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サクリファイス (新潮文庫) 近藤 史恵

2007年に単行本、2010年に文庫版が発刊された長編小説で、その後シリーズ化され「エデン」(2010年)、「サヴァイヴ」(2011)、「キアズマ 」(2013年)の続編が出ています。

このタイトルは犠牲とか生け贄という意味で、自転車のロードレースの世界とミステリーをうまくマッチさせたいい作品となっています。

日本ではあまり馴染みのない自転車ロードレースですが、欧州ではプロゴルフ並みに人気のあるスポーツで、トップ選手はそれこそ日本のトッププロゴルファー石川遼や松山英樹じゃないけどそれぐらいの知名度もあり、稼ぐ賞金も年間1億円を超える人も少なくありません。

ロードレースはマラソンなど個人競技とは異なりチームとしてその中のエースを勝たせるために様々な作戦を立てておこなわれるチームスポーツです。

詳しくは本作品の中でもわかりやすく書かれているので、まったくの素人でも問題なくこのスポーツを理解することができます。

書き出しのプロローグと、エンディングで、謎と興味をひかせ続編を期待させる内容になっています。機会があれば読みたいですが、こういうような謎を残して「次に続く」的な終わり方はあまり感心できません。

★★☆


  ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟

ティファニーで朝食を (新潮文庫) トルーマン カポーティ

1958年に発刊された中編の作品ですが、日本では1961年に映画化され大ヒットしたオードリー・ヘプバーンが主演した同名の映画のイメージが強いでしょう。

原作の小説と映画のストーリーは同一ではないそうですが、小説では語り部の主人公で売れない作家志望の男性が、同じアパートに住む自由奔放で美しい女優というか実質的には高級娼婦になるのでしょうか、その女優が日々浮き名を流す様々な恋の遍歴を描いています。

このタイトルに出てくるティファニーとはニューヨークにある高級宝石店(レストランはなし)で、そうした「宝石店で朝食を食べるような上流階級身分になりたい」という意味がこめられています。

小説を読んでいると、登場する女性(ホリデー・ゴライトリー)は知的で清楚なイメージがあるヘプバーンよりも、当初映画で主演を望まれていた派手で肉感的なマリリン・モンロー的な要素が強く感じられます。

この文庫は1968年に一度翻訳版が出ていますが、2008年に村上春樹が翻訳した新しいバージョンです。

そのふたつの違いはわかりませんが、40年を隔て、アメリカも日本の社会も言葉も大きく変わっていますので、そのあたりをうまく調整しているのでしょう。

また以前著者のノンフィクション作品で、一家惨殺事件を書いた作品「冷血」を読みましたが、これも大変素晴らしいものでした。

2014年1月前半の読書と感想、書評(冷血)

著者の代表作としてはこの2つの作品が次世代にも長く残されるものと思われます。

この文庫には、表題作の他、「花盛りの家」「ダイアモンドのギター」「クリスマスの思い出」の短編も収録されています。

★★☆


  ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟

残念な人のお金の習慣 (青春新書プレイブックス) 山崎将志

このタイトル名を打つと、賢いATOKが「修飾語の連続」と警告を出してきます。最近は編集さんや校正さんも、そうした細かなことを気にするより、よりインパクトのあるタイトルをつけたがるのでしょうね。

著者自身のお金の失敗、特に投資信託や株、FXなど様々な投資をやってみて、そのメリットデメリットを知り、かなり痛い目に遭った話しは、一部自分の失敗ともダブるところがあり、たいへん参考になります。

本来ならまもなく年金生活に入ろうかという私より、これから社会にでて、人生におけるお金の重要性が増してくるであろう20歳過ぎから、そろそろ結婚してマイホームでもと思っているぐらい(30歳前後?)までの人が読むのがふさわしいかも知れません。

お金は稼ぐことと、使うことが表裏一体となりますが、稼ぐのは巧くても使うのが下手という人、逆に稼げないけど、使い方が絶妙という人など、私も多くのケースを見てきましたが、確かに指摘されるとイタタ・・って感じること多数です。

自分で使うお金を投資と消費と浪費に分けてみるという発想もなかなかユニークで、しかもそれを経済ジャーナリストやライフプランナーがしたり顔でよく言う「バランスよく」なんてことはなく、投資を100%にするという考え方も目から鱗。

