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1025
4月にシャープが台湾の鴻海精密工業に買収されて子会社化されました。多くの独自の特許を持ち、子会社含めると4万人を越す従業員を抱える大企業の海外企業の買収は複雑に思う日本人も多いと思いますが、グローバルビジネスや巨額の設備投資を見誤った経営陣にその責任の多くはあるとは言え、これも人口減少で衰退していく日本の国力の象徴なのかなと思ってしまいます。

シャープは昭和10年(1935年)の設立で、創業者の早川徳次氏が発明したシャープペンシルが社名の由来というのは有名ですが、戦後の貧しい日本の中から、国民生活の上昇と共に伸びてきた老舗の家電企業です。

ちなみにソニーの創業はシャープ創業から11年後の昭和21年(1946年)、東証への上場もシャープより2年後の1958年です。

家電業界と言えば、高度成長期には、西の松下電器産業(現パナソニック)と東のソニー、それと財閥系の日立、三菱電気、東芝、その他通信系の日本電気、富士通などが覇権を競ってきましたが、シャープも安価に独自のユニークな製品を次々と出して一定のファンがいました。

個人的にはシャープが圧倒的なシェアを独占していたNEC PC8801やPC9801に対抗して、パソコンのMZシリーズやX68000シリーズなどを出していたときは、巨人IBMに対抗するAppleのようなイメージを持っていました。

その後、パソコンでは敗れてしまいますが、携帯PDAのザウルスは現在のタブレット型PCの原型とも言える製品で、そうした新しい分野へ果敢にチャレンジする姿勢は多くのファンを獲得しました。

しかし一般家電分野においては、知名度が低く、販売網の弱さから松下や東芝、日立など大手の後塵を拝し、安さで勝負的な製品が多かったのは残念です。

1982年、私が転勤で初めてのひとり暮らしのため引越しをするとき、その時に買ったエアコン、洗濯機、冷蔵庫は値段にひかれてみなシャープ製でした。

その他では、海外出張の時に役立つと思って買った電子辞書と英会話レッスン用の携帯カセットプレーヤー、1990年代後半には出張時に便利だったモバイルのWindowsCE搭載メビウスなどを買いました。そして現在我が家には価格ではなく性能重視で購入したシャープの液晶テレビと空気清浄機があります。

シャープは1956年に東証に上場し、その後半世紀以上順調に経営をしてきましたが、特に2001年以降に国内のテレビが地上波デジタル移行にともなう爆発的な買い換え需要が起き、バカ売れしました。

躓いたきっかけが、そのバカ売れした液晶パネルにすべての経営資源を集中させ、巨額の借金をしてまで新たな工場を建設するという戦略に出たことでしょう。

それまでの他社が出さないニッチな製品と安さで勝負する普及品をうまくミックスして激しい競争の中で闘ってきたのが、液晶という大ヒットに恵まれたゆえ、それが慢心というかおごりにつながっていくことになります。

次々と最新鋭の工場が完成していく中、リーマンショックが起きて、世界的に景気が一気に冷え込みます。そして中国や韓国などのアジアン家電製造業者の勢力が力をつけてきて、液晶ディスプレイやシャープがもう一つ得意としていた太陽光発電パネルの価格が暴落、シャープの国内工場への投資はほとんどが無駄になってしまったというのが実際の所でしょう。

1980年代から現在までの株価の推移です。



実は個人的には1990年代後半頃に、仕事でシャープ本社の中堅社員の人と話しをする機会がしばしばあり、話しをしていると、夢があって、生き生きと仕事をされていて将来性がありそうだなぁ~という感じがして、少数ですが株を900円(×1000株)ぐらいで買ったことがあります。別になにか企業秘密を教えてもらったりしたわけではなく、インサイダー取引ではありません。

買ったときの会社の土地や工場などの総資産よりも、株価の時価総額が大幅に低かったこともあり、当時はお買い得感があったのです。そうすると、1年ぐらいの間に、2~3割株価が上がり、その時に売ってしまいましたが、バブル後でも右肩上がりの雰囲気を持っている会社でした。

ただシャープの幾人かと話しをしていて思ったのは、「技術力があればなにもしなくても売れる」的な社風が感じられたのと、1990年代には自社ビルがあり、「危機感のない大企業のサラリーマンっぽい人も多そう」ということで、独創性はあっても、たぶん創業当時にはあったであろう泥臭い販売力、汗臭い営業力、消費者に向いた企画力には欠けているのが少し気になっていました。

