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1659
R帝国(中公文庫) 中村文則

讀賣新聞に連載され2017年に単行本、2020年に文庫化された長編小説です。

近未来の日本のような架空の島国「R帝国」が隣国から突然侵略攻撃を受けますが、それは実はR帝国の政府が密かに仕組んだ謀略だった?といったノリのSF的政治小説です。

主人公は、野党議員の秘書ですが、どうして秘書ごときが、与党政府の重鎮に呼ばれて頼み事をされるのかやや無理な設定もいっぱいありますが、要は国家権力を一部の人間が握るとなんでもできちゃうと言う警告をやんわりとしているのでしょう。

地下に潜って綿々と続く反政府活動組織や、一握りの上級国民と、その他大勢の貧しい国民を支配するため、他国に蹂躙される地域を見せることで戦争を肯定的にとらえさせようとする政府との駆け引きなど、よく考えられています。

そういう意味では2月に読んだ山田宗樹著の「百年法」(2012年)も、独裁者が国家権力を握った闇が主に描かれるポリティカルSFミステリーで、なんとなく似た感じを受けました。

現在の日本はと言えば、隣国の共産党一党支配体制を厳しく批判しておきながら、ほぼ同様に圧倒的な一党支配体制が続く自国のことはすっかり忘れ、それをなんの疑問も持たずに受け入れているマスメディアや国民へ恐ろしさを感じます。

強い一党独裁体制になれば、本来は国民の僕たる役人は党の支配下に置かれ、政府や大臣に忖度するのが当たり前となり、マスメディアは太平洋戦争時の報道規制や検閲を忘れ、政府発表をそのまま垂れ流し、政府や党の有力者に近い人物や、選挙の時に支援してくれるならば反社会勢力であろうとなかろうと関係なく、様々な点で特別に優遇されます。

そういった思想や信条などはこの小説では露わにしていませんので、誰が読んでも政治スペクタルを楽しめます。ただ最後はあまりハッピーな終わり方ではないので、消化不良のままで終わってしまいますが。

著者別読書感想(中村文則)

 ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟

レインツリーの国(角川文庫) 有川浩

映画にもなって大ブレークした「阪急電車」(2008年)からもう14年が経つのですね。そろそろ直木賞の受賞なども近づいていそうな作家さんです。

本著は、著者の人気シリーズ「図書館戦争」のエピソードとして使われた内容を元に書き下ろした作品で,
Boy Meets Girlの恋愛小説です。

2015年には、三宅喜重監督、玉森裕太、西内まりや主演で映画が公開されています。

中学生の頃に読んで気になっていた小説を大人になってから偶然見つけ、それについてネットで調べていると感想が書かれている個人サイト「レインツリーの国」があり、そこで嬉しくなって自分の感想を書き込んだことから個人サイトの運営者とメールでのやりとりが始まります。

何度かメールでやりとりした後、一度実際に会って話しがしたいと持ちかけ了解してもらいます。

実際に会ってみて最初はちょっと変わった女性?ぐらいにしか思わなかったら、実は耳がほとんど聞こえない障害を持っている女性ということが判明しますが、ますますその彼女にのめり込んでいくことになります。

ま、理想的な恋愛ということなのでしょうけど、普通の男女ではなく、障害者と健常者の考え方の違いや、障害の程度で同じ障害者同士でも様々あることなど、よく取材などをして盛り込まれています。

レインツリーとはアメリカ産のネムノキのことで、日立のCMで出てくるあの大きな樹のことです。日本では障害者支援や福祉事業の名称でよく使われています。

著者別読書感想(有川浩)

 ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟

冷蔵庫を抱きしめて(新潮文庫) 荻原浩

2015年に単行本、2017年に文庫化された短篇小説集で、「ヒット・アンド・アウェイ」「冷蔵庫を抱きしめて」「アナザーフェイス」「顔も見たくないのに」「マスク」「カメレオンの地色」「それは言わない約束でしょう」「エンドロールは最後まで」の8篇が収録されています。

著者の作品は、文庫になってから見つけると進んで買って読んでいますが、好きなのは「明日の記憶」や「僕たちの戦争」などの長編小説で、今回の著作のようなテーマがバラバラの短編小説はイマイチ好きではありません。

とは言っても、先日読んだ直木賞受賞作「海の見える理髪店」は上手い!というのと、イマイチ~というのが混ざっていて、当たりに会えばラッキー、それ以外は軽く流せばいいかぁーと読んでみました。

