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新編 銀河鉄道の夜 (新潮文庫) 宮沢賢治

著者の死後、1935年に発刊された童話です。小学生の頃に、一度読んだ記憶はあるのですが、もう50年前ということもあり、もう一度読んでみたくなり買ってきました。著作権は切れているので青空文庫にもありましたけどね。今回購入した文庫の新編は1989年(平成元年)発刊ですが、現在は改版が2012年に出ています。

この童話作品にインスピレーションを受けて数多くの音楽やアニメ、ドラマなどが作られています。代表的なものとして松本零士作の「銀河鉄道999」や、内田康夫著「イーハトーブの幽霊(浅見光彦シリーズ)」、高橋源一郎著「銀河鉄道の彼方に」、映画「ジョバンニの島」、中島みゆきの「夜会(VOL.13 24時着 0時発)」、冨田勲作曲「イーハトーヴ交響曲」など。

これほど様々なアーティストや文化人、音楽家など多くの人に影響を与えた童話は他にはほとんどありません。

14編のそれぞれのタイトルは、「双子の星」、「よだかの星」、「カイロ団長」、「黄いろのトマト」、「ひのきとひなげし」、「シグナルとシグナレス」、「マリヴロンと少女」、「オツベルと象」、「猫の事務所」、「北守将軍と三人兄弟の医者」、「銀河鉄道の夜」、「セロ弾きのゴーシュ」、「饑餓陣営」、「ビジテリアン大祭」です。

これら短編童話(小説)の中でも、「銀河鉄道の夜」と「セロ弾きのゴーシュ」は特に有名で、私も子供の頃に読みましたが、すっかり中身についてはすっかり抜け落ちていて、今読むと新鮮な気持ちで読めました。

ただ、本当に、これが童話?って思うほどに難解なところも多く、昔の子供達の感性というか理解力は凄かったんだなぁと変に感心したり。

今回読んで、1番面白いなと思ったのが、最後の「ビジテリアン大祭」で、カナダに今で言うところの世界中のベジタリアンが集まって様々な議論をするのですが、その中には反ベジタリアンや、食肉協会の人達、混食を勧める生物学者なども発言が許されます。

そして肉食するのは当然とか、宗教上や生物学上からなど様々な意見でベジタリアンを非難するのですが、その都度、科学的に、または感情に訴えるなど反論し、ベジタリアンの擁護をしていきます。

そうしていくうちに、肉食容認派だった人達が、なぜかベジタリアンに宗旨替えしていくという不思議な話しです。

この文庫は1989年発刊の文庫でしたが、文字が小さく老眼の目にはつらく、旧仮名遣いなどもあって、読みづらく、結構大変でした。読み始めるとすぐに睡魔が襲ってくると言うのはビジネスホテルの部屋に備わっている聖書と似たような感じです。

苦労はしましたが、ま、どうにか全部読み終わることができて、良かったです。

★★☆

 ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟

この世でいちばん大事な「カネ」の話 (角川文庫) 西原理恵子

2008年に初出の自伝的エッセイ集で、2011年に文庫化されました。著者の書籍では昨年「生きる悪知恵 正しくないけど役に立つ60のヒント」を読んでいます。こちらもなかなかのユニークさで面白かったです。

2019年10月後半の読書の感想、書評(生きる悪知恵 正しくないけど役に立つ60のヒント)

今回のエッセイはお金にまつわる話しがメインですが、お金そのものというより、著者が子供の頃から味わってきたお金に関わる様々な思いをぶちまけたという感じでしょうか。

子供の頃はかなり悲惨な家庭で過ごし、野心がある地方に住む多くの女性と同様、東京に出てきて、もがきながらも苦労して今の地位を得るまでの話しです。

著者は漫画家として成功しましたが、こうした手に職がある人は強いですね。それが最初は一流でなくても、長く続けていくことで、人に認められていきます。エロマンガでも需要のあるところにはあるものです。

いろいろ役立つ言葉がありますが、中でも世の中の女性達へ「男に頼らず、自分で働いて自由になれ」ということが、この時代にはもっとも刺さっているかなと思います。

正直、この方の漫画はほとんど見たことはありませんが、背負ったものが多い方が書くこうしたエッセイもなかなか優れたものだと感心しました。

★★☆

 ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟

蒼猫のいる家 (新潮文庫) 篠田節子

2015年に「となりのセレブたち」というタイトルで単行本、2018年に改題して文庫化された短編小説集です。収録作品は、「トマトマジック」「蒼猫のいる家」「ヒーラー」「人格再編」「クラウディア」の5編です。

セレブな奥様を皮肉的に書かれたものや、恋愛もの、そして驚いたことにSFまでが含まれています。

正直、女性が書くSF小説というのはほとんど知りません。あれは男性特有の創造と空想のたまもので、あまりにも現実的な女性が書くのは無理と思っていましたが、それが単なる偏見だったことをこの短編SFで教えられました。

もっとも数あるSF短編小説からすると、ちょっとひねりがまだ少ないかなぁって気もしますけど。
著者の作品は過去に7作読んでいますが、いずれも長編または中編小説です。

一番最近読んだのが2017年に読んだ中編「長女たち」(2014年刊)で、女性視点の話しだけに男性にはなかなか理解しがたい面がありましたが、面白く読めました。

2017年8月前半の読書と感想、書評「長女たち」

何人か、内容はともかく、「この著者なら安心」ということで、目に付いたら買ってしまう本がありますが、私的にはその中のひとりがこの著者さんです。

★★☆

著者別読書感想(篠田節子)

 ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟

教養としてのテクノロジー―AI、仮想通貨、ブロックチェーン (NHK出版新書 545) 伊藤穣一

2018年に発刊された新書で、著者はデジタルガレージの創業メンバーで現在取締役等で活躍する方です。

この方のwikipediaを見ると、いかにも自分自身で微に入り細に入り、よく見えるように編集したなというのがみえみえで、かなり顕示欲が旺盛で、自慢たらしく、極度のナルシストなんだなぁというのがうかがえます。意識高い系のトップランナーということなのでしょう。