2000年以降の株価は1500円を行ったり来たりしていましたが、高品質で高収益の液晶テレビがバカ売れして2007年には2000円を越えることもありました。そこでリーマンショックが起き、その後は一気に奈落の底へ転落ということです。

2016年5月13日で133円、リーマンショック以前の株価2300円の17分の1まで落ちてしまい、その後復活するかどうかは鴻海精密工業の資金力とオーナー郭台銘氏の手腕に頼るしかないのでしょう。

シャープと言えば「目の付けどころがシャープでしょ。」のCMが大ヒットしたことが印象深いです。

つまりは独創性、ユニークさが持ち味だってことを象徴的に表していたのですが、一等地に自社ビルを構え、大企業病に陥ってしまい、部長以上の幹部達は社内政治や権力者へのゴマすりに奔走し、おそらく消費者の前に立って声を枯らせて宣伝したり、取引先や下請け会社に頭を下げて回るようなこともなかったでしょう。

今回の買収には様々な要因が複層的にあるでしょうけど、端的に言えば、創業者が経営理念に掲げた「いたずらに規模のみを追わず、誠意と独自の技術をもって広く世界の文化と福祉の向上に貢献する。」を忘れた欲深い経営者達が、長期政権体制を敷いた結果とも言えるのではないでしょうか。

ユニークな家電や工業製品を持っていた三洋電機もそうですが、マニアックで好きだった企業だけに今回の件は返す返す残念です。


【関連リンク】
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657 ニッポンの家電業界は生き残れるのか
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1023
世間的に「ラブホテル」と呼ばれているカップル専用で休憩利用ができるホテルは、その本来の役割を終えて、大きく変わり始めています。

ラブホテルが隆盛を誇ったのは、団塊世代が社会人となり、人の目や耳が気にかかる狭い家を飛び出して、また同時に若い人のマイカーブームがやってきた時代、つまり1970年代から80年代にかけてです。

それまではラブホテルと言えば薄暗い路地にある「連れ込み宿」というイメージだったのが、国道沿いや、レジャー施設周辺、高速道路のインターチェンジ周辺に雨後の竹の子のごとく次々と作られました。

そのようにして急増してきた郊外型ラブホテルは、現在は少子化と、若者の草食化と、趣味の多様化、クルマを持たない生活など様々な理由から、ピーク時からすれば半減以下(体感値)というありさまです。

直木賞に輝いた、桜木紫乃著の小説「ホテルローヤル」では短編のひとつですが、廃墟になったラブホテルが描かれていましたし、宮部みゆき著の「模倣犯」に出てくる山の中の廃墟も廃業したラブホテルというイメージでした。

また、ラブホの建物をそのまま使って、賃貸アパートに改装するのが流行っているというニュースも見かけました。本来の目的で流行らないラブホはどんどん駆逐されていっているわけです。

そう言えば最近のラブホはギンギラギンのネオンで飾るのを避けるようになり、入り口の看板さえなければ、周辺のマンションや雑居ビルと変わらないようなシックで抑え気味の建物が増えているような感じが増えているような気がします。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

実はひと言でラブホテルと言っても、風営法に規定される「店舗型性風俗特殊営業の4号」の建物だけでなく、一般の旅館業法で規定されるホテルとの区分が曖昧で、その実態の数というのが把握できません。

実質的なラブホは、風俗特殊営業で届け出されているラブホのおよそ3~4倍の数はあるのではないかと言われています。

下記グラフは店舗型性風俗特殊営業の4号届け出のラブホテル数推移です。旅館業法で届け出された分は含まれていません。2011年に急増しているのは2006年の法改正によるものと思われます。

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風営法の届け出だと立地上の様々な制限があり、それをクリアできない場合は、旅館業法で届け出するとかが当たり前に行われていました。

最近は普通のビジネスホテルや観光旅館でも、休憩利用歓迎をうたっているところもあり、どこまでがラブホテルで、どこから違うかという明確な区分は難しいとも言えます。

しかし、2006年に風営法が改正され、従来なら旅館業法で届け出していたホテルでも、主としてカップル専用だったり、休憩利用を常時案内しているなどの場合は、風営法で届け出が義務づけられるようになりました。