こうした短編小説で、特に女性が主人公のものは、同様に見つけたらすぐに買う作家さんの一人奥田英朗さんには残念ながら及びません。比べられたくはないでしょうけど、どうしても同世代の人気現代エンタメ作家さんとして比べてしまいます。

中身ですが、あまり印象に深く残ったものはなく、DVや摂食障害、顔の醜形恐怖症、失語症など様々な社会問題化しているそれぞれの事象をテーマにしたもので、したがってあまり爽やかでもなければ、コミカル風に書かれていても腹を抱えて笑えるモノでもありません。そういうのばかり集められても、、、という気持ちがあります。

★☆☆

著者別読書感想(荻原浩)

 ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟

追撃の森(文春文庫) ジェフリー・ディーヴァー

読むのは3作目の著者の作品ですが、外れがない上手い書き手さんという印象です。この作品は、2008年に初出、翻訳版は2012年に発刊されています。

文庫で560ページを超える長編サスペンス小説で、原題は「The Bodies Left Behind」、直訳すれば「残された死体」という意味です。

アメリカの広大な森林公園近くの湖畔にある福祉職員と弁護士の夫婦の別荘に二人組の殺し屋が現れます。福祉職員の夫が携帯電話で警察に電話しようとしますがすぐに叩き落とされ、すぐに切れた通報を不審に思った警察は近くに住む女性の保安官補をその別荘に向かわせます。

その保安官補が主人公になりますが、殺された夫婦の友人で別荘に招待されていたという女性とともに、目撃者を殺そうと追いかけてくる二人の殺し屋から森林の中へ逃げ込みます。

武器や無線、携帯電話などはなく、ショットガンや拳銃、森の中で迷わないようにGPSや地図を持った殺し屋の執拗な追跡をかわしていくジェットコースターサスペンスというのが、単純に頭の中でわかりやすくイメージ化しやすくなっています。

この手の小説は、ドラマや映画など映像化がしやすいような作風になることが多く、わずか1日に起きることが延々と数百ページにわたって繰り広げられます。

水戸黄門じゃないけど、女性主人公が無事に生き延びるだろうということは簡単に想像できますが、別荘で起きた殺人事件はそう単純でなく、様々なトリックが仕掛けられていてそちらのほうへと話題は移っていきます。

森林での殺し屋との対決と、別荘での夫婦殺人事件、この二つの別々の小説を読んだようなお得な気持ちになりました。

★★★

著者別読書感想(ジェフリー・ディーヴァー)

【関連リンク】
 8月前半の読書 ラプラスの魔女、幸福な王子(ワイルド童話全集)、忘れられた巨人、献灯使
 7月後半の読書 よもつひらさか、中庭の出来事、わらの女、P・O・Sキャメルマート京洛病院店の四季
 7月前半 覘き小平次、デス・エンジェル、硝子のハンマー、老いと記憶 加齢で得るもの、失うもの

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1657
親しい友人や知人から借金を頼まれたら、あなたは気前よく貸しますか?それとも断固断りますか?

昔から知人や友人とのお金の貸し借りについては美談もあれば、悲惨な結末もあります。

私の知っている身近なところであったことで、まずは美談というか幸運から言うと、友人が知人から借金を頼まれ、あまり深く理由も聞かずに数十万円を貸しました。

その知人は小さな会社を起業していて、自己資金だけでは足りず、さらに追加の事業資金が必要で、友人などに借りまくっていましたが、たまたまうまく時流に乗ってその事業が大成功。数年後にその知人から借金分の代わりに未公開株を応分をもらい、その後にマザーズへ上場。

結果論ですが、友人は上場益で数百万円の利益を得たというものがありました。

こういう知人や借金なら大歓迎ですが、事業への投資と言っても成功する率よりも失敗する率のほうが圧倒的に多いのが通常ですから、もし「事業のためお金を貸して」と言われていたら友人は貸したかどうか。

逆に悲惨な結末の話はいくつもあります。

私の親戚で、少し年上の人が親から引き継いだ商売をやっていて、あるとき「店を改修するので少しお金を貸して欲しい」と頼まれました。

店は順調そうに見えていた(詳しくチェックしたわけではなく)のですが、その頃はすでに火の車状態で、私以外に多くの人から借金をしていたことがあとでわかりました。

お金を貸した後に会ったときに雑談をしていた時、以前はBMWに乗っていたことを知っていたので、いまは何に乗っているの?と聞くと、「ボルボ(スウェーデン製の高級車)を買った」と。

