた人が、仕事から引退し、親元や兄弟がいる地方へ帰ったりするケースなどもあり、理由は様々ですが、都会を去って田舎に住むという人はある一定数は出てきそうです。

特に団塊世代の人達は、若いときに学校や就職のために地方から大都市に出てきて、そのまま都会に住みつき、核家族を形成してきた人が多く、そうした人達が仕事を辞め、子供達を社会に送り出した後、昔を懐かしんで地方へ帰っていくという例は今後増えそうな気がします。便利な都会に住み続けたい家族をどう説得できるかが鍵でしょうけど。

6月に放映されたNHK土曜ドラマ「55歳からのハローライフ 」の第1話「キャンピングカー」では、早期退職制度で引退した中年男性が、自分の夢であったキャンピングカーを買って日本国内を妻と一緒に回りたいと家族に告げますが、妻の同意は得られず、自分の身勝手さを思い知らされ苦悩する姿が印象的でした。

私の場合も、元々は周囲は山と田畑ばかりの田舎の育ち(幼児の頃までは、農耕用の牛馬を飼っている家が近所にいくつもありました)ですが、次男のため実家の家も土地も継げず、いまさら故郷に帰ろうとは考えていません。それでも家族を説得できれば年金生活は都会からは少し離れた場所で暮らしたいなと思っています。

田舎暮らしは都会で長く生活をしてきた人にとっては、そう夢見るほど甘いものでないという話しも耳にタコができるほどよく聞きます。

例えば、「近所や町内会などの人間関係が濃密で煩わしい」、「ネットや携帯電話の接続環境が悪くて遅い」、「雪が多いところでは毎日の雪下ろしや道路の除雪がたいへん」、「ちょっと買い物したくてもクルマで何十分もかかる」、「外食やお茶するにも夜は遅くまでやっている店がない」、「地元民からはずっとよそ者と見られ、疎外感を感じる」、「テレビのチャンネル数が都会と比べると少なく映画館やレンタルビデオなども少ない」、「美しい自然環境は、住む人にとっては厳しい自然環境」などなど。

このような本も出ています。

田舎暮らしに殺されない法」 (朝日文庫)丸山健二著

Amazon内容紹介:団塊の世代が定年を迎え、「第二の人生」を「夢の田舎暮らし」に託す人々が増えた。ところが……。安易に田舎暮らしを決めて、本当にいいのか? 厳しい自然環境、共同体の閉鎖的な人間関係、やがて襲ってくる強烈な孤独など、田舎に暮らすことの幻想を暴きつつ、それでも田舎暮らしを志向する人に向けて、自立し、目的意識を持つことの大切さを説く。田舎暮らし歴40年の著者が、豊富な体験から田舎暮らしに潜む危険を説く書き下ろしエッセイ。

この本では、「田舎ぐらいってこんなにもたいへんなのか!」って驚くほどのことが書かれています。例えば都会のようにご近所さんや、すぐに駆けつけてくれる警察などない田舎では「強盗対策に槍(棒の先にナイフをくくりつけたような)ものを準備しておき、いざというときは躊躇なく相手を刺す」とか「田舎ではプライバシーはない」「自分の都合ではなく町や村の都合で生活が縛られる」「農閑期以外は都会と同様に騒音に悩まされる」などなど。

それに田舎暮らしにあこがれる団塊世代に向けてかなり厳しい批判と偏見をもった語り調で、私は団塊世代ではありませんが、それでもちょっとムッときますが、それぐらいきつく言わないと、真実がわかってもらえないということなのでしょう。

こちらの本はもう少しマイルドです。

田舎暮らしができる人 できない人」(集英社新書)玉村豊男著

Amazon内容紹介:組織人から生活者回帰する男たちへのエール!停年後は田舎暮らし、への関心が団塊世代を中心に高まっている。後半生の幸福な人生の選択とは何か? 田舎暮らし歴25年の著者が語る、手触りのある暮らしの潤い、安らぎ、停年リボーンの思想。

新たな田舎暮らしには上記の本に詳しく書かれていますが、様々な問題があります。

そしてそれらの問題を少しでも和らげるのには、いきなり地元民と同じ環境に入っていくのではなく、多少余計にお金はかかりますが、同じ都会で暮らし価値観なども似た人達が多く住む、開発された別荘地に永住するという考え方がいいそうです。

