リストラ天国 ~失業・解雇から身を守りましょう~
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プラナリア (文春文庫) 山本 文緒
2001年の直木賞を受賞した作品を含む短編集です。収録されているのはタイトルの「プラナリア」をはじめ、「ネイキッド」「どこかではないここ」「囚われ人のジレンマ」「あいあるあした」の5編です。
実はこの本、9年前、2005年に文庫化されてまもなく購入し一度読んでいました。
しかし今回読み始めてもそれがわからず、頭の中からスッポリと抜け落ちています。
老化のせいにはしたくありませんが、その可能性も否定はできません。と同時に、それだけこの小説の内容が、印象に残らなかったということで、特にこのような短編集の場合はそういうことはよくあります(言い訳)。
内容はおそらくですが、著者自身が分身となり主人公を作り上げ、話しを膨らませていったものと考えられます。一番最後の「あいあるあした」以外は主人公は女性で、性格は少々ひねくれているってところがあります。
しかも主人公の言葉や行動、性格に鬱病の症状が垣間見えたり(著者はこの作品の後、うつ病のためしばらく休筆)して、かなり自分を無理して主人公達に投影しているなぁって感じます。
テーマはそれぞれ「乳ガン」であったり、「離婚」であったり、「夫と子供」であったり、女性独特の感じ方、行動、考え方をよくとらえているようです。そして終わり方はどれも思わせぶりな中途半端な形で、その先はどうなるのだろうかなと考えさせる形です。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
暗闇にひと突き (ハヤカワ・ポケット・ミステリ) ローレンス・ブロック
マット・スカダーシリーズ4作目の作品で、1981年刊(翻訳文庫版は1990年刊です。原題は「A STAB IN THE DARK」。直訳すれば「当てずっぽう」ということになります。
このシリーズはほぼ著者と主人公の年齢というか時間の経過がほぼ一致していて、第1作目では39歳だった主人公は44歳になっています。
この頃はまだ酒を飲み、時にはアルコール漬けになるときもある時代で、別れた妻との会話や、同じアルコール中毒の女性との出会いなど、私生活面での話しもところどころで見られます。
その後のアルコールとの闘いを先に読んでいるだけに、この頃のアルコール摂取量は半端なく、そりゃ中毒にもなるでしょうという状態です。
無職でありながら、朝から晩までずっとアルコールを飲んで、それでよくお金が続きますねっていうのが本音なところ。
ストーリーは、9年前に娘を殺された男からの依頼で、当初は無差別な連続殺人のひとつに思われていたところ、そうではないということがわかり、その真相を暴いて欲しいというもの。
犯人に偶然突き当たるまでの思考が、単に元警官の勘と臭覚というのではちょっと無理があり、ご都合主義的に作られているなとは思いますが、犯人を追い詰めるだけではなく、それに至る様々な主人公の生活スタイルや、過去から引きずっている苦悩などを知る回と思えば悪くはありません。
このシリーズの長編は2014年までに17作品が翻訳され出ていますが、あと3作品がまだ未読です。
できれば最初から順序通りに読んでいきたかったのですが、1990年代初頭は、書店の棚に置いてあるものを買うしか方法がなかったので、仕方ありません。
多少一部にあやふやなところがありますが、マット・スカダーシリーズのタイトル、発表年、主人公(著者とほぼ同じ)の年齢です。
1 過去からの弔鐘 Sins of the Fathers 1976年 39歳
2 冬を怖れた女 Inthe Midstof Death 1976年 39歳
3 1ドル銀貨の遺言 Time to Murderand Create 1977年 40歳
4 暗闇にひと突き A Stabin the Dark 1981年 44歳
5 八百万の死にざま Eight Million Ways to Die 1982年 45歳
6 聖なる酒場の挽歌 When the Sacred Ginmill Closes 1986年 49歳
7 慈悲深い死 Out on the Cutting Edge 1989年 52歳
8 墓場への切符 A Ticket to the Boneyard 1990年 53歳
9 倒錯の舞踏 A Dance at the Slaughterhouse 1991年 54歳
10 獣たちの墓 A Walk Among the Tombstones 1992年 55歳
11 死者との誓い The Devil Knows You're Dead 1993年 56歳
12 死者の長い列 A Long Line of Dead Men 1994年 57歳
13 処刑宣告 Even the Wicked 1996年 59歳
14 皆殺し Everybody Dies 1998年 61歳
15 死への祈り Hope to Die 2001年 64歳
16 すべては死にゆく All the Flowers Are Dying 2005年 68歳
17 償いの報酬 A Drop of the Hard Stuff 2011年 74歳
◇著者別読書感想(ローレンス・ブロック)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「反原発」の不都合な真実 (新潮新書) 藤沢数希
著者は理論物理学研究者であり金融工学の専門家ということで、特に原子力技術や環境科学などを専門にしている人ではないのですが、逆にその少し離れた立ち位置から、「果たして今の脱原発や反原発運動は正しいのだろうか?」というテーマを、様々なデータを駆使して検証したものです。
ただタイトルを見ればすぐわかる通り「原発推進の結論ありき」とも思えるので、その点は多少割り引いて読む必要があるかもしれませんが、感情的に最初からダメダメとすべてを否定しながら読むのはお勧めしません。
そういう人は山田 孝男著「小泉純一郎の「原発ゼロ」」とか古賀茂明著の「原発の倫理学」などを読むべきでしょう。
この本を出して以来、著者に対しては、反論というレベルではなく、一部の過激な原発反対派から様々な嫌がらせ、脅迫に近いものがあったのではないかと推察します。
もし著者の売名行為のためにこのような過激なタイトルを付けたというのなら、それは成功したと言えるのかも知れませんが、それで結果は果たして良かったのか悪かったのか微妙とも言えそうです。
