リストラ天国 ~失業・解雇から身を守りましょう~
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羆嵐 (新潮文庫) 吉村昭
1977年に発表された作品です。舞台は今からちょうど100年前、1915年、大正時代の北海道の中西部、三毛別の山中に移住してきた開拓農民が暮らす寒村で起きた三毛別羆(さんけべつひぐま)事件を題材としたドキュメンタリー的な小説となっています。
三毛別羆(ひぐま)事件とは、すでに冬眠しているはずの巨大なヒグマが、北海道の山中の部落(三毛別)に現れ、そこの開拓民達を数日間にわたり襲い、幼児や妊婦を含む6人(胎児を含めて7人とする場合もあり)を食い殺し、3人に重症を負わせたという事件です。
小説とはいえ、生き残った部落の関係者からも取材をしたようで、巨大な牛ほどの大きさの熊が襲ってくる迫力や、熊が人間を骨ごとバリバリと食べる音、生きながら食われていく人の叫びなど、その内容は迫真に満ちていて、まるでホラー小説のようです。
人間の味を覚え、機敏に動き回りながら人家を荒らし回る羆と、為す術もない田舎の警察。息詰まる対決は、長年熊撃ちをしてきた嫌われ者だった老マタギが登場することで一転します。そのマタギと羆の対決シーンは見ものです。
Googleマップでその現地の風景が再現された写真がありました。
「羆事件現地」
当時の住居と羆の模型が作られていますが、想像以上にでかいですね、体重340kg、背丈は2.7mと言いますから、銃を持たない人間が襲われたらひとたまりもありません。また銃を持っていても、恐怖に足がすくみ、激しく動きまわる羆の急所に狙いをつけて冷静に撃てるとも思えません。
考えてみると、100年後の今でも毎年のように羆やツキノワグマの被害が報告されていて、負傷者は年間50人から多いときで150人、死亡者も平均すると毎年1名程度が亡くなっています(ちなみに蜂の被害による死亡者は年間20人ぐらい)。
元々熊の生活圏内に人間が開拓という名の下に入り込んでいったことで起きたとも言えますが、動物との共存の難しさをあらためて知りました。そして動物園やサファリランドで見かける羆のイメージが完全に変わります。
★★★
◇著者別読書感想(吉村昭)
∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟
幸せになる百通りの方法 (文春文庫) 荻原浩
2012年に単行本、2014年に文庫化された短編集です。収録されているのは、「原発がともす灯の下で」「俺だよ、俺。」「今日もみんなつながっている。」「出逢いのジャングル」「ベンチマン」「歴史がいっぱい」「幸せになる百通りの方法」の7編です。
著者は過去4度直木賞候補に挙がりながら受賞を逃しています。時間の問題で、近いうちに受賞されるでしょうけど、ユーモアもあり、いい作品が多く文庫化されたものはほとんど読んでいます。
1作目の「原発がともす灯の下で」はタイトルが示すとおり、2011年に大震災と原発事故が起きた後に書かれたもので、あの災害と事故から日本人の生に対する考え方、生き方に変化が現れ、小説もそれに沿った新しい流れができてきたかなと感じています。
好きなのはオレオレ詐欺の電話をかけている役者志望の男が主人公の「俺だよ、俺」、プータローの息子を叱ったあと会社をリストラされてしまって、家族に言い出せないでいる「ベンチマン」。
離れて暮らしていても通じる親子の関係や、ちょっとした日常の変化で気がつく夫婦の絆とか、つらくて厳しい世の中で必死にもがきながら生きている中にも、ホッと心温まる話しもあります。
本のタイトルにもなっている「幸せになる百通りの方法」は、ビジネス書がすべてみたいな「意識高い系男子」が自由奔放ながらも暗く後ろ向きの歌ばかりを路上で歌っているホームレスな女の子にひかれていくという変わり種ストーリーでなかなか面白かったです。
ただ、こうした短編作品も悪くはないのですが、個人的には「明日の記憶」や「愛しの座敷わらし」のような長編が私は好きです。実入りの割に校了するまでに時間と手間がかかってたいへんだろうとは思いますが。
★★☆
◇著者別読書感想(荻原浩)
∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟
努力しないで作家になる方法 (光文社文庫) 鯨統一郎
著者は数多くのミステリー系シリーズ小説を出しておられますが、ミステリーでもなく、またシリーズでもない独立した単発の作品で、2011年に単行本、2014年に文庫化されています。
