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夏休み特別企画第1弾は「山形鶴岡市加茂水族館(通称クラゲ水族館)」でした。

今回、夏休み特別企画第2弾は、青森県の八甲田山です。八甲田山と言っても山や登山ではなく、映画にもなった「八甲田雪中行軍遭難事件」関連のお話です。

1977年に公開された映画「八甲田山」は、監督に「日本沈没」など大作が多い森谷司郎、出演は高倉健、北大路欣也、加山雄三、三國連太郎、緒形拳などそうそうたる豪華メンバーが出演した作品で、私は学生時代に映画館でロードショーを見ています。夏だったのに映画を見ているとうすら寒くて凍えたのを思い出します。

その映画の原作は、新田次郎の小説「八甲田山死の彷徨」で、2年前に読んでいます。

9月前半の読書と感想、書評 2016/9/14(水)八甲田山死の彷徨 (新潮文庫)新田次郎

「八甲田雪中行軍遭難事件」は、1902年(明治35年)にロシアとの戦争が近いと考えた日本陸軍が、もしロシアが攻めてきて東北の太平洋側に上陸した場合、青森から救援に駆けつけるためには八甲田山付近の山道を踏破して三陸へ出るしかないと、厳しい冬山で雪中行軍の演習を計画し、その参加者210名中199名が凍死するという大変痛ましい事件のことです。

雪山遭難事故というのは世界中で毎年起きていますが、一度にこれだけ多くの人数が凍死で亡くなった事故はこれが世界で唯一とのことです。

原因は様々に取り沙汰されていますが、なにぶん当時機密だらけの陸軍内部で起きた不祥事で、恥ずべき事故を軍も隠したいでしょうし、公式な記録も少なく、多くのことが闇に包まれたままです。

映画の原作となった小説では、二つのライバルと目された連隊が、互いに競い合うよう八甲田山を逆方向から踏破し、途中ですれ違うという計画になっていました。

片方の連隊は、雪山の怖さを熟知していて、事前に雪山訓練を行い、装備の点検を怠らず、参加者も限定し、さらに軍としての見栄も外聞もなく、現地住民を雇って道案内を立てたのに対し、もう片方は雪山をなめてかかり、1泊の温泉旅行だぐらいの感覚で、雪山の怖さを知らない上官の命令の元、地元の案内人を断り、さらにライバルの連隊に負けたくないので、天候が悪いのを承知の上で行軍を強行するという、焦りの心理が道理を超えて悲劇に至ったとされています。

遭難現場となった近くに、八甲田山雪中行軍遭難資料館と、亡くなった199名の兵士達の墓地が作られていました。



そこの資料館の方と少し話しをしましたが「なぜ片方の連隊では道案内を断ったのか」という疑問に対し、「軍事演習において、民間の道案内役を雇うのが現実的だったでしょうか?」という冷静な意見もあり、道案内を断ったのが最大のミスだったという結果論だけで判断するのはどうかなという感じでした。

結果的には片方は、同じ天候下でひとりの凍死者も出さず、無事に八甲田山を踏破し下山しましたが、片方はほぼ全滅ということになり、その生死を分けた対比が小説にしても映画にしても最大の関心事として描かれてます。

さらに雪中行軍がおこなわれた時の天候が最悪で、今で言う爆弾低気圧のような激しい寒波が押し寄せ、遭難した連隊は、吹雪で道しるべを見失い、コンパスは凍り付いて役に立たず、食べ物もカチカチに凍って食べられないという散々な状態で、当時の気象観測技術では、そこまでの危険を事前に察知は出来なかったでしょう。

映画「タイタニック」でも、やがて沈むとわかっている客船に、乗客がそれぞれの理由や目的で乗船するのをドキドキハラハラしながら見るわけですが、この映画「八甲田山」においても、悲惨な結末がわかっていながら、そこに向かって兵士達が黙々と突き進んでいくシーンが泣けます。

その八甲田山の裾野付近の高原といった場所が迷走した遭難現場で、その近くに「後藤房之助伍長の像」が建てられています。





この銅像のモデルとなった伍長は、下山して救援隊を要請してくるよう命令を受け、その道の途中で力尽き、仮死状態で直立したまま凍り付き、遭難から5日目にやってきた救援隊に最初に発見され、数少ない凍死を免れた隊員です。

この銅像が建てられているのは青森と八甲田山を結ぶ途中にあり、天気が良い時なら、2時間も歩けば人里へたどり着けるぐらいの場所です。

その遭難現場からさらにクルマで登っていくと、八甲田山の頂上近くまで運んでくれるロープウェー乗り場があります。

あいにくの天気で、霧がかかりなにもみえないので、頂上にあがることはしませんでしたが、青森市街地などを一望できる眺めの良いところだそうです。

実は八甲田山という単独の山はなく、18の火山群の総称ということで、その中の一番高い峰で1584mあります。青森県にはもう一つ有名な岩木山という火山があり、そちらは1625mあります。