本書でも「自分はWikipediaで600数十回の編集実績があり・・・」と書いていますが、その半分はきっとご自身のところの編集ではないかと思えるぐらいにしっかりと(良いことばかり)書き込まれています。

冒頭から、その意識高い系な人が好んで使う「そもそも・・」が満載で、もうそれだけで、私が最も嫌う「下層民にオレ様が教えてやる」的な横柄な人柄が偲ばれます。中程には各種「そもそも論」まで出てきて呆れるばかりです。

さらには、子供の頃からトップの優秀な成績で誰もがうらやむ学校に入ったと、自慢たらしく自ら書いてもいますし、自分はお金のためではなく社会に貢献しているのだという思い込みがあふれています。周囲にいる取り巻き以外、誰もそんなこと思っちゃいないでしょうけど。

とは言え、せっかく買ったので、全部読みましたよ。つらかったです。痛かったです。

中身はタイトルとはほど遠い、ただただ、自慢話と、どうでもよい著者がはまったというゲームの話しとかが多く、内容は理解しがたい独自の偏った見解が多く、メチャクチャ、意味不明です(個人的な感想です)。

新書って、その多くは自分や自分の会社のPR本というのはわかっているつもりで、話半分なのですが、ここまで恥ずかしげもなく徹底的にやる?逆効果じゃないの?ってところが、自分中心で世界が回っている意識高い系を昇華させて見事具現化している方だからできるのでしょう。

残念ながら、この著者が謙虚で誠実な気持ちで読者の役に立つことを発信することは、恐らくないのでしょう。いやまったく今回ばかりは恐れ入りました。

☆☆☆(初の無星)

【関連リンク】
 1月前半の読書 光圀伝、たんぽぽ団地のひみつ、涙香迷宮、高熱隧道
 12月後半の読書 定年ですよ、ユートピア、舞い降りた天皇 初代天皇「X」は、どこから来たのか、堕落論
 12月前半の読書 いつか夜の終わりに、しない生活 煩悩を静める108のお稽古、乳と卵、晩夏光、ラスト・ワルツ

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1401
2013年から続けてきたこの年間ベスト書籍は、今回で8回目となります。

いや~飽きっぽい性格に関わらず、また誰からも評価されることもないのに、よく続いているものです。とりあえず10回までは続けてみたいです。

1295 リス天管理人が2018年に読んだベスト書籍
1191 リス天管理人が2017年に読んだベスト書籍
1093 リス天管理人が選ぶ2016年に読んだベスト書籍
993 リス天管理人が選ぶ2015年に読んだベスト書籍
886 リス天管理人が選ぶ2014年に読んだベスト書籍
784 リス天管理人が選ぶ2013年に読んだベスト書籍
676 2012年に読んだ本のベストを発表

まず2019年の1年間に読んだ書籍は全部で108作品で、冊数としては115冊(上下巻などあるため)。冊数で見ると、月あたり平均9.6冊読んだことになります。

前年の2018年は99作品110冊でしたので、作品数で9作品、冊数で5冊増えています。2018年は4巻からなる「村上海賊の娘」など複数巻の作品が多かったため作品数が大きく減っています。

さて、今年の大賞発表も、
■新書、エッセイ、ノンフィクション、ビジネス部門
■海外小説部門
■国内小説部門
の3つの部門でそれぞれおこないます。

先に断っておきますが、諸般の事情から旧作や文庫本ばかり読みますので、出たばかりの新刊本はまず読みません。したがって新刊本は大賞候補には入ってきません。その点が多くの書籍の賞とは違います。

■新書、エッセイ、ノンフィクション、ビジネス部門

2018年は26作品だった新書、エッセイ、ノンフィクション、ビジネス部門の対象作品は、2019年は29作品を読み、前年より少し増加しました。

しかし、大賞候補作品はというと、これといった突出した作品がなく、中庸な作品が並び立つことになりました。言い換えると昨年は不作の年(昨年発刊された本ということではなく、昨年読んだ本という意味)と言わざるを得ません。

29作品の中から、大賞候補作は18作品あります。

謎解き 関ヶ原合戦 戦国最大の戦い、20の謎 桐野作人
「やりがいのある仕事」という幻想 森博嗣
「日本の四季」がなくなる日 連鎖する異常気象 中村尚
アンガーマネジメント入門 小林浩志
ひとり暮らし 谷川俊太郎
ファスト風土化する日本 郊外化とその病理 三浦展
言ってはいけない 残酷すぎる真実 橘玲
新個人主義のすすめ 林 望
生きる悪知恵 正しくないけど役に立つ60のヒント 西原理恵子
地方消滅 東京一極集中が招く人口急減 増田寛也
日本農業への正しい絶望法 神門善久
非属の才能 山田玲司
美学への招待 佐々木健一
不死身の特攻兵 軍神はなぜ上官に反抗したか 鴻上尚史
本能寺の変 四二七年目の真実 明智憲三郎
未来の年表 人口減少日本でこれから起きること 河合雅司
友がみな我よりえらく見える日は 上原隆
堕落論 坂口安吾

この中から、大賞は、、、、、、、、

言ってはいけない 残酷すぎる真実 (新潮新書) 橘玲 著

ということにしておきます。

感想は、
1313 3月前半の読書と感想、書評

私自身、皮肉が好きな嫌みなヤツですので、こうした世間の空気読まず「事実とは違って本当はね、、」っていう暴露本的なものが肌に合っているというか、好感を感じてしまいます。やや偏向してますね。