おそらくは20代にそうしたことを知っても「なに言ってんだか」で終わってしまいそうですが、50代60代になると、うんうんと頷かざるを得ない状態になっています。

★★☆


  ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟

ロスト・ケア (光文社文庫) 葉真中顕

2013年に単行本、2015年に文庫化された著者のデビュー2作目の長編社会派ミステリー小説です。

社会派と書いたのは、最近現実の社会においても時々発生する介護現場での虐待や安楽死、そして介護殺人がテーマになっているからです。

この7月にNHKスペシャルで放送された「“介護殺人”当事者たちの告白」はまさにこうした今の介護現場を取材したものですが、その殺人は介護に疲れた家族だけでなく、その周囲にいる人が気の毒に感じておこなう可能性をこの小説は指摘しています。

NHKスペシャル「介護殺人 当事者たちの告白」

ストーリーは、勝ち組の高齢者の裕福な有料老人ホーム生活と、一方在宅介護で汲々している家庭の対比があり、その在宅介護で家族が苦しんでいるのを見て、その寝たきりや認知症を発症して家族に迷惑をかけ続ける高齢者を狙って殺人が密かにおこなわれていくというものです。

きれい事を言えばまた社会倫理からすれば殺人を正当化することはできないものの、認知症高齢者を在宅で介護することで、介護する家族が疲弊していくことを社会は見捨てていることを明らかにしていきます。

そして「自分が望んでいたことを人にしてあげる」という論理で、長くつらい介護生活を自然を装って終わらせるという現代の必殺仕事人のような犯人に共感する人もでてきそうです。

★★★


【関連リンク】
 7月前半の読書 ビッグデータがビジネスを変える、鍵のかかった部屋、二十五の瞳 、クジラの彼
 6月後半の読書 天の方舟(上)(下)、無痛、下山の思想、沈黙のひと
 6月前半の読書 桑潟幸一准教授のスタイリッシュな生活、深泥丘奇談、他人を攻撃せずにはいられない人、日の名残り



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ビッグデータがビジネスを変える (アスキー新書) 稲田修一

2012年と少し前の新書です。著者は現在東京大学森川研究室の中で、東京大学先端科学技術研究センター特任教授として「ICT実証フィールドコンソーシアム」を運営されています。

今更ながらという思いもありつつ、ビッグデータについてあらためて理解を深めておこうという目的と、ある日突然出てきたキーワードゆえに、人によってビッグデータの解釈が違っているのではないかなとちょっと気になって、専門家の本を読むことにしました。

一般的によく知られているビッグデータと言えば、コンビニのPOSシステムに溜められた消費者購買動向や、GPSカーナビで集められたクルマの渋滞情報、ネット通販で「この製品を検討している人はこの製品にも興味があります」と余計なお世話とも言えるレコメンテーションなどが思い浮かびます。

また大きなイベントや、大震災の時に、人やクルマがどう動いたかなど、ビジネスだけではなく公共社会にも活用することが増えてきています。

ただこのデータ利用、ビッグデータの活用が日本は世界の先進国やアジアの新興国と比べてえらく後れているそうで、様々な法的な規制などもあるのでしょうけど、このままではビジネス分野で負けてしまうことを憂いています。

本書が書かれた時期(2012年)では将棋がコンピュータに負けたことが書かれていますが、囲碁に関しては広い視野で独特の感性が必要なのでコンピュータはまだまだ人間には遠く及ばない的なことが書かれています。

しかし現実はというと、今年(2016年)すでに囲碁の世界チャンピオンをGoogleが開発した囲碁のAIソフト「AlphaGo」が破っています。この辺りの最先端技術の進歩の速度は加速度的というか脅威にさえ感じます。

いずれにしても、ビッグデータと言うと、Google、Apple、Amazon、Facebookの4強ばかりが注目されていて、なかなか日本のIT企業や、ベンチャーでは歯が立たない感じです。


★★☆

  ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟

鍵のかかった部屋 (角川文庫) 貴志祐介

2011年に単行本、2012年に文庫版が発刊された『防犯探偵・榎本シリーズ』の第3作で、「佇む男」、「鍵のかかった部屋」、「歪んだ箱」、「密室劇場」の4編が収録されています。

