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忍ぶ川(新潮文庫) 三浦哲郎

著者の小説を読むのは今回が初めてですが、1961年の芥川賞受賞作「忍ぶ川」を含む同年に単行本が出版された短篇集です。単行本とその後に発売された文庫版とでは収録作品に違いがあります。

著者は戦前の1951年生まれで自伝的小説が多い青森出身の作家さんですが、年が離れた6人兄弟の末っ子で、まだ幼い頃に二人の姉が相次いで自殺、二人の兄は失踪し行方不明という過酷な子ども時代を過ごしています。

表題作の「忍ぶ川」を含め「初夜」「帰郷」「団欒」「恥の譜」「幻燈畫集」「驢馬」の7篇が収録されていて、1961年から1934年に発表された小説で、その多くが自伝を元にした内容です。

タイトルの忍ぶ川はどこか地方の川の名前か愛称かと思っていたら、大学生時代に東京で下宿をしていた時に、貧乏なのに酒の勢いで行った少し高級な料理屋の店名でした。

「忍ぶ川」では、忍ぶ川で仲居の仕事をしていた女性を見初め、収入のない学生時代に結婚するという無茶なことをします。

貧困と、差別や因習が残る田舎の中で、血のつながった家族の自殺や失踪という実際に経験してきたことを元にして書かれているので、時代が違うとは言えリアリティがあります。

「初夜」と「帰郷」はその続編という扱いで、東京の大学を休学して実家の青森に戻り、身内だけのささやかな結婚をして近くの温泉へ新婚旅行へ出掛けます。その後、東京で仕事が見つかり妻と子を呼び寄せて暮らしますが、父親が危篤となり帰郷することになります。

最後の作品「驢馬」はこれらの中では全く異質のもので、太平洋戦争中に満州から留学生という扱いで青森にやってきた満州生まれの主人公が、狂っているとしか思えない日本人に、追いつめられて自分が狂ったフリをする必要に迫られるという内容で、一番読み応えがありました。

★★☆

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定年バカ(SB新書) 勢古浩爾

過去に「定年後のリアル」(2010年)、「定年後7年目のリアル」(2014年)を読み、自分の定年後を見ているようで、また考え方について参考になることが多く、ファンになりました。

2018年12月後半の読書と感想、書評(定年後のリアル)

2019年7月前半の読書と感想、書評(定年後7年目のリアル)

著者はすでに50冊近い書籍を出版されていて、それだけでも凄いなと思いますが、大ヒットしてその後続々と出て7冊にも達する「定年」本で、しっかりと印税生活をされているような気がします。羨ましい限りですが、機を見るに敏で能力がある方なのでしょう。

本著は2017年に出版された柳の下狙いの「定年」本ですが、これがまた面白くて、学者や評論家などが書いた「定年本」を徹底的にこき下ろしています。リアルな定年後を知らない奴が勝手なこと言うなとばかりです。

それらのこき下ろされた定年本のいくつかは私も過去に読みましたが、著者の定年本に比べるとリアリティがなく、薄っぺらで読んだそばから記憶には残っていませんが、著者の「定年のリアル」はいつまで経っても記憶に残っています。そういうことが言いたかったのでしょう。

だいたこうした定年本を書いている人(著者)は、一流大学を出て一流会社に就職し、その後は独立してカタカナの事業をしている人か、世の中をまるで知らない学者先生と相場が決まっていますので、中身は空疎で机上の理想論が上滑りしている感じです。

読者の年齢や年収、健康状態、雇用延長、年金金額、配偶者の収入、資産、居住地など様々なので、定年前後に「あーしろ、こーしろ」というのは難しく、どうしても自分が考える理想の定年後を述べるという形になるのでしょう。

その点、著者の定年本に書かれているのは、「自分の定年後はこうだった」というリアルな姿で、それを知って「自分ならこうする、こうしたい」という思慮を導いてくれるという点で優れています。

サラリーマンを長く勤め上げ、定年で辞めたというホワイトカラー限定の定年実例と言えるので、それに近い定年を迎えた人やまもなく迎える人の参考にはなりそうです。

余計なお世話ですが、出版社SBクリエイティブにはまともな編集者や校正者がいないようで、ミスがそのまま残っているのが目立ちます。著者は悪くないです、出版社がプロの仕事をしていないだけです。

57ページ 誤「なにもするこがなく」→正「なにもすることがなく」
137ページ 誤「なくせばい」→正「なくせばいい」
189ページ 誤「告別式は・・」→正「送別会は・・・」

など、素人がサクッと読んでいて3つも見つかるので、プロの校正者が校正すればその何倍かの誤字や誤用が見つかると思います。名門出版社の岩波文庫や新潮文庫では、プロの校正者や編集者が仕事をやっているので誤字や誤用はほとんど見つかりません。

SBCさん、安く使える校正者がいないのなら、特別な訓練を受けていない素人ですけどやってあげますよ。って私のブログも誤字誤用だらけで信用はないでしょうけど。

★★☆

著者別読書感想(勢古浩爾)

