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私の男 (文春文庫) 桜庭一樹

タイトルからすれば、「これは恋愛小説に違いない」と当然思い込みます。私もまったく予備知識はなしで読み始めました。これから読む人はそれがいいと思いますし、以下のこの感想も読まない方がいいです。

著者の桜庭一樹氏の小説は今回初めて読みました。しかもこの感想のために調べるまで女性作家とは知りませんでした。

「私の男」は2008年の直木賞受賞作です。が、この方小説以外にもコンピュータゲームのシナリオを書いたり、エッセーや漫画の原作など多才な人です。

若い人に人気のライトノベルなどもたくさんありますので、詳しく知らないのは私のような50過ぎたオヤジだけかも知れません。

さて、この「私の男」、通常の小説のスタイルとは違い、現在から過去へとさかのぼっていきます。

幸せそうだけどなんだかちょっと影のあるヒロインが資産家の男性との結婚が決まり、婚約者と指輪を買い、父親も加わって一緒に食事に出掛けるという人生の中でもっとも幸せで微笑ましいところからスタートします。

しかしそこで明らかになる風変わりなヒロインの父親がタイトルの「私の男」だと信じたくはないものの、それに向かってヒロインと父親の過去が徐々に顕わになっていくという内容です。

ちょっと現実的には考えにくそうですが、あり得ないとも言えなくもなく、読んでいくにつれ暗澹たる気持ちになり、やがてはつらくなっていきました。

この二人にもっと他に方法がなかったのだろうか、なぜ周囲の人達はこうなるまでほったらかしていたのかと、小説と言うことを忘れ、思わず独り言を言いそうになったり。

ま、直木賞受賞作ですから余計なケチや野暮なことは言えないですが、暴力、殺人、不倫、大津波、近親相姦など、衝撃シーンのてんこ盛りで、おそらく映像化するにはもってこいのドラマじゃないかなと思っていたら、すでに映画化が決まっていて、来年2014年に公開されるとのことです。私は見たいとは思わないですけどね。

  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

恋愛時代 (幻冬舎文庫)(上)(下) 野沢尚

著者の野沢尚氏は元々テレビや映画の脚本家として頭角を現し、その後小説を書き始めた方です。

プロの作家からするとシナリオライターに人の機微を深く掘り下げた本格的な小説が書けるものかといいたいところでしょうけど、当然書けちゃうわけですね。

ただ惜しむらくはこの著者は2004年に自殺してしまい、もう新しい作品を読むことができません。

この「恋愛時代」は1996年に初出の長編小説で、2001年にタイトルに惹かれて読んだ「破線のマリス 」(初出1997年、文庫版は2000年刊)よりも前に書かれた作品です。

ストーリーは、2年前に離婚して別々の生活をおくっている男性と女性の二人の主人公が、心の中に今でも様々な葛藤を抱えつつ、日常の生活の中では一緒に食事をしたり、カラオケに行ったりと仲良くしています。

しかしある時喧嘩になってお互いに再婚相手を探して紹介するということになり、それを互いに実行していくというコミカルな中にも男女間の深い心理状態をうまく描いているなかなかの作品です。

まぁ、互いにムキになり結婚相手を探すという辺りで、最終的に落ち着く先は読めてしまいましたが、主人公以外の登場人物がそれぞれに魅力があり、それが映像として見せるためのドラマ脚本家としての最大の腕の見せ所だったのかなぁと思いつつ、後半へ突入していきます。

小説では主人公二人が交代で語っていくスタイルをとっていますが、互いの心理描写がやや冗長で、どうでもいい部分が長々とあり、中だるみというか途中で退屈する場面もあります。それを救っているのは先にも書いた主人公二人に恋をする脇役達です。

脇役といっても、引退も近い女子プロレスラー、中学時代の同級生、名門ホテルチェーングループ総裁の跡取り息子、離婚協議中の大学教授など、様々なタレントで、これはドラマにすると絵になります。

二人の主人公のように、こんなに周りからモテモテの人生だったらなにも苦労はしないのにと思わなくもないですが、やはり最終的には人気アイドルタレントを使った映像化を視野に入れた作品だったのかも知れません。

