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幻の女〔新訳版〕 (ハヤカワ・ミステリ文庫) ウイリアム・アイリッシュ

76年前の1942年にアメリカで発刊されたかなーり古いミステリー小説で、1944年には映画化もされています。

ミステリー小説と言えば、アガサ・クリスティや、エドガー・アラン・ポー、探偵小説では、アーサー・コナン・ドイルのホームズシリーズなどの有名な作品を除き、ほとんどの作品は時代とともにやがて消えていくものが多い中で、何度も再版され、設定を現代風にアレンジされテレビでドラマ化されたりしている古典ミステリーの名作と言える数少ない作品です。

発刊された1942年というと昭和17年で、その頃日本では前年から始まった太平洋戦争の真っ最中で、戦意高揚が目的以外の娯楽はほとんどなくなっていく時代です。

ところが戦争の相手国であるアメリカでは、第2次世界大戦が始まった1939年に制作された映画「風と共に去りぬ」もそうですが、本国から遠い地域でおこなわれている戦争とは言え、戦意高揚などとは関係なく(アメリカでも国を挙げて戦時債権の宣伝がおこなわれてはいましたが)、娯楽や芸術は、戦争とは関係なく、淡々と贅沢にお金をかけて制作されたりするものです。

さて、小説の内容ですが、ミステリー小説なので、ネタバレするような内容は詳しくは書けませんが、時代を現代に置き換えても十分に通用する内容で、「夫婦」「離婚」「不倫」「愛人」「殺人」「ファッション」「刑事」「親友」などがキーワードとして、時代を今に置き換えてもまったく同じお決まり?の項目が並びます。76年前と現代とでなにも変わっていないということにまず驚かされます。

ハードボイルドというのでもなく、また刑事ものでもなく、状況証拠から妻を殺したと疑われ、死刑判決を下された主人公は、誰に助けを求め、そして誰に救われるのか、妻を殺して自分に罪をかぶせたのは誰か、、と言ったストーリーです。

タイトルの「幻の女」とは、殺人犯とされた主人公が、唯一その殺人がおこなわれたとされる時間に一緒にいて、無実を証明することができる名前も知らない女性のことですが、この女性がなかなか探し出せません。

外国の長編小説ではやたらと登場人物が多くて、名前が覚えられずに苦労するケースが多いのですが、この小説は登場人物も限られていて、主人公の記憶が話しの主となりテンポがよくてたいへん読みやすいです。

★★★


 ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟

幸福な生活 (祥伝社文庫) 百田尚樹

2011年に単行本、2013年に文庫版が発刊された短編小説集で、いわゆるショートショートに近い感じです。

政治信条などは別として、書かれている小説はたいへん好きなので、文庫化されているほとんどの作品は読んでいます。

それぞれのタイトルは、「母の記憶」「夜の訪問者」「そっくりさん」「おとなしい妻」「残りもの」「豹変」「生命保険」「痴漢」「ブス談義」「再会」「償い」「ビデオレター」「ママの魅力」「淑女協定」「深夜の乗客」「隠れた殺人」「催眠術」「幸福な生活」「賭けられた女」で、19編が収録されています。

いずれも最後のページをめくると、その最後の1行でオチがあるという仕掛けになっています。

短編ミステリー小説はあまり書いていない著者ですから、そのテクニックについては、話しの中盤ぐらいで簡単にオチが見えてくる、やや荒っぽさが残りますが(それも著者流の作戦かも知れません)、それでも短い文章の中でテンポよくキレキレの話しを面白く読ませてくれることは、他の長編小説と変わりありません。

それぞれの内容は、短編だけに少し書くだけでオチがわかってしまいそうなので書きませんが、星新一や小松左京のショートショートのように気楽に読むと良いかもしれません。シリアスなオチもあれば、ブラックユーモアなオチも楽しめます。

でもやっぱりこの著者の小説は、短編ではなく、じっくり長編で読みたいものです。

★★☆


 ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟

神様のボート (新潮文庫) 江國香織

1999年単行本、2002年に文庫化された恋愛小説です。この著者の作品を読むのはこれが初めてです。

著者は20歳の1885~86年に詩や童話でデビューし、1989年に短編小説集を発刊、2004年には「号泣する準備はできていた」で直木賞を受賞されています。

そう言えば少し前に映画「間宮兄弟」をテレビ(録画)で見ました。後で知りましたが、この映画の原作は著者の小説です。内容は、他の用事をしつつながらで見ていたこともあり、さっぱりわかりませんでしたけど、、、