小説の主人公は大学を中退した後、様々な仕事を渡り歩きながら小説を書き、雑誌に投稿しながら作家デビューを夢見ていますが、一方では子供が生まれて、このまま作家デビューもできず、サラリーマンとしても中途半端という困窮した状況に追い詰められていきます。
著者の作家デビューに至るまでの奮闘を小説にしたって感じですが、そこはベテランの書き手さん、半分ぐらいが実話でもう半分は創作だろうと思っていましたが、なんとこの小説の内容の9割は実話だと「作家・柴田よしきのブログ」に著者へのインタビューに書かれていました。著者のファンならこれを読まずしてって感じですね。
なので、この本は決して「努力しないで作家になれる」ノウハウ本でもなければ、「努力したから報われる」という美談の話しではありません。ただ文章を書くことが好きで好きで、それを生活の一部にしたい、できればそれでメシを食いたいという執念めいた男の姿を描いたものです。
投書とか投稿、懸賞への応募というのは習慣化されやすく、結果が出たりするともう病みつきになったりします。新聞の読者投書、俳句や短歌の投稿、クイズ懸賞の応募など、身近なところでもよく起きる現象です。私も小学生の頃は新聞のクロスワードクイズのファンで、毎週応募していて、何度か図書券が当たり大喜びしていました。
さすがに雑誌へ小説を投稿するような能力も経験ありませんが、作家志望の多くの人は、それが習慣化している人達ということなのでしょう。
著者が投稿していた雑誌へは他に常連だった人として、貫井徳郎氏など、映画雑誌への投稿では佐々木譲氏の名前が挙がっていたのには、なるほどと思いました。
そうした他人が小説家へと次々デビューしていくのに、なかなか自分にはお鉢が回ってこないと焦り、一度は貯めてきたアイデアノートも破り捨てて作家をあきらめようともしますが、30歳を過ぎてから再び思い立ってチャレンジをするところは泣かせどころでしょう(泣きませんでしたが)。
著者は当初は大きな出版社の懸賞小説などへ投稿を続けていましたが、最終的にデビュー作となる「邪馬台国はどこですか?」の短編に目にとめてもらえたのが創元社という老舗ながら出版社としては小さく、メインは海外SF翻訳本が多いところ。
そう言えば百田尚樹もその後500万部を超える記録的な大ヒット作「永遠のゼロ」を大手出版社に持っていった時は、まったく取り合ってもらえず、それまで聞いたことがなかった小さな出版社の太田出版からデビューすることになったと言っていました。まだデビューもしていない作家への大手出版社の扱いってそういうものなのでしょうね。
著者自身は覆面作家で、年齢等も不明ですが、本小説の中の主人公の年齢が著者と同じであれば、私とほぼ同年齢ということになります。それだけに、行動力旺盛でやんちゃな団塊世代が散々荒らし回った後の、ややしらけた社会の中で、傲慢な彼らに頭を押さえられ、ぺんぺん草も生えない中をひたすら実直に歩んできたと共感がわきました。
でもその難しい時代に無事に作家デビューでき、しかも実力通りに売れっ子?になれて結果オーライ、よかったじゃないですかね。
★★☆
◇著者別読書感想(鯨統一郎)
∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟
幻影の星 (文春文庫) 白石一文
2012年に単行本、2014年に文庫版が発刊されています。ちょうど2011年の大震災直後に書かれた作品ということもあってか、生きる意味、生かされている意味など哲学的な内容の話しになっていて、今まで読んだ著者の作品とはちょっと感じが違っています。でも悪くないですよ。
主人公は、地方の高校を卒業後、地元の酒造メーカーに就職しますが、その会社が大手ビールメーカーに吸収され、元上司の引きで、勤務地も東京に移っています。
地方に住んでいる主人公の母親から、電話がかかってきて「どうして帰って来たのに家に寄らなかったのか?」と言われますが、なんのことかわかりません。
聞くと、実家近くの最寄りのバス停に、主人公のネームが入ったコートが置き忘れてあって、親切な人が届けてくれたという。ポケットの中には主人公が子供の頃好きだったチョコレートまで入っています。
ところが主人公はその場所へ行ったことはなく、しかも置き忘れられていたコートは、東京の自宅の部屋のクローゼットにあるものとまったく同じもの。誰かのいたずらにしてはあまりにも手が込み入りすぎています。
と、ちょっとホラーな感じで話が進んでいきます。そういうところもこの著者の作品としてはちょっと異質な感じです。
その理由は、ひとつには3.11の大震災で多くの生命が一瞬にして消えてしまった、日本全体が重苦しく、やるせなく、厭世ムードが漂う社会的背景を引きずっているって感じです。