そうするとそれまでの約倍近くの6千軒を超えるホテルが風営法で届け出をしたということですが、それがイコールラブホテルの数とは思えなく、やはり立地上旅館業法で届け出をしている実質的なラブホも多く、専門家によると、およそ全国には2万軒の実質的なラブホテルがあると見られています。

全国で2万軒と言うと、47都道府県で割ると平均で各都道府県にそれぞれ425軒ずつのラブホがある勘定ですが、当然ながら、周辺人口とほぼ比例しているでしょうから、都市部においてはそれよりずっと多い数になるのでしょう。

そのラブホテルですが、最近では「レジャーホテル」「ブティックホテル」「アミューズメントホテル」「デザイナーズホテル」などと勝手に名乗って、本来のウフフな目的とは違う利用を推進してきています。

 例えば、老若男女のカラオケルームとして。
 例えば、職場やサークルの宴会やパーティ会場として。
 例えば、外国観光客用宿泊施設として。
 例えば、グラビア写真やコスプレ撮影スタジオとして。
 例えば、豪華なリゾートホテル風の長期滞在型ホテルとして。

その他にもひとり(シングル)利用歓迎のラブホとか、深夜トラックドライバーのための仮眠&入浴施設としてとか、様々な使われ方ができるようになってきているようです。

屋外のジャグジーやプールを備えたり、チェックイン後の外出OK、グループでの利用OKなど、もうカップル専用のイメージはなくなってきています。

そうなると、もう風俗施設とは言い難くなってきますね。

いずれにしてもメーン客だった団塊世代が高齢化してしまい、さらに悪いことには若者の草食化とクルマ離れが進行し、業界もあれやこれやの挽回策を試しながら模索しているというのが現実でしょう。

当然、こうしたラブホ改革のコンサルタントという人がいて、その立地条件や地域性、人口構成などを調べてどういう施設に変えると客が呼べるかなど専門にアドバイスしているようです。

その一環として、ホテルをあきらめお洒落な賃貸マンションに改装したり、ひとりでも多人数でも利用できるカラオケボックス風にしたりと涙ぐましい努力をしています。

確かに30~40年前のように、作れば次々と列をなして客がやってくる時代は遠くに過ぎ去り、同時に当時建てた建物も古くなり、経営者も代替わりしてしまい、変化せざるを得ない業界なのかも知れませんね。

ラブホテル業界は大改革の真っ最中2 2016/5/28(土)





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846 みちのく急ぎ旅 前編
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1018
少し前の日経ビジネスに「凄い売り方」と題する特集がありました。ま、ビジネス誌では繰り返しよくあがるテーマで、別に珍しくもないのですが、その中の「大衆の消費を刺激する10の戦略」について少し触れておきます。

その「大衆の消費を刺激する10の戦略」はヴァンス・パッカード著の「浪費をつくり出す人々」(1961年刊)を元ネタにしていますが、中身を見ると50年以上経った今でも消費活動理論がほとんど変わっていないということに驚きです。

で、日経ビジネスの「大衆の消費を刺激する10の戦略」とは、

(1)使い切りにさせる(100円ライターや紙コップのような使い捨て商品)
(2)セカンドとして持たせる(小型掃除機、セカンドカー、セカンドハウスなど)
(3)単能化にする(総合感冒薬ではなく、鼻炎用かぜ薬とか咳止め薬とか)
(4)贈り物にさせる(クリスマスやバレンタインデーの贈り物需要)
(5)抱き合わせにする(スマホと有料アプリ、パソコンとプリンター、デジカメとメモリーなど)
(6)ためさせる(買ったり使うとポイントがたまる)
(7)旧式にさせる(クルマやテレビ、省エネエアコンなどのモデルチェンジ)
(8)予備を持たせる(電池や電球、調味料など)
(9)多く使わせる(食用塩やマヨネーズの口を拡げて一度にたくさん出るようにするとか)
(10)きっかけを与える(イベントやセール、キャンペーン)

だそうです。

現代版で付け加えるとしたら、ジレットのひげそりやプリンターのカートリッジのように、「消耗品を高く買わせる」という戦略や、「美男美女が白衣を着てコンタクトレンズや高価な医薬品を売る」などを加えるべきではないかなと思います。

なんと言ってもモノによれば電気シェーバーやプリンター本体よりも、替え刃やインクカートリッジのほうが高いというビジネスですし、頭はパーでも美女やハンサムで白衣を着た人のいうことにはコロッと騙されてしまい言うがままになってしまうという習性が消費者にはあります。美人やイケメンはそれだけで雇う価値があり、世の中って不公平にできています。