この「神様のボート」は2013年に宮沢りえ主演でNHK BSでドラマ化されていたそうです。

主人公は、W不倫の末に生まれた子供とともに、転居を繰り返しながら、子供の父親が迎えに来てくれるのを待っています。

その子供の父親はというと、事業に失敗してしばらく債権者から逃亡すると言ってどこかへ行ってしまいますが、考えてみるとなんて無責任なヤツだ!って思ってしまいます。

女性視点からすれば、そうした逃げていった男性でも、愛があれば、いつまでも待てるってことなのでしょうか。ちょっと非現実的な感じがします。

小説でも、主人公の娘が高校生になるときには、そうした無意味と思える転居を繰り返す母親に抵抗して、全寮制高校へ行くと言いだします。当然でしょうね。

それでもこの主人公に共感できる女性がいっぱいいるそうで、おじさん視点ではまったく理解できない世界です。

★☆☆


 ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟

それは経費で落とそう (集英社文庫) 吉村達也

著者は1952年生まれですから団塊世代の方です。大学卒業後はサラリーマンとして勤務し、34歳で作家デビュー、40歳前には専業作家となり、その後数多くのミステリー小説やホラー小説などを出されています。ただ、残念なことに、6年前の2012年に60歳で病気のため亡くなっておられます。

この著者の作品を読むのはこれが最初ですが、この作品は1992年刊で、作家としては初期の頃の作品で、自分のサラリーマン時代のことを思い出しながら書かれたのだろうなという気がします。

作品は、「ま、いいじゃないですか一杯くらい」「あなた、浮気したでしょ」「それは経費で落とそう」「どうだ、メシでも食わんか」「専務、おはようございます」の5編で、サラリーマンなら普通に使っていそうな一言がタイトルになっています。しかし中身は、殺人事件あり、飲酒死亡事故あり、手遅れの病気ありと、結構過激です。

この本が発刊された92年と言うと、バブルが弾けた頃ですが、書かれているのはまだバブルのさなかという感じで、飲酒運転、タクシーチケット、豪華接待、深夜残業など、今の時代なら目をむきそうなことが当たり前におこなわれていたりします。

表題にもなっている「それは経費で落とそう」は、営業マンが領収書をかき集めて日付や金額を加工して接待経費で落とそうとしますが、経理部の女性に目を付けられ、それが殺人事件にまで発展するという無茶な展開。

どれも最後にオチがありますが、意外とあっさりしたもので、背筋がヒヤッーと凍るというようなものではありません。もちろん、ほのぼのとするような作品ではありませんので念のため。

そうそう、文庫のあとがきにも書かれていましたが、1995年にこの中の3話がオムニバスとしてテレビドラマ化されていたそうです。私は見ていませんが。

★★☆


【関連リンク】
 8月後半の読書 村上海賊の娘(1)(2)(3)(4)、京都ぎらい、眼球綺譚
 8月前半の読書 ドグラ・マグラ(上)(下)、11 eleven、「子供を殺してください」という親たち
 7月後半の読書 蛇行する月、みっともない老い方、天空の蜂、夏美のホタル
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 4月前半の読書 土漠の花、限界集落株式会社、明烏―落語小説傑作集、懐かしい日々の想い




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村上海賊の娘 (新潮文庫)(1)(2)(3)(4) 和田竜

2013年に単行本が、2016年に文庫が発刊された、長編時代小説です。

好きな作家さんで、他のすべての長編小説「小太郎の左腕」、「忍びの国」、「のぼうの城」を過去に読んでいます。

織田信長や豊臣秀吉、毛利元就など戦国時代の英雄を語るときに、必ずと言っていいほど脇役として出てくる瀬戸内海に出没していた一大勢力の村上海賊が主人公です。

織田信長が天下統一に向けて着々と地盤を固めつつある頃、比叡山を焼き払い神仏を破壊する信長に反旗を翻す大坂(石山)本願寺との戦争において、村上海賊が大きく関わってきます。

信長と大坂本願寺の戦を静観していた中国地方の大名毛利家に、大坂本願寺が信長包囲網の中で唯一残されている海路で食糧の救援を依頼しますが、毛利家としては、いずれ衝突することが見えている信長の敵に救援物資を送り、北の上杉謙信とともに信長包囲網を築くのがいいのか、それとも強大な信長の意向に従って静観するべきか迷います。