またこのシリーズ作品は2012年に大野智主演でテレビドラマ化 もされていて、いわゆるエンタテインメント的な犯罪ミステリー小説というジャンルになるでしょうか。

密室殺人の謎を解く主人公は防犯コンサルタントが本業で、弁護士から相談されたり、警察から依頼を受けたりして、それぞれの謎解きをおこないます。

「佇む男」は1代で築き上げた葬祭会社の社長が、遺言を残し密室で自殺した事件、「鍵のかかった部屋」も引きこもりがちな連れ子の息子が密室にした自分の部屋で練炭自殺をした事件、「歪んだ箱」は手抜き工事で大きく傾いてしまった新居の中で事故死した建築会社社長の事件、、「密室劇場」は芝居本番中の楽屋で何者かに役者が殺されていた事件と、それぞれに密室状態の謎解きがテーマとなっています。

それぞれに特殊な才能、つまり葬祭で遺体の防腐処理をおこなう技術、学校の理科の教員で科学や化学に詳しかったり、また野球部の監督でピッチングマシンを自由に扱えたりと、なかなか手の込んだ密室完全犯罪?が披露されていきます。

短編が中心なのでちょっと物足りない感じがするのと、現実には?ってところもありますが、そこは小説ですから、気にしないってことで。

★☆☆

著者別読書感想(貴志祐介)

  ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟

二十五の瞳 (文春文庫) 樋口毅宏

2012年に単行本、2014年に文庫版が発刊されています。Amazonのカスタマーレビューでは「絶版にして欲しい」など、なかなか手厳しい意見も見られますが、この賛否両極端な感想が出てくるのもこの著者ならではでしょう。

タイトルからわかるように、壺井栄が戦後まもなく発表した名作「二十四の瞳 」をパロっている連作短編集です。

大きく4つの物語からなり、それぞれ、平成、昭和、大正、明治へと時代がさかのぼっていきます。

物語の舞台は小豆島ですが、二十四の瞳に感化された真面目な純文学派が間違ってこの本を読むと、ひどい目に遭いますのでご注意ください。

私自身まだ小豆島へは行ったことがありませんが、風光明媚で都会の猥雑さとはほど遠く、海と山の自然は素晴らしいけれど退屈さをたっぷりと味わえそうなところなのでしょう。

物語を読んでいると、数々のロマンや伝説に満ちたこの島には一度は行ってみたくなります。

民宿雪国 」でもそうでしたが、著者の小説にはたくさんの「有名人」が登場してきます。

この小説にも小豆島に流れ着き、荒れ寺に住まう俳人尾崎放哉や、天皇と呼ばれた若き天才映画監督と、人気絶頂の映画女優との秘めた恋の話しなど、あれこれ無謀な想像をたくましくしながら読むのは、なかなか破天荒な小説としての趣があって私は嫌いじゃありません。

天皇と呼ばれる監督が「七人の侍 」の最後の名言「今度もまた負け戦だったな 。勝ったのはわし達ではない、あの百姓達だ」を思いつくきっかけとして「買ったのは秘薬草だ」のようなダジャレには苦笑するしかありません。

★★☆

著者別読書感想(樋口毅宏)

  ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟

クジラの彼 (角川文庫) 有川浩

自衛隊三部作「塩の街」(2004年)、「空の中」(2004年)、「海の底」(2005年)を書いてきた著者の、2007年発刊の制服ラブコメ短編集ということで、本書には「クジラの彼」「ロールアウト」「国防レンアイ」「有能な彼女」「脱柵エレジー」「ファイターパイロットの君」6編が収録されています。制服というのはもちろん自衛隊の制服のことです。

私は三部作の中では、「海の底」しか読んでいませんが、ま、それでも特に問題はありません。

「クジラの彼」と」「有能な彼女」は、潜水艦乗りを描いた「海の底」の番外編、続編って感じです。「潜水艦ってクジラのよう」と言ってみたり、潜水艦は「沈むではなく潜る」という表現などその業界用語に詳しくなれます。

「ファイターパイロットの君」は私も読んだ長編小説「空の中」の後日談的な番外編で、「空の中」で親しくなった女性の戦闘機パイロットと航空機製造メーカー男子が結婚して娘ができて、その幼い娘が育児に励むパパに最初のキスはいつ?って聞かれることで、結婚に至る経緯が明らかになっていく話しでほのぼの系が好きな人には両方お勧めです。

「ロールアウト」「国防レンアイ「脱柵エレジー」もいずれも自衛隊員の恋愛事情や基地内の自衛隊の常識は世間の非常識的な裏事情などが面白おかしく書かれています。

共通するのは、ほのぼのとした甘ったるい恋愛小説で、それが汗臭く規律が最重要な自衛隊の生活とはミスマッチなのですが、そうした中でこそ得られる愛情や恋愛をうまく組み合わせていきます。そしてそれは著者がもっとも得意とするお仕事小説と言えるかも知れません。