おいおい、金を貸したこちらは小型国産車、しかもすでに8年ぐらい経過しているボロいクルマに乗っているのに、借金した人がボルボの新車だと?と内心むかつきました。

昔からええ格好しいで、周囲に見栄を張る人だったので、立場もわきまえずに簡単には性格は変わらないものなんだなと思いました。

簡単に貸した私が悪いのですが、ため息をついて「それはないんじゃないの~?」と嫌みのひとつも言いたくなったのをグッと飲み込みました。

結局、その事業(店)は赤字続きで、家賃が高いビルに入っていた貸店舗から撤退(廃業)せざるを得なくなり、私への借金はその後十数年してから親戚と言うことと、また少額ということもあり分割で返却されましたが、その他に借りていた大きな借金は踏み倒したようです。

その他にも知人から事業資金として数十万円を貸した金が戻ってこなかったことがあります。上に書いた成功例ではなく普通の事業失敗談です。気前がよすぎたのでしょうか、

その知人はやがて音信が取れなくなりました。何百万とか何千万とかを貸して踏み倒されたわけではないので、まだ世間一般ではマシな方かも知れません。

会社の中でもお金の貸し借りはよくあります。

私が大学卒業後に入った会社で、新入社員の時に仕事を丁寧に教えてくれた先輩が数年で突然退職されました。

その時は私は地方の支店に勤務していて東京でおこなわれた送別会には出られず、退職理由や退職後の予定などの話を聞くことができませんでしたが(当時はまだ電子メールなどなかった)、後で他の社員に聞くと、ギャンブルや派手な飲酒で会社から給料の前借りをして、それでも足りずに先輩の上司からも多額の借金をしていて、礼儀と品性と信用に重きを置いていた会社も退職を勧奨せざるを得なかったそうです。

今でもその先輩の上司だった人(私にとっても元上司)と時々会って会食しながら話しをする機会がありますが、信用して数百万円ものお金を貸して踏み倒された苦い経験はあまり思い出したくないようです。

「金は借りてもならず、貸してもならない。 貸せば金を失うし、友も失う。 借りれば倹約が馬鹿らしくなる。 」と格言を残したのはシェイクスピアですが、まさにその通りのことが、何度も目の前で起きました。

直接の借金ではありませんが、親戚の子供が大学進学するときに借りる学生ローン(数百万円)の連帯保証人を頼まれ受けざるを得なかったことがあります。子供の学生ローンの連帯保証人には、その親はなれないということでした。

電話ひとつで簡単に頼まれ、郵送で送られて来た契約書だけで安易に連帯保証人になるのは躊躇われましたが、親戚づきあい上やむを得ませんでした。

その親戚の子供は大学を卒業してから10年ほどでローンは全額無事に返却できたらしく、ホッとしましたが、最近は大学進学者の半分以上が返済ありの奨学金や学生ローンを利用しているので、そのような連帯保証人を頼まれる人も多いと思います。

承知のことですが、連帯保証というのは、本来返却すべきローンを借りた人がなんらかの都合で返却できなかったとき、有無を言わせず連帯保証人に返却する義務が生じるというものです。

しかも通常はやむを得ない理由がなく1回でも返却が滞ると、残り全額を一括して支払う義務が直ちに生じます。つまり借りた人がもし行方不明になるとか、病気や事故で入院して稼ぎがないと、連帯保証人が全額を支払わなければなりません。

最近は大学卒業後に就職せず、フリーターで起業を夢見て仲間達と準備?している人もいます。

そう言う人が毎月やってくる学生ローンや奨学金の返済を食費を削ってでも滞りなくキチンと毎月毎月支払い続けることができるのかというとなんとも心許ないというのが実情です。まったく怖いことです。

ともかく、友達の中でいい人にならなくていいから、お金の貸し借りは避けるようにと子供には言い聞かせています。

最初は千円、5千円の少額から始まり、それはすぐに返却されますが、次に1万円、10万円、30万円と徐々に増えていき、やがて返却ができずどこかへ去って行くというのが悪意のある借金の常道ですから気をつけたいものです。

【関連リンク】
1539 金利金利金利
977 奨学金という名の学生ローン
728 対外資産残高22年間世界一ということ


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1656
ラプラスの魔女(角川文庫) 東野圭吾

2015年に単行本、2018年に文庫化された長編ミステリー小説です。2018年には三池崇史監督、櫻井翔、広瀬すず出演で映画が製作されています。

タイトルのラプラスとは、1700年代にフランスの数学者ピエール=シモン・ラプラスによって提唱された「周囲の物理現象を見て解析できる能力があれば、極めて高い近未来の予測が可能になる」という「ラプラスの悪魔」と呼ばれる超人間的知性のことで、現代では量子学によってその可能性は否定されています。