そんな中、食糧を海路で運ぶことになれば絶大な海上勢力を持つ村上海賊の全面的な支援と協力が必要ということで、三家に分かれている村上海賊の内、因島村上家と来島村上家の二家はすでに毛利家の家臣団に組み込まれ問題ないものの、もっとも強大な能島村上氏は、過去に毛利水軍に攻められたこともあり、簡単に毛利家には従ってくれません。

その能島村上家の長女(姫)が主人公ですが、姫が海上で偶然助けた一向宗の農民達が乗る船で、農民達の願いを聞き入れ、単独で農民衆を率いて大坂へ向かい、そこで信長軍と大坂本願寺の戦に巻き込まれていきます。

面白いのは、その長女が、彫りの深い西洋人ぽい顔立ちだったので、当時の一般的な価値判断で言えば醜女と言われていたのが、すでに西洋人が多く出入りしていた堺などがある泉州地域に行くと、見目麗しいと評されること。

そして様々な思惑が交差しながらも、大坂石山寺へ食糧を海上輸送することになり、いよいよ毛利側の村上海賊と織田信長側の泉州海賊が河内の海で激突します。

大型の安宅船と中型の関船、小型の小早が入り交じり、村上海賊の新兵器焙烙玉など戦国時代の海戦の話しが長々と続きます。ちょっとその辺はかったるいかも。

それはともかく、信長や顕如、小早川隆景はもちろんのこと、和歌山の雑賀衆鉄砲隊で有名な鈴木孫一など実在人物も数多く登場し、今まで余り語られてこなかった戦国史の一ページが展開されなかなかスペクタクル満載です。

こういう内容は文字で読むよりは見た方がずっと派手で迫力があるでしょうから、そのうち映画化されるかもしれませんね。

★★☆


 ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟

京都ぎらい (朝日新書) 井上章一

元々は建築史など学術の人ですが、それ以外の著作物も多い著者さんで、私と同年代と言うこともあり、書いてあることに、いちいちごもっとも~と思う点がいくつもありました。

ただ私はそこまでしつこい粘着質ではないなーと、学者先生との違いを実感するのでした。

この新書は2015年に発刊されたもので、タイトル通り、京都市出身の著者がなぜ京都を嫌いになったのかということが、延々と綴られています。

京都と言ってもそこは歴史のある街なので、今でも洛中(中心部)と洛外(それ以外)の地域差はあり、洛中で生まれ育った人にとっては、同じ京都市内であっても洛外へ引っ越すなんて都落ちもいいところで、心情的に許されないことです。

親子3代に渡って江戸に住んで江戸っ子と言いますが、京都の場合は千年の歴史があるだけにたった3代というわけではなく、もっとずっと古くからの慣習や変なプライドが残っていてやっかいです。

そこには当然洛中生まれというブランドが、それ以外の地域住民への差別が綿々と先祖代々引き継がれてきているわけですね。

でもそのあたりの事情や機微は京都の人でしかわからないことかも知れません。日本国中で言えばたった数十万人、たぶん全人口の0.2%ほどの洛中の人に皮肉を言われたからと言って、そんな大げさに反応する必要などなく、逆に馬鹿にして大笑いしていればいいだけのこと。

それにしても、こういう嫌みを言われた、皮肉っぽく言われたと繰り返し恨み節が出てきて、学者というのは面倒なことに極度の粘着質なのだなぁとつくづく思います。それぐらい粘ってひとつのことを追い求める精神力が学者として必要な能力なのでしょうけど。

★☆☆


 ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟

眼球綺譚 (角川文庫) 綾辻行人

1995年単行本、1999年と2009年に別々の出版社にて文庫化されたホラー短編集です。

収録されている作品は、「再生」「呼子池の怪魚」「特別料理」「バースデー・プレゼント」「鉄橋」「人形」「眼球綺譚」の七編です。

なかなか味わい深い短編が多く、忙しいさなかにさらっと読むのではなく、腰を据えて夜中でひとりジックリと味わいたいものです。暑い夏の夜でも背筋がゾワッとして涼めます。

著者の作品は、過去に「Another」「奇面館の殺人」「最後の記憶」「深泥丘奇談」の4作品を読んでいますが、いずれもたいへんわくわくドキドキで面白かった記憶が残っています。

短編の中の「人形」は、著述業の主人公が、同じく作家の嫁(著者夫婦と同じ設定)が仕事で海外へ行くと言うので、その間久しぶりに親に顔を見せに実家へ帰った時に起きた出来事で、実家の犬の散歩をしていたら、犬がどこからかのっぺらぼうの人形を咥えて戻ってきます。