そうすれば、田舎独特の煩わしい人間関係や、古いしきたりに気を遣うこともなく、他の住民との適度な距離感が得られ、都会とそう変わらない生活ができるからです。

そう言えば私の知人にも、郊外の一軒家を売って伊豆の別荘地へ移住された方がいらっしゃいます。

ただし別荘地でも、管理状態が悪いと古くなって荒れ果て朽ちたままの建物が周囲に増えてしまったり、安易な開発のため何十年に一度という大雨で盛土や道路が流されたり、また、静かに生活したい永住組と、たまにはハメを外して大騒ぎしたい純粋な別荘組とのあいだが険悪なムードになったりと、問題がないわけではありません。

そして特に高齢者にとって一番深刻な問題になるのは医療や介護でしょう。今は元気でも、いずれは病に罹り、寝たきりになったり、ひとりでは食料品の買い物にも行けなくなるかも知れません。

都会では最先端の医療を提供してくれる病院が自宅近くにも数多くあり、優秀な専門の医師もすぐに見つかるでしょう。完全介護の施設はすでに入居待ち状態ですが、デイケアサービスや訪問介護などの都市型介護サービスは充実しています。

しかし、考えても見てください。今後都市部においては高齢者の数が急速に増え、それにともない要介護者や患者数も急増することになり、今までのように病気の治療や介護が満足に受けられなくなるのは目に見えています。

国も医療費や社会保障費の増大に頭を抱え、高齢者に対し自宅介護をするよう自立を強く求めていてそれが今後顕著になるでしょう。

つまり都会に住んでいても誰しも望むような高度な医療や専門医の治療などは、相当なお金持ちや有名人、病院や医者に強いコネがある人以外は難しくなるということを理解しておく必要がありそうです。

なにをするにしても便利で、文化的な生活がおくれる都市部も、これからの40年間は病気や介護と無縁ではいられなくなる高齢者にとって、決して安心して住みやすい場所や環境ではなくなる可能性があるわけです。

一方、地方では、すでに限界集落や準限界集落化しているところもあり、若者の数はもちろんですが、高齢者自体の数も減少してきています。

そういう場所でまともな医療や福祉が受けられるのか?というと、それもまた疑問なところはありますが、民間の最先端医療や大規模で設備の整った病院は無理でも、最低限度の社会福祉サービスは行政サービスの一環として続けられるでしょうから、大病でなければそういう診療所的なところを利用すれば、逆に都会より高齢者が減り始めている分、いいかも知れません。

当然都会とは設備や医療技術は比べられるものではありませんが、若いときならともかく、お役目も終え高齢になってから、最先端医療とか言いつつ大きな手術を繰り返し、身体中スパゲッティー状態で生きながらえることだけが人の幸せとも思わないので、別に高度医療でなくてもいいかなと割り切るしかありません。

それよりも、都会の騒音、隣近所の生活音、ストレスがたまったペットの遠吠え、窓を開けておくとホコリや煤塵ですぐに真っ黒になる部屋などとは早くお別れして、夜になると川が流れる音、風が吹いて木々のさざめく音が聞こえ、昼間は広い空が拡がり、周囲に自然がたっぷり残った静かな場所で余生を過ごせれば最高です。カエルや蝉の鳴き声はどれほどうるさくても、私にとっては懐かしい音であり、決して騒音ではありません。

年金だけの生活だと、都会ではなにかと物入りで、それこそ老後も仕事を続けなければなりませんが、家賃や生活費が安い地方だと、どこへいくにも軽自動が必要となり、それらの出費は最低限必要ですが、なんとか年金の範囲で暮らせるかなと思ってます。それにもう食欲も物欲もなくなっていますからね。

まったく刺激がないとさすがに惚けちゃいそうなので、近くの耕作放棄地を借りて、自宅で食べる野菜ぐらいは作ったり、自宅をベースに日帰りで行けそうな場所の美しい四季の自然を写真に撮って日々ブログにアップしたり、お金をかけずにできそうなことはいくらでもありそうです。

夜はテレビなど見ないで、通販で買ったコーヒー豆をガリガリと手で挽き、長編小説を読んだり、やはり通販で買ったプラモデルをのんびりと時間をかけて作って過ごす贅沢な暮らしを夢見ています。