もっと簡単に言うと、気象で言うと天気予報も近未来に起きる現象を予想していますが、スーパーコンピュータに頼らずとも空を見ただけで、次に何が起きるか、例えばその先の木に1時間後に雷が落ちるとか、どこそこの地域に雹が降ってくるとかがわかる特殊能力です。

主人公は複数いて、そうしたラプラスの悪魔の才能を得た二人の男女、地球化学の学者、元警官でラプラスの魔女を護衛する男、火山性ガスで中毒死した事故を殺人事件ではないかと疑い追う刑事など。様々な視点で描かれています。

もしそうしたラプラスの悪魔の能力を得た人間が、それを利用して完全犯罪を計画すればどうなるかということがメインの内容です。

小説や映画の世界にはしばしば超能力の持ち主が登場してきますが、そういうものにはもう飽き飽きしている人(私です)にも、この話は的確な未来予測能力ということで、なにか現実でもあり得そうでワクワクします。

私だったら、まず競馬場のパドックへ行き、次のレースでどの馬が勝つのかを予測します。下世話な話ですけど。

★★☆

著者別読書感想(東野圭吾)

 ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟

幸福な王子 ワイルド童話全集(新潮文庫) オスカー・ワイルド

世界的に有名な童話「幸福な王子」の他、「ナイチンゲールとばらの花」「わがままな大男」「忠実な友達」「すばらしいロケット」「若い王」「王女の誕生日」「漁師とその魂」「星の子」の計9篇が収録されています。

童話とは言え、かなりややこしい話や解釈の自由度があり、大人が読んでも難解なものもあります。

「幸せな王子」も銅像とツバメの会話がメインですが、同様にナイチンゲール(花の種類)など植物や花火のロケット、鳥などあらゆるものに生命や意志がありそれら同士で会話ができるのが新鮮というか、でも人間との会話はできないとかで大人のリアルな感覚で読むと混乱してきます。

「幸福な王子」でもそうでしたが、ハッピーエンドで終わるものはなく、世の中の不条理とか、人の身勝手さ、傲慢、そしてけなげな花や鳥たちといった童話ですから~という感じです。

一番長い「漁師とその魂」だけはちょっと趣が違い、若い漁師が人魚に恋し、魂を失えば海の中で人魚と一緒になれると教えられ魂を分離することに成功します。

その魂だけが各地に出向き様々な経験を積んでいき、海へ行って若者に呼びかけて海から出てこさせます。私にはなにが言いたかったのか、意味がよくわかりませんでした。

残念ながら、世の中の汚いものを見過ぎて、純粋な気持ちで童話を読み、理解することができなくなってしまったようです。

そう言えば、以前に桐生操著の「本当は恐ろしいグリム童話〈2〉」を読んだとき、グリム童話ではありませんが「幸福な王子」が収録されていました。

2012年11月後半の読書(本当は恐ろしいグリム童話2)

また、偶然ですが、今年7月29日から公開されている映画「今夜、世界からこの恋が消えても」(2022年)の主題歌で、ヨルシカの「左右盲」は、昨年から続いている文学オマージュ作品のひとつで、この童話「幸福な王子」を歌詞のモチーフにしています。

他のグリム童話が、実は童話には相応しくないエログロで暴力的な表現などが満載ですが、この「幸福な王子」は、本書含めて一般的な童話では省略されている一緒に戦い生き残った婚約者がいて、今も悲しみ伏せっているのを勇気づけようとツバメに薔薇を届けてもらうなどさらに清らかな内容と言うことでした。

ただそれって本著にある「ナイチンゲールとばらの花」と混同してない?って気もします。

★☆☆

 ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟

忘れられた巨人(ハヤカワepi文庫) カズオ・イシグロ

著者の作品を読むのはこれで4作目となりますが、以前に読んだ「わたしを離さないで」(2005年)を発刊した後、10年間のブランクが開き、2015年に発刊されたのがこの作品というのはあとで知りました。

2014年11月後半の読書と感想、書評(わたしを離さないで)

この長編小説のジャンルは著者の作品では珍しいファンタジーですが、子供向けの暖かなファンタジーではなく、イギリスの古代史をテーマにしたアングロサクソン人と、グレートブリテンの名の由来にもなっているブリトン人の対立がテーマとなっています。