★☆☆

著者別読書感想(有川浩)


【関連リンク】
 6月後半の読書 天の方舟(上)(下)、無痛、下山の思想、沈黙のひと
 6月前半の読書 桑潟幸一准教授のスタイリッシュな生活、深泥丘奇談、他人を攻撃せずにはいられない人、日の名残り
 5月後半の読書 楽園の蝶、英雄の書(上)(下)、男性漂流、ザ・ロード



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1038
天の方舟 (講談社文庫)(上)(下) 服部真澄

現実の社会問題や国際問題をテーマに鋭く切り込み、上質なエンタティメントに仕上げた長編小説が多い著者の2011年刊(文庫は2012年刊)の作品です。WOWOWでドラマ化もされていると言うことです。

この作品のテーマはODA(政府開発援助)のいい加減さ、甘い蜜に群がる政治家や企業など、巨額の税金を巡る暗部をえぐり出しています。

現実のモデルとしては日本工営がコンサルティングを請け負ってODAで建設していたベトナムのカントー橋崩落事故の話しなども出てきますが、様々な要素を盛り込みあくまでフィクションとして作られています。

著者の過去の作品では、「龍の契り」(1995年)の香港返還協定について、「鷲の驕り」(1996年)はアメリカの秘密特許で濡れ手に粟の大儲けをする特許法について、「ディール・メイカー」(1998年)は金融システム、「バカラ」(2002年)は最近実現しそうなカジノ合法化問題について、「エル・ドラド」(初出時タイトルGMO、2003年)は遺伝子組み換えなどのアグリビジネスについてと、世界を股にした陰謀渦巻く業界や世界を取り上げてきました。

この小説も主人公は日本と海外を行き来して、ODAの暗部をついて私腹を肥やしたり、国内外の政治家や役人と結託して裏金作りに邁進したりと、いとも簡単に税金を食い物にしてくれます。

そして、主人公は自ら過去の犯罪を告白して外為法違反で逮捕されるわけですが、その裏には意外な隠し球があってと、なかなか読ませてくれます。

ただ主人公は悪に徹するわけでもなく、小説にするには魅力ある人物とは思えず、リアリティを考えてのことか、ちょっとあっさりしすぎって感じです。

★★☆

著者別読書感想(服部真澄)

  ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟

無痛 久坂部羊

著者は現役の医者でもありながら、小説を書き始め、2003年に「廃用身」でデビュー、この作品は2006年に単行本、2008年に文庫版が出ています。

また昨年2015年にはTBSでこの小説を原作とするテレビドラマ「無痛~診える眼~」が制作されていますが、小説とは少しストーリーが変えられたオリジナル脚本となっているようです。

現役医者でありながら小説を書いてきた森鴎外、渡辺淳一、北杜夫、帚木蓬生、海堂尊、夏川草介など、数多くの作家がいますが、豊富な知識や経験を元にしていて、どれも面白く読ませてもらっています。

この作品も医療モノと呼ばれる町医者を主人公としたミステリー小説で、その主人公は人の外見を注意深く観察するだけで、罹っている病気や病歴などを見抜けてしまう特殊な能力を身につけています。

その能力のひとつに、犯因症という「エネルギー過多の一種で、犯罪を起こす者に現れる徴候」を見抜ける力もあり、未然に凶悪な犯罪が起きるのを察知することができることも特徴です。

タイトルは、未来の無痛治療に道を開くかもしれない「先天性無痛症」からきていますが、私自身まもなく手術を受けることから、こうした無痛手術というのは夢物語です。

もし可能ならば早く実現してもらいたいものです。それで多くの人が救われるのですから。

そうした高度な医療と、底辺にうごめく犯罪者とをうまく結びつけた内容となっていて、さらには刑法第39条における「精神障害者等の犯罪に関する責任能力」も取り上げられています。

600ページを超える長編作ですが、内容は特に難しいものではなく、サクサクと読めますのでお気楽な感じでいいかもです。ただ、登場人物のほとんどが、現実にはいなさそうな人ばかりというのがちょっとガッカリです。

★★☆

著者別読書感想(久坂部羊)

  ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟

下山の思想 (幻冬舎新書) 五木寛之

東北震災直後の2011年に発刊されたエッセイで、震災後にいくらか書き直し?したような感じの内容となっています。

内容としては、栄華を極めた80年代から90年代に対し、いま日本が置かれている位置は、登山で言うなら下山しているところであり、その下山の方法こそが重要であるという話しです。