皮肉にしても暴露にしても「だったらそれがどうした?」って言われかねませんが、こうした裏に隠されたり、誤魔化されている世界を垣間見て、「ヤレヤレ」と深くため息をつくのもワルかないかな~という歳になりました。

 ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

■海外小説部門

海外小説は、2018年は9作品(13冊)だったところ、2019年は8作品(9冊)と少し減りました。これだけAI活用の機械翻訳ブームが来ていても、翻訳小説にはまだ応用できていないらしく、したがって、時間あたりの賃金が高い有能な人の手作業での翻訳のため、原価が高くなり、なかなか手を出せないのと、次々新たな作家さんが出てきてどの作品が自分にあっていそうかよくかわからず、つい安全策をとって、新書や国内小説へと向かってしまいます。今年はもうちょっと意識して海外作品を読みたいと思います。

大賞候補作品は下記の7作品からです。

Yの悲劇 エラリー・クイーン
悲しみのイレーヌ ピエール・ルメートル
その女アレックス ピエール・ルメートル
暗夜を渉る ロバート・B・パーカー
ものすごくうるさくて、ありえないほど近い ジョナサン・サフラン・フォア
湿地 アーナルデュル・インドリダソン
彼女のいない飛行機 ミシェル・ビュッシ

結構迷います。シンプルで上質なミステリーと言えば名作「Yの悲劇」ですが、読み物として楽しいのは「湿地」や「彼女のいない飛行機」など。国内でも大流行しているイヤミスな「悲しみのイレーヌ」「その女アレックス」などは私の中ではイマイチです。

ここは心を鬼にしてえいやっ!と決めると、大賞作品は、

湿地 (創元推理文庫) アーナルデュル・インドリダソン著 に決定!

感想は、
1344 6月後半の読書と感想、書評

著者は日本と馴染みが少ない、アイスランドの作家さんで、北欧ミステリーという言葉もあとで知りました。作品は地元で2000年に発刊され、日本語翻訳版はだいぶんと遅れて2012年に出ています。

有能なベテラン刑事が主人公で、通りすがりの強盗殺人ではないかと思われた事件に違和感を感じ取り、殺された孤独な老人の過去を調べていき、犯人を追い詰めていくミステリーです。

刑事物の小説は星の数ほどありますが、タイトル通り、湿気でジットリと粘つくような場面が目に浮かびそうになる文章はとても印象に残ります。

 ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

■国内小説部門

最多の国内小説は2018年に64作品(71冊)でしたが、2019年は71作品(77冊)とやや増加しています。

できるだけ意識をして偏らないように、古いものから新しいもの、男性作家も女性作家も、ベテランから若手まで幅を持たせて読むようにしています。

そうすると、古い小説は廃刊の危機などを乗り越えて、本当に良いものだけが残っていきますので、評価はどうしても古い作品に有利となってしまうのはやむを得ないかも知れません。

過去の国内小説部門の1位を書いておくと、

2012年 「あかね空」 山本一力
2013年 「東京セブンローズ(上)(下)」 井上ひさし著
2014年 「東京タワー―オカンとボクと、時々、オトン」 リリー・フランキー
2015年 「屍者の帝国」 伊藤計劃×円城塔
2016年 「八甲田山死の彷徨」 新田次郎
2017年 「漂流者たち 私立探偵・神山健介」 柴田哲孝
2018年 「紀ノ川」 有吉佐和子

と、古いものから、割と新しい作品まで、無難なところに落ち着いているような感じです。

さて、今年は、どういう結果となるでしょうか。

全71作品の中から大賞の候補は下記の12作品です。

アキラとあきら 池井戸潤
ノボさん 小説正岡子規と夏目漱石 上・下巻 伊集院静
ハサミ男 殊能将之
国境(上)(下)  黒川博行
手のひらの音符 藤岡陽子
赤ひげ診療譚 山本周五郎
占星術殺人事件 島田荘司
地層捜査 佐々木譲
田園発港行き自転車(上)(下) 宮本輝
夜と霧の隅で 北杜夫
約束の海 山崎豊子
俘虜記 大岡昇平

ベテラン作家さんや、売れっ子作家が並びますが、この中から大賞の1作を選ぶとすれば、、、

赤ひげ診療譚 (新潮文庫) 山本周五郎著 に決定!

感想は、
1370 9月後半の読書と感想、書評

今回は昨年に続き60年以上も前の古い小説(1959年発刊)が大賞となりました。2018年の国内小説大賞も偶然ですが、同じ1959年刊の小説「紀ノ川」(有吉佐和子著)でした。

やはりよいものは時代を問わず読み継がれ、そしてそれは決して色あせていかないということでしょう。

30年ほど前にレンタルビデオでこの小説を原作とした映画を借りて見ましたが、その時は登場人物達の背景がよくわからず、単に黒澤明監督の名作映画ということと、三船敏郎演じる主人公だけをうっとりして見ている感じでした。今回、年末にBSで放送されていたので録画し、お正月にゆっくり見ることができました。

そうしたことから、私的には、まず小説で、時代や登場人物の背景を知ってから映画を見るというのが好きです。

 ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

国内小説の次点として2作品あげておきます。

ノボさん 小説 正岡子規と夏目漱石 (講談社文庫) 上・下巻 伊集院静著

感想は、
1374 10月前半の読書と感想、書評

約束の海 (新潮文庫) 山崎豊子著

感想は、
1296 1月前半の読書と感想、書評

この選考は新鮮味がなく、ベテラン作家さんの作品となってしまいましたが、ここは奇をてらうことなく、いたって真面目に検討した結果です。

「ノボさん」は、明治初期に活躍した文人であり詩人、正岡子規を主人公にした伝記的な作品ですが、同級生でもあった夏目漱石との友情をメインにもってきて、面白い作品に仕上がっています。