翌日、鏡を見るといつも見慣れた黒子がなくなっていることに気がつき、はたと気づいて人形を見るとそちらに黒子ができている。

そして次は指紋が、耳が、口が、、、と、、、思っただけで背筋がゾクゾクします。

短編集のタイトルにもなっている「眼球綺譚」は、目をくりぬかれた殺人事件と、古くからあって今は廃墟となっている洋館と、シュチュエーション自体が気持ち悪さ全開の短編ですが、この著者には珍しく?ちょっとエロティックなシーンもも登場します。

★★☆


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ドグラ・マグラ (角川文庫)(上)(下) 夢野久作


1935年(昭和10年)刊のミステリアスな小説で、著者はこの作品を書いた1年後に多くの謎を残したまま死去しています。

最初にこの作品を書き出したのが作家デビューした1926年ということですので、その後10年間にわたって、この作品を煮詰めてきた著者のライフワークと言ってよい作品です。

また1988年には無謀にも映画化されています。監督は「薔薇の葬列」などの作品がある松本俊夫、出演者は桂枝雀(2代目)、室田日出男、松田洋治など。

古い小説なので、著作権も切れていて、複数の出版社から出ていますが、有名なのは米倉斉加年氏のお洒落であるものの、エロチックなイラストを使った角川文庫版。買うとき、若い女性の店員さんに差し出すのにはちょっと抵抗がありますね(笑)。

私という精神病院に収監中の若い男性が主人公で語るという形式です。この主人公と、自殺した?精神科医が残したという過去の殺人事件の調査報告書の加害者が、同じかどうなのか?ってところが一つの主題でもあり、どうしてそのような猟奇的殺人事件が起きたのか、精神異常の本質とはなにかなど、とても戦前に書かれたとは思えない圧倒的な知識や技術で展開されていきます。

とは言うものの、日本三大奇書とも言われるほどのミステリー小説ですから、私のような凡人の頭ではなかなかうまく整理できず理解がうまくできません。

胎内で胎児が育つ10か月のうちに閲する数十億年の万有進化の大悪夢の内にあるという壮大な論文「胎児の夢」(wikipedia)とか、「脳髄は物を考える処に非ず」と主張する「脳髄論」(同)などの話しは理解するどころか読み進めるのさえ苦労します。

少なくとも精神的に混乱しているときや、仕事に行き詰まって頭を抱えているときには読まない方が良さそうです。

そして、「それは嘘だったんだ」とか「あれは君のためを思ってあえてそうしたんだ」というような、読者が必死になって考えたことをいとも簡単にひっくり返すような展開もあって、いったいなにが真実なのかというのが、主人公と読者に投げかけられてきます。

ま、面白かったか?と聞かれたら、まずまずってことで、熱心にジックリ読んでいたら、読むのにやたらと時間がかかってしまいました。

タイトルの「ドグラ・マグラ」は、作中に精神異常をきたして母親と許嫁を殺したとされる主人公?が書いたとされる小説のタイトルに付けられていたもので、「戸惑う、面食らう」の方言がなまったものという話もありますが、詳しくは不明です。

とにかく、サクッと一気に読めるっていう携帯小説のような軽いものではないことだけは確かです。

★★☆

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11 eleven (河出文庫) 津原泰水

著者は幻想、怪奇、ホラー系ジャンルの小説を得意とされる方ですが、この作品は11編の短編小説をまとめ2011年に単行本、2014年に文庫化されました。この著者の作品を読むのはこれが初めてです。

短編それぞれのタイトルは、「五色の舟」「延長コード」「追ってくる少年」「微笑面・改」「琥珀みがき」「キリノ」「手」「クラーケン」「YYとその身幹」「テルミン嬢」「土の枕」です。

う~ん、、、どの短編も最近の流行なのでしょうか、起承転結など関係なし、いつ始まっていつ終わったのか定かでないような悪く言えばダラダラと流れる物語ばかりで、昭和生まれのオッサンにとっては怪奇小説ではないのに、どうにも消化不良を起こして気色悪い感じ。

でもこういうのが最近の若い人にはうけるのでしょうね。なんとも言えません。

同時に並行して読んでいた「ドグラ・マグラ」も不思議な小説で、精神異常、怪奇小説とも言えますが、双方ともに私には理解と想像を遙かに超えるもので、時々読むのならともかく、一度に読んじゃうと言う今回の書籍選択は、ちょっと誤った感があります。

★☆☆

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「子供を殺してください」という親たち (新潮文庫) 押川剛