そうした命の煌めきや、過去から引きずってきた思いなどをひっくるめた閉塞感の中で生きる人達を軽めの哲学とともに小説化したらこうなりましたって感じなのか。何を言っているのか自分でもよくわからないけれど。
★★☆
◇著者別読書感想(白石一文)
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渇いた夏 (祥伝社文庫) 柴田哲孝
「私立探偵・神山健介シリーズ」の最初の作品で、2008年に単行本、2010年に文庫化されています。著者は元々はフリーカメラマンや冒険家として活躍後、ノンフィクション、フィクションとその活躍の場を拡げてきたという多彩な才能の持ち主です。
著者の作品では過去に「KAPPA」と「Tengu」の「有賀雄二郎シリーズ」を読みましたが、いずれも意外性と物事の洞察力に光ったところがあり、なかなか面白かった記憶があります。
この小説は私立探偵ハードボイルドで、チャンドラーやロスマク、パーカーなどの影響を受けた小説を最近はあまり読んでいなかったので、すっかり魅了されることになりました。
私の好きな日本の私立探偵小説では、大沢在昌氏の「佐久間公シリーズ」は「心では重すぎる」が2003年文庫化されて以降出ていないし、原りょう氏の「私立探偵沢崎シリーズ」も2007年に「愚か者死すべし」が文庫化されて以降出ていません。
内容は、たった1人残った肉親だった叔父が、福島県の西郷村にある自宅近くの湖で水死し、警察は自殺と判断します。東京で保険調査員をしていた主人公は仕事を辞め、残された叔父の家を相続し、部屋に残された写真や行動の痕跡から不審な死の謎を探っていきます。
調査をしていると、夜道でその筋の男達に「余計なことをするな」とボコられたり、叔父となんらかの接点がありそうな謎の女性が近づいてきたりと、いかにも私立探偵小説らしく話しが展開していきます。
ストーリーは割と単純で、ミステリーファンなら半分も読まないうちに、真犯人がわかってしまうかも知れません。よくあるパターンで「早くから登場しつつ、一番怪しくないのが真犯人」はここでも十分に活かされてます。あ、言っちゃった。でもさらにもうひとひねりされていますので、犯人が想像できても最後まで十分楽しめます。
この主人公神山健介のシリーズは、「早春の化石」(2010年)、「冬蛾 私立探偵」(2011年)、「秋霧の街 私立探偵」(2012年)、「漂流者たち」(2013年)とすでに5作出ています。夏→春→冬→秋+αで、季節四部作+α(東日本大震災)となっています。気に入ったのでさっそく買ってこなくっちゃ。
★★☆
◇著者別読書感想(柴田哲孝)
∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟
女系家族 (新潮文庫)(上・下) 山崎豊子
「じょけい」と読むものとずっと思っていましたが、「にょけい」が正しい読み方なのですね。今から52年も前、1963年に発刊され、その後映画(1963年)やテレビドラマ(1963年、1970年、1984年、1991年)化されていますから、中高年以上の人にはお馴染みのストーリーなのかも知れません。私はまったく予備知識なく読みました。
物語の舞台は、大阪・船場の老舗木綿問屋「矢島商店」。タイトルにあるとおり、この問屋を経営する名門家は、過去代々番頭の中から婿養子をとる女系の家という設定です。
なんだかそれだけで、いかにも大正・昭和時代の家制度が華やかしき時代の上流社会の華麗なドラマですが、両親が亡くなったあとの華燭の三人娘(長女は出戻り、次女は既婚ではあるが)とくれば、それはもう話のネタには困りません。
有名な谷崎潤一郎著の「細雪」(1948年)も同じく大阪・船場が舞台で、美しい四姉妹を中心に展開される耽美な物語ですが、こちらの三姉妹は莫大な遺産相続を巡り、人間の欲望をむき出しにした壮絶なる家族同士の憎しみや、金持ち一家の傲慢さでドロドロしています。
亡くなった繊維問屋の当主(入り婿)には女系の三姉妹と、それ以外に今で言うところの愛人がいて、遺産相続の欲の固まりになっている三姉妹と分家させられた叔母、そして取引先からのリベートや先祖代々からの財産を横領しようとする老獪な大番頭も絡み、財産のぶんどり合戦が延々と繰り広げられます。
お金持ちの家の遺産相続ってこういうことが起きるのですねぇ、、、いや、お金には縁のない家に生まれた私を含めた大多数の人には関係のない話しですけど、他人事で遠い世界で起きていることだけに、派手なほど面白く、大いに娯楽として楽しめるってやつです。