しかし現在のところこの作品の映像化は2006年に韓国でテレビシリーズとしてドラマ化されただけで(日本国内でも放送されました)、国内では制作されていません。

あとこの小説の中で男性主人公(書店の店長)が勤める本は、それなりに面白いことを巻末の解説で池上冬樹氏も保証しています。

小説の中で登場してくる小説とは、

マイクルコナリー「ラスト・コヨーテ
宮本輝「ここに地終わり海始まる
ロバート・ジェームズ・ウォラー「マディソン郡の橋
ローレンス・ブロック「八百万の死にざま
ジョン・ダニング「死の蔵書
リチャード・ニーリー「心ひき裂かれて
桐野夏生「ファイアボール・ブルース
ベン・ホーガン「モダン・ゴルフ
サガン「ある微笑
ピート・ハミル「愛しい女
原田康子「挽歌
ジャック・フィニイ「ゲイルズバーグの春を愛す
遠藤周作「わたしが・棄てた・女
村上春樹「ノルウェイの森

の14作品で、半数はすでに読んでいますが、あと残りをメモしておいて今後読んでみようと思っています。

こうして今まで食わず嫌いだった新しいジャンルや著者の本を増やしていくのはなかなか効率がいいです。

著者別読書感想(野沢尚)

  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

小説・震災後 (小学館文庫) 福井晴敏

東日本大震災が起きた2011年3月11日の約半年後の10月に単行本が発刊され、その半年後には早くも文庫化されています。

多くの人が大震災と原発事故に茫然自失とし、この先日本の社会、経済、生活がどうなるのだろうと先行きに不安を覚える中で、即座にこれだけの作品を書いて世に出すというのは超人的としか言いようがありません。

著者は言うまでもなく「亡国のイージス」や「終戦のローレライ」などの軍事ものや、「川の深さは」の警察ミステリーもの、「平成関東大震災 いつか来るとは知っていたが今日来るとは思わなかった」のSF近未来小説まで様々なジャンルに秀でた作品を残す作家さんですが、どれもエンタメ的にはたいへん面白いです。

内容は2011年3月11日に起きた東日本大震災とその後に起きた福島第一原子力発電所の事故をそのまま小説で使い、東京都郊外に住む普通の一家がそれぞれに悩み考え、そして行動を起こしていく姿を描いています。

主人公は一家の主でもあるサラリーマンの男性で、同居する父親は元防衛省に勤務というところがちょっとミソ。

震災後に家族で気仙沼方面へボランティアへ出掛けたり、ネットにはまっている中学生の長男が、原発事故を今までそれを無責任に容認してきた父親を含む大人達に対して反発し、やがて大きな事件を起こしていくという姿など、普通にをありえます。

最終章では私も今までまったく知らなかった方法で発電し、世界に打って出るチャンスではないかという「こんな時だけど、そろそろ未来の話しをしようか」で始まる主人公が中学生とその父兄達に向けての演説はなかなか読み応えがあり夢のあるいい語りです。

著者別読書感想(福井晴敏)

  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

通天閣 (ちくま文庫) 西 加奈子

先に読んだ柴崎友香著「その街の今は」と同じ香りがする小説です。著者は2004年にデビューし、16作目の「ふくわらい 」が今年の直木賞候補となったこれからまだまだ有望な若手作家さんです。

この「通天閣」はデビューから4作目、2006年に発刊された小説で(文庫版は2009年刊)、2006年の「その街の今は」に続き、2007年の織田作之助賞を受賞しています。

主人公は大阪の下町にある通天閣のそばに住んでいる、まったく縁もゆかりもない男女二人で、その二人の話を中心にして展開していきます。

ひとりは40才を過ぎても独身のまま、100円ショップに卸す商品を包装している小さな工場勤務の男性。

もうひとりの主人公の女性は同棲していた男性が突然米国に留学することになり、その帰りをひたすら待ちつつも、やがてはふられてしまうことに。

その女性は、生活費を稼ぐため、なんばの怪しげなスナックで働くことになり、そこのオーナーに気に入られて黒服のギャルソンを任されています。

それらの主人公の周りにはこれまたユニークな面々が揃い、日々の生活が淡々と流れていきます。

そして見ず知らずだった男女が、ある日なんばで飛び降り自殺志願者が現れた現場で、すれ違うことになりますが、実はこの二人は、、、ってところで最後のオチというか実際はオチにはなっていませんが、ワケありの二人の関係が、読者だけには知れることとなります。

大阪なのでオチがなくていいのか!という声もありますが、それでいいのです。

著者別読書感想(西加奈子)

【関連リンク】
 9月後半の読書 脳に悪い7つの習慣、コンダクター、ガセネッタ&シモネッタ、その街の今は
 9月前半の読書 緋色の研究、眠れぬ真珠、王国記ブエナ・ビスタ、心に龍をちりばめて
 8月後半の読書 遠野物語、傍聞き、九月が永遠に続けば、瑠璃を見たひと

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