著者は精神障害者移送サービスを営み、精神に異常を来した人と直接に接してきた方で、このノンフィクションは、2015年に文庫が刊行されています。

まずタイトルに驚かされますが、当初はどうせ引きの良い派手なタイトルだろうぐらいに思っていましたが、あに図らんや、どうしてどうして、精神的におかしくなった人とその家族の葛藤が、現場からの緊迫感、臨場感、悲壮感が漂うドキュメンタリーとして展開され、読みながらその話しに息をのんでしまいます。

以前、中高年引きこもりの話しを調べてここで書いたことがありますが、そちらもある意味では病気でもあり、隠れた社会の暗部の一面に違いありませんが、こちらはより暴力的で、警察や精神病院が都度登場してくるような派手な展開で、実際にこうした世界がこの日本の中で起きているのだということを思い知らされます。

また、過去に読んだ山本譲司氏のノンフィクション「累犯障害者」でも衝撃を受けましたが、それと同様に多くの人は見ても見なかったことに、聞かなかったことにしたいと思うような出口がない話しが次々と出てきて、タイトルも決して大げさではないってことがよくわかります。

中高年の引きこもりでも感じましたが、ここに登場してくる精神に異常を来した人達は、その親子関係、家族関係に大きな問題があったことが明らかです。

「病院はどこも長期で預かってくれない」「本人はすぐに退院を求める」「家族以外に養える人はいない」ということで、結局一緒に暮らすと「暴力がエスカレートして自分たちは殺されるかもしれない」「そうなる前に子供を殺して欲しい」となるわけです。

もちろん同じ家族の兄弟でも、片方が異常を来し、片方はなにもないことが多く、異常を来した人自身に多くの問題があることは確実でしょうけど、子供へのしつけや甘やかしでは、これが正解ということはなく、難しい問題であることがよくわかります。

それにしても、この著書の中でも繰り返して書かれていますが、親が子育てを一歩間違うと取り返しが付かなくなるってことですね。

★★☆

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蛇行する月 (双葉文庫) 桜木紫乃

2013年に単行本、2016年に文庫化された連作短編小説です。自身の出身地でもある釧路近くが舞台で、思うようにいかない仕事や、妻子あるずっと年上の男性と駆け落ちした高校時代の同級生の話しとか、創造が書いたことが主体でしょうけど、現実的にどこにでもありそうな話しが中心です。

過去には「ラブレス」や、直木賞を受賞した「ホテルローヤル」を読みましたが、舞台が同じと言うこともあり、なんとなく続編や番外編を読んでいるような錯覚にもなります。

最近の作品は知りませんが、人気作家となった今では、これからもっと小説の舞台や登場人物の幅を拡げていく必要がありそうです。

それとも、あえてこの北海道、しかも釧路というシチュエーションにこだわっていくのかな?

こだわって書くのも一つの持ち味で、悪くはないと思いますが、名前で売れると踏んだ出版社からはやいのやいのと言われているでしょうね。「旅費を出すから海外に取材旅行へ行きましょう!」とか。

この著者が書く労働は、常に暗く厳しく、まるで蟹工船のような過酷なもので、そうした中でもがき働く人物をうまく描写していくというのがお得意です。

よほど、労働においては今までろくなことがなく、恨みを持っているなということが考えられますが、それは売れっ子作家になってからは改善できたのか気にかかるところです。

★★☆


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みっともない老い方: 60歳からの「生き直し」のすすめ (PHP新書) 川北 義則

2011年刊の新書で、この今年83歳でますます意気軒昂?な著者の著書には「○○の品格」とか「××歳からの」的な、年齢や性格に応じた先輩からの指南書のような本が多い感じですね。それがまた売れるのでしょう。

この数多くの著書がある著者の本の中では、過去に「遊びの品格」と「男の品格」を読んでいます。どちらもそこそこ面白かったので、お勧めです。

こちらのテーマもタイトル通り、主としてリタイヤ後の主として男性高齢者に向けた常識的な生き方指南書という感じです。

なかなか60歳で即引退とはいかないのが実情ですが、少しでも老後の生活を豊かにするため、少なくてもいいから稼ぐ方法を考えようとか、妻との関係を今までのような任せっきりではなく、大きく考え方を改め、料理を学んでおくとか、地域行事への参加、時にはひとり旅をしたりと、いくつか実践すべきことが書かれています。