で、中身ですが、いちいちちゃんとデータの出典先が書いてあり、根も葉もない噂話しや感情論ではなく、日本と世界のエネルギー問題について、福島を初めとする原発事故について、放射能と健康問題について、原発事故の際の政府や国の対応についてなどが素人にもわかりやすく書かれています。
そのデータや統計がおかしいとか、使い方が間違っているという反論も当然あるでしょうけど、それは著者の問題ではありません。
それらの主張については、正反対の反論や異論も多数あると思いますが、言論や出版の自由ということを考えると、単なる感情論や批判のための批判ではなく、それぞれの項目について、間違っているなら間違っていることを根拠を示して訂正を求めるべきで、性格やら過去の発言やら、悪意を込めた誹謗中傷などすべきではないと思うのですが、実際はそういう傾向が強くなっているようです。
それと、以前にも書きましたが、統計データというのは意図があればどのようにでも作為が入りこむ要素があり、それはなにも日本に限ったことではありません。
偉い研究者や国際機関が出した医学データや統計データをいくら眺めても、人間が社会の中で幸せに生活をおくれる訳ではなく、様々な個人的な感情や思惑、国家や巨大企業の駆け引きなど多くの要素が絡み合うことで納得や合意というものが得られていきます。
私はこの本から知らなかったことをいくつか教えられたり、逆に著者の考え方に納得ができなかったりするところもありますが、こうした問題提起の作品は大いに歓迎です。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
クリムゾンの迷宮 (角川ホラー文庫) 貴志 祐介
著者は作風からすると、もっと若い作家さんかと思っていたら、私とほぼ同年代ですでに50代に入っています。作家さんの年齢というのはなかなかわかりにくいものです。
この作品は1999年に単行本、2003年に文庫化された作品で、以前読んだ「黒い家」と同様、ホラーと言える小説です。
観ていませんが一時期問題作品として話題となった無人島で少年少女が殺し合いをするという「バトル・ロワイアル」と似たようなシチュエーションで、こちらはオーストラリアの無人地帯で、生き残るために日本人同士が繰り広げる殺人ゲームです。
と、書いちゃうと、荒唐無稽な話しで、まともな中年以上の読者は興味を失ってしまいそうですが、そこは売れっ子作家だけあって、単なる殺人ゲームだけではなく、様々なサバイバル術や登場人物に仕掛けなどが施され、主人公もうだつの上がらないホームレスになりかけていた中年男性という設定で、若い人以外にも共感が得られ、読み応えのある作品となっています。
タイトルのクリムゾンとは火星の表面のような濃く明るい赤色で、マゼンダとも近い色のことです。オーストラリアの大地を火星に見立て、そこに閉じこめられた男女9人がサバイバルをゲームのように繰り広げます。やっぱり荒唐無稽な話しですね。
◇著者別読書感想(貴志祐介)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
監査難民 (講談社BIZ) 種村大基
かつて日本の4大監査法人のひとつだった旧中央青山監査法人(みすず監査法人)が、過去に監査を行っていた先で不祥事が起きたり、粉飾決算を見抜けなかったことなどにより、営業停止の重い処分を受け、社会から信頼を失い、2007年に解散をするまでの経緯と経済界の混乱を描いたノンフィクションです。
ちなみに当時の4大監査法人とは新日本監査法人・あずさ監査法人・監査法人トーマツ・中央青山監査法人の4つでした。現在は中央青山から実質的に分離した、あらた監査法人が加わって4大監査法人と言われています。
みすず監査法人の前身だった中央青山監査法人は、国内最大手として業界では威勢を誇り、ソニー、トヨタ、JAL、NTTなど日本を代表する大手企業を含め国内5000社以上の企業の監査を担ってきた名門の監査法人でした。
しかし90年代、山一證券・ヤオハン・足利銀行など、経営破綻した企業の監査をしていながら、倒産の危機を事前に見抜けなかったことや、カネボウや日興コーディアルグループの粉飾決算において監査人が粉飾の事実を知りながらそれを開示しなかった不祥事が起き、金融庁から厳しい処分を受けることになります。
タイトルの監査難民とは、みすず監査法人に監査を委託していた数千の企業と、その中でも特に株式を上場している数百社の大企業は、決算時には監査法人の監査報告書が必要になりますが、突然業務停止や、解散が決まることで、法に定められた監査ができなくなり混乱を引き起こした事態を現しています。
もちろん監査法人が企業の粉飾決算を見抜けなかったり犯罪に手を貸したりするケースは日本だけの問題ではなく、2001年に当時全米7位の売上を誇っていたエンロンの倒産や、2002年には6万人の社員を抱えていたワールドコムの破綻など、粉飾決算をおこない、それが監査法人にも見逃され、多くの投資家に訴えられた事件はいくつもあります。
またトヨタやソニーのような大手企業の場合、国内だけではなく海外にも工場や現地法人があり、それらを含めた監査が必要となり、かなり大がかりなものとなります。
そのため、大手監査法人は、トーマツ=米大手のデロイト、新日本=アーンスト&ヤング、あずさ=KPMGのように、欧米の監査法人や会計事務所と密接な提携関係にあります。
当時の中央青山は、プライスウォーターハウスクーパース(PWC)と提携関係にありましたが、中央青山の不祥事で行政処分が必至となった際、その負の連鎖を断ち切るため、PWCと元青山監査法人出身者達が中心となり、あらた監査法人を設立します。
残った中央青山監査法人は、社名をみすず監査法人に変更して再出発を計りますが、結局は顧客や会計士の流出が止まらず、解散するに至るわけですが、その経過と経済界に巻き起こした混乱を当時の関係者の話しを中心にまとめられていますが、なかなか普段知り得ない監査法人の世界が垣間見えて面白く読めました。
【関連リンク】
9月後半の読書 マスカレード・ホテル、西の魔女が死んだ、オレ様化する子どもたち、ペンギン・ハイウェイ、動物農場
9月前半の読書 暗く聖なる夜(上)(下)、ロード&ゴー、寝ても覚めても、やさしい人
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マスカレード・ホテル (集英社文庫) 東野圭吾
2008年より小説すばるで連載、2011年に単行本、2014年7月には文庫版が出版されている、作家生活25周年記念作品の第3弾となります。ちなみに第1弾は「麒麟の翼」、第2弾は「真夏の方程式」です。