結構、その財産分与について、それぞれのいやらしい思惑が詳細に長々と書かれていて、それをもって長編小説でございっていうのもなんだかつまらない気もしますが、こうした他人の懐をのぞき見るような小説が好きな人にはたまらないのかも知れません。私はそんな細かなことことはどうでもいいやって途中で飛ばし気味でした。
そして最後のどんでん返しは、それまでに溜まってきた鬱憤を一気に晴らす効果もあるのでしょうけど、それについてはここでは触れないで起きましょう。今までの事細かに書かれてきた遺産を巡る戦いはなんだったの?って終わり方です。
著者山崎豊子氏の小説と言えば、実際に起きた事件や史実を元にして、実在するモデルがいる小説と思われていますが、この女系家族までは自身の実家での経験やそれを元にした創作がベースになっていて、特定のモデルがいたわけではなかったそうです。この小説以降にそうした方向へ転換したようですね。
★☆☆
◇著者別読書感想(山崎豊子)
∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟
定年後 年金前(祥伝社新書231) 岩崎日出俊
わかりやすいタイトルで、2011年に発刊された新書ですが、いよいよ自分も現実の問題として身近な話しとなってきたので興味を覚え買ってきました。
つまり会社の定年を迎える60歳と、年金が(フルに)受給できる65歳の間、お金の問題をどうしましょう?っていう話しが中心の本です。
たっぷり退職金がもらえた団塊世代以前や手堅い公務員はともかく、中小零細企業の勤務者や、途中で転職をしている人は退職金はあまりあてにはできません。最近は中小企業をはじめ、ベンチャー企業など最初から退職金を制度としては取り入れてない、あるいは廃止している会社も多いです。
国としては、「高年齢者雇用安定法」の改正をおこない、定年後はこれでなんとかしてくださいってことですが、これにはいろいろと抜け道や問題があって、ほどほどに機能するのは感覚的に半分ぐらいの人かなって思っています。
この本でも「罰則がない法律なので遵守しない会社も出てくるだろう」「定年延長ではなく再雇用制度を選ぶ企業がほとんどで、その場合給料は半分以下」「元部下の指揮命令下に入って、心穏やかな人は少ない」など様々な問題が書かれています。
ま、いずれにしても、親の財産でもなければ、いま50代以下の人で、年金だけで満足いく老後の生活がおくれる人は少なく、定年後もなんらかの収入を得ないと老後破産じゃないけど厳しい老後となるのは確実で、そうならないよう、いろいろとシミュレーションしながら考えましょうというノリの本です。
個人的には、そうした定年後の具体的な計画を作る際にいろいろと参考になり背中を押される話しで、当ブログで書いてきた中高年の危機的扇動雑談ネタと比べるとはるかに役に立つものと思います(反省してます)。
一応参考までに手前ミソですが当ブログの定年後や年金関連の過去記事のリンクを貼っておきましょう。
・もらえる年金の額はモデルケースとは違うということ
・年収600万円と1100万円の生活の違い
・高齢者向けビジネス(第3部 仕事編)
・旺盛な高齢者の労働意欲は善か悪か
・仕事を引退する時、貯蓄はいくら必要か
・高齢就業者と非正規雇用
・中高年者の雇用不安
★★☆
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新編 銀河鉄道の夜 (新潮文庫) 宮沢賢治
半世紀近く前、小学生の頃に兄がもっていた挿絵入りの本で読んだ記憶があるものの、内容をさっぱり覚えていなくて再度読み返しです。
著者宮沢賢治は岩手の詩人、児童作家で、1933年に37歳という若さで亡くなり、表題作は草稿として発見され、翌年に発刊されました。そのため、ところどころブランクがあったり、ページが飛んでいたりする箇所があります。そのため小説としてはまだ「未完成」の状態であり、内容の解釈は研究者や読者によって様々にとらえることができ、それもまた不思議な魅力となっています。
この文庫には有名な表題作「銀河鉄道の夜」の他、「双子の星」「よだかの星」「カイロ団長」「黄いろのトマト」「ひのきとひなげし」「シグナルとシグナレス」「マリヴロンと少女」「オツベルと象」「猫の事務所」「北守将軍と三人兄弟の医者」「セロ弾きのゴーシュ」「飢餓陣営」「ビジテリアン大祭」の14編が収められています。著作権が切れているので青空文庫でも読めるはずです。
宮沢賢治氏の文章にはすでに言われているように造語や比喩が多用されていて、それが読み手からすると想像力をたくましくさせます。ただそれだけにどう解釈していいかわからない、難しいということが言えます。