私が考えるその候補地としては、もちろん日本国内で、(1)原発から最低30km以上離れているところ(2)津波や洪水の被害、大規模な地割れや山崩れが過去に起きていないところ(3)雪は滅多に降らず比較的温暖なところ(4)隣家とは少なくとも50m以上離れている、ということで、ある程度は場所が限られてきますが、探せばきっと見つかるでしょう。ま、はかない夢ですけどね。


【関連リンク】
795 定年リタイア時の必要貯蓄額と生涯住宅費用
583 人口が減るのもいいんじゃない
574 仕事を引退する時、貯蓄はいくら必要か
499 定年後にどう生活していくか
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837
新入社員が研修を終えて各部署に配属されたあと、まず最初にやることと言えば「外からかかってきた電話をとる」というケースが一般的には多いようです。

30数年前の私の新入社員時代もそうでしたので、それはあまり変わりませんが、当時と違っていまは仕事の連絡はメールでやりとりをすることが多くなり、通常のオフィスであればその頃と比べると電話はそれほどかかってきませんので、新入社員が外からの電話に慣れるのにも時間がかかりそうです。

毎年4~6月頃に仕事で電話をかけると、こちらの会社名や名前をなかなか正確に聞き取ってもらえなかったり、なにか簡単なことを依頼をするにも要領が悪かったりするのはそういうことでしょう。

私が最初に勤めた先はサービス業ということもあり、電話が鳴ると他の仕事を中断しても真っ先に電話を取るように指導され、競うように電話を取りました。

着信音が鳴りだす前に、まず電話の着信を知らせる赤いランプがチカチカと点灯しますので、それだけで受話器を取っている先輩が多くて驚いたものです。つまり音が鳴る前に電話を先に取られています。

また、ある別の会社では、「早く電話を取りすぎると、相手が話す心の準備ができていないうちにいきなりつながってしまうので、ワンテンポかツーテンポわざと遅らせて取るのがいい」とマナー教室で教えていたところもあり、会社の業種や経営者の考え方でマナーも変わってくるものだなと感心したものです。

電話をかけて一番気分が悪くなるのはなんと言っても役所です。まずなかなか電話がつながらないのが、「俺たちは忙しいんだ」「仕方ないから出てやるか」的な想像をしてしまいます。電話が鳴ってもなかなか出ようとはしないのが公務員です。

最近の役所では電話がつながらないというクレームを解消すべく、最初に電話に出るのは派遣社員やアルバイトに任せることが多くなってきたみたいで、そういう人はキチンとマナーをわきまえて対応されています。

ところが担当者に替わってもらったとたん、不機嫌そうで横柄な人が出てくることがよくあり、本質はなにも変わっちゃいないことを思い知らされます。

役所ではキチンとした電話応対の研修を、特に正規職員に対して定期的におこなってもらいたいものです。電話に出るときは、社名や部署名、名前を相手に告げるのが最低の礼儀ですが、役所にかけてこちらが名乗っても、こちらがあえて聞かない限り、そうしたことをちゃんと名乗ってくれる人はほぼ皆無です。

新入社員の時の研修で、電話に出るときに「○○(社名)でございます」とか「お電話ありがとうございます。○○でございます。」と明るくハキハキとした感じで出る練習を何度もしましたが、社名が長くて言いにくかったり、別のことを考えながら条件反射的に電話に出たりすると、しどろもどろになってしまうことがあります。

研修で言われたのは社名の最初に「タ行」「ハ行」の言葉がくると、一言目が詰まって言い出しにくいと言われましたが、人によっては発音に苦手な言葉があり、どもってしまったり、無言で固まってしまったりすることがあります。

そう言えば西加奈子著の「通天閣」に最初の言葉がア行の時だけなぜか突然どもってしまうという人が出てきました。普段はすらすら話しができるのに、その言葉が最初に入るとおかしくなってしまいます。「こんにちは!お、お、お、お疲れ様です、、、」ってな感じですね。

これは小説の中の話しですが、実際にもそういう人がいても不思議ではありません。なにがそうさせるのかはわかりませんが、私も新入社員の頃、電話に出て言葉に詰まってしまい、えらく恥をかいたことが何度かあります。実のところ電話は苦手です。

さすがに今では私のような50代の男が最初に電話をとる機会は滅多にありませんが(会社としてもイメージ良くないでしょ?)、今後定年後の再就職先やパート・アルバイトの現場では、またこうした電話応対から始めることになりそうだなとちょっと不安な気持ちもあります。もう十分に開き直っているので大丈夫だとは思いますが。