あまり日本人には馴染みがない内容ですが、そのような英国史の物語を日系英国人(両親はともに日本人で、6歳まで長崎に在住)の著者が書くというのも面白いです。

主人公は、ブリトン人の老夫婦で、現在の村での生活に不満があり、ずっと前に出て行った息子に会うため遠出の旅に出ます。

村から一歩出ると、鬼や敵対するサクソン人、盗賊などが旅の障害となりますが、人々の記憶を失わせる原因となっている竜を敵に軍事利用されるのを防ぐためにやってきたブリトン人の騎士や、ブリトンの君主だったアーサー王に命ぜられ竜退治に執念を燃やしているブリトン人の老兵士などとともに様々な困難を乗り越えていきます。

まだ未開の土地が多かった5~6世紀の英国で、竜やら鬼やらが出てくるというところがファンタジーなんですね。5世紀と言えば日本では倭国という大和朝廷ができ、そこの代々の王がやがて天皇となっていくという時代です。

タイトルはサクソン人の騎士がその頃は多くの人種が英国で割拠している中で「昔に地中に埋められたサクソン人の巨人がやがて動き出す」と予言をしたように、やがて英国に住んでいたブリトン人やケルト人はサクソン人に駆逐されていくことになります。

まったく知らない歴史なので初めて知ることが多く、なかなか理解ができないのと、同時に新たな興味が湧いてくるのとがせめぎ合います。

しかし最後は特に話がつながるようなクライマックスなどもなく、英国料理のように評価すること自体が難しく、個人的には仲の良かった老夫婦が、なにか寂しい終わり方になっていてちょっと残念に思います。

★★☆

著者別読書感想(カズオ・イシグロ)

 ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟

献灯使(講談社文庫) 多和田葉子

1993年に「犬婿入り」で芥川賞、2003年に「容疑者の夜行列車」で谷崎潤一郎賞など数多くの賞を受賞されているドイツ在住の詩人と小説家として活躍されている方で、著書を読むのは今回が初めてです。

本著は2014年に単行本、2017年に文庫化された短・中篇小説で、「献灯使」「韋駄天どこまでも」「不死の島」「彼岸」「動物たちのバベル」の5篇が収録されています。

中でも表題の「献灯使」だけは中篇で最初にあります。しかし読み始めるとなにか不思議な世界観で、その設定が意味不明でわからず、読み進めていくのが苦痛となりました。

他の短篇を後から読むとわかりましたが、調べると「不死の島」が2012年に初出で最初、「動物たちのバベル」が2013年でその次、その他が2014年に文芸誌などで初出のもので、書かれた順で読めば小説の舞台とか状況が少しは理解した上で読めたのですが、なぜなのか不明ですが、あえて出版順とは逆の構成となっています。つまり「想像力の乏しい読者は二度、三度繰り返して読め!」ということなのかな。

それはさておき、いずれもテーマは東日本大震災や原発事故の後に書かれた悲惨な日本の未来を描いたSFで、女性の作家でSF作品を書く人は今まで少なく、意外な感じがしました。

しかし面白かったか?と聞かれると、、、この作品は私の好みではないです。折を見てまた別の作品を読んでみたいと思います。

★☆☆

【関連リンク】
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1653
よもつひらさか(集英社文庫) 今邑彩

1999年単行本、2002年に文庫化された短編小説集で、「見知らぬあなた」「ささやく鏡」「茉莉花」「時を重ねて」「ハーフ・アンド・ハーフ」「双頭の影」「家に着くまで」「夢の中へ…」「穴二つ」「遠い窓」「生まれ変わり」「よもつひらさか」の12篇が収録されています。

著者の作品は「いつもの朝に」(2006年)と「ルームメイト」(1997年)を読んでいますが、ミステリーやホラー、ファンタジー、多重人格などの精神疾患など幅広い複雑な人間関係の内容で、現実的には「ん?」と思いますが、エンタメとしては十分楽しめます。

タイトルにもなっている「よもつひらさか」は、漢字にすると「黄泉比良坂」で、古事記に出てきますが、イザナギとその妻だったイザナミが黄泉の国(死者の国)と現世の境目で起きる話で、この話は先般読んだ桐野夏生著の「女神記」にも出てくる有名な話しです。

現在の島根県松江市東出雲町揖屋に伝承地としてそれを模した場所があります。

その坂道を嫁いだ娘の家へ孫の顔をみるため歩いて向かっていた高齢男性が、坂道の入り口で道標のように建てられていた石碑をしゃがんで見ていたら立ちくらみをして、よろめいたところ穂高で登山をしてきて帰る途中という地元の男性に助けられます。