八甲田山の北側は青森市街地と青森湾と陸奥湾、南には大雪の話題の時にはいつも出てくる酸ヶ湯温泉とさらにその南に奥入瀬渓流と十和田湖という位置関係です。

夏の八甲田山は、涼しく、眺めも良くて登山客で賑わいます。しかし、冬ともなると映画じゃないですが、一瞬で白い地獄へと変身するのでしょう。

なんでも八甲田山は、近年の噴火は確認されていないものの、2011年の東日本大震災後に、山全体が膨張してきているとのことで、新たに複数の観測所が作られたそうです。何年後かには噴火することがあるのかもしれません。

万一、噴火でもしたら、規模や風向きにもよりますが、わずか20~30キロしか離れてない青森市街地はひどい状態になりそうですね。

2014年とちょっと古い話しですが、この八甲田山事件に結びつけた現代の怪現象も報告されています。

八甲田山「謎の119番」無人の別荘から通報(J-CASTニュース)
青森県内で消防通信指令室に掛ってきた1本の119番通報が謎を呼んでいる。先月17日(2014年5月)深夜、119番通報を受けたが応答がなく、ザーザーというノイズ音しか聞こえない。通報者が電話機の前で倒れているのではないか。消防はそう考えて、かけてきた電話の所在地を調べたところ、八甲田山の別荘地にある家からとわかかり、救急隊員10人が現場に急行した。

いやー、場所が場所だけに、夏でも夜中はちょっと怖そうな場所でもありますね~


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1250
夏休みを使って山形県鶴岡市にあるクラゲ博物館(通称)へ行ってきました。正式名称は「鶴岡市立加茂水族館」という地味な名前です。

クラゲと言えば、子供の頃に海水浴場で刺されて痛い思いをしたことや、ニュース報道では、クラゲが大繁殖して魚が捕れずにクラゲばかりで、それが重くて漁網が破れて困るといった話しなど、あまり良い印象を持たれていません。

でも最近は、そのまったりした透明感ある風貌と、水の中で流れに身を任せゆらゆらと漂う姿が、世知辛くいつもなにかに追われている現代人に、見ているだけで癒やし効果があると科学的に証明され、ペットショップなどにも置かれるようになり、ジワジワと人気が出ています。

世界で有数のこの「クラゲ水族館」は、クラゲが多い日本海に面した東北の最上川河口近くの海岸沿いにあります。



以前山形へ行ったときに、地元の人から「クラゲ水族館は行ったか?」と聞かれましたが、その時は「なんでクラゲ?」って思ったのですが、鶴岡市の観光名所では、この「クラゲ水族館」が一番有名なのだとか。

それを思い知らされたのが、昨年NHKで放送された「ドキュメント72時間 ゆらゆら くらげに誘われて」という番組です。

この番組の中には、全国から癒やしを求めてやってくるクラゲファンがいっぱい登場しています。

クラゲは身体の95%が水分で、透明だったり、様々な色を発色したり、大きさも形も様々な種類がいます。





この水族館も元々は普通のなんでもありの水族館で、今でもアシカショーやアザラシ、日本海の魚も数多く展示されていますが、一躍注目されるようになったのは、世界でもっとも多いとされる常時50種以上ものクラゲを生きたまま展示していることです。

そのクラゲの展示にも工夫があって、直径5 メートルの水槽「クラゲドリームシアター」に浮遊する約2 千のミズクラゲは圧巻です。



人類の歴史はせいぜい数百万年前を起源としていますが、クラゲの歴史は数億年前が起源と言うことですので、人類なんかと比べちゃいけません。地球上の生き物としては、明らかに大先輩なのです。

昔からまだ見ぬ宇宙人を漫画チックに描くときは、陸に上がったクラゲのイメージで描かれることが多いですね(あれはタコをイメージしたという意見もありますが)。

それって、やはり人類よりもずっとずっと歴史があるクラゲが、もし知能を持って進化したらこんな感じ?という発想があったものと思われます(個人的な解釈です)。

壮大な地球外生命体までいった話しから、いきなり食用と話題は変わりますが、クラゲは中華料理の食材としてよく使われています。

世界中でクラゲを食べるのは、中国と日本だけだそうです。栄養価はなく、あまり食用としては人気がありませんが、栄養価が高くないと言うことは今後ダイエット食品としては見込みがありそうです。