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二千七百夏と冬(上)(下) (双葉文庫) 荻原浩

2014年に単行本、2017年に文庫が出版された長編歴史小説です。歴史と言っても現代(2011年)と縄文時代の終盤近い2700年前とのふたつの時代が舞台です。

主人公は、現代は新聞社の北関東と思われる地方局に勤務する若い女性記者と、2700年前は石器を使って狩猟をメインとしている小さな村の少年です。

縄文時代というのは歴史の中ではすごく長く、諸説あるものの現在から1万6000年ほど前から2500年前までの1万3500年ほどが続きました。縄文時代の特徴は、石器だけではなく土器や竪穴式住居、弓矢などが特徴です。

1万年以上続いた縄文時代から、渡来人の影響で食糧生産の稲作や鉄器などが特徴の弥生時代へ変わるタイミングは、なにかのきっかけで一気に生活風習が変わってしまうというものではなく、おそらく何百年もそれぞれの時代が並行していたはずです。

著者はそこに目をつけて、狩猟主体の縄文部族と、海を渡ってやってきて、農耕を始め米を主食とする農耕部族のふたつが交わる瞬間をドラマ化していています。これがまるっきりの創作だというのは当然ですが、まるで見てきたような描き方で読み応えがあります。

前半部分は縄文時代の少年の話が長く続きますが、そこで使われる言葉が現代の日本語と共通する部分があり、著者の苦心の跡が読み取れます。例えば「イー→イノシシ」「ヌー→犬」「クムゥ→熊」「カァー→鹿」「クヌコ→キノコ」など。誰もそのことを証明したり反論できません。

ちょっと前半部分で間延びして、しかも意味のわからない縄文時代の言葉が出てきて読みづらいですが、慣れてくる中盤頃からは感情移入ができてサクサク読めるようになります。ちょっと我慢が必要ってことです。

現代の新聞記者が出てくるのは、ダム工事現場で、縄文人と弥生人が手をつないでいるような人骨が発見され、その時代を超えた二人のことを考えるという流れです。

前・中盤の密度の濃い内容と比較すると、最後はちょっと淡泊な感じでしたが、面白かったです。

★★★

著者別読書感想(荻原浩)

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長く高い壁 The Great Wall(角川文庫) 浅田次郎

著者の作品はかなりの数を読んできましたが、おそらく初めてではないかと思われる犯罪ミステリーで、ホームズ役の探偵作家と、ワトソン役の東京帝大出の文系エリート将校という組み合わせで事件を解決?する話です。

小説雑誌「野性時代」に連載後、2018年に単行本、2021年に文庫化されています。

単に戦場ミステリーだと「日輪の遺産」(1993年)なんかはそれに近いかも知れませんが、探偵が事件の謎に迫るというのは初めてのような気がします。

タイトルの「長い壁」とは、万里の長城を指していて、時代は日中戦争が泥沼に入りつつある1938年秋の北京から物語は始まり、万里の長城に駐屯し、匪賊や共産党軍の攻撃に対処していた日本陸軍の兵士10名が、何者かに殺されてしまうという事件が起きます。

単に敵に攻撃を受けて戦死した状態ではなく、血の一滴も流さず銃器の使用跡もなく、見張り番をしていた全員が同じような謎多き死に方です。

そこへ通称ペン部隊として新聞社の嘱託として北京へ来ていた探偵小説で人気作家の主人公が、護衛兼見張り役として軍の検閲班長と一緒にその事件現場へ向かうことになります。

ミステリーなので詳細を書くのは野暮というものですが、ヒントはこの万里の長城で守備を任されたのは、本隊の足手まといになるならず者だったり犯罪者などで、指揮官も士官学校を出たばかりで実戦経験がない若い見習士官だということ。

主人公達は、事件現場近くにいた軍隊の警察を担っている憲兵曹長とともに、殺された10名以外の他の分隊長らから聴取をおこない、事件の謎に迫っていくことになります。

舞台のバックボーンをもう少し書いておくと、1930年代に満州を併合した日本は、1937年には中国北東部の盧溝橋事件が発端となり支那事変(日中戦争)が起き、その後全面戦争へと発展していきます。

武力衝突後に首都北京を攻略後も、中国政府(中国国民党軍)は南下して戦い続け、北京周辺や北東部では日本軍に反抗する中国共産党が組織だってゲリラ攻撃をしかけ、また広大な満州から中国北東部にかけて発生した抗日武装集団(匪賊)がいて、日本軍はそれらに悩まされ続けます。

本著に出てくる張飛嶺は架空の場所ですが、調べると現在も昔のまま残っている司馬台長城周辺がモデルのようです。

角川書店のサイトにも、司馬台長城を見学した時の著者の写真が載っていて、長城の巨大さがよくわかります。

万里の長城を舞台に、従軍作家が日本軍の闇に挑む。浅田次郎作品初の戦場ミステリ(カドブン)

★★★

著者別読書感想(浅田次郎)

【関連リンク】
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