そう言えば電話応対のプロが集まるコールセンターでも中高年男性のオペレーターが結構人気で活躍しているという記事を読んだことがあります。

ひどいクレームや言いがかりをつけられることが多そうなコールセンター業務では、そうした男性中高年者で、安心感のある低く落ち着いた感じで、説得力のある会話ができる人には向いているかもしれません。

それに男性だと深夜勤務も気にしない人が多そうだし、年金がもらえる年齢(60歳)以上なら、それほど毎日ガシガシと働かなくても週何日かのローテーションで働けそうで向いているのかもしれません。電話が苦手な私には絶対に向かない仕事だけど。


【関連リンク】
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694 履歴書の中の嘘はすぐバレる
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636 昨今の新入社員は終身雇用制を支持している
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子供の頃は関東では放映されていない吉本新喜劇を毎週欠かさずテレビで見ていたこともあり、上方の漫才や上方落語の「単純な笑い」が結構好きです。しかもそれは1980年以降、漫才ブームが起きる以前のものに強く印象が残っています。

私の子供の頃、好きだった上方漫才コンビ(グループ)と言えば、

海原お浜・小浜(1933~1976年)
 私の母が好きだったコンビで奥目でゴリラのようにでかいお浜と、小柄色白ぽっちゃりの小浜のコンビは姉妹ではなく親戚同士
中田ダイマル・ラケット(1934~1982年)
 ダイマルのカバのような容姿とそれに相反する知的な語り口に圧倒されました
平和ラッパ・日佐丸(?)
 独特のしゃべり方がそれだけで爆笑を誘いました
夢路いとし・喜味こいし(1937~2003年)
 私の中では上方漫才と言えばこの二人のしゃべくり漫才で、永遠に忘れられない
人生幸朗・生恵幸子(1952~1982年)
 言い方やテーマが気に障ることも「責任者出てこい!」「出てきたらどうすんの」「謝る」が最高
横山ホットブラザース(1952年~)
 メンバーが少し入れ替わっているものの、現役最長かも。あと何年見られることやら
かしまし娘(1956年~)
 いまも3人ともご健在。漫才はしていないが、映画ではみんな年季の入ったいい脇役をしている
漫画トリオ(1960~1968年)
 横山ノックと上岡龍太郎のふたりの強烈な印象が強いけど、わずか9年間の結成でした
Wヤング【平川幸男、佐藤武志】(1964年~)
 初代Wヤングはひとりが1979年に自殺し漫才ブームに乗れなかった。今は第2次Wヤング
横山やすし・西川きよし(1966~1989年)
 ライバルだったWヤング(初代)が失速しその代わりに急浮上。人気が出た後は面白くなくなった
コメディNo.1【前田五郎、坂田利夫】(1967~2009年)
 たいへん好きだったが、前田五郎の中田カウス宛の脅迫状事件容疑でコンビ解散、残念
レツゴー三匹(1968年~)
 今年2014年5月にレツゴーじゅんが亡くなり二人になったけど、そのまま三匹で続行
中田カウス・ボタン(1969年~)
 1970年代はまだ若手漫才師だったが今や重鎮。とぼけた感じのカウスが大人気
海原千里・万里(1971~1977年)
 伝説にもなった千里(上沼恵美子)のしゃべくり芸は超一品。77年に千里の結婚で解散
今いくよ・くるよ(1971年~)
 くるよのビッグな体型は40年前から変わらず。長年体型を維持する努力は由美かおる並?
ザ・ぼんち(1973~1986年)
 若手のホープとして期待していたのですが、私の知らない間にあっさりとコンビ解消していました
オール阪神・巨人(1975年~)
 元祖凸凹コンビ。最初にみた当時は、そのコンビ名と二人の身長差にインパクトがあったが今や吉本の重鎮
 ( )は結成と解消年、敬称略

などが一番旬だった頃で、現在は鬼籍に入られた方か、当時はまだ若手でも今は業界では大御所と呼ばれる人達になっています。

上方漫才以外では

獅子てんや・瀬戸わんや(1952~1993年)
 わんやがてんやを激しくひっぱたくシーンが多く気の毒だった。「ぴっぴっピーヨコちゃんじゃ、アヒルじゃガァガァ」は名言
コント55号(1966~2011年)
 やたらとドタバタしているだけで、今から考えると、なにが面白かったのかよくわからなかい