御歳83歳の著者は、少年時代に徹底的に破壊された敗戦を、青年時代には左翼運動にまみれた学生運動を、そして若いときに高度成長とバブルを経験しているだけに、今のバブル崩壊や東北地震、それに続く原発事故で大きく傷ついた日本を見るとそのような感想をもたれるのは仕方がないでしょうけど、今の若者にとってその下っていく思想は受け入れられるか?というと、ちょっと違うかなと。

つまり高齢者から見て自ら体験してきた日本の栄枯盛衰であり、同世代を生きてきた人にとっては間違いなく、同意し頷ける考え方に違いないでしょう。

一方では昭和時代よりもはるかに拡大していったグローバリズムや、日本人の多くが成長著しいアジアの各国へ出掛けていって仕事をするなんて、今の高齢者には考えもつかなかったことが起きています。

そうした、これからの日本と新しい日本人の生き方について、もっと著者の考え方を知りたかったというのが本音で、何度も何度も同じ話しが繰り返される文章をみて、この著者も寄る年波には勝てないのかぁと少し残念な気持ちがしました。

せめて編集者が気をつけてアドバイスや修正をすればいいのでしょうけど、大家の文章に赤を入れるだけの勇気がある編集者もいなくなったと言うことでしょうか。

★☆☆

著者別読書感想(五木寛之)

  ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟

沈黙のひと (文春文庫) 小池真理子

2011年に雑誌に連載され、2012年に単行本、2015年に文庫化された長編小説で、2013年には吉川英治文学賞を受賞した作品です。

著者の作品では過去に「記憶の隠れ家」(1995年)と「天の刻」(2001年)を読んでいます。

物語の主人公(中年女性)は、自分が子供の頃に両親が離婚し、母子家庭で育てられましたが、別れた父親との交流はその後も長く続き、介護が必要となって老人ホームへ入居するとき、そしてそこで人生を終えた後の遺品整理の時も立ち会うことになります。

前半は亡くなった父親が残した前妻の子(主人公)と、後妻の姉妹達とのやりとりが長々と続きますが、これってこの前見た映画「海街diary」の設定となんとなく似ているなって感じ。

「海街diary」の原作はと言えば元は漫画ですが、異母姉妹の微妙に揺れる感情ってところが似ていて面白いなと。前妻の娘からすれば、自分と母親を棄てる原因となった父親の新しい家庭の娘達という。

その浮気っぽい父親が亡くなったところから始まるパターンが両者に共通する点です。

こちらの小説では、その父親の遺品のワープロから家族が知らなかった別の顔に出会います。

仙台に単身赴任をしていた頃の恋人の存在や、趣味の短歌を通して知り合いずっと文通を続け、一度だけ施設で出会った人のことなどの存在を知ります。

主人公と母を見捨て、離婚していった父親に対して思う感情と、また違う感情を父親が持っていたことも知り、主人公の中で家族とは、肉親とはという思いが変わっていくことになります。

この小説の一部には著者の私的な自伝的要素も加わっているらしく、作中に出てくる父親の短歌は、著者の亡き父親の短歌をそのまま使われていたりします。

読み始めの時には、重く暗い、いまいちまどろっこしい感じが好きになれませんでしたが、途中からなにかグイグイと引きつけられるように感情移入ができ、著者の代表作と言ってもいいような面白い小説だと思います。

★★★

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桑潟幸一准教授のスタイリッシュな生活 (文春文庫) 奥泉光

現役近畿大学教授でありながら作家との二足のわらじを履いている著者の2011年単行本、2013年には文庫化されています。

またシリーズ化され続編の「黄色い水着の謎 桑潟幸一准教授のスタイリッシュな生活2」もすでに発刊されています。

著者の作品を読むのは今回が初めてですが、過去の作品には1994年に芥川賞を受賞した「石の来歴」や、2009年には「神器―軍艦「橿原」殺人事件 (新潮文庫)」で野間文芸賞受賞、2014年に「東京自叙伝」で谷崎潤一郎賞受賞など、数々の賞を受賞されている人気作家さんです。

そしてこの作品は2012年に「妄想捜査~桑潟幸一准教授のスタイリッシュな生活」としてテレ朝系の連続ドラマになり、その時の主人公は佐藤隆太、その他桜庭ななみ、倉科カナなどが出演しています。