そしてその地元の男性と一緒に坂道を登っていきますが、坂道の名前の由来について聞くと、男性が言うには、坂道の最初と最後に石碑が建っていて、その間は黄泉の国とつながっているらしいこと、ひとりで歩いていると、亡くなった知人が亡霊として出てきて黄泉の国へ引き込もうとすること、子供の頃に友人が危ない目に遭ったことなど聞かされます。

亡霊はひとりで歩く人になにか食べ物や嗜好品を与えようとし、それを口にすると死んで黄泉の国へ行くことを聞かされ、高齢男性は、そう言えば坂道の入り口で立ち眩みをしたとき、男性から水筒の水を飲まされたことに気づき・・・という感じです。怖いですねぇ、、

その他、寺の天井に浮き出ているシミが双頭の怪物のように見える「双頭の影」、以前は画家と心臓病で亡くなる幼い娘が住んでいたという古い洋館に引っ越してきた父娘ですが、娘の部屋にかかっていた絵画が日によって微妙に変わっていることに気がついた娘がとった行動とは?の「遠い窓」など、なかなか怖くも楽しめるものでした。

★★☆

著者別読書感想(今邑彩)

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中庭の出来事(新潮文庫) 恩田陸

2006年に単行本、2009年に文庫化された長編ミステリー小説です。初出は2003年から2004年にかけて今はなき新潮ケータイ文庫でデジタル配信された連載小説です。

正直に言うと、1回読んだだけではなにを言いたかったのか、なにがミステリーなのか、誰が誰なのかよくわかりません。

場面が次々と変わり、現実に起きたことなのか、お芝居の中なのか混乱し、これほど複雑にする必要があるのか疑問です。

個人的には著者の作品は好きですけど、この小説に関してはちょっといただけない感じです。元はケータイ文庫として若い人向けに合わせたものかも知れませんが、逆に連載小説として途切れ途切れで読むとなおさら前後の関係がわからなくなり意味不明になってしまいそう。

内容は、劇の売れっ子脚本家がパーティーの中で毒殺されますが、その謎を中心に展開されますが、同時に、新宿の高層ビルの地下にある中庭で急死した女性、寂れた廃線の駅を夏場だけ演劇の会場として使ってそこで起きた不思議な現象などなど。

特に主人公がいないという点が誰の視点かわからず物語をわかりにくくしています。

そんなわけで、読むのが結構つらかったです。

★☆☆

著者別読書感想(恩田陸)

 ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟

わらの女(創元社推理文庫) カトリーヌ・アルレー

1924年生まれのフランスの作家さんで、数多くの推理小説を書いています。2022年時点で98歳ですがご健在のようです。

この作品は1956年に出版され、世界的なベストセラーになります。原題はフランス語で「La femme de paille」と邦題と同じ意味です。

1964年にはショーン・コネリーなどの出演で映画も作られていますが、こちらはアメリカ映画なのでタイトルは「WOMAN OF STRAW」となっています。

小説の舞台は、まだ第二次世界大戦の記憶が深く残っている1950年代のヨーロッパとアメリカです。

主人公の女性は敗戦国ドイツ出身の34歳独身女性で、家族など身内は戦争ですべて死に、孤独を埋め、貧しい生活から抜け出すために裕福な結婚相手を探しています。

新聞広告で見つけた縁談に飛びついたところ、募集したのは世界的な大富豪の秘書で、「自分の言うとおりにすればその富豪の妻になれる」「妻となってすでに高齢の大富豪がいずれ亡くなれば莫大な遺産を相続できるので自分にも分け前が欲しい」と共謀を持ちかけてきます。

貧しい生活から抜け出すためには、その秘書からの共謀計画を受けるしかなく、ことは順調に運んでいきますが、、、

文庫の解説の中でも触れられていましたが、私も読んでいて「遺産相続する相手を(犯人が)殺した場合、当然(犯人には)その相続権が無効となるが、無効となればその相続権がさらに犯人の親族へ移ることはないだろう?」と不思議に思いました。

その点は著者があとで指摘され間違いに気がついたと言うことですが、あえて修正はしないでそのまま残っています。ハッピーエンドではなく、完全犯罪を描いた作品ですが、やはり完全犯罪とは言えどこかに穴があるものです。

★★☆

 ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟

P・O・S キャメルマート京洛病院店の四季(ハヤカワ文庫JA) 鏑木蓮

2017年に文庫化された書き下ろし作品で、一応は長編スタイルですが、中身はいくつかのエピソードを順番に並べた連作短篇のような内容となっています。舞台は著者の出身地でもあり居住地の京都です。