舞台は都内の高級ホテル。主役はホテルで働く女性フロント係と殺人事件に関わる捜査で、ホテルの中で同じフロント係として配置されることになった警視庁の刑事です。
都内で連続殺人が起き、そこに残されていた数字が、次の殺人場所を予告していることを突き止めた刑事が、犯人に悟られることなくホテルの中で監視をするためにフロントやベルボーイ、リネン係とそれぞれに扮し、疑わしい客を監視することになったものの、犯人は当然そうした警察の裏をかこうとし、刑事と犯人との知恵比べが話しの中心となります。
ホテルには様々な客が訪れますが、おそらく著者がホテルを取材し、過去に実際にあったケースを元に書いたのでしょうけど、ホテルの中には世界の縮図、社会の縮図がいっぱい詰まっていて面白いものです。そのあたりは元京王プラザに勤めていた森村誠一氏の著書に多く登場してきます。
私も学生時代に高級とまではいえないものの、ある観光ホテルで数年間アルバイトをした経験があり、ホテルの裏側、特に従業員側から見た利用客の実態はある程度知っていて、さほど驚くことはことはありませんが、その記憶が蘇ってきます。
そう考えると、ホテルのサービスは、過去何十年も前から基本的にはなにも変わらない数少ない仕事なのかも知れません。
小説に出てくる客は、例えば、部屋備え付けのタオルをベッドの下に隠しておき、持ち帰ったように見せかけて、従業員に犯人扱いさせておいてホテルにクレームをつけようとする客、盲人のフリをして泊まりに来る老婦人、禁煙ルームを希望しておき、ベルボーイの隙を見てタバコに火を点け、部屋にタバコの臭いがするとクレームを付けて部屋のアップグレードを計ろうとする客、夫の浮気現場を押さえて離婚を有利に計ろうとする女性客などなど。
最後のどんでん返しもなかなかよくできていて、いつもの東野ワールド全開でした。
◇著者別読書感想(東野圭吾)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
西の魔女が死んだ (新潮文庫) 梨木香歩
1994年に単行本、2001年に文庫版が発刊され、2008年には実写で映画化もされている、著者の作家としてのデビュー作品になります。
映画が文部科学省特別選定作品ということからもわかるように、人の死を扱いつつも、ほのぼのと暖かな気持ちにさせる児童文学です。
内容は中学生になって不登校になってしまった主人公まいと、日本人と結婚して日本に住みついているイギリス人祖母とのふれあい、そして代々継承されてきた魔女としての能力などをテーマにしていますが、別段ハリー・ポッターのように魔女が飛び回るようなはちゃめちゃなことはなく、大人が読んでも十分楽しめるものです。
著者は私と2年違いのほぼ同年代の方ですが、私のような仕事にも人生にもくたびれたひがみ根性だらけの中高年ではなく、新鮮な発想と、若く瑞々しい感性とを持ちあわせた方だというイメージです。またイギリスへの留学経験もあり、この小説の中でもイギリス人祖母の英国風生活習慣がそこここに登場してきます。
この著者の作品を読むのは今回が初めてですが、他にも多くの作品が出ているので、今後は意識してもう少し読んでみたいなと思わせる作品です。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
オレ様化する子どもたち (中公新書ラクレ) 諏訪哲二
著者は元高校教師で定年退職後は大学で未来の教師へ教えたり、勉強会「プロ教師の会」代表を務める73歳です。私がお気に入りの中島義道氏が「戦う哲学者」なら、この方は「戦う教育者」ってことになるでしょうか。
この本を読もうと思ったのは、やはり哲学者でもあり多くの著作を持つ内田樹氏の著書の中にいくつか本書からの引用箇所があったからで、やや「売らんかな」的なタイトルが気になりましたが、私自身も最近の「オレ様化社会」にいいかげんうんざりしていたこともあり、さっそく探してきました。
本書は2005年に発刊されてますので、すでに9年が経過していますが内容的にみても今でも十分に読み応えがあります。
特に、昔の大家族を中心とした農業社会的なものから、核家族が都会で集団で生活する産業社会的なものへ、そして近年では個人主義的な消費者社会的、さらにすべての物事に「等価交換」を求める市民社会的なものへと教育が転換してきたことによる子供や親の考え方と、それが及ぼす教育についての話しは一読の価値は十分にあります。
つまり市民社会的な流れの中では、従来行われてきたような一方的な教育は成り立たず、個人個人の目的や趣味趣向に影響されるのと、先生と生徒のあいだであっても必ず対等、平等な関係が存在し、上から押しつけられる一方的な指導や教育方針などは、感覚的に受け入れられなくなっています。
そして授業や学習が面白くないことや、授業中に騒いだりテストでカンニングが見つかり注意されることも、一方的に注意をされるというのは受け入れられず、市民社会的に、それには理由があって悪いのは自分ではないとなるようです。
そうして不満や問題が起きる原因や責任は自分のせいではなく、教師や学校にあるという論理から成り立っていることとして「オレ様」の若者が次々と製造されていきます。
学校の問題は、もう私にはさっぱり理解しがたくなりましたが、多くの大人が一度は通ってきた道とはいえ、もう以前の学校や教師と生徒という関係は、昔とまったく別ものに変わってきているということをこの本を読んで理解することができました。
気になる点としては、同じ事を何度も何度も繰り返しているところがあり、これは根っからの教師であるがゆえ、「大事なことは繰り返して生徒に伝えなきゃ」的な教師の習性なのかな?と思ったり、教育と子供について、尾木直樹氏や村上龍氏、水谷修氏など教育者、評論家、作家等の主張や著書に対して、一方的に噛みついたり皮肉を書いたり異論を述べる箇所にたいへん多くを割かれていたりしている点です。
有名人達の教師批判、学校批判が頭に来るのもわかりますが、もっと教師側の立場に立った独自の分析と主張を展開し、他人は他人、どちらの考えが正しいか、わかる人はわかってくれるというスタンスのほうがいっそ潔いと思いました。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ペンギン・ハイウェイ (角川文庫) 森見 登美彦
奈良出身で京大を出ている作家さんで、同じ京大出身の万城目学氏の後輩にあたりますが、作家デビューは先輩です。
過去には、「太陽の塔」(2003年)、「夜は短し歩けよ乙女」(2006年)、「有頂天家族」(2007年)などの小説を読みましたが、はちゃめちゃな設定も多いですが、適度に笑えて、軽く読めるので割と好きな作家さんです。この「ペンギン・ハイウェイ」は2010年に単行本、2012年に文庫化されています。