自らが大学教授と言うことで、舞台は勝手知ったる大学の職場風景ですが、ジャンルは推理小説で、本書には「呪われた研究室」、「盗まれた手紙」、「森娘の秘密」の連作中編3作品が収められています。

主人公が自ら降りかかる難問を次々解決していくよくある話しかと思っていたら、思いっきり裏切られて、主人公に降りかかる謎や難問を、教え子の文芸サークルに所属する女生徒が解決をしてくれるという珍しいパターンで、意外性があってその点は面白いですね。

ただ、ドタバタコメディ的な要素が多く、推理小説としてはそれなりに面白いのですが、その周囲というか設定があまりにもふざけすぎていて、ホームレス女子大生とか、准教授の手取り給料が10万円とか、千葉の田舎の偏差値の低い大学を笑いものにしているとか、ちょっとどうかなと思いますね。

★☆☆

著者別読書感想(奥泉光)

  ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟

深泥丘奇談 (角川文庫) 綾辻行人

館シリーズなどが有名な京都在住の推理小説の作家さんで、2008年に単行本、2011年と2014年に文庫化された作品です。

続編の「深泥丘奇談・続」も2011年(文庫は2014年)もすでに発刊されています。

京都市内に長く住んでいると京都市内北部にある「深泥ケ池(みどろがいけ)」という沼のような池のことを知らない人はいないと思いますが、とかく怪奇現象やその筋の噂が絶えない場所で有名なところです。

何度か地元の新聞にも載りましたが「タクシーが深泥ガ池で女性を乗せて、京大病院までというので走っていたら、いつの間にか消えていた」とか、「深泥が池の近くを走行中に白い服を着た女性が前に飛び出してきて轢いてしまったが、降りてて見ると誰もいなかった」とか。

これらの事故?事件?は、ちゃんと警察にも届けられていて、その警察発表が新聞に掲載されていて、単なる噂や都市伝説の域を超えたものとしてよく知られています。

そうした深泥ケ池をもじった「深泥丘」という地名にある不思議な病院を舞台にして、主人公の作家(著者?)が遭遇する様々な怪奇現象や不思議な人達との話しがコミカルに連作短編で書かれています。

ホラー小説のジャンルに入るのでしょうけど、特にこれといってゾッとするようなわけでもなく、なにかちょっと中途半端な感じです。

★☆☆

著者別読書感想(綾辻行人)

  ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟

他人を攻撃せずにはいられない人 (PHP新書) 片田珠美

著者は1961年生まれで現在は京都大学の非常勤講師でもある精神科医で、BS日テレの「久米書店」に登場したとき、「精神医学界のエリカ様」を名乗っていたぐらいのユニークな方です。

他にも同様の多くの著書がありますが、本作品は2013年刊の新書です。

目次は、
第1章 「攻撃欲の強い人」とは
第2章 どんなふうに壊していくのか
第3章 なぜ抵抗できなくなるのか
第4章 どうしてこんなことをするのか
第5章 どんな人が影響を受けるのか
第6章 処方箋―かわし方、逃げ方、自分の守り方

事例を元にした「こんな攻撃方をされる」とか「こんな人がいる」といった内容で、読んでいてもあまり実感はなく、「そう言えばあの時の上司がこういうタイプだったかなぁ」とかふと嫌なことを思い出すぐらいで、あまり参考にはならないかな。

こうした文章で書かれたものではなく、著者の講演会みたいなところで、著書に出てくる事例を話し言葉で聞くと現実味があっていいのかも知れません。

文章だとなにか違う世界で起きていることのようにしか思えなくて。

しかし悪意があって攻撃する人ばかりではなく、自分を守るため、自分の精神を落ち着かせるため、自分の考え方を正当化するために、他人や友人、部下、同僚を結果的に攻撃してしまうという怖さはこの本でよくわかります。

個人的にはこうした攻撃的に出る人は、余裕や自信のなさから出てくるもので、下手に相手をすればややこしくなるだけなので、完全無視をするのに限ります。

誰とどう付き合うかは最低限自分で選択できる権利でもありますので、そうしたちょっと変な人と関わり合いを持つことは、仕事でもなければできるだけ避けたいものです。

★★☆

  ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟

日の名残り (ハヤカワepi文庫)(原題The Remains of the Day) カズオ・イシグロ

2005年の小説「わたしを離さないで」が有名で、今年TBSでドラマ化もされていましたが、著者の名を有名にしたのは1989年刊の本作で、世界的に権威のある英国ブッカー賞を受賞した作品です。