夏目漱石は長生きして数多くの作品を残しましたが、短命に終わった子規(34歳没)の生涯と、そのユニークな発想や行動を、あの老けた感じで頭でっかちの横顔の写真からは想像できない行動的な人物像を描いています。

正岡子規は日本で野球普及に大きく貢献した人物で、そのつながりから、野球好きな著者が子規をテーマにした小説を書こうとしたのは自然な成り行きでしょう。


「約束の海」は、著者の遺作となった作品ですが、著者独特の実際に起きた事件や事故をモデルにした小説の集大成という気がします。

ただ残念なことに、この小説は第1部と第2部で終わり、本来はクライマックスとなる予定だった第3部に至れず亡くなったのは残念です。

さて、今年はまたどんな名作に出会えるかワクワクドキドキ楽しみです。



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1400
光圀伝 (角川文庫)(上)(下) 冲方 丁

2012年に単行本、2015年に文庫化された、水戸黄門様として有名な徳川光圀(1628年~1700年)の伝記風歴史小説です。

著者の作品は、過去に「天地明察」(2009年)、「マルドゥック・スクランブル」(2003年)を読んでいます。本書のような歴史物から、SFまで幅が広い作家さんです。

なんでも地元水戸市では、観光振興や話題作りのため、この作品を原作とした大河ドラマの制作をNHKに提案しているのだとか。

但し、民放で制作される勧善懲悪の好好爺の水戸黄門様と違い、夜な夜な屋敷を抜け出し、頻繁に吉原通いをし、酔った勢いで将軍からもらった刀で無宿人相手に試し斬りをする、侍女に手を出してはらませたりと、それが通用した時代と若気の至りとは言え、そのイメージの落差に眉をひそめる人も多そうで、そういうことを考えると大河ドラマでは実現しそうもありません。

そうしたやんちゃな若いときに、老成した宮本武蔵や沢庵和尚と出会って、武蔵に漢詩を褒めてもらうシーンなどは著者の創造力を堪能できる小説の醍醐味です。

上記に書いたように、光圀は若いときには無鉄砲な若者でしたが、やがて妻をめとり、本来は水戸徳川家の光圀の後を継ぐべきだった兄の長子を後継に据えることで、義を果たしたいと新妻に頼みます。

また明暦の大火で、多くの重要な歴史史料が焼けてしまったことを憂い、才ある妻とともに修史事業に邁進していくことで、後世に名を残すことになります。

知らなかったのですが、水戸、尾張、紀州の徳川御三家の当主とその世子(跡継ぎ)は、それぞれの領地(水戸、名古屋、和歌山)に住まうのではなく、常に江戸に住まうというのが当時のしきたりだったということ。

数年ごとの参勤交代でかかる多額の経費は不要だった代わりに、将軍の許可がないと滅多なことでは地元に帰れず、不自由なことも多かったでしょう。

したがって、三男として生まれた光圀ですが、兄は幼児の時に病死したり、病弱だったことから、当主(父親の徳川頼房)から世子を命ぜられ、それ以降の人生のほとんどは江戸住まいとなります。

若いときから、常に死に別れが身近につきまとい、正妻にいたっては5年しか連れ添っていなかったり、兄から預かった世継ぎの養子もすぐに病死、若いときに意気投合して親友となった儒教家も若くして亡くなったりと、ツキがない人です。

この小説では、引退前の光圀がどういう人生を送ってきたのか、なぜその時代の大名として今でも語り継がれるようになったのかなど、フィクションの小説とは言え、知らないことが多く面白かったです。

★★★

著者別読書感想(冲方丁)

 ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟

たんぽぽ団地のひみつ (新潮文庫) 重松清

2015年に単行本「たんぽぽ団地」、2018年に改題されて文庫化された、著者のお得意の高度成長期に建てられた団地を舞台とする長編小説です。

著者の作品は、社会問題を鋭く捉えた作品から、ほのぼのとする小説まで様々で、2000年頃からボチボチ買って読んできました。

調べると過去16作品(冊数では19冊)を読みましたが、年間5冊以上も上梓される売れっ子多作作家さんゆえ、全然追いついていません。一番最近読んだのが2018年に読んだ「ファミレス(上)(下)」(文庫版2016年刊)で、こうして振り返ると著者の作品を読むのは1年に1話ペースです。今年はもう少し増やそうと思います。

ストーリーは、小説やドラマによくある時空もので、1960年代に次々建てられたニュータウン団地、そこで生まれ育ち生活してきた子供達が、やがて大きくなった時に、忘れ去られ、取り壊されていくそれらの団地の想い出を回想するというもの。

1960年代を象徴するツールとして出てくる「ガリ版」は、私の年代では小学生時代に実際よく使っていたもので、つい最近、松本市にある国宝「旧開智学校」の中にそれが展示されていたのを見て、懐かしさひとしおでした。

思い出すのは小学校の上級生になった頃には、それまでのガリ版印刷から、画期的なコピー機が導入され、ちょうどその両方を経験したことを思い出します。最初に使ったコピー機は感光紙を使った湿式タイプで、1枚単価がやたらと高価なもの(と先生に言われた)でした。

小学生を主人公として、やんわりとした中に、懐かしさと人の温かさなどが伝わってくる良い作品でした。

★★☆

著者別読書感想(重松清)

 ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟

涙香迷宮 (講談社文庫) 竹本健治

2016年に単行本、2018年に文庫化された長編小説です。この著者の作品を読むのは今回が初めてです。

小説のタイトルにもなっている「涙香」とは、実際に明治から大正時代にかけて新聞業界等で活躍した「黒岩涙香(本名:黒岩周六)」のことで、この人物が書き残したとされる詩文をめぐるミステリーがテーマです。

正直、この「黒岩涙香」という人物のことは初めて知りました。Wikipediaによると「日本の小説家、思想家、作家、翻訳家、ジャーナリスト。翻訳家、作家、記者として活動し、『萬朝報(よろずちょうほう)』を創刊した。」とありますが、その多くは古い文体で書かれた翻訳本であまり馴染みがないと言うことでしょう(現代訳のものもあるでしょうけど)。