ぐらいかなぁ、、、

1980年代に巻き起こった漫才ブームの頃以降は、ちょうど就職と重なり、テレビを見る暇はなく(1年ぐらいはテレビもなかった)、ほとんど興味がなくなり、その後出てきた漫才師についてはほとんど知りません。

なので、今やお笑い界の大物となっている「とんねるず」や「ダウンタウン」「紳助・竜介」「ロンドンブーツ」などの漫才は聞いたこともなく、単なるお笑いバラエティの司会者?ぐらいの感覚です。

次に上方落語家では、

笑福亭松鶴(6代目) 1918~1986年
桂米朝(3代目) 1925年~
桂春団治 (3代目) 1930年~
桂文枝(5代目) 1930~2005年
露の五郎(2代目) 1932~2009年
笑福亭仁鶴(3代目) 1937年~
桂枝雀 (2代目) 1939~1999年
笑福亭鶴光(2代目) 1948年~

を中心によく聞いていました。さすがにみなさんいずれも芸を極めた方ばかりで素晴らしいの一言です。

特に当時は深夜帯にFMラジオで放送される長編の古典落語は、音も良く、部屋を暗くして聞いていると臨場感もあっていいものでした。ラジオで聞いていても、その所作が浮かんでくるのが名人芸です。そしてやっぱり落語は1時間ぐらいじっくりと聞きたいものです。

落語もよく聞いていたのは1960年後半から1970年代のことで、1980年以降のことはあまりよく知りません。

演目は、落語家それぞれに得意な噺があるのですが、同じ噺でも、落語家が変わると、まるで違う話を聞いているようで楽しめました。

どういうネタが好きだったかと言えば、もう昔のことであまり覚えていないのですが、「青菜」「愛宕山」「地獄八景亡者戯」「天王寺詣り」「初天神」「崇徳院」「京の茶漬け」「牛ほめ」「高津の富」「壺算」「道具屋」「提灯屋」「抜け雀」「貧乏花見」「らくだ」「住吉駕籠」「七度狐」「ねずみ穴」「紀州」などの古典落語が印象に残っています。

桂文枝(6代目、前桂三枝)らが好む現代の創作落語にはあまり興味がなく、やっぱり江戸時代の庶民話が最高によかったなと今でもそう思います。

ただ創作新作落語の中でも4代目桂米團治(1896年~1951年)が自らの仕事経験を元にして作った「代書屋」は、米團治の弟子だった米朝(3代目)やそのまた弟子の枝雀(2代目)に伝えられ、とてもいい作品に仕上がっていました。そうやって創作落語の中でも本当にいいものは、弟子達に受け継がれて、やがて古典のひとつとなっていくのでしょう。

最近はNHKで時々落語を放送しているので、上方落語だけをピックアップして録画しています。一度は聞いたことがある噺が多いのですが、当時とすっかり面子も代わり、それを楽しんでいます。ただし残念なことに1話の放映時間が30分(実質25分ぐらい)なので、噺は途中で終わったりします。

高齢化社会で、古典落語ファンも多いはずで、これからもっと放送時間を増やしてもらいたいところですが、民放だとスポンサーも見つかりにくく、若い人向けの(くだらない)バラエティと比べ、それほど視聴率が取れるものではないのでしょうね。


【関連リンク】
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833
84歳で亡くなった私の父親のことを考えると、私はいま56歳なので、父親の生きた年数のちょうど2/3に達したということになります。

仕事もまもなく引退する予定なので、余命もわずか?と思っていただけに、え!まだ人生の1/3も残っているんだ?と思うとちょっと不思議な感覚になります。

男性の平均寿命は、約80歳ですが、これは生まれたばかりの0歳児の平均寿命なので、56歳の平均余命はもう少し長くなります。

事故や大きな病気に罹らなければ、遺伝的、確率的には父親とほぼ同年齢か、父親の生きた時代よりも栄養がよく、医療の発達もあるので、それよりもう少し長く生きられるでしょう。

今回は寿命の話しではなく、私がもし今の生き方を選択せず、ずっと自分の思うままの人生を歩むことができたとしたら、どういう今を過ごしていただろうかと考えてみました。

例えば、私は27歳で結婚し、その後三人の子供に恵まれましたが、子供を作らなかったという選択肢や、結婚しないという選択肢もなかったわけではありません。

さらに飛躍しそうですが、亡くなった母親からは、「探してあげるからどこかに婿養子に入れば?」と高校時代の頃から盛んに言われ続けてきましたので、それに従うという道もありました。次男坊は新しく自分で人生を切り開くしかなく、それよりは楽ができる養子の道を勧めてくれたのです。