それはともかく、今回はその中から、2番目にあがっている「セカンドとして持たせる」という売り方について少し焦点をあてて考えてみました。

この「セカンドとして持たせる」とは「同じ役割、機能を持つ商品を2台目として買わせる」という意味ですが、大きなものではセカンドハウス(別荘)、セカンドカー、小さなものでは旅行用コンパクトカメラとか、ロボット掃除機や、冷蔵庫とは別にワイン用クーラーといったようなものまで、確かに様々なセカンド需要があります。

我が家でも見事にその戦略?にはまって、掃除機(普通のサイクロン式掃除機と、充電式タイプの小型掃除機)、冷蔵庫(大型の3扉冷蔵庫と子供用の飲み物専用で1扉冷蔵庫)、ミラーレスとコンパクトカメラ、デスクトップPCとノートPCなど、セカンド(2台目)を購入している製品がいくつもあります。

余分な買い物をしないもっとシンプルな生活を送りたいとは思っていますが、家族が増えていくと、なかなかそういうわけにはいきません。

・・・ん?

と言うことは、家族の人数が増えないと、この「セカンドとして持たせる」は通用しなくなり、需要が減ってくる可能性もあるのかな?

家族の増減を見るには世帯数と世帯人数の統計を見るとよくわかります。

国内では2005年頃から人口減少が始まりましたが、世帯数は2013年が50,112千世帯、2014年は50,431千世帯と、まだ若干ながら増加しています。

人口が減っても世帯数が増えていればそれだけ家電製品や生活用品の需要は高まります。ただそれはセカンド需要ではなくメーンの需要です。怖いのは人口減でさらに世帯数も減になったときに、いよいよ国内消費は完全に減少し、景気も冷え込んでしまうことになりそうです。

現在のところ、人口減で世帯数が増えていると言うことは、つまり1世帯当たりの人数が減少しているということになります。

わかりやすく言えば、子供が社会人となり家から出て行き、高齢者夫婦だけや独居が増え、さらに出て行った子供も結婚せずに単身で暮らしているとか。

セカンド需要は1家族の数が多いほどその需要可能性は高くなるので、逆に今のように減ってしまうとセカンド需要を掘り起こそうとしても難しくなってきます。ワンルームに住んでいる人が2台目の掃除機を買ったりはしません。

すでに日本では、セカンド需要よりも少人数世帯向け、わかりやすく言えばシングル向けの住居、家具、家電製品、日用品、食料品の需要が高まるってことになります。コンビニなどでひとり分の夕食用おかずや1/4サイズの野菜が人気というのもわかります。

世帯構造別の世帯数推移は、1986年(昭和61年)から2014年(平成26年)にかけて次のグラフ、表のようになっています。


 出典:厚生労働省 平成26年国民生活基礎調査の概況

このグラフをみてわかるのは、夫婦と子供の世帯(緑)はこの30年近くやや下がり気味なのに対し、単独世帯(赤)と夫婦のみの世帯(オレンジ)が急増しているってことです。

また三世代世帯(青)は急落し、ひとり親と子供の世帯(紫)は増加となっています。平均世帯人数は30年前の1986年は3.22人だったのが、2014年では2.49人と、約20%も下がっています

こうした世帯人数の減少(≒家族人員の減少)は、セカンド需要に大きく影響しそうです。

単身の人や、夫婦以外の家族がいなければ、セカンドカーやセカンドハウスの需要は相当に減るでしょうし、家電にしても同じ機能の2台目を買うことはまずありません。セカンド需要は腕時計とかクルマとかの趣味的要素のあるものが中心となり、裕福な人が買うぐらいでしょう。

さらに世帯の高齢化が輪をかけます。高齢の人は若い人と比べると、消費行動も購買力も限定的で、新しいものを積極的に買ったりしません。

全世帯に占める高齢者世帯の割合は、同調査によると、1986年はわずか6.3%に過ぎなかったものが、2014年は24%にまで急増しています。

こうしてみると、世帯人数の減少&高齢化世帯の増加で、セカンド需要は壊滅的かもなぁって思ったりしています。

その他では「使い切りにさせる」ってのも、70年代、80年代の大量消費時代ならともかく、今は環境問題やらエコブームの中で「使い捨て」ってキーワードはタブー視されていますので、それが消費の拡大、刺激になるとは思えません。