この未完の小説から派生したものは、小説、映画、ドラマ、コミック、ミュージカル、演劇など多くあり、またこの小説の響を受けた作品も数知れず、有名な松本零士氏の「銀河鉄道999」などもそのひとつとなっています。
起承転結があり、登場人物がハッキリしている現代小説に慣れた身としては、他の短編小説含め、なかなか読むのに苦労します(すぐに眠たくなる)が、頭の中を真っ白にして子供の頃に帰ったつもりで読むと、スーと入ってきますのでお勧めです。
★★☆
∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟
切れない糸 (創元推理文庫) 坂木 司
2005年に発表され2009年に文庫化された作品です。著者の作品はデビュー作「青空の卵」(2002年)や、「ワーキング・ホリデー」(2007年)、「和菓子のアン」(2010年)を読んでいて、割とお気に入りの作家さんです。
2月後半の読書 和菓子のアン
軽めの連作短編小説が多い作家さんで、この作品もその形式です。
そうした作風を見ると同じ覆面作家として活躍している鯨統一郎氏の作品とも共通するところがあり、違いは、坂木氏がお仕事系小説なのに対して、鯨氏は歴史モノ、偉人伝モノが多いということでしょうか。どちらも気軽な気分でシャーロックホームズ的な謎解きミステリー小説が読めるという点は共通しています。
内容は東京下町でクリーニング店を営む家の息子が主人公で、大学を出て、さぁ企業に就職という時に、父親が亡くなり家業を継ぐことになってしまいました。
同じく就職せずに近所の喫茶店でアルバイトをしている大学時代の友人が、主人公の周辺で起きる謎を解き明かしてくれるのは、「引きこもり探偵シリーズ」がデビューした「青空の卵」と共通するパターンです。
それぞれの謎の落としどころは、途中でほとんどわかってしまいますが、それでも刑事コロンボのように、謎がわかっていてもそれを解き明かしていく過程におもしろさがあり、気軽に読めるミステリーとしてお勧めです。
★☆☆
∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟
音もなく少女は (文春文庫) ボストン テラン
2011年版このミステリーがすごい!(海外編)で第2位になった作品です。ちなみに同賞3位だった「卵をめぐる祖父の戦争」はすでに読みましたが、とても面白く、私のお気に入りの1冊となりました。それだけに読む前の期待度は高いです。
2月後半の読書と感想、書評「卵をめぐる祖父の戦争」
日本語翻訳版の発刊は2010年ですが、なぜか本国(米国)で発刊されたのは2012年と不思議な順序となっています。
著者はアメリカ在住の覆面作家で、生年月日等も不明ですが、デビュー作「神は銃弾」(1999年)が高く評価され、数々の賞を受賞しています。
ストーリーは麻薬の売人の父親を持つ耳の不自由な少女が主人公で、1950年代から70年代のアメリカの底辺に暮らす人々とその社会が舞台の小説です。
母親は父親の手によって殺されてしまいますが、闇へと葬られ罪に問われることはありません。少女は母親の友人で手話のできるドイツ系の中年女性によって保護されますが、法的には麻薬販売を生業としている父親が唯一の法的な保護者であり係累という難しい関係です。
麻薬取引にも利用されてきた少女を父親から引き離すため、父親の要求通りに多額のお金を渡すなど様々な努力をします。
やがて、少女はアメリカで成人とされる18歳になり、ようやく父親から法的に離れることができますが、今度は聾学校で知り合った少女を薬中毒の母親から引き離したことで、やはり売人のその子の父親から様々な嫌がらせを受けることになります。
とにかく話しの中身は身体障害や人種的な差別、偏見と、街にあふれる麻薬、暴力、貧困などに満ちあふれていて、読んでいてつらく暗澹たる思いをすることになります。
同年代のドラマと言えば「名犬ラッシー」や「パパは何でも知っている」、「奥さまは魔女」などで、白人のファミリーが裕福な暮らしをしているのがアメリカの風景と思いがちですが、一方ではこうした暗黒の社会も同時にあったのだということがよくわかります。
ただ、どうなのでしょうか、1950~70年代のアメリカ社会を浮き彫りにして、写実的には優れていると思いますが、小説として良くできているのかというと、あまりピンときません。期待が大きかっただけに、ちょっと残念な感じです。
★☆☆
∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟
SOSの猿 (中公文庫) 伊坂幸太郎