人間以外の動植物の中でもクラゲを捕食して食べているものはほとんどいないそうです。本能的に栄養がないことを知っているのでしょうかね。あ、最近の研究でわかったそうですが、ペンギンはクラゲが好きでよく食っているそうですが。

またここの水族館のレストランでは、クラゲラーメンやクラゲアイスというのがありましたが、写真を見る限り、あまり美味しそうには見えませんでした。

もっとちゃんとした有名な料理人に頼んで、インスタ映えするような、また食べたくなるような見かけにすればきっと飛ぶように売れるのでしょうけどね。

仕事や恋愛に疲れたとき、ふとここへ来て、何億年前から変わらずに漂っているクラゲの優雅な泳ぎを見ていると、なにかきっと変わりますよ。それは小さな事で悩んでいる自分の意識かもしれません。


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916
春真っ盛りです。

春と言えばオープンカーが一番気持ち良いシーズンですが、こうした趣味性が強く、実用性に乏しい自動車はセカンドカーが持てる身分か、それとも誰からも干渉を受けないシングル生活をエンジョイしているような人しかなかなか縁はなさそうです。

私もまだ子供がいなかった頃には海辺の行楽地へ行ったときに、レンタカーで借りたオープンのマツダロードスター(もちろんマニュアルミッション)を乗り回したことがありますが、もう最高の気分でした。

昨年にダイハツから軽のオープンカーで2世代目のコペンが発売され、軽でありながらも豪勢な電動開閉式ルーフなど話題を集めていましたが、この4月には同じく軽規格でありながらエンジンをシートの後ろに積む(ミッドシップ)、1990年代に人気を集めたビートの後継車と言えるホンダS660が登場しました。

そしてもうひとつ、国産オープンカーといえばその代名詞にもなっているマツダのロードスターが、今年6月には10年ぶりにフルモデルチェンジをします。

世界を見るとこうした屋根のないオープンカー、形式や国、メーカーによってカプリオレ、タルガトップ、ロードスター、コンパーチブル、スパイダーなど呼び方は様々ありますが、一種の道楽カーとして一定の支持者を集めています。

日本のように平均して3日に1日は雨が降り、冬には雪が降り積もる地域では、本来こうしたオープンカーは向かないのですが、マツダを始めとして技術者の奮闘と、素材、製造技術の進歩もあり、耐久性があり、雨漏りしない幌など構造や材質が研究開発され、日本国内でもメジャーではないけれどそこそこ普及しています。

私の場合、複数の家族を乗せたり、食料や日用品の買い出しで広い荷室が必要なので、こうした二人乗りのお遊びクルマは今はとても買えませんが、子供が自宅から巣立って行き、そうした必要がなくなれば、いつかは乗りたいと思っています。

その際に、車両価格と中長期的な維持費を考えると、普通車(3ナンバー)のロードスターと軽のオープンS660とでかかる費用はどのぐらい違うのかってことをちょっと試算してみました。

まずは両車のデータです。

車種タイプマツダロードスターSホンダS660 α
OP (i-ELOOP+i-stop装着車)
変速機 6MT 6MT
価格 2700000円(税込み) 2180000円(税込み)
全長×全幅×全高 3915×1735×1235 3395×1475×1180
車両重量 1030kg 830kg
排気量 1496cc 658cc
最高出力 96(131)/7000kW(PS)/rpm 47(64)/6000kW(PS)/rpm
最高トルク 150(15.3)/4800N-m(kgf-m)/rpm 104(10.6)/2600N-m(kgf-m)/rpm
使用燃料 無鉛プレミアムガソリン 無鉛レギュラーガソリン
燃費 JC08 18.8km/L JC8 21.2km/L
タイヤホイールF 195/50R16 84V&16×6 1/2J 165/55R15 75V&15×5J
タイヤホイールR 195/50R16 84V&16×6 1/2J 195/45R16 80W&16×6 1/2J

購入時に必要な金額は値引やサービスは無視して、最低限必要な費用は、本体価格、自動車税、自動車取得税、重量税、自賠責保険、任意保険(1年)、登録諸費用などです。いわゆる乗り出し価格ってヤツですね。

車種タイプマツダロードスターSホンダS660 α
本体価格 2,700,000 2,180,000
自動車税 28,700 24,500
自動車取得税 73,900 14,500
重量税 36,900 3,700
自賠責保険 40,040 37,780
任意保険(1年) 115,360 42,330
登録諸費用 80,000 59,000
合計 3,074,900 2,361,810

普通はこれに加えてほぼ必需品となっているカーナビやETC装置などの費用が加算されます。

そして購入後、1年目で必要となるのは、駐車場を借りるならその費用、ガソリン代(ロードスターはハイオク、S660はレギュラー)、オイル交換費用ぐらいです。2年目と3年目には、1年目の費用に加え自動車税と任意保険費用、点検費用が必要です。