こうした古くからの理論や発想をいつまでも捨てられずに、それに固執しコミットし続けていると、新しい時代に完全に取り残されてしまいますよ、日経さん。


【関連リンク】
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933 飛び込み営業について
787 世帯内単身者の増加が引き起こすかも知れない社会問題
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1015
子供の頃に母親がよく作ってくれた料理に「衣笠丼」というのがあります。あまり聞き慣れないと思いますが、親子丼の鶏肉の代わりにお揚げ(油揚げ)と青ネギを使ったものです。家では「玉子丼」あるいは「きつね丼」と言っていたような気がしますが、一般的には「衣笠丼」と言うのだそうです。

小学生の頃までは家で食べる丼ものと言えばその「衣笠丼」か、牛肉のバラ肉を卵とじした「他人丼」(関東では開花丼と言うらしい)だけで、「牛丼」なるものを初めて食べたのは中学生ぐらいになって近所に吉野家ができてからです。

その時は「どうしてこれは卵でとじない?」「卵とじのほうが美味しいのに」と、不思議に思った記憶があります。つまり丼と言えば我が家では卵とじがディフォルトだったので、卵でとじていない丼との衝撃の出会いだったわけです。

次いで高校の学食のメニューに小さな掻き揚げがのった「天丼」がありました。今思えば「天丼」というにはおこがましいような工場で大量生産されたような小さな掻き揚げに、醤油だしを染みこませただけのものです。

その他のメジャーな丼「うな丼」や「カツ丼」と言った定番は大学生時代まで食べることはありませんでした。

今では食生活の中で、丼物って欠かせなくなってきました。熱々のご飯の上にのせた揚げたてパリパリの天ぷらや、ジューシーな柔らかい牛肉、甘辛いたれの香りが食欲をそそる鰻の蒲焼き、などなど、もうイメージするだけでよだれがでてきそうです。

この丼というご飯の上におかずを乗っけるという食べ方は、ほぼ日本独特の文化で、蕎麦やうどんと同様、江戸時代のファストフードだったようです。

丼の登場は諸説ありますが、一般的には西暦1500年頃の室町時代にさかのぼるとも言われています。ご飯の上に野菜を乗せて、その上に出汁をかけた「芳飯(ほうはん)」と呼ばれる料理がそれにあたるそうです。

岡田哲著の「たべもの起源事典」では、江戸初期に「切り盛り一杯」の商売が繁盛し、それがひとつの器(丼)に、ご飯とおかずをまとめてしまうという、いまの丼の形になったという説もあります。

世界中で食器を手に持って口に寄せ、中身をかき込むような食べ方をするのは日本以外では見かけません。どうしても私含めて日本人は食器を手に持って、食べたくなりますが、ほとんどの国ではけしからんマナー違反となります。

逆に外国人が日本のレストランや食堂で、それでなくともたどたどしい箸を持って丼やお皿からポロポロこぼしながら苦心してご飯やおかずをつまみ上げていたりしますが、日本のマナーとして、食器を手に持って、そのまま口につけてかっ込むことを教えてあげるべきでしょう。こぼさずに素早く食べられるのでこれほど合理的かつ効率的な食べ方はないのですけどね。

そうした国際化が進めば、案外日本の食べ方が理にかなっていたりして、世界中で食器を手に持ち、お皿に直接口をもっていき一気に食べることもそのうちにOKになるかも知れませんね。無理か。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

    
さて、「親子丼」の発祥は、1891年(明治24年)鶏料理専門店の人形町「玉ひで」5代目当主の妻が考案したというのが有名な話しで、「牛丼」の発祥は1899年(明治32年)に吉野家の創業者になる松田栄吉が、日本橋にあった魚河岸で忙しい仲買人達に提供していた牛飯(牛鍋とご飯が別々)を、面倒なのでご飯の上に牛鍋の具を乗せたのが最初と言われています。

私が一番好きな丼は、カリッと揚がったトンカツに、半熟の卵がとろりとかかっている「カツ丼」です。またそれから派生して、群馬や福井で名物となっている「ソースカツ丼」もカツと新鮮なキャベツの2種類の歯ごたえがとても好きです。