2009年に単行本、2011年に文庫化された長編小説です。この作品は漫画家の五十嵐大介氏との競作企画で生まれた作品というちょっと変わった性質の作品となっています。したがって五十嵐大介氏の「SARU」という漫画と共通性があるそうです、読んでいないので知りませんが。
内容は、二人の主人公、家電量販店店員の遠藤二郎が副業としておこなっているエクソシスト(悪魔祓い)の物語「私の話」と、システム開発会社の品質管理調査員五十嵐真がクライアントの証券会社で起きた300億円の損失につながる株の誤発注事件調査の物語の「猿の話」とが交互に展開されていきます。ここでいう猿とは西遊記に登場する孫悟空と思っていて間違いないでしょう。
それだけ聞くとなんのこっちゃ?って思われますが、話しの中程まではやはりこの二つの物語はそれぞれなんのこっちゃ?って感じがずっと続きます。そこは頑張ってしのいでしのいで、二つの物語がぶつかり合うクライマックスへ向かっていくのです。
ただ、中盤から終盤にかけて、コンステレーションとかユングやフロイト、夢の分析、エジプト学者のドロシーとか出てきた日には、もう瞼がすぐに重たくなってきて、寝る前に読む本としては致命的にきつく、分量からすれば1時間×3日もあれば十分読めるところを睡魔との戦いで1週間ぐらいかかってしまいました。少なくとも疲れたときや寝る前に読む小説ではなさそうです。
★☆☆
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時が滲む朝 (文春文庫) 楊逸
2008年に芥川賞を受賞した作品で、著者は中国生まれの中国籍で、大学生時代に留学生として日本に渡り、その後苦学しながら日本に住み着いたという変わり種の作家さんです。
中国の近代史、特に文化大革命から民主化運動の天安門事件などについては、報道や学者の話しによって概略こそ知ってはいるものの、その騒ぎの中にいた民衆や学生の話しというのはなかなか伝わってきません。
主人公は苦労して大学へ入学したものの、国を少しでも良くしようと、民主化運動に目覚めて仲間と共に行動を起こし、やがては暴力事件を引き起こして大学を追われてしまいます。
その後、日本へ留学することがかない、日本で中国の民主化運動をおこないますが、やがてはそれも有名無実化していくという、若者の政治熱とその後という、どこの国でもありそうな理想と現実の物語です。
この小説を読んでいると、激しい競争を勝ち抜き、有名大学に入り、日本の共産化運動に目覚め、そして北朝鮮やアラブへ散っていった若者(当時)というか、自分よりは10年以上も年上の先輩たちですが、そのことをふと思い出したり。
そうした革命を目指した彼らの大学の同級生の多くは、その後ちゃっかり大企業へ入り、企業戦士として第一線で活躍し、そして現在は定年退職をして、孫に囲まれ悠々自適の生活を送っていることを考えると、学生時代の仲間や時の運というものは、その後の人生に大きく影響を及ぼすことになり、それはまた世界共通のことなのかも知れません。
★★☆
∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟
追風に帆を上げよ クリフトン年代記 第4部 (新潮文庫)(上・下) ジェフリー・アーチャー
2015年3月に刊行された「クリフトン年代記」の第4部となります。ここまでのところ3世代に渡る英国版大河ドラマですが、この先いったい何部まで続くのやら。
=「クリフトン年代記」過去の読書感想=
時のみぞ知る - クリフトン年代記第1部
死もまた我等なり - クリフトン年代記第2部
裁きの鐘は - クリフトン年代記第3部
このシリーズでは過去からの因縁というか恩讐が複雑に絡んでくるので、シリーズの途中から読むと?って感じになるので注意が必要です。
著者を一気に有名にした「ケインとアベル」のように親から息子や娘へと物語が続いていくところが似てはいますが、こちらは安物の2時間ドラマみたく、悪人と正義の味方がハッキリと区分されていて、文学的要素の欠片もないと言うと失礼ですが、ま、そういう大衆演劇に仕上がっています。
読んでいて感じたのは、前にも書いたことがありますが、これは著者の過去の代表的な作品「ケインとアベル」(1981年)、「ロスノフスキ家の娘」(1983年)、「めざせダウニング街10番地」(1985年)、「チェルシー・テラスへの道」(1991年)、「運命の息子」(2003年)の、それぞれのいいとこ取りをした総集編のように思えてきます。
それだけに、過去の作品を全て読んでいると、先が読めてきて、ドキドキワクワク感が乏しいのです。
著者も御歳75歳、もういい年なので、引退に向けてそろそろまとめに入ってきたのか?と、そういうことなのかも知れません。