読んでいると、いかにも映画に向きそうな内容で、もう映画化されているのか?と思って探してみましたが、まだのようです。でも時間の問題のような気もします。
主人公は少なくとも私の周りにはいそうもない、賢い小学生アオヤマ君で、会話に「カンブリア紀」だの「プロミネンス」という言葉がポンポン出てくるってのはどうなのよ~と思わなくもないですが、まぁ小説なので固いことは言わず。
「有頂天家族」では狸が主人公で、今回はペンギンが重要なアイテムになっていて、動物を描くのが好きな作家さんです。
それは著者が京都大学農学部生物機能科学学科応用生命科学コースおよび大学院へ進まれたことと、どのように関係しているかは不明ですが、当然ながら無関係ではないでしょう。
テレビや映画の業界って言うのは、こういう可愛い動物や、大人顔負けに賢くてなんでもよくできる子供が出てくるのって好きですね。
見る側からすると、可愛い動物はモチロン、「そういう賢い子供がいれば幸せ!」って感じたり、将来は「そういう子供が欲しい!」という願望から来るのでしょうか。ま、現実感や実現性は皆無でしょうけど。
それはともかく、タイトルの「ペンギン・ハイウェイ」とは、海から陸地に上がるペンギンが、いつも決まってたどる道のことだそうです。ひとつ賢くなりましたね、役には立たないけれど。
◇著者別読書感想(森見登美彦)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
動物農場 (角川文庫) ジョージ・オーウェル
著者は1903年インド生まれの英国人で、「一九八四年」(1949年刊)など名著を書いている作家です。この小説は第二次大戦でドイツが降伏したあと1945年8月に発刊されています。
その「1984年」はこの「動物農場」の続編とされるもので、両方読むならこの「動物農場」から読むことをお勧めします。
英国がナチスドイツと闘うために、やむなく協力をしてきた共産主義国ソ連は、この戦争が終結した後、たいへんやっかいな存在になりそうだということをいち早く風刺したものです。
これを読めばソ連の革命以降の近代史は、ほぼ理解できるというすぐれもの(大げさです)です。
元々、著者は社会風刺や体制批判などをわかりやすい言葉で論評したり、風刺小説、寓話などを書いています。おそらく国内では団塊世代以上の人にはとっても相性がいいかも知れません。
この小説では、豚や馬など動物を人間にみたて、人間(ロシア皇帝)からのひどい扱いや搾取に指導者(レーニンやスターリン、トロツキー)の下、立ち上がり、自由と平等を理念とし、革命を起こし、農場を支配してきた人間を追い出すところから始まります。
やがては、動物の中でもずる賢い権力志向の者(スターリン)がライバル(トロツキー)を蹴落としていきます。
その他にも指導者の脇を固める動物や近隣の農場主に、モロトフ、共産主義青年同盟、秘密警察、ナチスドイツ、大英帝国などが当てはめられます。
リーダーへと上り詰めた動物は、独裁支配体制を強め、恐怖政治と政治腐敗が蔓延していく様が、動物視点で面白く描かれています。
もちろんそれらは20世紀前半に台頭した全体主義やスターリン主義への痛烈な批判ですが、後の解説でも書かれていますが、歴史はずっと現代においても繰り返しているということがわかります。
今の世の中であれば、身の危険を感じずに当時のことを面白おかしく書くことは誰でもできるでしょうけど、当時ドイツという共通の敵と闘って、連合国軍として仲間だったソ連やソ連の指導者のことを痛烈に批判した小説を、英国人の作家が英国で発刊するというのはすごく勇気がいったでしょう。
またこの著者は、共産党や社会主義を嫌うガリガリの右翼系の人かというと、まったく逆で、理想とする社会主義者を唱えていた人物で、第二時大戦の前にはスペイン内戦でソ連が支援する人民戦線側に加わり、銃を取って闘ったという人でもあります。
本書には「動物農場」の他、「象を射つ」「絞首刑」「貧しいものの最期」の短編というかノンフィクションも収められています。
この小説を読んで思ったのは、なによりアニメに向いた作品だなぁってことですが、なんと60年も前、1954年に最初のアニメ映画が作られていました。
その後1999年にもアニメ映画が制作されていますが、1954年制作のフルカラー映画(すごくよくできている)は今でもDVDで見られそうです。
◇著者別読書感想(ジョージ・オーウェル)
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暗く聖なる夜(講談社文庫)(上)(下) マイクル・コナリー
著者の代表作「ハリー・ボッシュシリーズ」の9作目(友情出演?しているテリー・マッケイレブが主役の「わが心臓の痛み」を含めれば10作目)の2003年(日本翻訳版は2005年)の作品です。
ハリーの正式名はヒエロムニス・ボッシュで、ロス市警の同僚などちゃんと発音できないことから、通称ハリーですべて通しています。
もちろん「ヒエロムニス・ボッシュ」は15世紀ルネサンス期の画家と同姓同名で、母親が名付けた命名の由来も過去の小説の中に書かれています。
このボッシュシリーズは、1992年に読んだシリーズ最初の作品「ナイトホークス」を筆頭に、ほとんど読んでいますが、この「暗く聖なる夜」と「シティ・オブ・ボーンズ」(2002年)だけがなぜか漏れていて、今回見つけたので買ってきました。
この作品では、50歳を過ぎた主人公ボッシュが、刑事としての適正と限界を感じ、ロス市警を辞職し、私立探偵の免許を取得しています。
マイクル・コナリーもローレンス・ブロックが描くマット・スカダー同様、著者と主人公の年齢をほぼシンクロさせ、どんどん年を取っていくスタイルです。それだけに主人公の考え方や行動が、それなりの年齢に応じ、また相応しくなっていて好感が持てます。
主人公がずっと年を取らないロバート・B・パーカーの「スペンサーシリーズ」はそれはそれでもいいのですが、実は読む側も年を取っているので、読んでいると段々きつくなってきます。
読者自身、カツオと同年代だと思っていたら、いつの間にか波平さんと同年代になっていたことに気がついてショックを受けるって感じでしょうか。もちろんカツオ君はいつまでも若いままです。
今回のストーリーは、探偵の仕事ではなく、刑事時代に未解決だった謎が多い殺人事件について、中途半端なまま取り上げられてしまった経緯があり、自分に納得させるつもりで、その事件解決に再び取り組み始めます。
