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天使の囀り (角川ホラー文庫) 貴志祐介

1998年単行本、2000年に文庫化された長編ホラーミステリー小説です。長編としては「十三番目の人格(ペルソナ)―ISOLA」、「黒い家」に続く3作品目ということになります。ちなみに「天使の囀り(さえずり)」と読みます。「囀り」って、書けと言われても書けそうもない難しい漢字です。

文庫の解説は「パラサイト・イヴ」で一躍有名になった瀬名秀明氏が書いているのでなんとなく内容が想像できますが、期待に添って人体に影響を及ぼす謎の物質がテーマとなっています。

ストーリーは、小説家としてデビューを果たした作家がその後スランプに陥り悶々とする中で、新聞社の依頼で動物研究者やカメラマン達に同行し、南米のアマゾン流域へ冒険譚を書く旅に出ます。

その作家の恋人は日本に住む精神科医で、その恋人に日記のようなメールを現地から送ってきます。やがて原住民から「呪われた谷」と呼ばれている地域に日本人達が入ったことで怒りを買い、追われるように現地から撤退します。

そして無事に帰国をしますが、その作家の人格がすっかりと変わってしまったことに愕然とします。

同様な現象はアマゾンの同行メンバーにも現れ、作家を始めとして次々に考えられない異常な方法で自殺していくことで、恋人だった精神科医がその原因を探し求めていくというストーリーです。

解説を書いた瀬名秀明氏や「リング」などの鈴木光司氏の小説ともホラー的な要素で共通点があります。

20年近く前のちょっと古い小説ですが、今読んでも古さは感じられず(ネット接続するためいちいちダイヤルアップするシーンは仕方ないですが)、これは映画化しても十分にエンタメ性があって面白そうに思えます。期待したいところです。

★★☆

著者別読書感想(貴志祐介)

  ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟

日本人の死に時―そんなに長生きしたいですか (幻冬舎新書) 久坂部羊

現役の医師で私と同年代の作家さんで、昨年長編医療ミステリー小説の「無痛」(2006年初出)を読みました。

6月後半の読書と感想、書評2016/6/29(水)「無痛」

同じ医師でありながら作家として二足のわらじをはく恵まれた才能を持つ人は多いのですが、その医師の中でも大病院や大学病院の中で働く医師とは違い、在宅医療の医師であることが特徴的です。

在宅医療の本質は、終末医療に大きく関わっています。またグループホームや軽費老人ホームなど、医師が常駐しないホームへ訪問医師として関わることも多く、患者はおしなべて高齢者で、様々な健康問題を抱え、特に認知症患者と関わるケースも多そうです。

著者はそうした終末医療の現場を目の当たりにして、医療の力で寿命を延ばす今のやり方に反対しています。

つまり健康寿命を過ぎてから亡くなるまでの期間が長くなってくるにしたがって介護や医療費の負担、それになにより本人の意志とは違うところで延命処置がなされていくいまの医療制度や社会体制に異を唱えています。

実際に延命処置を施すかどうかは、難しい問題で、この本でも「若くて先が長い人への延命処置は問題ない」と断っていますが、高齢者でもまだこの先数十年生きられる人かどうかは医療に素人の家族にはわからないもので、医者にどうしたいか?と聞かれたら、死の責任を回避するために、できるだけ延命させる方針でいきたいと答えるしかないでしょう。

心身共に弱った高齢者や認知症の高齢者に毅然とした判断を求めるのは無理な話で、元気な家族や周囲の人達は悪意なく「まだまだ死なせないで」という要求を医師に突きつけ、不自然な濃厚医療がおこなわれ、無理矢理寿命が数年、数ヶ月延ばされていきます。

今はまだ健康な人が多い団塊世代がやがては後期高齢者に入り、まさに終末医療が重要になっていく時代になっていきます。できれば介護が必要になる前に、この本を家族とともに読んで、自分の終末医療について自分の意志を家族など周囲に伝えておくのがよいのではないかと思った良書です。

★★★

著者別読書感想(久坂部羊)

  ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟

楽園 (文春文庫)(上)(下) 宮部みゆき

2007年単行本、2010年に文庫版が刊行された長編小説で、産経新聞に2005年から2006年にかけて連載されていました。

以前読んだ「模倣犯」の続編とも言うべき内容で、「模倣犯」で主役だった連続殺人鬼と対決する女性フリーライターが今回は主役として登場します。

1月後半の読書と感想、書評 2015/2/4(水)「模倣犯」

他人の頭の中にあるイメージを知ることができる少年が登場(登場したときにはすでに事故で亡くなっています)するなど、ちょっと設定には飛躍と無理があるものの、何でもアリのミステリー小説としてはよくできたストーリーとなっています。

内容は交通事故で亡くなった息子の不思議な力を知って欲しいと、その母親がフリーライターの元を訪ねてきます。

その少年が書いた絵を見せてもらうと、最近発覚したばかりの16年前に起きた殺人事件を表した絵があり、さらにはこのフリーライターが関わった9年前の事件(模倣犯事件)で関係者以外知り得ない情景が描かれた絵も見つかります。

いずれも少年が生きている間に隠されていた事件の真相を誰かに教えられたか、なにかで知って描いたとしか考えられず、その少年と16年前に起きた殺人事件(16年前から最近までは家出失踪事件と認識されていた)の関係者との結びつきを調べていきます。

模倣犯でもそうでしたが、人をうまく操ることに長けた悪人が出てきますが、世の中の殺人を犯すような粗暴犯の犯罪はそうした冷静な知能犯は滅多にみることはなく(迷宮入りになっているだけかも?)、そのあたりも少々無理があるなぁって思うところです。

あと、この亡くなった人の頭の中を読める少年が描いた「模倣犯」で事件の現場となった山荘と周囲の庭に埋められた13人の人のイメージが、いったい誰から得たものかは最後になっても明かされることがありませんでした。これは大きな謎ですね。今後新たな続編が出るのかしら。

★★☆

著者別読書感想(宮部みゆき)

  ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟

サムライと愚か者 暗闘オリンパス事件 山口義正

東日本大震災の衝撃がまだ覚めやらぬ2011年7月にオリンパスの粉飾決算事件(wikipedia)をスクープとして雑誌に記事を執筆したフリージャーナリストが、そのまとめとして書いた本です。

この事件について深くは書きませんが、名門とまで言われていたオリンパスの名が大きく傷つき、上場廃止、下手をすると切り売りされて廃業にまで追い込まれるかという大きなスキャンダルでした。

よく言われるのがライブドアのホリエモンは1年間で50億円の粉飾をしたために会社は上場廃止、社長は懲役2年半の実刑判決となりましたが、このオリンパスは10年以上にわたって数千億円の粉飾決算をしてきたのに、事件の首謀者でもあり発覚時の会長は執行猶予付きの判決で、上場も維持され、そのあまりにも不公平さがよく揶揄されていました。

このオリンパス事件ではもう一つユニークな点があり、それは不正が発覚した時に社長だったのがイギリス人(マイケル・ウッドフォード)で、その点はグローバリズムを先取した新しい企業という感じを受けていましたが、そのイギリス人社長がこの事件を独自に調査し、旧経営者陣の責任を問うた瞬間、取締役会でクビになってしまうという、いかにも昭和時代の展開と日本企業らしい感覚で苦笑するしかありませんでした。

タイトルはそのイギリス人社長が著者に対して言った言葉で「日本人は個人的には立派なサムライもいるけど集団になるとどうして愚か者になるのか?」という意味の言葉を投げかけられたことによります。

この中でサムライとはオリンパスの中から、会社をよくしたい、今のままではダメだと必死に訴えかけてきた一部の社員達のことを指すようです。

★★☆


【関連リンク】
 2月後半の読書 私にふさわしいホテル、ボッコちゃん、満月の道 流転の海第七部、死ねばいいのに
 1月後半の読書 ガダラの豚(1)(2)(3)、人間の幸福、塩分が日本人を滅ぼす、メランコリー・ベイビー
 リス天管理人が選ぶ2016年に読んだベスト書籍

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