そうは言っても、退職金など当てに出来ない多くの人は、65歳からしか年金がもらえなくなった制度と合わせると、60歳から5年間は、少しでも稼げる方法で働くしかないわけで、どちらかと言えば、そちらの方法指南のほうが大事じゃないかなと思ってしまいます。

筆者のように40代で独立し、うまく事業を経営していれば60歳という定年もなく、いつまでも働けるでしょうけど、この本の読者のほとんどはそうではないだけに、苦しんでいるわけです。

ま、会社に安住していたのは自業自得だって言われてしまえばその通りですが、多少でもバブルを経験した人達にとって、夢よもう一度!とか、あのときは良かったとか、なかなかいいときの思いが捨てられず、気持ちを切り替えられないというのが本当のところでしょう。

なので、定年を迎えて、やっと会社の束縛から離れられる!と一瞬喜んでも、次に待っているのは、不安な老後と、年金受給までどうやってしのぐか?という、いつまでも逃れようのないジレンマとの戦いだってことがこのお気楽な本を読んでの感想です。

★★☆


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天空の蜂 (講談社文庫) 東野圭吾

1995年に単行本、1998年に文庫化された書き下ろし長編小説です。2015年には堤幸彦監督、江口洋介、本木雅弘、仲間由紀恵などの出演で映画化されています。

今や押しも押されぬ不動の人気作家の著者ですが、この小説が出た当時はデビュー10年に満たない若手作家のひとりでした。もっともこの頃から多くの意欲的な作品を次々出して、人気作家の階段を上り始めていましたが。

主人公は、三菱重工を思わせる原子力プラントや自衛隊ヘリコプターなどを複合的に製造しているメーカー技術者で、新たに開発した自衛隊用の大型ヘリのテスト飛行日に格納庫から盗み出されてしまいます。

無線操縦と、予め仕込まれた自動操縦機能で、無人の大型ヘリは、名古屋の工場から敦賀市にある新しい原発の上空へ向かい、その真上でホバリングを始めます。

同時に盗み出した犯人から、「爆薬を搭載したヘリを原発に墜落させたくないのなら、日本中の原発を今すぐに停めて破壊せよ」という脅迫が届けられます。

しかし、無人のはずのヘリに試験飛行を見に来ていた主人公の息子が乗っていることがわかり、犯人との交渉で自衛隊員が飛行中のヘリから子供を救出することになります。

というようなアクション場面が満載の優れたエンタテインメントで、小説発表後20年も経った後ですが、映像化することでその魅力がさらに伝わりやすく、映画化されたのも頷けます。

原発事故の話しや原発の仕組みなどが節々に登場しますが、この小説から16年後には、テロではないものの、本当に原発が水素爆発し、原子炉がメルトダウンするという大きな悲劇に見舞われることになります。

まるで、その時を想像していたかのような深い内容で、おそらく東北震災後に映画化されたのも、そうした原発事故を受けて、単なるエンタメだけでは終わらず、あらためてこの作品が持っている奥深さを表面化したいと考えたのではないかなと思われます。

いろいろと無理のある設定もありましたが、そうしたことを吹き飛ばすような深いリアリティのあるアクション小説と言えるでしょう。

★★★


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夏美のホタル (角川文庫) 森沢 明夫

高倉健最後の主演の映画としても有名な「あなたへ」の原作小説など数多くの小説を書かれている作家さんの2010年単行本、2014年文庫版発刊された青春小説です。名前はよく知っていただけに、意外でしたがこの著者の作品を読むのは初めてです。

2016年には廣木隆一監督、有村架純主演で映画も制作されていました。どうも設定がだいぶんと小説と映画では違うようですけど。

プロのカメラマンを目指して芸術大学に通う男性と、その恋人で幼稚園の先生をしている主人公の女性が主人公で、女性の運転するバイクでツーリング中に立ち寄った田舎の酒屋で、年老いた親子と出会います。

その親子や近くに住むまた強面の仏師との交流もあり、夏休みの間、親子の家の離れを借りて住むことになります。

コンクールに出すための写真を撮影したり、川遊びを教えてもらったりと、まるでそこの家の子供になったようなひと夏の経験を過ごします。

そして、やがて夏が終わり、その家から元へ帰りますが、半身が不自由な高齢の子供が先に逝き、そしてその子と一緒に暮らしてきた親の老婆も亡くなります。

ただそれだけの物語ですが、不思議な人と人のつながりや、「生まれてきてありがとう」という親の気持ちなど、いろいろと考えさせられる内容となっています。

短い特に大きな展開も波乱もない地味な小説ですが、著者の思いが詰まった良い小説でした。

★★★


【関連リンク】
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シャンタラム〈上・中・下〉 (新潮文庫) グレゴリー・デイヴィッド・ロバーツ

