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剱岳<点の記>(文春文庫) 新田次郎

剱岳 点の記
1977年に単行本、1981年に文庫化された実在した人物を主人公にした山岳小説です。2009年には木村大作監督、浅野忠信、香川照之、松田龍平などの出演で映画が製作・公開されています。

著者の作品には多くの山岳小説があり、山岳小説家とも言われていますが、それは元々著者が中央気象台(現:気象庁)に勤務し、高山に登っての観測や工事(富士山気象レーダー建設など)に従事した経験が生かされているのでしょう。

その中でも短篇集の50貫(約187キロ)もの巨石を背負って白馬岳山頂に挑む山男を描いた「強力伝」は1956年に直木賞を受賞しています。

本作品はタイトルから想像できるように、明治40年(1907年)、国土地理院の前身の陸軍参謀本部陸地測量部で文官として勤務していた主人公が、案内人や測量隊を率い、地図では空白地帯となっている剱岳(標高2,999m)に初登頂し、山岳測量のための三角点を埋設する山岳冒険の実話を元にしています。

明治の終わり頃の実話を元にした山岳小説には、同じ著者の「八甲田山死の彷徨」がありますが、そちらは世界最大の山岳遭難事故という内容だけに、登場人物の名前はすべて変えてありますが、こちらは成功物語ということもあり小説ならではの架空人物以外は実名で書かれています。

◇2016年9月前半の読書と感想、書評(八甲田山死の彷徨)

この小説を書くにあたり多くの関係者から取材をされたようで、まるで実際の現場を見てきたかのような迫力ある話が詰め込まれていて、テントや防寒具、登山靴、食糧など、現在の軽量で防水機能がある便利な登山用具などがない時代の厳しい登山環境がよくわかります。

そして、苦労の果て、剱岳の頂上にたどり着くと、そこには既に、、、と読んでから(あるいは見てから)のお楽しみです。

★★★

◇著者別読書感想(新田次郎)

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食の世界にいま何がおきているか(岩波新書) 中村靖彦

食の世界にいま何がおきているか
2002年と今から24年前のちょっと古い新書ですが、「食の安全性」は、医療技術や健康法と違って20年程度ではそう大きく変わらないだろうと思って手に取りました。

著者は、NHKのディレクターや解説委員を経て大学教授、日本食育学会会長、食品安全委員会委員、野菜需給協議会座長などを歴任された方です。

テーマは、「食の安全性」で、農薬、BSE対策、遺伝子組み換え食品、家畜のクローン、サプリメントなど多岐に渡っています。

その中でも特に今から20数年前、2000年初頭に多くの国で発生し、日本の牧牛にも感染が発生したBSE問題について多くのページが割かれています。

BSE問題は、牛の脳がスポンジ状になる感染症(通称:狂牛病)で、英国では人への感染も発生して大きな社会問題に発展したことを記憶しています。吉野家では牛肉の輸入が止まったことで、牛丼の販売を一時期休止し、代わりに豚丼をメインとした時期(2004年)がありました。

その後、牛肉の産地を偽装する食品業界の不正が相次ぎ、「食の安全性」や「食品業界のモラル」の批判へと飛び火し、多くの企業が倒産したり窮地に陥ったりした時代です。

ほとんどの消費者は、スーパーに並んだ食材や、外食店で出された食品を疑いなく食べるしかなく、その産地や養殖法、加工法、使用された飼料、肥料、薬品など、食品の中身までは知りえず、業者のモラルや誠実さに期待するしかありません。

しかし売る側も当然安いほうが喜ばれて販売もしやすいだけに、安全に配慮して商品化し、丁寧に検品された食品と、その適正な価格という相反するジレンマに悩まされています。

また、中東で戦争が起きれば石油が止まるように、食品もあまりに輸入ばかりに頼っていると、BSEや産地の干ばつ、外交問題、戦争など様々な要因で止まってしまう危険もはらんでいて、ある程度は政治的に国内で育成していく必要がありそうです。

ただそれも、メリハリをつけないと、漁業権や農地法などを盾にした利権の巣窟、政治家や圧力団体の補助金奪い合い、独占化、専制化になりかねず、難しい問題です。

★★☆

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フロスト日和(創元推理文庫) R・D・ウィングフィールド

フロスト日和
フロスト警部シリーズ第1弾「クリスマスのフロスト」(1984年)に続く第2作目で、1987年(日本語訳版は1997年)に出版されています。

文庫で700ページもある分厚い長編小説ですが、「クリスマスのフロスト」で530ページ、3作目の「夜のフロスト」で780ページ、5作目「冬のフロスト(上下巻)」で960ページなど、このシリーズは、この分量ぐらいが普通のようです。

