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この夏に、松尾芭蕉が辿った奥州路を走り、芭蕉も船下りをした最上川を見てきたこともあり、その芭蕉の生涯と有名な俳句を簡単にまとめてみました。

松尾芭蕉といえば、小学生でも知っている「奥の細道」などに出てくる多くの俳句で有名な俳人ですが、なぜか映画やドラマでその生涯を取り上げられることはなく、あまり知られていないのではないでしょうか。

つまり「これだけ押さえておけばあなたも芭蕉フリークになれる!」というまとめです。但し、年代(西暦)と年齢に一部不整合がありますが、調べても諸説あったりしてハッキリしないためご容赦ください。

松尾芭蕉の生年は諸説ありますが、一般的に定説と言われているのが1644年(正保元年)ということなので、それにしておきましょう。

その芭蕉が生まれた今から370年前とはどういう時代だったかと言うと、戦国時代が終わり、徳川3代目の将軍徳川家光が政権につき、比較的落ち着いていた平和な時代ですが、この時代に鎖国政策、キリシタン弾圧(島原の乱)、参勤交代などが国の制度として確立されました。お隣の中国では明が清国に征服され滅ぼされ、英国ではピューリタン革命が起きています。

芭蕉は父、松尾与左衛門、母は梅の次男として現在の三重県伊賀市に産まれます。幼名は金作、通称は甚七郎他、この地で29歳まで過ごします。

なんと生家は最近になっての復元ではなく、当時の木造住宅が残されているんですね。ただし1854年(160年前)の安政の大地震で被災し、改築されたということですが、当時の面影はそのまま残っているそうで驚きです。

芭蕉翁生家(伊賀市上野赤坂町304)

1662年(芭蕉19歳)頃、2歳年上の長男良忠とともに京都にいた歌人北村季吟に師事し、俳諧の道に入ります。現在判明している最古の句は、1962年に詠んだ句で、
『春や来し 年や行けん 小晦日』
です。

1672年(29歳)の時、処女句集「貝おほひ」を上野天神宮(三重県伊賀市)に奉納します。

1674年(31歳)に江戸へ立ち、しばらく日本橋に住んだ後、1677年頃(32歳)には現在の文京区にある関口芭蕉庵に居を構えます。当時の平均寿命は50歳ぐらいと言われていますので、当時の31歳といえば、今の感覚で言うと55歳ぐらいの中高年となります。意外と晩成型だったんですね。

そう言えば芭蕉の肖像や銅像を見ると、たいていは年寄りじみた面立ちや姿格好に描かれることが多いようですが、実際に亡くなったのは51歳ですから、イメージがちょっと狂ってしまいます。

関口芭蕉庵

そして1680年(35歳)の頃に、現在の江東区深川近くに転居します。

深川芭蕉庵跡

1684年(39歳)に芭蕉は『野ざらし紀行』の旅に出ます。その出発の時に詠んだ句が
『野ざらしを 心に風の しむ身哉』
で、それが紀行集のタイトルの由来になりました。

行き先は江戸から東海道を西へ向かい、生まれ故郷の伊賀を始め、大和(奈良)・吉野・山城(京都)・美濃(岐阜)・尾張(愛知)・木曽(長野)・甲斐(山梨)を廻わり、江戸に戻ったのは翌年の1685年(40歳)です。この旅の後半、熱田で詠んだ句が、
『山路来て何やらゆかしすみれ草』
です。

江戸に戻り1686年(41歳)の発句会で、今や小学生でも知っている有名な句
『古池や 蛙飛びこむ 水の音』
を詠みます。
また1687年(42歳)には、
『月はやし 梢は雨を 持ちながら』
『花の雲 鐘は上野か 浅草か』

の句を詠みます。

1687年には再び旅に出て、東海道を下り、鳴海・熱田・伊良湖岬・名古屋などを経て伊賀上野に入り、1688年(43歳)に伊勢神宮を参拝し、その後吉野・大和・紀伊(和歌山)と巡り、さらに大坂・須磨(兵庫)・明石を旅して京都にたどり着きます。

東海道を下っていた時、旧友と会った満開の桜の木の下で詠んだ句
『命二つの 中に生きたる 桜哉』
奈良の唐招提寺の鑑真座像の前で作ったとされる句
『若葉して 御目の雫 ぬぐはばや』
は有名です。

京都から江戸へ復路は、『更科紀行』として纏められています。大津・岐阜・名古屋・鳴海を経由し、信州更科(長野)の姨捨山で月を観て、善光寺へ参拝を果たした後、1688年8月下旬に江戸へ戻ります。
善光寺では、
『月影や 四門四宗も 只一つ』
長野の十六夜観月殿で
『いざよいも また更級の 郡かな』
の句を残しています。