4年目以降は、2~3年目の費用に加えて車検費用とタイヤ交換など消耗品類の費用が加わってきます。

それらの一般的コストの累積を、ロードスターとS660を比較してグラフ化したのが下記です。


※任意保険:共済保険、車両保険あり、21歳以上限定
※ガソリン代:年間1万キロ走行、燃費JC8の6割、ハイオク142円レギュラー130円で試算


購入時は、ロードスターが3,074,900円、S660が2,361,810円と713,090円の違いですが、3年目の累積額ではその差は96万円、6年目では138万円、10年目では195万円の差となってきます。

10年間乗り続けて、仮に売価が0円となった場合、ロードスターは6,573,440÷10年÷12ヶ月=54,779円が月に均した額、S660なら4,627,280÷10年÷12ヶ月=38,561円となります。月間に換算するとおよそ16,000円ほどS660が安いということになります。これはやっぱり大きいでしょう。

購入費用は貯金から捻出し、あとの維持費だけを月々の収入でまかなうって場合は、ロードスターの場合、10年間で3,498,540円(月29,155円)、S660の場合は2,265,470円(月18,879円)となり、月々の維持費は1万円程度の差です。

ただし、10年落ちの中古車になった時、実際は両車ともまだ多少は価値が残っていて、おそらくロードスターのほうがS660よりは高値で売れるでしょうから、両車の10年後の差195万円から売却した際の両車の残価(下取り価格)の差を引いた金額が実際の負担の差ということになります。

仮に10年後にロードスターが80万円で下取り、S660が30万円で下取りされると仮定すると、両車の10年間の負担差は145万円、月々12000円ほどの差ということになります。

ただし今後10年間というのは、安全性能やエコ性能などが大きく進み、果たして今のガソリンエンジンの中古車が、10年後にも人気を維持していられるか?っていう疑問もあります。ガソリン代もおそらく大きく変わっている(長期的に見て上がることはあっても下がることはなさそう)でしょうし、割高なプレミアガソリンのロードスターはちょっと不利かも。

以上のことから、やはり月々の平均維持費を考えると、税金や消耗品、それに燃費もいい軽自動車は普通車と比べ月1万円以上安く済みます。

ただ同じオープン2シーターでどちらを選択するかは、こうした趣味性の強いクルマの場合、コスト面以外の感性や走行性能、美的センス、価値観などの要素で大きく左右されそうで、どちらを選ぶかは個人個人意見が分かれるところでしょう。

えぇ~と私だったら、、、


【関連リンク】
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878
NHK大河ドラマ「軍師官兵衛」も佳境に入り、いよいよ最終回は関ヶ原の戦いへと突入します。

関ヶ原の戦いと言えば、一般的には、「徳川」対「豊臣(石田三成)」の戦いという図式がよく使われますが、本当のところは家康も光成もこの時点では二人とも豊臣家の一家臣であり、秀吉亡き後、誰がリーダーになるかという身内の争いです。

織田信長が本能寺で襲われ自害した後、共に信長の家臣だった明智光秀と豊臣秀吉が、どちらがその後を継いで天下を取るかで、山崎天王山で闘ったのと同じと言っていいでしょう。

「徳川」対「豊臣」という構図は、関ヶ原の合戦の15年後に起きた「大阪の陣」(1614~15年)のことで、徳川家康とその子秀忠が、大阪城を攻撃し、豊臣秀吉の子豊臣秀頼を自害に追い込み、豊臣家を滅亡させたことを言います。

さて歴史好きでない人でも、また関ヶ原ってどこ?っていう人も、過去に「関ヶ原の戦い」があったことぐらいは、小学校か中学校で教わっていると思います。

その関ヶ原にちょっと行く機会があったので、あらためて「関ヶ原の戦い」について極めて簡単にまとめておきます。

JR関ヶ原駅




【プロローグ】
西暦1590年豊臣秀吉が天下統一を果たしたものの、その晩年のおこないは各地の大名達には不満が残るものでした。跡継ぎを期待された側室淀殿(織田信長の妹お市の長女で茶々)との子秀頼は、秀吉が亡くなった1598年(慶長3年)は6歳という年齢で、全国の大名や武将達を束ねられる力はありません。

秀吉の死後、後を託された有力家臣団の五大老(徳川家康、前田利家、宇喜多秀家、上杉景勝、毛利輝元)と五奉行(前田玄以、浅野長政、増田長盛、石田三成、長束正家)の中から、筆頭の徳川家康が他の重鎮達の意見を無視して、独自の振る舞いをおこなうようになります。それを苦々しく思っている石田三成始め、反徳川の大名(毛利、宇喜多、上杉)や武将達もいました。