Amazonで検索すると「幽霊塔」や「鉄仮面」「巌窟王」など、多くの名著の翻訳本が普通に並んでいます。その訳本自体を読んだことはありませんが、子供の頃に漫画や絵本になったものは見たり読んだことはあります。

残されたミステリーを解くのは、主人公であり、囲碁のタイトルを総なめにしているプロ棋士の牧場智久という設定です。この牧場智久を主人公とした作品は他にも何冊かあるようです。

主人公が関わるきっかけは、囲碁の途中に殺されたと思われる事件が起きた時、たまたま刑事と一緒にいたことからですが、それと並行して、囲碁や連珠にも造詣が深かった涙香が残した茨城にある別荘というか荒れた隠れ家の中を調査しようと同好の士達が集まることになり、それに参加します。

隠れ家の各部屋に書かれていた「いろは文」(いろはの48字を使い、かなを重複させず、意味が通るように作られた誦文で七五調(色は匂へど 散りぬるを/我が世誰ぞ 常ならむ/・・など)の中に秘められた謎を解こうとします。

そしてその隠れ家の中で毒殺事件が起きます。しかも台風の影響で、すぐには警察や救急車も近づけず、世間と隔離された山の中の隠れ家です。

その殺人事件の犯人捜しと、涙香が作ったとされる「いろは文」に隠された謎とを解いていくという流れですが、そのために著者は48種以上の「いろは文」を作成せざるを得なく、そのたいへんな苦労が忍ばれます。

事件としてのミステリーはやや平凡な気もしますが、上記のように涙香が考えた(とする)誦文など、なかなか手間のかかった力作であると同時に、半ば埋もれてしまた黒岩涙香という超絶多才な人物を掘り起こしたということで、よい作品だと思います。


★★☆

 ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟

高熱隧道 (新潮文庫) 吉村昭

1967年に単行本として発刊されたノンフィクション小説です。完全なノンフィクションではないのは、登場する人物や企業が、それぞれモデルはあるものの、実際の名称からは変えていたりするからです。

戦前の1936年に着工した黒部川第三発電所(仙人谷ダム)を建設するため、その工事資材を運び込むためのトロッコを走らせるトンネル軌道工事が小説のメインとなっています。

時は、第二次世界大戦前の世界中がきな臭くなっていた頃、関西の軍需工場へ電力を供給する必要があり、国家的事業として、建設会社が地元の漁師でも立ち入らないという難攻不落な道を切り開いていく実話を元にしています。

また一般的に黒部ダムというと馴染みが深いのは、映画「黒部の太陽」で有名な黒部第4ダムで、こちらは戦後に建設されたもので、この小説の話しとは違います。

小説のタイトルになっている通り、このトンネルを掘削していく途中で、異常なほど高温の熱水帯にぶつかり、勢いよく熱湯があふれ出てきて工事は難航を極めます。その温度は100度を軽く超えるという凄まじいものです。

現代のようにシールドマシンがあるわけでなく、人力で岩盤に穴をあけ、その中にダイナマイトを詰めて爆破していくという工法でトンネルを掘削していきます。そしてダイナマイトがトンネル内の熱で自然発火してしまい暴発するなどして多くの犠牲が伴います。

そうした難工事の上、厳しい冬には大きな雪崩(泡雪崩)で鉄筋の宿舎が吹き飛ぶなどして、このトンネル工事だけでも300名を越える犠牲者を出します。

請け負った建設会社の工事監督や現場土木技師は、計画を立て、工事の方法を考え、命令する立場ですが、当然ながら灼熱のトンネル内で身を削りながら作業をするのも、ダイナマイトの誤爆で吹き飛ばされるのも、突貫工事のため現場宿舎に泊まり雪崩に巻き込まれるのも、岩を満載したトロッコが暴走して押しつぶされるのも人夫達です。

そうしたことから、命令を下す側と、お金のためとはいえ、次々と仲間が死んでいく人夫側とで、次第に不穏な空気が流れ出します。

トンネルが完成した時、普通は「黒部の太陽」でもそうだったように、関わったみんなが肩を抱き合い、うれしさで感動するところ、この小説のラストでは、人夫のリーダー役の人夫頭の助言で、監督や現場土木技師達は、誰にも告げず、そっと静かにその現場から逃げ去るように去って行くところが、この工事が只者ではなかったことを象徴しています。

★★★

著者別読書感想(吉村昭)

【関連リンク】
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 12月前半の読書 いつか夜の終わりに、しない生活 煩悩を静める108のお稽古、乳と卵、晩夏光、ラスト・ワルツ
 11月後半の読書 夜と霧の隅で、朽ちないサクラ、我が家のヒミツ、天魔ゆく空(上)(下)

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2020年 令和2年 明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いいたします。

今年も昨年同様、読書ネタからのスタートです。
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12月後半の読書と感想、書評 
定年ですよ 退職前に読んでおきたいマネー教本 日経ヴェリタス編集部
ユートピア 湊かなえ
舞い降りた天皇 初代天皇「X」は、どこから来たのか(上)(下) 加治将一
堕落論 坂口安吾
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定年ですよ 退職前に読んでおきたいマネー教本 (集英社文庫)ですよ 日経ヴェリタス編集部

平均とは思えない大手企業を定年退職したばかりの男性世帯主を主人公として、老後の資金計画や年金、保険、高齢者雇用、各種制度の特例などについて解説を加えていくという、学びながら面白く?読める指南本です。