別れた妻(元FBIで、現在はカジノでプロのギャンブラー)との関係、過去の事件にまつわる対テロ組織、警官として動けないジレンマ、元同僚たちとの関係など、様々な阻害要因をふりきって、事件の核心をあぶり出し、迷宮入りしたと思われた二つの大きな事件の真相に迫っていきます。
結果は思わぬ方向へと進み、読んでいて意外性があり面白かったのですが、FBI捜査官に恨みを買って当然ケアしなければならない予防措置をろくに取らず、その結果自宅で急襲されたりと、やり手の主人公にしてはアマチュア的でちょっとちぐはぐな感じも受けます。
◇著者別読書感想(マイクル・コナリー)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ロード&ゴー (双葉文庫) 日明 恩
2009年に単行本、2012年に文庫化された小説です。Fire's Outシリーズの「鎮火報 Fire’s Out」や、武本・潮崎シリーズの「それでも、警官は微笑う」など著者の作品はすべて気に入っていています。
お仕事内容がよく反映されている小説と言うことで、林業従事者を描いた「神去なあなあ日常 」や、出版社の辞書編集室で働く人を主人公にした「舟を編む 」などの三浦しをん氏とも作風が少し似通っているかなと思いますが、著者の場合は、もっぱら警察官や消防士といった公務員系が多いのが特徴です。
また同じ公務員を主人公にすることが多い真保裕一氏は、ミステリーやハードバイオレンス、国際陰謀などへと展開していくのに対し、著者の作品は、あくまでファミリードラマ的でコミカルです。
この作品は東京消防庁で働く消防隊員を描いた「鎮火報」と同様、消防署勤務の救急隊員を主人公にした作品で、その「鎮火報」で活躍した主人公大山雄大とも知り合いで、10代の頃は暴走族をやっていた元不良という設定です。
タイトルの「ロード&ゴー(Load and Go)」とは、正式な救急概念で、「頭頚部~体幹の生命に危険のある損傷など、重症外傷現場においては生命に関わる損傷の観察・処置のみを行い、他の観察・処置はすべて省略し、できるだけ速やかに(5分以内)現場を出発すること」こととされています。
この小説では渋谷の路上に吐血して倒れている患者を帰署途中の救急車が発見し、無線で「ロード&ゴー」をセンターに伝えます。
救急車や救急隊のことは消防車や警察のパトロールカーほど一般的には知られていませんが、この小説ではその活動内容が詳細に描かれています。本文の中にも書かれていましたが、同じ消防署にありながら、過去の経緯から「消防署」とは言っても「救急署」とは言わない、消防署の中ではどちらかと言えば日陰者に近いのが救急隊員です。
その救急隊の日常勤務や、よくトラブルになる不合理なことを言うモンスター患者や、付添人との関係、搬送先病院が見つからずに、重篤な事態を引き起こしてしまう社会問題などを、あり得なさそうな派手な事件を使ってドラマに仕立てています。
そのうち、鎮火報とセットで、テレビドラマか映画化でもされそうな気がします。もちろん東京消防庁の全面協力という図式になるのでしょうが、それをきっかけに、救急車をタクシー代わりに使ったり、自分で行けるに関わらず、病院で何時間も待たされるのを避けるため救急車を呼んだり、1人住まいの家でドアに鍵をかけたまま救急車を呼び、部屋に入るため鍵を壊すとあとで抗議されたりとか、理不尽なことが減るといいのですけどね。
◇著者別読書感想(日明恩)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
寝ても覚めても (河出文庫) 柴崎 友香
今年2014年に「春の庭」で第151回芥川龍之介賞受賞された著者のデビューは2000年ですから、新人とは言えない既に多くの作品と実績ともった作家さんです。
過去には「その街の今は」(2006年/文庫版2009年刊)を読みましたが、大阪の情景がうまく表現されていました。この小説は2010年に単行本、2014年に文庫版が出ています。
主人公は大阪に住む若い女性朝子が淡々とした一人称で生活を語っていくのですが、やがて好きな人が現れてつき合い出すものの、中国へ旅立ってしまいそのまま別れてしまいます。
劇団をやっている友人の手伝いで東京へ出て、そのまま東京で暮らすことになりますが、そこで別れた元彼とそっくりな男性に巡り会います。
と言った、平凡で、抑揚のない、普通の人の青春時代の10年間ぐらいが綴られている小説ですが、これが著者の作風らしく、日常のなにげない日々を著者の感性のおもむくまま映し出しているのが特徴です。
考えてみれば、この小説では誰も死なないし、殺されない、そういう意味ではたいへん貴重で珍しい小説とも言えます。
つまりこの小説では、若くして白血病に罹り、恋人を残して亡くなったり、愛する人が少年に殺されてしまったり、ヤクザや殺し屋が次々と人を殺しまくったり、政治家が自分の過去の秘密を握る人物を忙殺したりと、やたらと人が死にまくるその他多くの安易な小説とは一線が引かれているという点ではとてもいいですね。
私には、あまりにも淡々としすぎていて、小説としてのダイナミズムや知性に欠け、ちょっと物足りなさも感じられますが、これはこれで今の世の中はふわっとしたライトノベルが人気を集める時代ですから、それにもマッチしているのかも知れません。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
やさしい人 (PHP文庫) 加藤諦三
著者は昭和13年生まれの社会学者で、ラジオのニッポン放送の「テレフォン人生相談」のパーソナリティとして30年を超えるキャリアの持ち主です。
また社会学の著書も多数ありますが、私が読むのは今回初めてです。この本は2005年に発刊され、その後文庫化されています。
本著は他の著作と同様に小説ではなく、社会学のひとつのテーマとも言える「やさしい心の持ち方」を書いたもので、自己啓発本としても役立ちそうです。
どういう考え方をするのが「やさしい人」であるのか、その「やさしい人」は周囲からはどう見えるのかなど、わかりやすい言葉で書かれています。なにか著名な宗教家の話しを聞いているような感覚にもなります。
私が心にとめておかねばと思ったのは「過去を捨てれば、今が楽しくなる」で、過去に執着しない、自我を確立させる、内面を充実させて「相手を許せる」ようになる。「今苦しいのはいつまでも過去にこだわるから」というところです。
ただ、なんと言うか、この世知辛い世の中において、ここに書かれている「やさしい人」を現実的に実践するのは至難の業だろうとか、それで厳しいビジネスを成功に導けるのかとか、決して「やさしい人」ばかりではない部下や上司、知人友人、家族とうまくやっていけるのか、など、理想を求めすぎても、、、と思わなくもありません。