代々勤め人の家系で家には財産もなく、実家の家と土地があっても、それらは全部長男が継ぐのが普通で、かと言って自力で偉くなれるほど他人と比べて要領や頭脳がいいとはとても思えない私を心配してのことでしょうけど、そのような選択肢もあったことは確かです。

まず、もし結婚せずに今に至っていたとしたら、果たしてどういう日々を過ごしているでしょうか。

「結婚した」か「結婚しない」の最大の違いは、金銭的な面、住む家の違い、自分の周囲の人達の顔ぶれではないでしょうか?

まず金銭面ですが、最近の夫婦のように共に正社員で働いている夫婦であれば別ですが、私の時代はまだ女性は結婚すれば専業主婦が普通だったので、それに習って私の収入だけでずっと生計を立ててきました。

子供が生まれる前や、まだひとりだけだった頃は、生活にも余裕があり(バブルの頃だったせいもありますが)、海外や国内旅行へよくいき、豪華なリゾートホテルなどもよく利用していました。

しかしやがて二人目、三人目が生まれると、子供の学資保険の積み立てや、様々な物入りで少しきつくなってきます。

同時に子供がひとりだった時と二人、三人とでは、住む家も変わらざるを得ませんので、結婚当初の駅から近いけれど狭い賃貸マンションから、通勤に1時間程度はかかる郊外に、広めの中古マンションを買って住むことになり、最終的にはさらに広い現在の一戸建ての家を買うことになります。

もし独身を貫いていれば、状況は一変し、当時勤務していた都内の会社からも近く、繁華街の六本木や青山あたりのマンションに住んでいたかも知れません。

1980~90年代当時はまだ会社の景気が良く、ひとりで生活する分には収入もそれなりに多かったので。

そして今のように住む家を買わず、数年ごとに気に入った場所へと移り住み、どこかに落ち着くということもしなかったと思います。

当然友人や仲間も今とは大きく違っていたでしょう。それが「自由で気楽でいい」と感じるか、「ひとりで寂しい」と感じるかは、両方経験してみないことには判断がつきません。

現実の私は、子供が高校や大学(いずれも私立)に通うようになると、ますます金銭的な余裕はなくなり、早くも貯金を取り崩し、入学金や授業料に充てざるを得ない厳しい生活環境へと変わっていきます。

独身ならば、そういうことはなく、キチンと管理さえすれば預金もそこそこは貯まっていくでしょうけど、果たして性格からして老後の資金を蓄えておくような計画性をもったライフプランが作れたか?と言うとそれは極めて怪しそうです。

私はあればあるだけ適当に使っちゃうという放漫な生活スタイルを好むので、住宅ローンや学資保険で自動的に毎月引き落とされたり、子供の入学金の150万円がいつまでに必要とか事前にわかっていなければ、生活を切り詰めてしっかり貯金をしていくことにはきっとならなかったしょう。

当然お金が自由に使える独身者の周囲には、それなりに同種の友人や知人が集まってきます。夜な夜な派手なパーティや飲み会、夏休みには海外旅行、趣味やスポーツに大金をつぎ込むなど、今の自由にならない身の上ではなんとも羨ましい生活ですが、そのような生活をずっとしていてはお金が貯まるとも思えません。

高校時代は私立に通っていましたが、同級生の多くは家で商売をやっている裕福な家の息子が多く、そういう連中は金遣いが派手で、私が自転車を必死にこいで通学していた中、親にポンとナナハン(KAWASAKIのZ2が大人気)を買ってもらってそれで学校まで乗ってきていたり(表向きは当然バイク通学禁止でしたが)、楽器といえば小学生の時に買ってもらった縦笛しか持ってない私に対し、ギブソンのギターを何本も持っていたりと、私のような貧乏サラリーマンの次男坊とはまったく釣り合わず、なかなか付き合いきれませんでした。

もしそういった羽振りのいい商売人のドラ息子のような生活をして散財を続けていたら、さぞかし豪遊はできたでしょうけど、老いた先の未来はそれに反してきっとつまらないものになっていくような気がします。

でも男の夢とロマンを追えば、家族や老い先のことなど考えずもっと自由に生きてみたかったというのも気持ちの半分はあります。

もうひとつ、もし親の薦め通りに養子に入っていたらどうだったか?