主人公は大手自動車会社で40年勤務し、ローンの支払いが済んだ一戸建て住宅、退職金3千万円、通常の2階建て厚生年金だけでなく、3階建ての企業年金もあり、65歳までは子会社で雇用延長で働ける、日本の労働者の中ではおよそ1%に満たないようなめちゃ恵まれた環境で、仙台にひとりで住む親の介護があるものの、その親には自宅と年金とさらに駐車場収入まである地主というこれまた超恵まれています。

さらに主人公の長男はこれまた大手製薬会社に就職、結婚して子供(主人公からは孫)にも恵まれています。長女は独身ですが、物語の進行中に結婚が決まり、無事挙式。

こんな恵まれた世帯はいったい日本にどれほどあるのか、さすが、エリート揃いで、高学歴・高収入ばかりが集う日本経済新聞社系列出版社の編集・出版です。

それにこの書籍を出版した日経ヴェリタスは、週刊の投資金融情報専門紙で、特にインテリで裕福な人向けのお金にまつわる雑誌ですから、このレベルに合わせているのでしょうけど、私含めて下々の人がこの本を読むと「ありえねぇー!」「こんちくしょー!」「羨ましい~!」の連続で、逆に腹が立ちますので、そういう方にはお勧めしません。私も読んでみるまでそういうことだとはつゆ知らず、、、

ちなみに私のところは、退職金はゼロ(15年ほどかけた確定拠出年金が少しばかり)、老いた親は義理の父がいますが、公営住宅に住み、時々お小遣いを送らなければならない状態、子供は就職はしたものの、給料は安くて結婚せず(できず)に実家にパラサイトしている状態。

この書籍とはなにもかも違っていて、本当にこういうモデルの人っているのか?と半信半疑です。

ま、そんなわけですから、感想と言われても「こんちくしょー」としか言いようがなく。

★☆☆

 ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟

ユートピア (集英社文庫) 湊かなえ

2008年刊の実質的なデビュー作品「告白」が大ブレークしてからすでに11年。それ以来、すっかり若手?売れっ子作家さんとして大活躍中の著者の2015年単行本、2018年文庫刊です。

その「告白」以降、計8作品を読んできましたが、その中ではまだ「告白」を上回る作品はありません(個人的感想です)。

今回小説の舞台は、海が綺麗なのどかな町で、唯一地元の産業と言える大手の水産加工会社があり、景気が良かった頃にはそこの多くの従業員などで栄えた場所。

そこへ陶芸家や絵描き、フラワーアート作家などが住み着くようになり、そこで地元民との微妙なバランスで保たれています。

町おこしの一環として、新しく来た住人達がアイデアを出して商店街フェスティバルを開催しますが、そこで新住民と旧住民との間に複雑な感情が表立ってきます。

町で過去に起きた殺人事件、女性同士の見栄の張り合い、芸術作品を有名にして世に出たいと思う欲望など、特に立場がそれぞれ違う3人の女性主人公達の感情のぶつかり合いなど、読んでいて気が重くなるばかりです。さすがイヤミスの女王様って感じ。

主人公はその3人の女性達ですが、その夫や同居人、隣人など、登場人物が結構多くて、誰が誰だったか?としょっちゅう思い出すのがたいへんでした。

そのうちドラマ化や映画化がされそうな気がしますが、その登場人物の多いことで、果たして実質1時間半の枠にその多くの登場人物をどうやって収めるのか?ってことが一番難しそうです。

最近では、リタイアした高齢者が、住宅や生活費の安い地方に移住することが増えていて、そこで起きる様々な都会から来た人と、ずっと地方に住み続けている人との感情のすれ違い、慣習や文化レベルの違いなどの話しを思い浮かべます。

なにかもっと奥深いものがあるのかと思っていたら、案外最後はパタパタと終わってしまい、ちょっと物足りない感じもしました。意外性はありましたけれど。

★★☆

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舞い降りた天皇 初代天皇「X」は、どこから来たのか (祥伝社文庫)(上)(下) 加治将一

歴史ミステリーものの小説でいろいろと物議を醸し出してきた著者の作品は、過去に「失われたミカドの秘紋」「アルトリ岬」を読んでいますが、2008年に単行本、2010年に文庫化されたこの作品が一番読みたかった作品で、天皇が変わった今年、令和元年の最後に読むのがこれです(年内に間に合ったので、もう1冊坂口安吾著「堕落論」を読みましたが)。

ずいぶんと昔になりますが、高木彬光著「古代天皇の秘密」を読んで、俄然古代天皇のことに興味がわきました。

タブーともされる古代天皇に関しては、古代史の研究論文とかあるのでしょうけど、読み物としては少なく、またフィクション小説としてでも書く以上は、様々なところから矢が飛んできても「自己責任」ということになりそうです。

本書でも触れられていますが、時の権力者は「過去の歴史を変えたがる」、正確に言えば、歴史は不変で変わらないけれど、権力者の都合が良いように事実をねじ曲げて改変し、その改変した歴史をなにかに記録しておけば、後世はそれが歴史として残っていくというもの。現代のように、ネットに長期間残っていくということもないので、書いて残した者勝ち!ってことです。

現在発見されている中では一番古い歴史書「古事記」と「日本書紀」(どちらも8世紀初頭頃)についても、その時の権力者が、過去はこうだったと事実を曲げて書かせることなど簡単なことだったでしょう。

例えば、日本に中国から文字が伝わってきたのが、諸説ありますが、1~3世紀頃だろうと言われています。

しかし初代の神武天皇が在位したのは、それより何百年も前、紀元前6世紀頃とされています。文字もない時代のまだ日本という国名も文字もなかった時に、神武天皇がいたと、上記の歴史書に残されています。