2011年に出版された、この破天荒な内容の小説は、著者の自伝的な内容と言うことをあとで知って驚きました。

著者のプロフィールには、
1952年、豪メルボルン生れ。十代から無政府主義運動に身を投じるも、家庭の破綻を機にヘロイン中毒に。1977年、カネ欲しさに武装強盗を働き、服役中の1980年に重警備刑務所から脱走。1982年、ボンベイに渡り、スラム住民のために無資格・無料診療所を開設。その後、ボンベイ・マフィアと行動を共にし、アフガン・ゲリラにも従軍。タレント事務所設立、ロックバンド結成、旅行代理店経営、薬物密輸の後に再逮捕され、残された刑期を務め上げる。

とありますが、「タレント事務所設立」より前のプロフィール通りに話が展開していきます。

話しはオーストラリアで強盗事件を起こし刑務所に収監されていた主人公が、脱獄して偽のパスポートを使いボンベイ(1995年からムンバイと変更)に到着してからの話しです。

その刑務所から脱獄した場面も、小説のかなり後になってから、回想というか、自身の身の上を語るときに改めて出てきます。

小説ではインド・ボンベイでの話しがほとんどで、そこを拠点として近隣諸国へ出かけるときもありますが、インド人の宗教観や住んでいる人種、複雑な種族、言語、交通、地方など、目に浮かぶような叙情的な表現があちこちに見られます。

そして賄賂やスラムの中やインドの刑務所の中での激しい拷問のことまで、1980年代のインドの裏の実態を(やや大げさに)知るには役立つかもしれません。

登場人物は、インド人ばかりでなく、インドに住み着いた欧米人や中東、アフリカ系民族など多彩な顔ぶれが登場し、多くの名前を覚えるのに苦労しました。

Amazonの書評では、☆5以外の、☆4から☆1までがほぼ同数という、珍しく賛否が分かれるもので、私も読み進めていく中で、何度か、この冗長で回りくどい独白表現に退屈しました。とにかく無駄と思えるどうでもよい話しがダラダラと続き、あくびが止まらない。

その点はプロの書き手ではないのだから仕方ないかと思いましたが、そうであるならば、せめてプロの編集者がなんとかすべきかなとも思ったり。

上・中・下の3巻合わせて約1800ページを超える長編で、有能で合理的な編集者なら、内容やストーリーを一切変えることなく、文章は半分以下に納めることができたのではないかなと思います(いかにも自信過剰気味の著者がそれを許さないのかもしれませんが)。

Amazonのカスタマーレビューで☆5を付けた中に「一気に読ませる傑作」と書かれていましたが、それを書いた人は、おそらく10ページも読んでいないのだろうなってことがすぐにわかります。

とにかく、覚えにくい人物名が次々と出てきて、聞き慣れないインドの風習や地理、ヒンディー語やマラーティー語での言い回し、中東イスラム圏の言葉や風習、マリファナやハッシシなどの麻薬類などがわんさかと登場してきますので、つかえつかえで読むことになり、登場人物の名前とどういう素性かをいちいち先頭ページで確認し、退屈な場面ではあくびをかみ殺しながらページを繰ることになり、一気にスラスラ読めることはまずありません。

もっとも中巻ぐらいからは慣れてくるのか、それとも、インドを出て戦火が続くアフガニスタンへ武装して出掛けるなど、場面が大きく場が動くためなのかわかりませんが、進展が早くなり、読むスピードも自然と上がってきます。こうこなくっちゃね。

昔はニューヨークが人種のるつぼと言われていましたが、この小説を読んでいると、さしずめ今ではその表現が最適なのはインドなのかも?と思わせられますが、それは欧米人(著者=主人公はオセアニア人ですが)から見たインドの姿で、付き合う相手にバイアスが相当にかかっているには違いないでしょう。

もちろん21世紀のインドは、大きく変わっていて、小説で出てきたような街も風習もかなり消えかかっていることでしょうけど、本質的なところでは当時のまま、特に西洋人から見たインドはそれほど変わっていないように見えるかもですね。

★☆☆


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老いる家 崩れる街 住宅過剰社会の末路 (講談社現代新書) 野澤千絵