タイトルのPOSとはコンビニで導入が広まった「Point Of Sales」の略で、一般的には「販売時点情報管理」のシステムを指します。

コンビニにおいて、そのPOSで得られた情報を分析すれば、「いつ何がどれだけ売れるか」がわかり、事前の仕入れや新商品の導入などに役立ちます。

主人公は、東京に本部があるコンビニチェーンの本部社員(スーパーバイザー)ですが、レギュラーというフランチャイズではない直営店の京洛病院店の臨時店長として単身赴任してきます。この直営店の成績が悪く、建て直しに送り込まれてきたという構図です。

そのコンビニのモデルは、京都府立医科大学附属病院の中に設置されているローソン 京都府立医大病院店と思われます。「徒歩5分で鴨川」に出られ、「上流に賀茂大橋が見える」と書いてあるので明らかです。

ちなみにこの病院には50年ほど前に1ヶ月ほど入院したことがあります。もちろんその時にはコンビニなどはなく、代わりに薄暗い売店があったような気がします。

コンビニの従業員が、来店客の様々なニーズと問題を解決していくという、おとぎ話のような話で、あまりリアリティはありません。また1社員の思いつきで次々とプライベート商品が即刻に作られるというのも、巨大なコンビニ組織の中ではあり得そうもありません。

それでも、似たようなエピソードなどを元に考えているのかな?と思われるところもあり、また以前NHKのドキュメント72時間で同じような病院内コンビニを撮影していたときに、小説の中でも出てくるように夜勤明けの女医さんが毎日栄養ドリンクをグビグビッとやっているシーンが出ていました。

私が数年前に人工股関節置換手術で10日間×2回入院していた時も、院内のコンビニにはよくお世話になりましたが、この小説に出てくるような24時間営業でもなく、美味しいローソンの店内コーヒーのようなものはなく残念でした。最近は大きな病院の中にはほとんどコンビニが進出しているようです。

小説では、徘徊で身元が不明の認知症患者や、ペットを使ったアニマルセラピーの話、京都らしく映画や特撮ドラマ関係者の話なども織り交ぜられて、いろいろと役立つ話があって楽しいものでした。

★★☆

著者別読書感想(鏑木蓮)

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覘き小平次(角川文庫) 京極夏彦

著者の作品では「魍魎の匣」などの「百鬼夜行シリーズ」や、直木賞を受賞した「後巷説百物語」などの「巷説百物語シリーズ」などとともに有名な「江戸怪談シリーズ」の第2作目で、山本周五郎賞を受賞した長編作品です。2002年に単行本、2008年と2012年に文庫化されています。

原作は江戸時代の浮世絵師、戯作者だった山東京伝の「復讐奇談安積沼(ふくしゅうきだんあさかのぬま)」をアレンジしたモノとなっています。

「江戸怪談シリーズ」の第1作目は、「東海道四谷怪談」を元にした「嗤う伊右衛門」ですが、先日読みました。

2022年1月前半の読書と感想、書評(嗤う伊右衛門)

江戸怪談の中でこちらの原作は第1作目の原作「四谷怪談」や第3作目の原作「番町皿屋敷」ほどには有名でなく、私は知りませんでした。

江戸時代、有名な歌舞伎劇団の音羽屋で役者をしていた主人公ですが、あまりにも下手で使い物にならないと破門となり、そのあまりにも病的に貧相な外観から小さなドサ回り劇団で幽霊役者として名を馳せることとなります。

そして知らないうちにある陰謀に巻き込まれる形で青森まで公演旅行に出掛け、その帰り道で同僚などに命を狙われることになります。

タイトルは、自宅にいる時には、押し入れの中に入り、一寸五分というから5センチほどでしょうかふすまを少しだけ開け、同居している妻の姿などをジッと覘いているというところからきています。幽霊役者ということもあり、ちょっと不気味です。

知らないストーリーでしたが、ミステリー風にうまくアレンジされている風で、それなりに楽しめました。それが目的ではなさそうで、怖さはほとんどありません。

★★☆

著者別読書感想(京極夏彦)

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デス・エンジェル(新潮文庫) 久間十義

著者は1953年生まれの作家さんで、作品を読むのは今回が初めてです。この作品は、2015年に単行本、2018年に文庫版が発刊されています。

内容は知らずに読み始めましたが、病院、医療ミステリーで、病院の内実や医療や薬品の話しが詳しく出てくるので、この著者さんも久坂部羊氏や帚木蓬生氏のような医師と作家の二足のわらじの人?と思いましたがそうではありませんでした。