文字はなかったけど会話は当然ありその伝聞だと言っても、じゃ、その神武という文字は後世の人が勝手に名付けた後付?ってことになります。

そうやって考えると、過去の歴史書がどこまで真実が書かれているのか、すべてその時の権力者が想像して作った神話だと言っても良いかも知れません。

と、いうように、出雲、奈良、九州などを旅しながら、小説の主人公が推理をしていくというストーリーです。

ミステリーの詳細は読んでのお楽しみ、古代天皇というと難しそうですが、私のような素人にもわかりやすいように、書かれていて好感が持てます。

但し、こうした歴史ミステリー小説の常ですが、当然作者の思い込みや想像、創作なども混じり、どこまで根拠のあるlことなのかなどはわからず、読む人があれこれ想像たくましくして勝手に決めれば良いと思います。

★★☆

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堕落論 (角川文庫) 坂口安吾

終戦後間もない1946年に雑誌「新潮」に掲載され、その後、続編を経て単行本が1947年に刊行された評論及びエッセー集と言う体裁の書籍です。

意外だったのは、映画の仕事に就き、徴兵に応じず逃げ回り、戦後に多くの小説を残されていることから、もっと左翼系あるいはリベラルな作家さんだと思っていましたが、そうではなく、右にも左にも揺れ動く、現代人以上に思想的であり、感受性豊かな人だったんだなってこと。

例えば「特攻隊」に関しては、「アメリカに物量ではとうていかなわないのだから、最初から重爆など作らず特攻兵器だけ作って戦略的に投入していれば勝てたかも」と書いているかと思うと、「第40代の天武天皇以前は神話で作り話」とか、「純朴な農村」というイメージに対し「農村に文化や進歩などあるはずもなく、あるのは排他精神と疑り深い魂だけ」と言いたい放題な感じです。

古代天皇の話しでは、上記の「舞い降りた天皇 初代天皇「X」は、どこから来たのか」と並行して読んでいたので、内容に関連性があり、ちょっと混乱を引き起こしました。

しかし、どちらも、「古事記」、「日本書紀」、「三国志」の中の「魏志倭人伝」に書かれていることの信憑性の話しとなって、興味がそこの解釈に集中しています。

ただ、この「堕落論」が書かれたのは1947年以前で、「舞い降りた天皇・・」(2008年)と、同じようなテーマでも60年以上の開きがあり、その60年の間に新たに判明したり解明されたことなども数多くありますので、その違いは差し引かなければなりません。「舞い降りた天皇・・」も今から50年後に読むと、同様に事実誤認などが指摘されそうです。

残念ながら全般的には、現代人にとってはというか、私が生まれる10年以上も前に書かれた本書は、意味不明な内容も数多く出てきて、ざっくり読む派の読書ではかなり消化不良に終わってしまいました。できればリタイア後に、もう一度ゆっくりと読み返してみたい一冊です。

★★☆

【関連リンク】
 12月前半の読書 いつか夜の終わりに、しない生活 煩悩を静める108のお稽古、乳と卵、晩夏光、ラスト・ワルツ
 11月後半の読書 夜と霧の隅で、朽ちないサクラ、我が家のヒミツ、天魔ゆく空(上)(下)
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いつか夜の終わりに (双葉文庫) 高田侑

2009年に発刊された単行本「てのひらたけ」を2013年に改題して文庫化された作品です。著者は50代の現役サラリーマンで、二足のわらじ作家さんのようです。得意分野はホラー小説のようで、この作品も短編小説で、ホラーやミステリーが中心です。

そう言えば、「八朔の雪 みをつくし料理帖」などで有名になった高田郁さんと名前の漢字が似ていて、間違えられそう。

収録されているのは、「てのひらだけ」「あの坂道をのぼれば」「タンポポの花のように」「走馬灯」の4編です。

「てのひらたけ」は登山が趣味の男性が迷い込んだ異次元の世界と恋愛をうまく結びつけた印象深い作品。

「あの坂道をのぼれば」は、40歳にして、水商売の女とならぬ恋に落ち妻子を残して家を飛び出した結果、訪れる悲劇と切ないラスト。

「タンポポの花のように」は、よく知らない叔母が孤独死したあとに、その住んでいた家の整理を頼まれた女性が主人公で、その叔母の人生が次第にわかっていくことで、それまでまったく知らなかった叔母の壮絶な子供時代の出来事を知ることになる物語。

「走馬灯」は既に病気で亡くなった父親を街中で見かけたという中年の兄弟の話しから、その父親が死ぬ前に病院のベッドの上で語ったことが、現実となっていく不思議。

ちょっとひねった怖くはない不思議がジワーと後から出てくるミステリー短編ですが、よく読み込まないとあとで???となりそうです。

著者にすればそれがスタイルなのでしょうけど、軽ーく読み飛ばしていると、あれれ?どうして?となってしまいそうです。

★★☆

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しない生活 煩悩を静める108のお稽古 (幻冬舎新書) 小池龍之介

2014年発刊の新書で、著者は東大教養学部を出た後、仏教の世界に入り僧侶となった方です。

但し、浄土真宗本願寺派の教義に反した活動・出版をしたとして、僧籍を剥奪されたり、奇行癖があったりと、いろいろと紆余曲折のある方です。

この新書が出た2014年は、僧籍はすでに剥奪されていましたが、父親の後を継いだ浄土真宗正現寺の住職だった頃です。

それだけに煩悩の塊みたいな方の煩悩本ですので、説得力があるのか、ないのか。

それでもいくつか気になる項目があって、例えば「79被害者ぶって人を責めることは自ら苦しみたがることと同じ」の項で、最近よく聞く「キレやすい高齢者」で誰も自分を被害者に仕立てあげ、自分を有利な立場にしようとやっきになっているということが書かれていて、確かにそうかなって思います。自分も気をつけなくちゃ。

あと、これは不満ですが、本文のあちこちに出てくる「トホホー」とか「あいやー」とか「いやはや」とか「ガーン」とか「ガビーン」とか、著者のクセなんでしょうね。つまらない余計な言葉が満載で、せっかく良いことを書いてあってもそれを台無しにしています。