豊臣時代に主として軍務を担っていた武断派は徳川派というか、官僚然とした石田光成を嫌い、それに対し豊臣政権を支え政務を担ってきた石田光成、大谷吉継、小西行長などが文治派と呼ばれています。やがてはこの武断派と文治派の勢力が険悪な関係になっていきます。現代企業でも技術派と営業派の対立や、製造と販売の対立が起きてどちらが社長の座を取るかで体制がガラリと変わることがあります。

そして石田三成襲撃事件や、徳川家康暗殺未遂事件などが起き、両勢力の間に、きな臭い動きや策謀が渦巻いています。この二つの勢力の間に入って仲裁をしていた五大老のひとりで重鎮の前田利家が1599年に病死したことで一気に関係が悪化します。

徳川家康に謹慎を言い渡されていた石田三成は、東北で勢いを増していた上杉景勝と手を組み、徳川家康を東北へおびき出し、その隙に五大老のひとり毛利輝元(長州)を前面に立て、徳川家康を討とうと考えます。

そして石田三成は徳川家康と共に東北の上杉征伐へ出掛けていった各大名や武将の家族を大坂に集めて人質にとり、自分に味方するようにし向け、同時に大坂や京都で留守役をしていた徳川派陣営へ攻撃を始めます。このとき人質になるのを善とせず自殺したのが徳川派についた細川忠興の正室細川ガラシャです。

【決戦】
東北で大きな勢力を持ち、徳川家康とは仲が悪い上杉景勝や常陸の佐竹義宣、西で大きな勢力を持っている大名毛利輝元、宇喜多秀家、小早川秀秋、島津義弘などをまとめあげ、豊臣家をないがしろにする徳川家康を東西から挟み撃ちにすれば勝てると踏んだ石田三成は前述の人質作戦など、様々な策謀を配し、徳川が東北遠征から反転し大阪へ戻ってくるところを仲間とともに討つ作戦です。但し西軍の総大将を押しつけられた毛利輝元は、この作戦に躊躇があったのか大阪城に残り、関ヶ原には参戦していません。

対する徳川家康も、石田三成が近々自分に反旗を翻すことは織り込み済みで、石田三成を嫌う武将達や褒美を餌にし、各地で味方に取り込み「西の毛利・石田連合軍」対「東の徳川連合軍」が、亡き豊臣秀吉の後の世の中をどう作るかを決める天下分け目の決戦がいよいよ近づいていました。

石田三成率いる西軍が集結して陣を構えたのが岐阜県大垣市にある大垣城とその周辺、東軍は東北や江戸から反転して戻り、いったんは名古屋の清洲城周辺に終結します。

そして決戦の場所として選ばれたのが西軍が陣を張る大垣城の近く、小高い山々に囲まれた狭い窪地の関ヶ原です。ここは江戸や信州、三河などから京都や大阪へ向かう要衝の地で、西軍としては待ちかまえるには最良の場所です。今の場所で言えば東海道新幹線の岐阜羽島駅と米原駅の中間点に当たります。

◇東軍徳川家康についた主な大名、奉行と当時の領地
浅野幸長(紀伊)、福島正則(尾張、安芸)、細川忠興(丹後、豊前、肥後)、、黒田長政(筑前)、池田輝政(美濃)、井伊直政(上野)、松平忠吉(駿河、武蔵)、加藤嘉明(伊予)、田中吉政(三河)、京極高知(丹後)、筒井定次(伊賀)、藤堂高虎(紀伊、伊予)、蜂須賀(阿波)、本多忠勝(上総、伊勢桑名)など

◆西軍毛利輝元(石田三成)に付いた主な大名、奉行と当時の領地
宇喜多秀家(備前)、毛利秀元(長門長府)、長宗我部盛親(土佐)、石田三成(近江)、小西行長(肥後)、島津義弘(薩摩)、安国寺恵瓊(安芸)、織田秀信(岐阜)、長束正家(近江)、木下頼継(越前)、大谷吉継(越前)など

▼当初は毛利輝元側(石田三成側)についたが寝返って徳川についた大名、奉行と当時の領地
小早川秀秋(筑前)、吉川広家(出雲、安芸)、朽木元綱(伊勢安濃)、小川祐忠(伊予今治)、脇坂安治(大和、淡路)