2016年刊のこの新書は、ゼネコンにも勤務経験がある東洋大学理工学部教授が書いたタイトル通り、住宅の老朽化と、それと並行して起きる街の崩壊を警鐘した本です。

要点としては、人口が減り、空き家が増えてきているのに、新築の住宅も増え続け、やがてはこれらもスラム化、老朽化することで、大変なことが起きますよ~という話しです。

但し、本書に書かれている部分で、ちょっと誤魔化してありましたが、世帯数自体は本書が書かれた2016年以降の2017年時点でもまだ増え続けている(1世帯の人数が減っている)ので、世帯数が増えれば住宅数が増えても問題ないのでは?と逆に質問したくなりました。

もう一つ、農家が相続税対策のために誰も入居したがらないような不便な場所に節税マンションを建設しまくっているというような話しですが、入居者がいようがいまいが、それは大きなお世話であって、要は彼らは節税のために建てているだけのことで、賃貸経営には興味はないでしょう。

入居者が期待できない住宅のために、水道や電気・ガスなどの公共インフラを整備しなければならなくなるのは、行政や公益事業を行う民間企業の責任で、行政がそれをおこないたくないなら建築許可を出さなければ良いだけの話しで、許可を出した以上は整備する義務が生じます。

もし節税できる方法がアパート建設ではなく、駐車場でも養殖池でも野菜工場でも、太陽光発電でも同じであれば、農家はそちらを選ぶ人も出てくるのではないかな。インフラ整備が嫌ならそういう方法、手段だってあります。

現在湾岸エリアに次々と建っていく超高層マンションに対しては、今でも問題化している階数格差問題の他、中規模マンションなどでもよく問題となる修繕積立金の未収問題や、大規模補修工事や建て替え時の所有権者の同意の難しさに触れています。

確かに購入当時はバブリーであっても、10年後20年後も所有者がバブリーであり続けるとは限りませんし、所有者=住人というケースもそう多くはなさそうで、そうした時に所有者に応分の負担や義務を頼んでも素直に応じてくれるとはとても思えません。外国人(特に中国人)が投資目的で購入していたりすればなおさらでしょう。

この本を読むと、とにかく超高層マンションなど買えなくなることは必至です。もっとも買える身分でもありませんが。

行政の責任として、緩い規制のために起きる焼き畑的住宅建設というようなことが何度も繰り返して書かれていますが、日本人の特質として、古くからある郊外の住宅地の中古物件には魅力を感じず、例え不便な場所でも新築物件に惹かれるというのがあります。

ましてや、ヨーロッパのように石造りで歴史ある住宅が魅力というような感性や価値観はなく、安普請で歩くたびにギシギシ音がする中古住宅に住みたいと思う新婚さんはまずいません。

利害が多い政策よりも、文化や人の価値観を変えていかなければ、今後も古い住宅地は空き家になってそのまま残り、新しい場所に次々と新しい住宅地が作られ続けていくのだろうなと読んでいて思いました。

★★☆


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昨夜のカレー、明日のパン (河出文庫) 木皿 泉

著者は、主としてテレビドラマ等の脚本家の和泉務と妻鹿年季子夫婦の共作ペンネームというちょっとユニークな形式です。この小説は連作短編集で、著者の小説デビュー作品です。

またこの作品を原作としてNHK BSでドラマ化されています。主人公に仲里依紗、その他に鹿賀丈史、星野源、吉田羊など人気俳優が目白押しで楽しそうなドラマです。

19歳で結婚し、その3年後には夫を病気で亡くした主人公は、その夫の父親(義父)と二人で夫の実家に住み続けています。

その後会社の同僚から、求婚されますが、どうにも煮え切らず、ズルズルと居心地が良い義父の家に収まっています。

その実家の隣人の元航空会社のCAをやっていた女性や、義父が始めた山登りを教えてくれる主人公の知り合いの山ガール、義父の嫁になる女性など、主人公と様々な縁がある人たちが1話ごとに登場してきて心温まる?話しが淡々と続きます。

その他にも、顔面神経痛で笑ってはいけないときに突然笑ってしまうことで辞めた元産婦人科医とか、事故で正座が出来ずに実家の寺を継ぐのを辞めた友人とか、笑うことが出来ないCAとか、急に涙があふれると身近な人が亡くなるとか、「ま、小説ですから」というノリで、そういう人がいれば楽しいだろうなと思うだけで、リアリティはなく、強大な敵の弱点を知りたいときに、身近に天才ハッカーが現れ、すべてを調べてくれるみたいな、ご都合主義小説の一つかなぁって思うのでした。

★★☆


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