同様に「~ですよね。」という書き方も、読者に著者の思いを共感してくれ、オレの言うことを聞け!としているみたいで、「大きなお世話!」「俺はそうは思わないけど」と反感を持ってしまいます。

ま、不満もいろいろありますけど、若い僧侶がいろいろと悩みつつ前に進んでいこうという思いは伝わってきます、

★☆☆

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乳と卵 (文春文庫) 川上未映子

2008年に発刊され、芥川賞を受賞した作品です。短編の「あなたたちの恋愛は瀕死」も収録されています。

この著者の作品は「ヘヴン」(2009年)「すべて真夜中の恋人たち」(2011年)「あこがれ」(2015年)を読んでいます。

男性にはよくわからない、思春期の女性が大人の女性に変化していく女性独特の話しをジンワリと教わった感じの小説です。

タイトルの卵は卵子のことを指し、乳は女性特有の象徴ですが、この小説では、主人公の少女がやがて生殖に必要な生理が始まることを鬱陶しく思い、離婚してその少女と二人暮らしの母親が豊胸手術をしたいといろいろ調べているという設定です。

もう一人の主人公は、その豊胸手術をしたがっている母親の妹で、東京で一人暮らしをしています。登場人物は女性ばかりですね。

なかなか話が進まずに、だからなに?と思っているうちに終わってしまう短い小説ですが、これが文化人が認める純文学というものか~って気がします。時代が変われば賞の評価や対象にも変化があってしかるべきなのでしょう。

★☆☆

 ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟

晩夏光 (ハルキ文庫) 池田久輝

2013年に作家デビューしたときの作品がこの著書です。文庫版は2018年に発刊されています。著者は1972年生まれということですので、ちょうど団塊ジュニア世代の真ん中の方です。小説の著作数はまだ少ない方で、他の作品は読んだことはありません。

香港の裏社会をテーマにしたこの作品は、私自身、中国に返還される前の1980年代の香港、もちろん裏社会ではなく表社会で短期間仕事をしていたこともあり、興味をもって読んでみました。

但し、この本の購入動機は久しぶりのジャケ買いというか「タイトル買い」で、中身はほとんど知りませんでした。

小説の舞台となっている香港の裏社会と言っても、この小説に出てくるのは、ジャッキー・チェン主演の映画に出てくるような巨大な悪の組織や、バックに中国がついた国際ポリティカルスリラーとも違う、どちらかというと、観光客がスリの被害に遭うと、その盗難を探し出して持ち主に返して手数料をとるという、こぢんまりとした裏ビジネスです。

都市伝説的に語られていた「昼間に盗難に遭った高級バッグがその日の夜には、キャットストリート(骨董街)の店頭に並ぶ」というようなことは現在はさすがになくなっているでしょうけど、それは、この街ではなんでもビジネスになるという一例を表しています。

主人公は、自分が起こした自動車事故で婚約者を失い、自暴自棄になって香港にやってきた日本人青年で、綺麗な夜景が眺められるビクトリア湾の公園で闇の商売を仕切っている香港人青年と知り合い、その裏稼業を手伝っているうちに、殺人事件や警察の陰謀に巻き込まれていくというストーリーです。

その香港も、いまや過激化する民主化運動で、観光客も減り、ホテルや土産物屋など観光業界は大打撃でしょう。政治問題には触れるつもりはありませんが、今後、政治も思想も中国本土に吸収されていくであろう香港と香港人達の行く末が気になるところです。

★★☆

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ラスト・ワルツ (角川文庫) 柳広司

ジョーカー・ゲーム(2008年)、ダブル・ジョーカー(2009年)、パラダイス・ロスト(2012年)に続くD機関シリーズ作品の第4弾で、2015年に単行本が発刊され、2016年に文庫化されています。

収録作品は「ワルキューレ」「舞踏会の夜」「パンドラ」「アジア・エクスプレス」の4編です。

物語の時代はいずれも太平洋戦争に突入する直前の、軍部が台頭しつつあるきな臭い昭和初期。

「ワルキューレ」の舞台は、日本と同盟関係を結んだドイツで、日本大使館の改築の際に送り込まれた内装業者に扮した日本人スパイ、ドイツで映画を制作していた有望なユダヤ人監督と支援者、日本やアメリカで映画にかかわってきた日本人俳優などが、それぞれの目的のためにうごめく世界を描いています。

「舞踏会の夜」の舞台は日本で、華族の女性が若い頃に窮地を救ってくれた軍人の男性と交わした「いつかは一緒にダンスを」という約束を、20年後のアメリカ大使館で開かれた舞踏会で実現することになったその理由は?

「パンドラ」はちょっと変わっていて、英国で自殺と偽装された殺人事件が発見され、英国警察のベテラン警部が真犯人に近づくと、第一次大戦時の戦友だった情報部MI5のエージェントから捜査停止を告げられ、さらに隠されている陰謀がわかるというややこしい物語。

「アジア・エクスプレス」は満鉄の中で起きた殺人と、日本のスパイとソ連のスパイキラーとの壮絶な知恵比べです。

このシリーズも4作目、最初の頃の驚きやわくわく感からすると、意外性は薄れてきて、初期の頃のような泥臭い人間が、思いもよらないような活躍をするというドキドキはなく、まるで最初からスーパーマンが活躍するように変わってきて、そろそろ潮時かな~って気もします。

007シリーズも、初期というかイアン・フレミングが書いた小説では失敗してぐじぐじ悩む人間味あふれるジェームス・ボンドが、今ではエンタテインメント性だけの、単なるサイボーグ的なスーパーヒーローとなってしまい、つまらなくなりました。

アイデアは毎回違っていて楽しめるのですが、意外性がウリだけに、ちょっと残念かな。

★★☆

著者別読書感想(柳広司)

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