そしてついに西暦1600年10月21日(旧暦慶長5年9月15日)、霧が立ちこめる早朝、関ヶ原周辺に陣を構えた東西本隊合わせて約16万の兵士が対峙します。

開戦の場所


双方の主力隊合計の兵員数はおよそ8万人ずつで、当初の戦力は互角です。地形を上手く利用した布陣を敷く西軍に対し、複数の部隊が連携し合い戦略に優る東軍という構図です。

東軍の主力徳川本隊は、家康率いる東海道経由部隊と、家康の子秀忠率いる中山道経由部隊に分かれて岐阜へ向かったものの、中山道経由の部隊が西軍についた真田昌幸率いる信州上田城攻めで翻弄され、それに時間を費やした結果、関ヶ原の戦いには間に合いませんでした。もし予定通りに到着していれば兵力は東軍が上回るはずでした。

決戦の火ぶたは東軍の福島正則(兵力6千名)対西軍の宇喜多秀家(兵力1万7千名)の先陣で切られました。両軍入り乱れて壮絶な戦闘を繰り広げます。このとき兵器の主力は鉄砲と弓、槍、刀で、一部では新兵器の大砲も使われました。

開戦直後は石田光成率いる西軍が地勢の有利さから優勢であったものの、東軍の徳川勢と内通していた吉川広家や、西軍兵力の約2割を占めていた小早川秀秋(兵力1万5千名)の寝返りが起き、それに呼応するかのように西軍として参戦に躊躇っていた大名や武将も雪なだれのように東軍徳川側につき、戦局は一転して東軍優勢となります。

歴史に「もし」はないですが、小早川氏や吉川氏が寝返りをせず、西軍として戦っていれば、西軍が勝利を収め、徳川家康の天下はなく、したがって、日本の首都は今でも大阪という事になっていたかも知れません。

しかし実際は、味方と思っていた勢力の相次ぐ裏切りで、石田三成などの西軍は混乱し退却をしはじめ、中には包囲した東軍陣地の中央を突破して退却する「島津の退き口」と言われる奇跡的な離脱劇なども展開され、戦いの趨勢はわずか半日でついてしまいます。

決戦の場所

笹岡山石田三成陣から関ヶ原全景を望む


関ヶ原には首塚と呼ばれるところが何カ所かあり、その所以は、兵士が討ち取ってきた敵方の大将や武将と思われる首(顔)を集め、そこで記録を付けその後葬った場所です。持ってきた首の重要度に応じて報奨金が与えられ、浪人の場合だと仕官が許されたりします。

後の剣豪宮本武蔵も若いときにこの関ヶ原の戦いで一旗揚げようと西軍の足軽に加わり戦いましたが、多勢に無勢、負け戦となり這々の体で逃げ帰りました。

戦死者はこの狭い関ヶ原だけで、双方合わせて3万人とも4万人とも言われています。戦国時代とはいえ、1日の合戦でこれほど多くの血が流れた激しい戦闘は、後にの徳川対豊臣の最終決戦「大坂夏の陣」の「天王寺・岡山の戦い」以外にはなかったでしょう。

徳川家康最後陣


ちなみに当時1600年頃の日本の人口は今の1/10の1200万人ぐらいでした。そう考えると、今の日本の人口で換算すれば1日の戦闘で30~40万人が死ぬのと同じインパクトがあったということです。

【エピローグ】
敗走し生き延びた西軍の有力者だった石田三成、小西行長、僧侶安国寺恵瓊は後に東軍に捕えられ、京都で斬首されます。

石田光成にそそのかされ、みこしに乗せられたとはいえ西軍総大将だった毛利輝元は、直接関ヶ原には参戦せず大阪城に引きこもっていましたが、そのおかげで領地(長門、安芸)を大幅に減封の上、出家することでなんとか死罪は免れます。また敵中突破して薩摩まで飛ぶように逃げ帰った島津義弘は粘りの交渉で、領土安堵のまま許されます。

薩摩に匿われていた西軍の主力部隊を率いていた宇喜多秀家は八丈島へ流罪、関ヶ原ではなく東北で反徳川の立場を取っていた上杉景勝は減封(領地の一部を取り上げられる)で済み、石田三成と懇意だった常陸の佐竹義宣は上杉氏よりも厳しい減転封(領地を変更して減らされる)となっています。

西軍につき、東軍の徳川勢に敗れて散々な目にあった長州の毛利と薩摩の島津の徳川に対する深い恨みは、その260年後に徳川時代に終わりを告げる江戸幕府倒幕で主導的な役割を担います。時代は巡る、因果応報とはよく言ったものです。

関ヶ原の戦いは「勝てば官軍」ということもあり、ドラマや映画では「東軍の徳川が善」で、「西軍の石田三成が悪」という描かれ方がされます。しかし実際のところは双方ともに大義があると同時に、野心や過去からの因縁なども混ざり合い、東西陣営どちらが善と悪という戦いではありません。