とにかく警察小説ということで、必ず犯罪が起きてそれが主人公に密接に絡んできます。水戸黄門の最後の印籠のごとく、ワンパターンと言えばその通りです。

主人公が勤務する管内で、ホームレスの殺人事件に続き、パトロール警官の殺害、その他、風俗店からの売り上げ金強盗、宝石店への武装強盗、一般住居への空き巣、未成年の失踪と、次から次へと事件が発生し、二人しかいない刑事がいくつもの事件を担当し関わっていくことになり、それだけ物語の内容も複雑で濃くなっていきます。

警察小説の多くにあるように、主人公の上司(本作では警察署長)の権力欲と捜査方針の対立など、警察内部からも邪魔がはいりますが、この主人公は手強く、それらをうまくかわしながら、ツキにも恵まれ、事件の解決に結びつけていきます。

とにかくいつ寝ている?と思えるほどの働き者で、他の署の上司を殴ったことで左遷されてきた若い男を部下に付けられ、その部下も一緒に寝不足でフラフラになりながら、当初は主人公をバカにして文句ばかり言っていたのが、最後は主人公のやり方を見直すことになります。

それにしても、あれもこれもと事件を詰め込みすぎで、それで登場人物も多くなり、ページ数も増えてしまうと言う、面白さと相反するぶ厚い文庫だけに躊躇して手に取りにくいジレンマを感じました。

★★☆

◇著者別読書感想(R・D・ウィングフィールド)

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冬の鷹(新潮文庫) 吉村昭

冬の鷹
1974年に単行本、2012年に文庫化された、鎖国中の江戸時代の1774年にオランダ語で書かれたターヘル・アナトミア(解体新書)を、苦労の上翻訳・出版した前野良沢と杉田玄白を主人公にした伝記的な長編小説です。

学校で習うのは、「解体新書=杉田玄白」だけで、私も知らなかったのですが、実はターヘル・アナトミアの翻訳作業のメインを担ったのは杉田玄白より10才年上の前野良沢という医者で学者だった男性だったということです。

その前野良沢は、学者肌で、不完全な翻訳の解体新書で有名になりたいとか、お金を得たいとかの欲はなく、また正確さに完璧を目指す学者として、かなり不完全な翻訳のまま解体新書を世に出すのは反対します。

しかし柔軟な考え方の杉田玄白が主導で、いち早く出版することで、誤った医療の常識を覆し、世の中の役に立てると考え、同時に功績が認められることも考え出版することが決まりました。

そして翻訳者として前野良沢の名前が一番に書かれる予定でしたが、前野良沢は上記の理由から「自分の名前は入れてくれるな」と釘を刺して解体新書の翻訳者から名前が消えてしまいます。

杉田玄白は、コツコツと語学を勉強して完全を目指そうとする学者肌ではなく、江戸時代に確立していた漢方医学が中心の医学界に新たな旋風を吹かせ、進んだ西洋医学で名声を得てトップに立ちたいと願っています。

そういう点では、ともに手を携えて腑分けの実地見学や「ターヘル・アナトミアの翻訳作業」をスタートさせましたが、前野良沢と杉田玄白の学術の考え方は最後まで相容れないことになります。

結果的には、杉田玄白は歴史に名を残し、多くの弟子を持ち、恵まれた裕福な一生を送り、一方の前野良沢は、人間嫌いという性格もあり、弟子はとらず、孤高の無名オランダ語学者として貧しい一生を送ることになります。

あと、同時代に活躍した人物で、杉田玄白や前野良沢との交流があった、平賀源内と高山彦九郎との関係も本書では語られています。

対照的な性格の杉田玄白や前野良沢と同様に、権力にすり寄り、優れた才能のすべてを金儲けや名声を得ることに費やす平賀源内と、幕府の権力に楯突き、自分が信じる尊皇思想を全国を歩いて訴える高山彦九郎との対比も面白く描かれています。

★★★

◇著者別読書感想(吉村昭)

【関連リンク】
 9月後半 夢の終わりとそのつづき、クリスマスのフロスト、世界を変えた10冊の本、悪と仮面のルール
 9月前半 本質を見抜く「考え方」、祈りのカルテ、黒牢城、まだ見ぬ敵はそこにいる
 8月後半 もののふ戦記、磯田道史と日本史を語ろう、煙が目にしみる、泥棒は哲学で解決する

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