★★☆
◇著者別読書感想(ジェフリー・アーチャー)
∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟
午前三時のルースター (文春文庫) 垣根涼介
「ワイルド・ソウル」や「君たちに明日はない」、「真夏の島に咲く花は」など、この著者の本は好きで結構読んできたのですが、この本は2000年に発刊され、2003年に文庫化されたかなり前の小説ながらまだ読んでいませんでした。
著者がまだサラリーマン時代に勤務をしていた旅行代理店の仕事で行ったであろうベトナムを舞台にした小説で、これが実質のデビュー作品です。
この作品はサントリーミステリー大賞と読者賞を受賞し、2000年に高橋克典主演のテレビドラマになりました。見ていないけど。
ストーリーは、数年前に忽然とベトナムで消息を絶ち、もう生きてはいないと思われていた父親を、偶然テレビに映っていたの見つけ、「父親は生きている?」「生きているならなぜなにも連絡をくれない」という謎に挑もうとする中学生?の息子と、その旅行の世話をする羽目になった旅行代理店の主人公の話です。
ベトナムに着くと、予約していたホテルやガイドが何者かによってキャンセルされていたり、父親らしき人物が映っていた市場に向かうと後を付けられ、あげくは激しいカーチェースをすることになり、アクション場面も豊富な設定です。
ま、でも元自衛隊員とか、CIAだとか、元海兵隊員とか、なんでもひとりで片付けちゃうスーパーマンが活躍するようなドラマでないことは救われます。
父親を見つけ出すところまでにそのほとんどのマス目を費やし、見つかった以降は、なんとあっさりと収束してしまうことか。せっかくなのでもう少しベトナムの街や人の魅力が伝わるような、娼婦やヤクザ組織だけでなく、ドラマ化すればベトナム政府からも多大な協力が得られそうな設定にしてもよかったかな。ちょっと終わり方に物足りなさを感じなくもありません。
★★☆
◇著者別読書感想(垣根涼介)
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八朔の雪―みをつくし料理帖 (ハルキ文庫 時代小説文庫) 高田郁
「みをつくし料理帖シリーズ」になる第1作目の作品で2009年に刊行されています。著者の本は少し前に「銀二貫」を読みましたがとても心安らぐいい小説でした。
このシリーズは、2012年にパート1が、そして2014年にパート2が、北川景子主演でテレビドラマ化されています。見てないけど。料理とテレビドラマって結びつきやすいのですね。仕込みが楽なのでしょうか。
主人公は、水害で両親を亡くしてしまい孤児となり、大阪にある一流の料理屋に拾ってもらってそこで奉公するうちに認められ、女でありながら調理場で働いていた澪(みお)という名前の女性です。
ところがその料理屋も隣家の火事で全焼してしまい、料理屋の主人とご寮(女将)さんと3人で、江戸で料理屋を開いている息子を頼ってやってきますが、その息子は吉原通いで身上をつぶし、店も失っていたという悲惨な状況です。
心労がたたって主人は亡くなり、病気がちな御寮人を助けながら澪は蕎麦屋で働きながら、そこの主人に見守られながら料理人としての腕を磨いていく時代劇青春ストーリーと言ったとこころです。
今まで大阪で鍛えた料理を作っても、上方の料亭の味が、江戸の職人達にはまったく通じず、試行錯誤しながらも気に入ってもらえる料理を作っていきます。このあたりは直木賞を受賞した山本一力著の「あかね空」と似た感じです。
前に読んだ「銀二貫」は寒天問屋の話しでしたが、そこにも出てくる心太(ところてん)のうんちくも登場。確かに関西の心太と関東のそれとは見掛けは似ていてもまったく違うところがミソいやダシですね。
関西人の私が初めて関東の心太を出されたときには「これは腐っている」と断言してしまったのは今から40年前の話しです。だって酸っぱい心太なんて知らなかったので。
巻末には登場した料理の作り方レシピが書かれています。あまり食べたいと思うものはありませんが、マメな食通の人なら試してみようという人もいるのかも知れません。
★★☆
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950
本をよく読む人なら誰しもあると思いますが、買った本が過去に買って読んだことがある本だったという少々残念な経験。
私の場合、記録に残っているものをカウントすると58冊のダブリがあります。蔵書約2500冊中の58冊ですから2.3%にあたります。