主人公は医学部を卒業し医師免許も取得したのち、東京郊外にある地域の拠点病院となる総合病院へ研修医として勤務することになった男性です。

内科に勤務してすぐ、担当している入院中の高齢者が深夜に病状が急変して亡くなる事態が起きます。しかしなぜか原因を追及する解剖はおこなわれず不思議に思っていたら、続いて別の高齢者がやはり突然亡くなり、調べると過去にも似たような事例が起きている事が判明します。

指導医のベテラン女医から過去の事例を含め秘密裏に調査するように指示を受け、同じ研修医で台湾から来ている研修医とともに調べて行くというストーリーです。

タイトルを注意して見ていればその謎は想像が付きますが、あまり気にしてなかったので調べが進む中でようやく犯人というか事件の目星が付きました。

2016年に発覚した31歳の看護師が複数の患者の点滴に消毒液を混ぜて殺したとされる「大口病院連続点滴中毒死事件」を彷彿させる内容で、もちろんこの作品が世に出たのは事件の前なので、事件を予見した作品として注目されました。

福祉的な医療と営利事業としての経営の間で複雑な問題を抱える病院経営や、高齢者が亡くなった場合の遺族感情、事件性のある場合は公費でまかなわれる解剖に対し、事件性が薄く、遺族の費用負担と希望でおこなわれる病理解剖が難しい理由など、多くの医療の問題点が挙げられています。

あらためて病院は怖いところという気がしてきました。

★★☆

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硝子のハンマー(角川文庫) 貴志祐介

著者の比較的初期の作品で2004年単行本、2007年に文庫化された長編ミステリー小説です。

この作品は短篇集含め現在5作品ある「防犯探偵・榎本シリーズ」の記念すべき最初の作品です。

そのタイトルから本書で出てくる密室殺人の謎が半分ぐらいわかってしまいそうですが、登場人物達が様々な方向へ話しを持っていくので、それは気にならず、謎が謎を呼んで貴志ワールドに没頭していくことになります。

シリーズ名にある防犯探偵とは、新宿の雑居ビルであまり儲かっていない防犯・セキュリティショップを経営している男性が、頼まれる(お金がもらえれば)と防犯コンサルタントとして現場へ出向いて活躍します。

そしてワトソン役としては、依頼主にもなる弁護士事務所に所属する若くて麗しい女性弁護士さんというお決まりのパターンです。

この作品はシリーズ一作目ですので、その防犯コンサルタントと女性弁護士が最初に出会う(仕事を依頼する)場面があり、なかなかユニークでお気に入りです。初対面で弁護士だと見抜いたワザは最後の方で謎解きされます。

主人公の趣味がビリヤードで、最後の謎解きをする時に、ひとりで突きながら殺人の方法を解き明かすシーンは、その意味はわかりますが、なんだかミステリードラマで崖の上で犯人を前に謎解きをするのと似ていて笑えました。

★★☆

著者別読書感想(貴志祐介)

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老いと記憶 加齢で得るもの、失うもの(中公新書) 増本康平

著者は神戸大学大学院人間発達環境学研究科准教授で専門は心理学という学者さんです。この新書は2018年に発刊されています。

老化現象のひとつに記憶力が衰えるということがあるのは常識ですが、その脳のメカニズムや各種の実験や調査データから、その中身と真実を明らかにしていきます。

こりゃ他人事ではなく、まさにいま、人の名前が出てこなかったり、ど忘れすることがよくあり、さらにこの先、認知症に怯えるもうすぐ高齢者としては興味のある話題です。

それだけにやや専門的な話も多く、掲載されるグラフや表もその詳しい説明や見方がほとんどなく、それを専門で勉強している人ならともかく、一般人が読むには意味不明なところが多すぎます。

さらに脳の機能でわからないことが多く、また個人差が相当あり、想像の部分もかなりありそうです。

つまり認知症になるかならないか?と言うと、ある遺伝子を持っている人はなりやすいとか、糖尿病など健康上に問題ある人、会話がなく社会生活が乏しい人など、一般的によく言われていることが原因らしいということですが、それでも個人差によって違う(認知症になりやすい遺伝子を持っていても、糖尿病など発症していても、アル中でも、ひとりで引きこもり生活を続けていても発症しない人はしない)ので、結局はよくわからないというのが本音でしょう。

要はそうした脳の複雑性、未知の臓器について、現在わかっていることが語られていて、予防策として世間でよく使われる「脳トレ」は意味がない(本著に理由は書かれている)とか、あまり参考になることはないかなぁというのが感想です。っていうか、読解力や基礎知識がないので、読んでもよくわかりませんでした。もうボケが進んでいるのかも。

★☆☆

【関連リンク】
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