なかなか想像しにくいですが、親からは「大卒の息子を差し出すからには結納で1千万円(40年ほど前の話しで、今に換算するとその3倍ぐらいの価値か?)と、新車のポルシェを買ってもらうことぐらいは容易い」「向こうの親と商売の面倒は奥さんが見るので、自分は自由にサラリーマンやるのもよし、のんびり暮らせるよ」と言った趣旨の能天気な話しを聞かされていましたが、実際はどうだったでしょう。

あまり客商売は好きでない私ですから、なかなか養子という立場だと、婿養子をとりたがる相手が希望するような人当たりの良い「マスオさん」的な跡継ぎにはならなかったかもしれません。

でも長く続く家が養子を取る最大の目的は、跡継ぎが途切れないように孫を作ることらしいので、それなら何人でも大丈夫だったかなと(笑)。

理想は、永代続く名門の料亭の一人娘のところへ婿入りして、中村主水じゃないけれど、適当に外で軽くお勤めをしながら、休みの日には家の仕事はほっぽり出して、店の従業員からは「バカ(若)旦那」と呼ばれつつ、結婚する時に買ってもらったポルシェで夜な夜な遊び回り、家に帰ってからは、家や店の手伝いなどは一切かまわず、広い庭でひとり焚き火をして楽しむ・・・う~む、そういう生活は男冥利に尽きそうです。

ただし、そのようなことをしていて、本当に幸せを感じたかどうかは、まったくわかりませんが。


【関連リンク】
787 世帯内単身者の増加が引き起こすかも知れない社会問題
724 離婚の多さと結婚という形式
720 そして次男坊は希少価値を持つ
681 コンパクトマンションが流行っているらしい
666 子供の教育費の負担を覚悟しているか
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822
定年まであと4年となってきて、この先のことをいろいろと考えるようになってきました。

そのひとつは、60歳で会社を辞めたあともリアルに付き合っていける人(友人)は何人ぐらい残っているかな?と。このような現実的な自問自答が繰り返し頭の中をよぎります。

現在の法律では60歳定年の規程であっても、希望をすれば65歳まで(私の場合は経過措置があるので63歳まで)は義務的に会社に雇ってもらうことは可能ですが、どうせ非正規社員になる(通常は定年後は1年ごとの契約社員や嘱託)のなら、積極的には働かないという選択肢や、働くとしても(できるかどうかは別として)なにか別の仕事をと考えたりしています。

いやいや、特に財産と言えるような貯金もなく、40歳過ぎで転職しているのでまとまった退職金もなく、住宅ローンは62歳まで続き(途中で5年間の延長をしたため)、今から子供に経済的な世話になるのもはばかられるし、さらに60歳過ぎて気前よく雇ってくれるところなんざそうはないと確信をもって言えるので、いずれにしてもこの老体にむち打りこのまま可能な限り今の勤め先で働かなくてはいけないのは確実な情勢ですが、なぜか仕事のことよりも先に、プライベートで気軽につきあえる友人・知人のほうへ頭が先にいってしまいます。

4月に読んだ小説「ダイスをころがせ」では、43歳の主人公が、ずっと疎遠にしていた高校時代の同級生に、「今度の国政選挙に地元から立候補するので秘書兼選挙参謀になって欲しい」と頼まれるところから始まります。

そのことがなければ一生涯その同級生と再び言葉を交わすこともなかったハズですが、偶然も重なり元同級生という存在から、大きな目標へ向かって一緒に目指す親友の関係へと変化していきます。

それを読んで、金や権力(昇進など)がついて回る会社の同僚や先輩・後輩なんかより、高校や大学の同級生や、クラブの先輩・後輩といった関係、つまりは途中で何度も途切れながらでも、結果的には何十年と続いてきた細い糸の縁のほうが、実はずっと価値があるというのは、自分に当てはめて考えても確かかもしれないなぁとあらためて感じた次第です。

一般的によく言われるように、会社を定年で辞めると年賀状の枚数が一気に減ってガッカリするという、ちょっと古い会社人間の例をひくまでもなく、会社を辞めると友人・知人が仕事関係を中心に大きく減ってしまうのは普通のことでしょう。