また1993年にはジェームズ・アイヴォリー監督、アンソニー・ホプキンス主演で映画が製作されています。

小説は1956年の「現在」と、第二次大戦前、1920~1930年代の「回想」」とを行き交います。

主人公は父親の時代から名門家の屋敷に住み込みで執事として働いている男性です。

戦前の世界問題に揺れる大英帝国の上流階級の中で仕事をしてきた主人公は、しっかり者の女給長との間に淡い恋愛感情を感じながらも、世界が大きく変わりゆく中で、自分の仕事に専念するあまり、恋を成就させることはできません。

時代がすっかり変わり、没落していく英国貴族の代わりにアメリカ人富豪が屋敷の主となり、様々な変化にもうまく対応していきますが、ずっと以前に結婚をして辞めていった女給長から手紙をもらい、また一緒に働けないものかと考えます。

新しいアメリカ人の主人がしばらく休みを与えてくれて、しかもその頃まだ珍しかった高級自家用車で旅行してくればという提案を受けて、その元女給長が住む街へと旅に出掛けます。

その旅の途中で出会う様々な階級の人や、庶民達の政治談義などを持ち前の知識やテクニックでそつなくこなし、英国の田舎町をのんびりと旅をする風景がとてもよく書かれています。

そしてようやく念願の人と再会を果たしますが、その結果はここには書いてはいけないでしょう。

★★☆

著者別読書感想(カズオ・イシグロ)


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 5月後半の読書 楽園の蝶、英雄の書(上)(下)、男性漂流、ザ・ロード
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 4月後半の読書 放浪記、しない生活 煩悩を静める108のお稽古、名もなき毒、青春の彷徨

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1030
楽園の蝶 柳広司

ジョーカー・ゲーム」などの多くの人気作を執筆されている著者の2013年6月に発刊された長編小説です。

時代は上記「ジョーカー・ゲーム」とほぼ同じ時代、1940年代初頭で、日本が傀儡政権を樹立して実効支配している満州が舞台となっています。

主人公は東京の大学在学中に左翼運動に染まってしまい、まともな就職先がなく、逃げるように満州へやってきた新米の脚本家で、謎多き甘粕正彦が率いる満州映画協会に入ることになります。

甘粕正彦は実在した人物で、Wikipediaによると「日本の陸軍軍人。陸軍憲兵大尉時代に甘粕事件を起こしたことで有名。

短期の服役後、日本を離れて満州に渡り、関東軍の特務工作を行い、満州国建設に一役買う。満洲映画協会理事長を務め、終戦直後、服毒自殺した。」とあるように、日本陸軍ともつながり、満州国を裏で支えていたとされる人物です。

物語はその実在する満州国、満州映画協会、甘粕正彦氏を絡め、またペスト菌を研究していた731部隊の石井四郎関東軍防疫給水部長も登場するなど、フィクションに史実を織り交ぜながら満州国の行方とその中で生きる人達を描いています。

ただ、物語として面白いか?というと、どうも著者の他の作品とは違って起承転結がはっきりしていなくて、スカッとするような終わり方ではなく、ダラダラとした始まりからいつの間には終わってしまったという不安げな感じで、読後感想が書きにくい。

タイトルに使われている「楽園」も「蝶」も、イマイチ本筋とは関係が薄く、タイトルにも疑問が残ります。

★☆☆

著者別読書感想(柳広司)

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英雄の書(上)(下) (新潮文庫) 宮部みゆき

毎日新聞夕刊で2007年から連載されていた長編小説で、2009年に単行本、2012年に文庫版が出ています。

そして2015年には続編とも言える「悲嘆の門」が発刊されています。

著者の作品としては珍しくいわゆる「指輪物語」「ハリー・ポッター」「精霊の守り人」「千と千尋の神隠し」などと同様のファンタジー小説という分野です。

多くのミステリー、サスペンス小説を手掛けている著者の作品を期待するとまったく違いますから注意です。

中学生の女の子が、殺人を犯して行方不明になってしまった兄を捜し、本の精霊達に導かれ、架空の異次元の世界に乗り込むというオッサンが読むには少々無理がある内容です。読み始めてからそういう話しだと気がついた私が悪いのですが、、、

文庫では上下巻ありますが、その約半分を使って、想像上の世界の理屈や決まり事が延々語られていて退屈きわまりない感じです。

おそらく映像化を期待しているのだと思われ、それならパッと見せれば済むようなことも文字にすると長々とその説明を書かなければならず、読み進めて行くには相当の忍耐が必要です。