なんてことを考える私は、決して本書にあるような「やさしい人」にはなれないんだろうなと、逆にこれを読むと失望してしまいます。
私の場合は、もう長年生きてきて、手遅れでもあり、今後はそれほど社会の中でうまく生きていく必要もないので、どうでもいいですが、本当ならばぜひ理解してもらいたい若い人がこれを読んで、「オレ様もこれからはやさしい人になろう!」とはちょっと思えないだろうなというのが実感です。
生意気な感想ですが、なにかやり方、伝え方が根本的に違っているような気がします。
個人的にはいっそ、反社会的、悲観的な発言も多い戦う哲学者中島義道氏と著者の対談なんかが実現すると、その互いの主張や人生観が激しくぶつかり合って、若い人にも興味を持ってもらえるだろうなぁと、ちょっと意地悪な気持ちになったりしました。ダメですかね。
【関連リンク】
8月後半の読書 私の嫌いな10の人びと、人間の土地、きよしこ、奇面館の殺人、俺俺
8月前半の読書 身を捨ててこそ・浮かぶ瀬もあれ 新・病葉流れて、田舎暮らしに殺されない法、秋田殺人事件・遠野殺人事件
7月後半の読書 蝉しぐれ、博士の愛した数式、砂の女、嘘つきアーニャの真っ赤な真実、田舎暮らしができる人 できない人
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私の嫌いな10の言葉 (新潮文庫) 中島義道
過去には「「対話」のない社会―思いやりと優しさが圧殺するもの」「どうせ死んでしまうのに、なぜいま死んではいけないのか?」(いずれもタイトルが長い)の2冊を読んでいます。舌鋒鋭く、社会への批判や、気持ちよくマイノリティな持論を展開する、元電気通信大学教授、人呼んで「戦う哲学者」の作品です。
実は買うつもりのリストには入っていなかったのですが、チラッと下に書いた目次を見てしまったのが運の尽き、すぐに買ってしまいました。
その目次には、下記のような「嫌いな10の人びとの特徴」が記されていました。
(1)笑顔の絶えない人
(2)常に感謝の気持ちを忘れない人
(3)みんなの喜ぶ顔が見たい人
(4)いつも前向きに生きている人
(5)自分の仕事に「誇り」をもっている人
(6)「けじめ」を大切にする人
(7)喧嘩が起こるとすぐ止めようとする人
(8)物事をはっきり言わない人
(9)「おれ、バカだから」と言う人
(10)「わが人生に悔いはない」と思っている人
奇をてらったタイトルで人の関心を集めようとする安っぽいジャーナリストや評論家とは違い、それぞれの内容について自身の考え方をひとつひとつ真剣に丁寧に説明されています。それらからわかったことは、著者はやっぱり変わり者だという点と、正直者であるということ。
もちろん、これらのことがすべて無条件に嫌っていると断言しているわけではなく、「自分はこういう人をこう思う」「自分の考え方はこうなのです」という自己主張です。
それがまた面白くてついつい頷いてしまったり、逆に「そりゃーあんたがわがままなだけでしょう」って毒づいたりして楽しめます。
しかし著者のように、こうした自己主張の強さを前面に出して生きていくには、今の世の中は決して寛容ではなく、息が詰まってしまう気がしますが、そんなことはいちいち、気にしてはいけないのでしょうね。
この著者の講演を聴きに来た人の中に、あまりの内容にショックを受け、精神に異常をきたした人がいるとも書かれていましたので、さもありなんとニヤリとしたりします。
著者ほどは知性も教養も思慮深くもありませんが、天の邪鬼で、人と違った価値観を大事にする私も、人間関係においては著者と比較的同類に近いのかも知れません。
◇著者別読書感想(中島義道)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
人間の土地 (新潮文庫) サン=テグジュペリ
1939年と言いますから今から75年も前に出版されたサン=テグジュペリのエッセイ集で、主として第二次大戦前の民間航空機のパイロット時代の話しがメインです。
小説ではないので、特に物語があるわけではなく、パイロットという仕事を通して、世界中で見てきたもの、感じたこと、友情やアフリカの奴隷制度など、幅広い話題で淡々と書かれています。
特に「砂漠のまん中で 」では、サハラ砂漠の上空で砂嵐に巻き込まれ前後不明となり、砂漠に不時着したときのことが書かれていますが、この死をもっとも身近に感じた時にあの名作「星の王子さま」の着想を得たと言われています。
それは奇跡的に砂漠に不時着したものの、当然その場所はわからず、しかも食糧も水もほとんどない状態で、見るものすべて蜃気楼ばかりで、生死のあいだを彷徨いつつ、そして3日間歩き続け、奇跡的に遊牧民に助けられる始終が書き記されています。
飛行機に乗っていたのがたった1人ではなく、同僚と二人だったのが、最後まであきらめず歩を進められたのでしょう。
そして最後の章では、戦争と人間という第二次世界大戦直前当時のきな臭い世相を現した内容で、著者は広い世界を見てきた知識と教養で、あるべき国家や世界秩序の真の姿がどういうものかを書いています。なるほど、これが後世にも残る名著というものなのですね。
文庫では、訳者の堀口大学(詩人、フランス文学者)のあとがきと、1998年刊の新装版では、サン=テグジュペリの作品にも大きく影響を受けたと言われているアニメ映画監督宮崎駿の解説というか、古き良き時代の飛行機と飛行機乗りの話しばかりですが書かれていて、それも楽しみのひとつとなります。
そう言えば宮崎監督の最後の長編アニメ「風立ちぬ」にも同時代の航空機が数多く登場してきましたが、この本が出版された1939年というのは「風立ちぬ」の主人公堀越二郎氏の設計した零戦の試作第1号機が各務ヶ原で初飛行した年でもあります。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
きよしこ (新潮文庫) 重松清
2002年に単行本、2005年に文庫本が発刊された著者の幼少時代をモデルとした短編作品集で、「きよしこ」「乗り換え案内」「どんぐりのココロ」「北風ぴゅう太」「ゲルマ」「交差点」「東京」の7編が収録されています。
1963年生まれの著者は私と6年違い(私が年上)で、世代的にも違ってきていますが、著者の作品の中では「定年ゴジラ」や「流星ワゴン」「カシオペアの丘で」など若い頃を思い出す中高年を扱った小説が割と好きでよく読んでいます。
この作品は少し前に読んだ「きみの友だち」と同様、ティーンエージャーを主人公とする連作短編集という点で似ていますが、主人公は著者本人という設定で、割と自伝的な内容が多いようです。