こうした丼物は、西洋のサンドイッチやハンバーガーと同様、簡単に作れ、一気にサクッと食べられ、忙しいときや、何か作業をしながら片手間に食べるには最適です。

汁物、例えばラーメンやうどんなどでは、汁をこぼさないよう、また熱さでやけどをしないよう常に気をつけて食べる必要がありますが、丼ならよそ見しながらでも平気です。昔は長時間麻雀をするときには、縁起を担いでということと、目を卓台から離さなくてもサクサクと食べられるのでいつも「カツ丼」でした。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

和食やラーメンなどならわかりますが、丼にもちゃんと業界団体「一般社団法人全国丼連盟」というのがあるのには驚きました。

「全国丼連盟は、丼文化の魅力を多くの人たちと分かち合い、丼を通じて地域の笑顔を増やし、“DONBURI”文化を世界に発信していきます。」とのことです。この宣言文、凡庸で印象に残らずこれじゃダメですね。

ここでは毎年「全国丼グランプリ」というのが開催されています。全国のB級グルメが勢揃いする「B-1グランプリ」は毎年大きく報道されますが、この丼グランプリは初めて知りました。きっとPRが下手なんでしょうね。

グランプリには「牛丼金賞」「うな丼金賞」「肉丼金賞」「豚丼金賞」「親子丼金賞」「天丼金賞」「メガ盛り丼金賞」「バラエティ丼金賞」と、8つのジャンルに分かれ、しかも各ジャンル金賞は7~13店もの複数店が受賞しています。

2015年のグランプリ受賞一覧です。


賞の大判振る舞いゆえ、希少価値が乏しくせっかくのイベントが自滅しているって感じです。受賞数を増やせばそれだけ多くの店とその常連客も喜んでくれるという安易な発想から来ているのかも知れませんがまったくもって邪道です。

私の考える丼グランプリは、まず丼のジャンル分けを

◆肉系(牛丼、豚丼、親子丼、焼き鳥丼、おいだれ丼、さくら丼、すき焼き丼など)
◆魚介系(うな丼、深川丼、づけ丼、鉄火丼、ネギトロ丼、いくら丼、ウニ丼、なめろう丼など)
◆揚げ系(天丼、カツ丼、かき揚げ丼、唐揚げ丼など)
◆その他(中華丼、麻婆丼、カレー丼、衣笠丼、木の葉丼、ハイカラ丼、若竹丼、ロコモコ丼など)

の4つのジャンルだけ。

そして自薦と他薦から各ジャンルで応募を受け付け、その中から書類審査や口コミ、全国にいる認定補助メンバー等の評価で優秀店を5店舗程度に絞ります。その優秀店にあがった店には複数の公式認定審査員が覆面で実際に食し、それぞれ採点を行い、その中から1店舗(1丼)だけ金賞を受賞します。

採点の上下をカットして平均点を求めるとか、認定審査員の偏差値傾向(平均的に点数を高く点けるとか低く点けるとか)の調整も導入すれば完璧です(同じ審査員が全国すべてを回るわけではないので)。

また通称「丼ミシュラン」として、優秀賞を獲得した丼と店には☆を与え、複数の丼が受賞した場合にその☆の数が増える工夫とかも考えられますね。

丼ものは世界中のビジネスパーソンのあいだで拡がりつつある「お弁当(BENTO)」ブームとのコラボも可能で、日本のコンビニで売られているようなご飯と具が分かれていて、食べる直前にご飯の上にまぶして食べるというようなちょっと工夫したお弁当が今後世界で流行るようになるかも知れません。

もしそうすれば日本ではない、各地の名物と丼飯との出会いが起こり、トムヤンクン丼(汁多め)、とかトリュフ丼とか、ケバブ丼、タコス丼とかいろいろと新しい丼が生まれてきそうです。

もうすぐ定年で暇ができそうなので、パートタイムでいいから企画・広報委員として雇ってくれないかしら(笑)。


【関連リンク】
906 トクホが売れるわけ
817 カフェではない喫茶店の凋落
759 糖質ダイエットについての備忘録その1
712 最近気になる食品の安全性
634 味覚の変化について




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1014
古くから時々降ってわいたように話題に上がりながらも、いつもすったもんだする書籍等の再販制度の廃止についてちょっと考えてみました。

再販制度とは、書籍や新聞、音楽コンテンツ、タバコなど一部の商品について全国一律の定価販売を維持し、小売り側に対して勝手な値引きを許さない制度です。自由経済の中でも特異なシステムです。

昔は塩や化粧品、石鹸、医薬品などもその対象でしたが、それらはすでに解除され、現在再販制度が残っているものは書籍や新聞、音楽CD、タバコなどごく限られた商品だけです。