幸い私の場合、40過ぎで転職後、20年間勤めてきた以前の会社の人達の多くと、仕事上ではまったく関係がなくなっているに関わらず、今でも年賀状やFacebookでのつき合いが細々と続いているのと、現在勤務している会社では、社風と言うこともあり社員同士の年賀状のやりとりはほとんどしていないので、例え今すぐ会社を辞めたとしても、それだけで年賀状の数が減るということはなさそうです。

ただこの歳になると毎年、高齢の恩師や先輩、親戚などから喪中葉書によって訃報が届き、賀状の枚数がその分は確実に減っていくのは寂しい限りです。

但し「年賀状=友人」というのは短絡的で、実際にそういう人に連絡をとってみても「ではすぐに会おう!」となるかどうかはお互いが思っている距離感の相違や、年賀状という一種の虚礼のつながりだからこそ続いているというケースもあるでしょうからなんとも言えません。

私にとって親友と呼べるのは、やはり高校や大学の時の同級生で今でも時々会う友人や、海外赴任中に知り合った同年代の人達、そして前の会社に勤務していた20年間をともに苦労をしてきた同期生ぐらいなのかなぁと。

残念ながら仕事を通じて知り合った人や会社の先輩後輩と言った人の中では、知人レベルや気楽な友人はいても、親友と呼べるような関係はありません。

ずっと昔、そう、小・中学生の頃から「親友を作れ」「親友を呼べる仲間を増やせ」という言葉をよく耳や目にしました。

しかし、この「親友」という言葉にはなにか引っかかりがあり、その時は本当に親友と呼べるのは誰?という答えが出ませんでした。

今から考えると「そりゃそうだ」と思うのですが、要は相手が自分をどのように思っているかは無関係に、自分が「お前は親友だ」と勝手に決めてしまえばそれが親友にもなるし、卒業したり、クラスが変わったりして数年経って自然に関係性が消滅した頃にはまた別の親友と思い込む相手ができているだろうし、その時々で定義なんていい加減なものです。

ところがこの歳になってくると、大学時代は同級生という程度でそれほど親しくなかったのに、卒業して30年以上も経過した今でも平均すれば年に何度かは一緒に食事をしたり遊びにいくような関係が続いている相手は、まさに親友と呼んでも誰に恥じることはないでしょう。

つまり本当の親友というのは一時的にでも過去を共に過ごしてきた歴史が作りあげるものだというのが最近になってわかりました。

一番わかりやすいのは、男女の関係では「金の切れ目は縁の切れ目」って言いますが、男同士の友情や交流も、概してそういうところがあり、「あの人と知り合いになっておけば、そのうちなにかいいことあるのでは?」とか「あいつは顔が広いので頼めば客先からの注文を取りやすい」と言った「なにか役立つ(かもしれない)」という思惑で続いている縁は、やはり退職や引退で切れてしまうというもの。

一方、学生時代の知人で、共通の友人がいて、お互いの仕事ではなにも利害関係はなく、話題も趣味のことや家族、共通の友人のことばかりという友人は、お互いになにも損得勘定や遠慮もなくつきあえるので、やがては一生のつきあいになっていきます。

ただ悲しいことにそれって学生時代にはわからないことで、今思えば「まさかあいつとこんなに長い縁ができるとは!」って思うこともあり、人の縁なんて摩訶不思議なものとしか言いようがありません。

海外で知り合ってその後20年以上交友が続いている友は、お互いに周囲に日本人が誰もいない環境の中において、違う文化、違う言葉、違う風習でともに苦労を味わい、ふとプライベートで偶然知り合って意気投合した相手で、おこがましい言い方をすれば「死ぬか生きるかの戦争を一緒に戦った戦友」みたいな強い絆と同種のものでしょう。

通常なら帰国後、勤務場所も遠く離れ、仕事も関係性がなければつながりは自然消滅するのですが、上記のように尋常ではない場所で生まれた縁は、その後もなぜか切れることなく続いていくもので、そうした関係は平和な世の中では極めて稀なケースでしょうけど、確かに存在することがわかりました。

若い人にアドバイスができるとしたら、

・若いときに親友がいないなどと悩む必要はまったくない。また無理に作る必要もない。親友は必然性と歴史が作ってくれる。
・苦境の時、困っている時に気にかけてくれたり、変わらずつきあってくれるのが本当の友人で、逆に羽振りのいいときに近づいて来るのはみな偽物と疑え。
・仕事を通じての友人は、プライベートで深いつき合い方ができた人だけが残り、その数は決して多くはない。

ってことでしょうかね。


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