幼児の頃にあるできごとがきっかけとなり、小中高校時代はカ行とサ行の発音がうまくいかず、どもってしまうことから、それが嫌で同級生とも気軽に話しをすることができず、なかなか友人にも恵まれません。
また親の仕事の関係で、たびたび転校があり、そのたびに自己紹介の時名前の「きよし」がスムーズに言えず、自己嫌悪に陥ってしまう少年時代を送ります。
この小説のきっかけになったのは、やはり吃音の障害を持つ子供の母親から手紙が来て、「吃音なんか気にしないで…」というその「なんか」に違和感を覚え、手紙の返事は書かず、そうした障害に真剣に悩む子供達に向けて書いたという体裁になっています。
タイトルの「きよしこ」とは、主人公が子供の頃に、クリスマスに流れる「きよし この夜」を「きよしこ の 夜」と理解してしまい、その自分の投影でもある少年「きよしこ」が夜になると自分のところへ遊びにやってくると夢想していたことからの発想です。
◇著者別読書感想(重松清)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
奇面館の殺人 (講談社ノベルス) 綾辻行人
著者は1960年生まれで、大学院を卒業後も就職せず、そのまま専業の作家となった珍しい経歴の方です。
働かずとも生活には心配がないほど実家が裕福で、環境に恵まれていたのでしょうか。最近の芸術家というものはそうした境遇にも恵まれないとなかなか生まれないものです。
著者の作品では過去に1冊だけ「最後の記憶」を文庫化された2007年に買って読んだことがあり、今回で2冊目です。
この小説は、著者の代表的なシリーズ作品で、「十角館の殺人 (講談社文庫)」から始まる「館シリーズ」と称されているその9作目です。
「館シリーズ」は、故人となっている建築家中村青司という架空の設計家が建てた奇妙な謎の多い館に興味を持った主人公、ミステリー作家の島田潔(ペンネーム鹿谷門実)が訪れて、そこで起きる殺人事件の謎を解いていくというものです。
怪奇小説やミステリー小説では、このような謎が多い邸宅がそのトリックによく使われますが、現実の社会でも、何年も多くの女性を監禁してきた地下室付きの家や、誘拐した少女を自分好みに育成するための防音処理を施した監禁部屋など、小説にも負けず劣らずの奇人変人も実際にいるわけですから、小説で奇想天外な家があっても不思議ではありません。
こういう謎解きものは内容を書いてしまうわけにもいかないので、省略しますが、白状すると、いつも寝る前に少しずつ読んでいたのですが、そのせいか、しばらくのあいだ夢見が悪く、怪奇な変な夢ばかりみて困りました。
と言うのも、この小説では西洋風の金属でできた顔の表面だけでなく頭全体をスッポリと覆う鍵付きの仮面が登場してきますが、私が10歳になるかならない子供の頃に読んで、一種トラウマになってしまった楳図かずお氏の恐怖漫画「笑い仮面」の残虐さを思い出してしまい、少々気持ちが悪くなったことを付け加えておきます。
◇著者別読書感想(綾辻行人)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
俺俺 (新潮文庫) 星野智幸
2011年第5回大江健三郎賞を受賞した作品で、昨年(2013年)には亀梨和也主演で映画にもなっています(見ていませんが)。
著者は、大学卒業後に新聞記者となり、その後海外留学などを経て、1998年に作家デビューした方で、比較的地味目な純文学志向の作風で、私がその作品を読むのはこれが最初です。
内容はタイトルでもわかるように、ふとしたきっかけで「オレオレ詐欺」を働くことになった主人公ですが、その犯罪小説というわけではなく、それをきっかけとして、いくつもの別の自分と出会うことになるというミステリーチックというか、徐々に読者も一緒に精神不安定になりそうな、よくこれほどまでにオレオレ詐欺から発展した奇想天外なストーリー展開ができるものだと感心するやら呆れるやらです。
一応最後まではキチンと読み通しましたが、途中で何度か断念しそうになりました。
少し前に読んだ「砂の女」のような純文学がなによりも好物っていう人にはいいのかも知れませんが、私のような凡人には、あまりにも内容が突飛過ぎて、そして読めば読むほど意味不明になってきて、結論もなにも見つけられず、ただただ、読み通したというだけで、うろたえて本を閉じて片付けるということになってしまいます。
さすが大江健三郎賞の受賞作だけあって、精神衛生上感想もなにも書きようがありませんが、怖いもの見たさに読むならどうぞって感じです。
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身を捨ててこそ 新・病葉流れて (幻冬舎文庫) 白川道
浮かぶ瀬もあれ 新・病葉流れて (幻冬舎文庫)
著者の自伝的な大河ドラマ小説としてスタートしたシリーズは、「流星たちの宴」(1994年)、「病葉流れて」(1998年)、 「朽ちた花びら―病葉流れて 2」(2004年)、「崩れる日なにおもう―病葉流れて〈3〉」(2004年)と続いてきましたが、しばらくあいだが開き、この「身を捨ててこそ 新・病葉流れて」(2012年)、そして「浮かぶ瀬もあれ 新・病葉流れて」(2013年、文庫版2014年)となって帰ってきました。
さらに次の 「漂えど沈まず 新・病葉流れて」(2013年)も発刊されていますが、こちらは文庫版待ちです。
小説の発刊年は上記の通りですが、主人公の年齢は、「流星たちの宴」が一番後になります。デビュー作として一番ノリが良かった頃の内容を最初に書き上げ、それが評価を得たので、次は主人公の若いときに戻ったという感じでしょうか。
とにかく、こうしたシリーズものは前作からあいだがあくと、つい内容を忘れてしまい、新作を読み始めてもなかなか前作とのつながりが思い出せなかったりします。五木寛之著の「青春の門」しかり、宮本輝著「流転の海」しかりです。
主人公は終戦と同じ1945年生まれで、H大学(一橋大学)卒業後に、S電機(三洋電機)に勤務するも、大企業のサラリーマン生活が3ヶ月で嫌になって退職、大阪で麻雀と先物相場で勝負して大勝ちし、しかしヤクザに狙われて重症を負います。ここまでは前作まで。
その大阪の雀荘で知り合った競輪好きの初老の男と意気投合し、二人で東京へ戻ってきます。その知り合った男の紹介で広告代理店のTエージェンシー(東急エージェンシー)へ入社することとなり、さらに男の紹介で、銀座のクラブのママが経営する秘密の麻雀部屋に出入りをするようになります。