本を買うときにタイトルを見ない人はいないので、そのタイトルを見ておきながら、ピンと来なかったのが第一の敗因です。
あと自分の好みのタイトルというものがあって、ついついそのタイトルに惹かれてあまり考えずに買ってしまうこともあります。
タイトルだけでわからない場合でも、文庫の場合は、裏表紙に書かれているあらすじや、文末の解説、発刊日を見て気がつくことがあります。それでも過去に読んだことがわからなければ、それはもうすっかりと記憶から抜け落ちているということで二度買いしても仕方がありません。
もっとも悔しいのは、同じタイトルの小説が、別の出版社から発刊された場合、小説の発表自体は十数年前のものでも新刊として発刊されます。しかも新刊コーナーに平積みで置かれたりしますので、あの著者の新刊だからと、なにも考えずに買ってしまうことです。
読み始めてしばらくして、これ前に読んだぞ~と記憶が蘇り、調べてみるとそういうことだったということが何度かありました。
例えば、浅田次郎著の「姫椿」は2003年に文藝春秋から文庫が発刊され、その9年後の2012年に徳間書房から初版として文庫が発刊されました。その両方とも刊行後すぐに買いました。中身はもちろん同じです。
「姫椿」以外に出版社が変更になって、当然表紙カバーも変わり、間違って同じ小説を買ってしまったのは、清水一行著「株の罠(徳間→角川)」「迷路(光文社→剄文社)」「勇士の墓(光文社→徳間)」、高杉良著「銀行人事部(集英社→徳間)」「社長の器(講談社→光文社)」「大逆転!(講談社→角川)」、楡周平著「猛禽の宴(宝島社→角川)」、半村良著「英雄伝説(講談社→河出)」、宮部みゆき著「誰かsomebody(光文社→文藝春秋)」、宮本輝著「月光の東(中央公論社→新潮社)」「草原の椅子(幻冬舎→新潮社)」の計12冊に上ります。
こちらの不注意とはいえ、これはまったく迷惑な話しです。
ただ出版社の事情で再版や増刷ができなかったり、著者が何らかの事情で出版社を変えたということもあり、いわゆる「大人の事情」があることも理解しています。
次は出版社は同じでも、再版や増刷の際に表紙カバーがすっかり変わってしまい、それに気がつかずに買ってしまうパターン。
特に映画化やTVドラマ化されたりすると、それに合わせて新しいカバーに変わったりします。小難しい文学作品に萌え系アニメや少女漫画風イラストを入れることで爆発的に売れ出したなんてこともあり、出版社のしてやったりという苦労が伺えます。
また中身もカバーデザインは変わらないものの、1冊だった小説が上下刊に分かれ、イメージがガラリと変わってしまうようなリニューアル版というのもあります。
そして最後はなにも変わらないのに、ただ忘れて買ってしまうもの。これは上記にも書きましたが、著者とタイトルに惹かれて買う場合が多そうです。
そういうなにも変わらないのにただ著者とタイトルに惹かれて、つい二重に買ってしまったものは、赤井三尋著「翳りゆく夏」、伊集院静著「水の手帳」、大沢在昌著「夏からの長い旅」、小池真理子著「記憶の隠れ家」「天の刻」、佐々木譲著「夜にその名を呼べば」、、笹本稜平著「時の渚」、重松清著「哀愁的東京」、雫井脩介著「虚貌」、真保裕一著「黄金の島」「ボーダーライン」「真夜中の神話」、藤田宜永著「理由はいらない」、宮本輝著「春の夢」、グレイグ・ホールデン著「夜が終わる場所」、ロバート・B・パーカー著「ペーパー・ドール」などがあります。
タイトルって販売戦略上重要なんですねぇ。
で、読み始めてから「これ前に読んだぞ」って気がついた場合、どうするか?
私の場合は、途中まで読んでいれば、そのまま最後まで読むことが多いです。初めて読む場合と、ある程度知識があって読むのとでは少し感想も違ってきますので、やや悔しい思いをしながらもそれを楽しみつつ。
もっと言えば20代と50代では同じ小説でもその感想や受ける印象は大きく違ってくるものです。30代と40代でも多少は変わってきます。
しかし二度目に読むときに、新たに新鮮な気持ちで読める本もありますが、そうでない本もあり、そういうのは数ページで読むのをやめてしまいます。気持ちは「損した!」ってところです。
二度目に読んでも新鮮に読めるのは、一般的に古くから名作と言われている小説が多く、学生時代に一度は読んだものも、大人になってからもう一度読んでみるのはまたいいものです。
特に夏目漱石とか三島由紀夫、川端康成、森鴎外、芥川龍之介、谷崎潤一郎、星新一、吉川英治など10~20代の頃に読むことが多い作品は、それから30~40年後の今読むと結構新しい発見があり、楽しいものです。
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