ということで、この関ヶ原の戦いこそが、その後二百数十年間に渡り栄華を極めることになる徳川・江戸時代の幕開けだったという歴史のお話しでした。


【関連リンク】
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485 マイカーで東京から京都まで旅行する場合 その1
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クルマネタが続きますが、自動車の安全性を第三者機関が評価した指標として、日本国内では独立行政法人自動車事故対策機構(NASVA)が、自動車アセスメント(Japan New Car Assessment Program:JNCAP)という実車衝突試験に基づく車種別衝突安全性評価をおこなっています。

そして昔のテストでは、ドライバー席の安全性評価だけだったり、衝突試験も正面衝突だけだったりしましたが、国際水準に合わせて、最近はかなり充実した内容となってきています。近年アメリカではもっと厳しい試験が課せられていますので、今後日本でも取り入れられるかもしれません。

(1)乗員保護性能テスト
フルラップ前面衝突試験:55kim/hの速度でコンクリート壁に前面をぶつけるテスト
オフセット前面衝突試験:65km/hの速度でアルミハニカム※1に運転席側の40%だけにぶつけるテスト
側面衝突試験:運転席側に質量950kgのアルミハニカム台車を時速55kmで衝突
後面衝突頚部保護性能試験:32km/hで追突された際の衝撃(速度変化時速17.6km※2)を再現
※1 アルミハニカムは乗用車に見立てて衝突した場合を想定
※2 2012年度より速度変化時速20kmに変更

特に正面衝突でも平らな壁にぶつかるのと、対向車と半分だけがぶつかるのではつぶれ方や強度が変わってきます。そこで正面衝突実験では、「フルラップ(全面)前面衝突」と「オフセット(片側40%だけ)前面衝突」に分けられ、それらに加えて横からぶつかられた時の「側面衝突」、後から追突される「後面衝突頚部保護性能試験」が加わります。



車種別試験動画「フルラップ前面衝突試験」「オフセット前面衝突試験」「側面衝突試験」「後面衝突頚部保護性能試験」

(2)歩行者保護性能
歩行者頭部保護性能試験
歩行者脚部保護性能試験

歩行者保護性能テストは新しく車対歩行者の事故を想定し、できるだけ歩行者のダメージを減らすよう、歩行者保護性能というのが加わっています(頭部は1999年、脚部は2011年から)。欧州車の一部には歩行者用エアバッグを備えたモデルまでありますが、近い将来はそれが当たり前になるのかも知れません。

(3)座席ベルトの非着用時警報装置評価試験
(4)後席シートベルト使用性評価試験
「座席ベルトの非着用時警報装置評価試験」は、シートベルトを装着せずに走り出すと、キンコンキンコンと警告音が鳴り続けますが、それですね。私は駐車場内でちょっと動かすときにでもそれが鳴ってうるさいのでセンサー用のカプラーを外していたら、車検時にディーラーの方にちゃんとつないでくださいと怒られました。最近は後席シートベルトの未着用も警告するようになってきています。

(5)ブレーキ性能試験の概要
ブレーキ性能は公平な条件でテストするのはなかなか難しいと思いますが、それでもある程度の参考にはなりそうです。基本的には同じ路面温度の元で、ドライとウエットの両方で時速100kmからの停止距離と姿勢を試験しています。姿勢は最近の車はほとんどALB(4輪アンチロックブレーキ)が装着されているので、基本的にはまっすぐに停まりますが、中には片効きして斜めに停まったりスピンしてしまう車も以前はよくありました。

ただこのテストの数値をまるまる信用してはいけないのが、テストはプロドライバーが新品のタイヤの状態で、よく整備されたアスファルトの上でおこなっているということ。実際の走行では素人がすり減ったタイヤでわだちやマンホールがある荒れたアスファルト上でのブレーキとなることが多く、テストの結果のようにはいかないものです。

(6)予防安全装置(ESC、AEB)の装着状況
ここ数年で急速に普及してきたのがこのESC(エレクトロニック スタビリティ コントロール)と呼ばれている横滑り防止装置です。これがあるとカーブなどで前輪や後輪あるいは全輪が滑って車線からはみ出したり、道から飛び出してしまうことを防いでくれます。今年2014年11月からはすべての新車には装着が義務づけられています。

AEB(オートマチック エマージェンシー ブレーキ:自動緊急ブレーキ)はシティブレーキとか衝突被害軽減ブレーキなど様々な言い方がありますが、多くは30km/h以下の速度で前面に障害物があると自動で停止する装置と、前方に障害物があるのに、ブレーキとアクセルを間違えて目一杯踏み込むような誤操作を防止するためのものです。