出版物の再販制度のメリットとしてよく言われるのは、

(1)定価販売で、地域格差をなくし、全国どこでも同じ値段で購入でき、読者が出版物に接する機会均等化が図れる
(2)出版社の自由な出版活動が守られ、多種多様な出版物が供給される

とされています。

確かに都会と地方の文化格差が大きかった昭和中期頃までは、(1)も納得できるところがありますが、現在のように格差は少なくなり、流通網が整備されてくると、(1)の根拠は揺らいでいます。

例えば通販で書籍を買った場合、一部の離島などを除き、送料は都会と地方で違いはありません。再販制度が作られたときはまだ全国の流通が整備されず、また宅配や通販といったビジネスが生まれる前の法律だったので、そうした現在の状況が反映されていません。

また、都市部での大規模店舗と、地方の小規模店舗で値段が変わってしまうのは、家電製品や食料品のような生活必需品と同様地域差ができるのも仕方がないと思われます。逆に地方のほうが店舗費用や人件費が安くてすみ、都会の書店よりも経費が抑えられて安く販売できる場合だって考えられます。

どうも(1)の地域格差と機会均等を主張し続けるのは、現在もう無理があるように思われます。

次に(2)の定価制度のおかげで小規模な出版社でも大手出版社に伍して出版活動がおこなえるという論理は、今の時代出版社に限らずベンチャー企業が隙間を狙って躍進したり、アイデアとスピードで大手企業の牙城を崩したりというビジネスでは当たり前におこなわれている競争原理を否定しているかのように思えてなりません。

そこまでして、出版社や新聞社を保護しなければならないのか、彼らはそれほど特別な存在なのかをもう一度考えて見る必要があるでしょう。

そうした保護政策が自らの体力を弱め、結果的に保護がないと生き残れない虚弱体質に陥ってしまっているとも考えられます。

一度にすべて再販制度を撤廃せずとも、例えば書籍にしても時限再販制度(発行後一定期間のみ再販制度を維持し、その後は自由競争)の導入や、現在普通に行われている出版社と書店の委託販売制を順次買い切り制へ移行し、買い切り制度の場合は当然販売する側に自由に値段を決める権利を渡すとか。買い切りだと売れ残りのリスクがある反面、仕入れが安くなるので、売り切る自信があれば儲けも大きくなります。

1年以上売れ残った新刊本や文庫本、3ヶ月以上売れ残った雑誌が、定価の半額~3割引きとなれば、年間累計7000万人と言われる中古書籍販売で急成長しているブックオフへ安い書籍等を買いに行っている客を、旧来の書店へと呼び戻すことができるかも知れません。

客を書店に呼び込めたなら、割引本を買ったついでに、話題の新刊本も定価で買ってくれたりしますので、商売のチャンスが増えます。

さらに言えば、書店の買い切り制にすれば、常識を無視した過剰な仕入れや押し込みが減り、したがって返本も減り、資源の無駄遣いを減らせるでしょう。

誰でも既得権益を手放すのは嫌でしょう。出版社や大手取次、書店、新聞社、音楽業界などは再販制度に守られた既得権益の塊ですから、こうした問題が指摘されるたびに、大論陣を張って抵抗します。

叩けばほこりの出る政治家も新聞社や雑誌社に反感を買って、痛くもない腹を探られて、下手に叩かれたくないので、この問題を誰も真剣に取り組みません。

しかし農業や、石油や、金融ビジネスも、国内法で固く守られてきた産業が弱体化し、いざ国際競争の荒波をかぶると、いかに今までが温室で育てられてきたかがわかります。

出版分野においても、これからはいつ再販制度がなくなってもいいように、それには頼らなくてもよいビジネスモデルや仕組みを考え、逆に成長している世界へ飛び出していくぐらいの覚悟をしてもらいたいものです。日本で成功したベストセラーを生み出すノウハウは他のアジアの国でも通用することも多いのではないでしょうか。


【関連リンク】
980 TSUTAYA図書館は非難されるべき問題なのか?
954 書店数や出版業界売上減と未来
743 出版社不況の現状
741 消滅すると言われていた新聞社の近況
330 消滅する書店




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自己紹介:
過去に上場企業の役員とリストラ解雇で就職浪人の経験がある、紆余曲折の人生を歩む、しがないオヤヂです。
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