新聞小説は、長さや1回当たりの文字数までがある程度決められているので、それに合わせるため、得てして冗長な感じになります。つまり素早い展開とかはなく、行動にいちいち必ず説明がつきます。

何度か読むのを途中で辞めようかと思いましたが、たまたまじっくりと読書できる時間がたんまりとあったので、一気に飛ばしながら読みました。

あーつまらなかった。損した気分です。(個人的な感想です)

★☆☆

著者別読書感想(宮部みゆき)

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男性漂流 男たちは何におびえているか (講談社+α新書) 奥田祥子

2015年発刊の新書で、日曜日の夕方にBS日テレでやっている「久米書店」で紹介されていたのを観ての購入です。

「久米書店」では、新書の著者をゲストに招き、その中身について久米宏と壇蜜が深く?掘り下げていくという読書好きにはたまらない番組です。

著者はアメリカの大学を卒業後、新聞社に入社して記者として勤務。その後独立してジャーナリストを生業とされている方で年齢は御歳50歳です。

新聞記者時代から興味を持っていたという男性の結婚観から始まって、男性側の婚活事情や、仕事、親の介護、子育てなどに悩む男性を追いかけてインタビューをしたものをまとめたものです。

すべて仮名での登場なので、どこまでホントの話し?って勘ぐりたくもなりますが、想像で書くのだったらもっと面白く書けるでしょうからほとんどは事実に近いことなのでしょう。

もっとも、この本で取り上げられている男性が世の中の男性の平均像というわけではなく、ある種特殊な方々ばかりが取り上げられていると思って間違いないでしょう。

ただその特殊な人達がこれからさらに増えていくことで、数年後か十数年後にはもう特殊といえないレベルにまでなってくるかもという警告にはなっています。

各章立てはこんな感じです。

 第1章 結婚がこわい(婚活圧力と生涯未婚ラベリング)
 第2章 育児がこわい(仮面イクメンの告白)
 第3章 介護がこわい(「ケアメン」―男性の介護時代)
 第4章 老いがこわい(若返りで家庭崩壊の危機)
 第5章 仕事がこわい(増える中年男性の非正規)

まぁ流行語を散りばめていて、いかにも新書らしい感じです。

読みやすく、理解しやすいのはいいのですが、ニュースとかをちゃんと見ていれば予想されることが淡々と書かれているだけで、心に残ったり響いたりすることがなく、「あ、そうなのね」ぐらいで終わってしまうのがちょっと残念です。

★☆☆

  ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟

ザ・ロード (ハヤカワepi文庫) コーマック・マッカーシー

2006年に発刊された長編小説で、2009年には映画も製作されています。少し前にBSでやっていた映画を録画して観た映画「ノーカントリー」(2007年)は著者の作品「血と暴力の国」の映画化作品だったことを後になって知りました。その作品も原作のタイトル通りヤバかったです。

この作品はいわゆる終末期モノで、地球に核戦争?のような終末期が訪れ、文明や都市は破壊しくつされ、ほとんどの生物は死に絶えています。

主人公がどのようにして生き延びていたのか?、なぜこのような事態が起きたのか?などはまったく明らかにされていませんが、とにかく生き残った者同士、生死を賭けたサバイバルゲームが展開されていきます。

生き残っている人の多くは食料を求め凶暴化し、一部は食人化しています。そうした中で、核の冬?のせいか寒くなった地域からひたすら暖かな南へと向かってアメリカ大陸を歩いていく父親と幼い子の親子の情愛がたっぷりなロードストーリーです。

襲ってくる凶暴な集団たちと闘ったり、打ち壊された家の中に隠されている食料品を知恵を絞って探し出したり、難破船から水や食料を引き上げたりと、マッドマックスを彷彿とさせるようなロストワールド的な世界が描かれています。

また日本の安いドラマによく出てくるような、子供がやたらと賢くて大人顔負けの活躍をするようなものではなく、現実に親にすがるしかなく、また親の背中を見て少しずつ育っていき、時には我が儘をいう普通の子供が描かれているのにも好感が持てます。

息子を守るため、また親が死んだ後でも危険な事態に対応ができ生き残れるようにとサバイバルを教えつつ、愛情深く寄り添っていく父親の姿がとても魅力的で、最後はハッピーエンドとは言えませんが、かと言って後味の悪い終わり方でもなく、よい終結だと思います。ぜひ映画も見てみたいですね。

★★★


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