自動ブレーキについては、本当ならば実際によく使うであろう60km/hぐらいから効いてもらいたいところですが、現段階ではまだいろいろと難しい点があるようです。世界で最先端を行っているスバルのアイサイトで50km/h(対象物との速度差)、ボルボのCity Safety/Human Safety(同)で40km/hからの制御となっています(2014/9現在)。

以上の各テストや装備状況を総合的に加点していき、総合安全性能評価を☆1(低い)から☆5(高い)マークと、合計得点等を公表したものが、JNCAPと呼ばれているものです。

下記は2013年度に実施されたテストのうち、軽自動車とコンパクトカーのJNCAP評価結果です。


当然ながら新しく発売される車ほど、性能試験を研究して作れますので有利なのは当たり前ですが、限られたスペースしかなくリーズナブルが特徴でもある軽自動車は、昨年11月から販売開始されたホンダN-WGN以外は、なかなか苦戦をしています。今年から来年にかけて新たにモデルチェンジする車だとおそらく各車とも好成績が期待できるでしょう。

さらにちょと興味がある、2013年度に行われた各車のブレーキ性能試験(時速100キロからの制動距離)の結果です。


こちらは意外ですが、トヨタクラウンの乾燥路での制動距離は40.8m、軽自動車のN-WGNの制動距離は40.3mと、高級普通乗用車と軽自動車でほとんど差がありません。制動性能に影響があるタイヤと制動装置は普通車のほうが当然優れていると思いますが、制動距離はそれだけでなく、車重の影響が大きいのでしょう。

あとフォルクスワーゲンゴルフは、世界中で売られている人気車で、特に日本の安全性評価基準に合わせて作ったわけではないと思いますが、総合成績でもブレーキ性能でもたいへん優れた成績です。国産車もこういうところは見習ってほしいものです。

これらのテストは、何点以上で合格というものではなく、あくまでも安全性能の目安となるもので、規格に合致さえしていれば☆1で危険性が高いからと言って販売できないというものではありません。

逆に安全性能が高いと評価されると、販売するときにライバル車と並べて「この車はこんなにも安全性が高い」と差別化することができますので、大いに有利になるでしょう。

自動車アセスメント小冊子2014年版(pdf 試験概要と各車別の評価が載っています)

実はこうした安全性基準は、テストの方法を詳細に分析することで、比較的容易に満点近くを取ることが可能です。極端なこと言えば、オフセット衝突テストではドライバー側の40%にぶつけますので、ドライバー側の前面だけを強化または力が分散するようにしておけば、助手席側の前面は多少手抜きをしてもテスト結果には影響しないとかです(そんな安易なものではありませんが)。

しかしもしそのような手抜きであったとしたら、実際に起きる事故は居眠りとか失神状態でなければ、ドライバーは条件反射で我が身を守るためにハンドルを操作し、助手席側を先にぶつけることが多いらしく、テストの結果と実態が合わないということもあり得るわけです。

アメリカではオフセット衝突でも前面40%ではなく、電柱に激突するなど実際の事故に多い前面25%ぐらいのスモールオーバーラップ衝突テストを導入し、その結果、40%のオフセット衝突試験では優秀だったベンツやアウディ、レクサスなどが、いきなり最低評価のプア(P)になったりしたそうです。こうしたクルマにとってかなり厳しい試験も、早く日本で導入してくれるといいですね。

スモールオーバーラップ 新衝突実験でトヨタ車ほかアノ人気車が最低評価 アメリカで始まった現実に即した試験とその結果に迫る(ベストカー・現代ビジネス)

また常識といえば常識ですが、自動車同士の衝突の場合、衝突相手の質量(車重)が被害度に大きく影響します。

軽自動車の乗員の死亡事故率が高いと言われるのは、(一般的に)軽自動車自体の安全性そのものに問題があるというより、ぶつかる相手が軽自動車の車重の2倍以上ある普通自動車だったり数倍重いダンプカーだったりして、受ける衝撃とダメージがより大きいからと言えます。

同様に普通車でも大型ダンプやトレーラーと衝突した場合、乗用車同士の衝突よりはずっと死亡率が高くなります。つまり、安全装備が同条件であれば、より車重が大きいほど自動車同士の衝突では安全性が高いと言うことになりますから、おしなべて軽量に作られる小型車や軽自動車は不利になります。

こうした安全性評価は、評価がいいときにはそれをPRに使いますが、悪いとなかなか表には出てきません。自動車評論家も、単にドライブフィールや装備面、価格だけでなく、こうした比較的公平な評価を加味した上で、商品価値の優劣を述べてもらいたいものです。


【関連リンク】
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