とにかく小説ですから、次から次へとモテてモテて、羨ましい限りです。こうしたまっとうな人生をかなぐり捨ててしまっているような影のある不良男というのは、やっぱり現実でもモテるんでしょうねぇ。
小説は1960年代後半から1970年代の高度成長期に入っている時代です。あまりその時代に象徴される世相は出てきませんが、著者がかいま見てきた裏の社会と、やがてはバブル時代へ突入していくことで、さらに行動が派手に、そして怪しくなっていく男の生き様とロマンが興味を沸き立てていきます。
◇著者別読書感想(白川道)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
田舎暮らしに殺されない法 (朝日文庫) 丸山健二
前に読んだ玉村豊男著「田舎暮らしができる人 できない人」と同様、定年で退職した後、田舎暮らしにあこがれている主として団塊世代向けに書かれた警告本ですが、おそらくこれを読むと団塊世代に対する悪意というか偏見も目立ち、腹立たしくなるのは覚悟の上でどうぞと言ったところでしょうか。
もちろん偏見とは言えない真実を突いたところもあまたありそうですので、それをとやかく言うことはないのですが、田舎に古くから住む人達や、都会の団塊世代になんの恨みがあって?と思わなくもありません。小説にするとそれはそれで面白くていいと思うのですが、エッセイというスタイルなだけに棘が立ちすぎています。
著者は戦中生まれで、団塊世代からすると年の近い兄貴的存在で、学校や就職で数年間都会に住んだ以外、ほとんど長野で暮らしています。それだけに都会で何十年も働き暮らしてきた団塊世代に対して、なにか含むところがあるのは仕方がないとして、田舎暮らしと土着の人との人間関係の厳しさをよく知っているだけに、軽い気持ちで都会からやってきた人とのトラブルや考え方の差に、いい加減ヘキヘキしているのだろうとも想像できます。
いずれにしても、安易に考えて田舎に移住なんかすれば、お金をドブに捨ててしまうようなもので、結局は身ぐるみはがされ、すごすごとまた都会へ戻るハメになるよと突き放した内容となっています。
この本を読んでもなお、闘志がかき立てられて、田舎暮らしを積極的にしようと思う人も多くいると思いますが、逆に、この本を読んだがために、田舎暮らしの素質はあるのに、意欲をそがれてしまった人も多くいるのではないかなと心配します。果たしてその人が田舎暮らしを断念し、都会に残って、やがて朽ち果て、悔いのない幸せな一生だったかどうかは、誰にもわかりません。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
秋田殺人事件 (角川文庫) 内田康夫
テレビドラマでもお馴染みのルポライター「浅見光彦シリーズ」の作品で、初出は2002年、文庫は2004年発刊です。
あとがきに書かれていますが、著者は東京(北区西ヶ原)で生まれ、その後戦争中に疎開や父親の仕事(医者)の関係で、静岡(沼津)や長野へ転居し、その後、秋田の無医村へ移ったそうです。そのため著者にとって秋田は第4の故郷だということです。
その影響もあって土地勘があると言うことで「「横山大観」殺人事件」「本因坊殺人事件 」など秋田を舞台にした作品が他にもあるようです。
この小説では、現実に起きた事件で、秋田県が県内の木材産業活性化のため第3セクター「秋住」を設立して事業をおこなっていたところ、そこを利用した資金の不正流用や汚職、欠陥住宅等の問題が次々と起き、結局は倒産してしまうという不祥事をモデルとしています。ま、よくある猿知恵役人主導事業の失敗と、それを食い物にした悪徳事業家と、お金のニオイに群がる政治家、役人という、いつものよくある構図でしょうか。
その秋田県を揺るがした大事件に絡め、その関係者が次々と亡くなり、捜査はなぜかおざなりにされ、自殺として片付けられていたことを、ひょんなことから新たに副知事となった官僚の臨時秘書となった浅見光彦が、それらが殺人だったことを暴いていきます。
もっと秋田の風光明媚な観光地などが登場するのかと思っていましたが、そういうものはほとんどなく、登場するのは県庁と、県警、所轄署とその関係者の自宅ばかりで、当初思っていたような観光ガイドブックにはなりません。
唯一観光地として見るべきものがあるとすれば、日本で数少ない産油地がある秋田市内の八橋(やばせ)油田の情景が小説にも登場します。
地中から石油を汲み出す恐竜のような形をしたユニット型ポンプが住宅地の中にいくつもあり、今でもせっせと稼働しているというのに驚きました。今では国内でこの地中から汲み出す姿を見られるのは、この秋田と新潟だけと言います。
この場所、著者が子供の頃に父親の仕事で秋田に住んだのは、父親が当時景気の良かった油田開発会社に請われてそこの専属医に就職したためだと後で知りました。きっと著者は子供の頃にこのポンプを初めて目の当たりにし、驚き、そして感動したことでしょう。
(参考)八橋油田
◇著者別読書感想(内田康夫)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
遠野殺人事件 (光文社文庫) 内田康夫
著者の作品の中では比較的珍しく、シリーズものではない独立した推理小説です。発刊は古く最初はカッパ・ノベルスで1983年(31年前!)で、文庫版の発刊は1987年です。
ところで、読書が秋田の次は遠野(岩手)って、なにか考えあってのこと?
そう、夏休みに東北へ旅行しようと思い、それに関係する小説をいくつか買ってきて読んでいたのです。でも結局は今回は秋田や岩手ではなく福島と山形を中心に回ることになり、その思惑は外れてしまいました。
事件は東京で働くOL(1980年代の小説ですから)が、夏休みの旅行先の遠野にある観光の名所「五百羅漢」で何者かによって殺されます。
その捜査に当たる遠野署のベテラン刑事が本書の主人公で、亡くなった女性にその旅行に誘われていたものの、婚約者の実家へ挨拶へ行くことになり、断った同僚女性がヒロインです。
こちらは上記の「秋田殺人事件」とは違い、遠野の観光地、五百羅漢や曲り家、カッパ淵などが少しですが登場してきます。
昨年、柳田国男著「遠野物語」(1910年)を苦労して読み、遠野の伝承や伝統については少しは知識がありましたが、現代の観光地化された姿は、この小説を読んで初めて知ました。
この夏休みでは結局行くことはかないませんでしたが、機会があれば美しい遠野をじっくり回ってみたいなと思える小説です。
◇著者別読書感想(内田康夫)
【関連リンク】
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