江戸に戻った翌年、1689年(45歳)の時に、弟子の曾良を伴い、今度は下野(栃木)・陸奥(福島・岩手・青森)・出羽(山形・秋田)・越後(新潟)・加賀(石川)・越前(福井)などを巡る「奥の細道」の旅に出て、そこで数多くの名句が生まれます。

『あらたふと 青葉若葉の 日の光 』:日光東照宮
『田一枚 植て立去る 柳かな』:栃木県那須町
『夏草や 兵どもが 夢の跡』:岩手県平泉町
『閑さや 岩にしみ入る 蝉の声』:山形県・立石寺
『五月雨を あつめて早し 最上川』:山形県大石田町
『雲の峯 幾つ崩れて 月の山』:山形県鶴岡市
『象潟や 雨に西施が ねぶの花』:秋田県にかほ市
『荒海や 佐渡によこたふ 天河』:新潟県出雲崎町
『一家に 遊女も寝たり 萩と月』:新潟県糸魚川市

この奥の細道の旅、イメージでは相当長い年月をかけて歩いたかと思われていますが、江戸~東北各地~越後~越前~美濃(岐阜)までの約2400kmを約5ヶ月で踏破しています。

奥の細道のルートマップはこちらのものがわかりやすいので参照
芭蕉.com

途中舟に乗ったりもしたでしょうけど、5ヶ月間で均すと1日16kmの道のりは、東海道や中山道のようによく整備されたところばかりではなく、険しい峠や難所、時には道なき道のようなところを歩くことを考えると、昔の人は元々健脚だったと言え想像を絶する速さです。

しかも旅の途中でひとつの宿に何日も逗留していた日も多く、おそらく歩くときは1日に30~40km近くを歩いていたものと考えられます。伊賀の国の出身と言うことと、この健脚、そして各地の有力藩の要衝や港湾をくまなく見て歩いたことが、時々登場する「芭蕉=忍者(隠密)説」の根拠となっているみたいです。なにか謎めいたロマンを感じます。

東北~越後の旅を終えたあと、そのまま伊勢や伊賀上野、京都へ向かい、1690年(46歳)には滋賀近江の幻住庵に逗留し、しばらく静養します。46歳といえば今で言うと70歳過ぎの感覚ですのでさすがに疲れたのでしょう。

そしてこの近江の地で「「幻住庵記」を著します。この間に詠んだ
『初しぐれ 猿も小蓑を ほしげ也』
も有名な句です。

幻住庵

1691年(47歳)に京都・嵯峨野に入り、知人の俳諧師向井去来の別荘「落柿舎」に滞在、ここで「嵯峨日記」を執筆します。その後京都の医師で俳諧師でもあった野沢凡兆宅に移りますが、同年9月には京都を発って10月に江戸の芭蕉庵に戻ります。

この頃に詠んだ句として、
『物いへば 唇寒し 穐(あき)の風』
があります。

そして1694年(51歳)5月に江戸を立ち、今度が実質的に最後の長距離の旅となる伊賀上野、奈良、京都、近江へ出向きます。本当に人生後半になってからよく旅に出る人です。
その旅で詠んだ句が、
『菊の香や 奈良には古き 仏達』
『此道や行人なしに秋の暮』


その後、弟子の依頼で大坂へ入り、そこの句会で詠んだのが、
『秋深き 隣は何を する人ぞ』
です。

しかしタフな芭蕉もとうとう病に倒れ、発熱と頭痛のため、旅先の大坂で病床に伏せます。病気は諸説ありますが食中毒というのが一般的で、当時としては高齢の上、旅の疲れや、弟子達の争いの仲介などで心身とも疲れ果て身体の免疫力が低下していたとも言われています。

その病床で最後に詠んだ句とされるのが、
『旅に病んで 夢は枯野を かけ廻る』
です。生涯各地を旅して歩いたいかにも芭蕉らしい句です。

1694年10月12日に51歳で死去。遺骸は近江の義仲寺に運ばれ、翌日には亡くなる二日前に書いたとされる遺言に従って木曾義仲の墓の隣に葬られます。

義仲寺(滋賀県大津市馬場1丁目)

芭蕉の句碑(芭蕉塚)は、沖縄県を除き全国46都道府県に3000カ所以上あり(北海道、九州、中国、四国へは行ってないと思うのですが)、中でも多い場所は、生誕の地三重県、ではなく、長野県と群馬県で、その数200カ所を超えます。次が山形県、埼玉県、新潟県で100カ所以上あります。

余談ですが「松島やああ松島や松島や」は、かつては芭蕉の句として有名でしたが、近年の研究では別人の句というのが定説になっているようです。

そのうち斬り合い、殺し合い、謀略ばかりが目立つ最近のNHKの大河ドラマに、江戸時代に花開いた文化と平和の象徴でもある「松尾芭蕉」が取り上げられることがあっても不思議じゃないですね。




【関連リンク】
847 みちのく急ぎ旅 後編
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