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1289
今日は12月22日(土)、二十四気の一つで太陽が最も南に位置し、北半球では昼の時間が最も短い日の冬至です。

ここ60年以上は12月21日か22日が冬至でしたが、1955年など過去には12月23日という年もありました。また次に12月23日が冬至となるのは2202年で184年先です。今生きている人はその時は誰もいないでしょう。

なぜ年によって変わるかというと、太陽の周りを回る公転の時間は365日で割り切れず、大きくは4年に一度の閏年で調節していますが、細かな調整はできず、そうした影響でここ数年は4年に1度12月21日の冬至が現れます。

一般的にこの日を境にして日の出と日の入りの時間が逆転すると思われがちですが、実は日の出が最も遅い日は冬至の約半月後の年明け頃になり、日の入りが最も早い日は冬至の約半月前とのことです。

昔から冬至におこなう習慣や風習があります。

子供の頃には家で冬至にはお風呂にゆずを浮かべてゆず湯をしました。ゆずがないときには、ミカンの皮をガーゼや布巾で包み、それを入れてました。

この風習が始まったのは江戸時代、200年ほど前に江戸の銭湯から始まったそうです。お客を集めるため、他とは違う変わったことをするアイデアマンがいたのでしょうね。やはり江戸時代に、旬ではないウナギを、夏枯れする時期に売るために仕掛けた「土用の丑=ウナ重」と同じようなものです。

冬至の夕食には必ずカボチャの煮物がでてきました。この時期のカボチャはビタミン類を多く含み栄養も豊富で、理にかなった副食です。但し、食べ過ぎは、糖質制限をしている人にとっては糖質が多い野菜だけに注意も必要です。

 ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

若いときは、昼間よりも夜の方がテンションが高く活動的だったりw、夜を徹して遊び、空が白々と明けてくると、さぁ帰って寝ようかと思ったりして、夜にネガティブな印象はまったくありませんでした。

ところが、最近感じるのは、太陽が空に輝く時間が妙にいとおしく、その太陽が上がっている時間がこれから長くなるのが待ち遠しく、その転換期は実に気分がいいものです。

人生もいよいよ終盤にさしかかってきた今、暗くて陰気で得体の知れない夜よりも、明るく光明が差す時間が長くなるのは精神的にも落ち着き、気持ちが楽になります(個人的な感想です)。

 ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

南北に長い日本列島で、日の出、日の入りの時間が結構違うということを身をもって知ったのは、初めて冬の東北へひとりで旅行した2013年と割と最近のことです。

2011年の東北大震災の被災地の姿を見ておかなければと思い、復興作業の邪魔にならないように震災後2年が経過した2013年1月の初旬に、2泊3日でクルマで岩手から三陸海岸を南下する計画を立て、実行しました。

計画を作成したときは、自分が住んでいる場所の感覚で、見ておくべき、行くべき場所と、その到着時間を計算し、そのルートや時間配分を緻密にスケジュールを作成しました。

ところが、1月なら、南関東と同じ感覚で、「夕方4時半ならまだ明るい」と思っていたところ、晴れて天気が良い日だったにかかわらず、岩手の三陸海岸ではすでに暗く、写真を撮るにもフラッシュがないと真っ暗で写らない状態でした。いや焦りました。

それ以来、東北へ行く際は、できるだけ日の長い夏場にするか、あるいは明るさが必要な場合は、想定では南関東より1時間程度早めに到着する計画を立てています。真っ暗な観光地や被災地へ行ってもなにも見えません。

 ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

引退した裕福な高齢者が、アメリカでは南部フロリダ半島のマイアミや、日本でも伊豆半島や九州、沖縄など暖かく、太陽の光が豊富な場所を選んで移住するのは自然なことです。

寒さには比較的強い高齢者ですが、昼間の時間が短いのはどうも許せないようで、これは視力が弱くなることや、天国や浄土の世界が明るく眩しいぐらいに光明が差しているように描かれることとなにか関係があるかも知れません。

冬至が過ぎてから、ほとんどのエリアでは気温はまだしばらく下がり続け、冬至からさらに2ヶ月ぐらい先になってようやく低気温のピークを迎えます。

気温が下がっても我慢できますが、それよりも冬至を境にして日中の太陽が出ている時間が少しずつ長くなっていくことに、大いなる喜びと救いとなっているのが、人生残り少なくなってきた私の感覚です。


【関連リンク】
1179 還暦がやってきた
1102 あまり役には立たない曜日の話し
1101 厄除け祈願
1089 プチ移住という選択
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1288
即身仏とは、「密教系の日本仏教の一部で、僧侶が土中の穴などに入って瞑想状態のまま絶命し、ミイラ化した物」(wikipedia)ということですが、

現存している即身仏は国内に何体あるでしょうか?


・・・
・・・
・・・

答えは公表されているもので、18体ということです。公表と言うだけで、すべてが公開されているわけではありません。

その他にも即身仏ではないミイラとして、中尊寺金堂に保存されている奥州藤原氏4体が別にあるそうです。

即身仏がなぜできたのか?ですが、「即身成仏(そくしんじょうぶつ)は、仏教の修行者が、「行」を行うことを通じ、この肉身のままで究極の悟りを開き、仏になること。」(wikipedia)とあるように、教義の解釈で、仏になるための究極の悟りとされていたわけです。

現在、即身仏になるには、あるいはそれに協力しようとすると、刑法の自殺幇助罪とか死体損壊罪とか墓埋法とかいろいろと法律的にややこしい問題が起きそうです。

現存する即身仏は、古いものでは1200年前の西暦790年、新しいものでは明治時代の1903年のものまであり、1907年に刑法が制定されて以来ありません。

現存する古い即身仏がつくられた今から1200年前というと、元号は延暦で天皇は桓武天皇、平安京遷都(794年)があり、最澄が比叡山に延暦寺を創建(788年、お寺の名前は元号からきていたのね)し、富士山噴火(延暦大噴火:800~802年)などが起きた時代です。

新しい即身仏は、115年前、江戸幕府が終わり、明治に入ってからです。その1903年というのは、日露戦争が起きる前年で、東アジア周辺はきな臭くなりつつあった時代ですが、国内では初めて野球の早慶戦が開催された年でもあります。アメリカではライト兄弟が初の飛行を成功させました。

私がどうして即身仏に興味を持ったかと言うと、今年の夏に山形へ旅行をした際、事前に山形のことをいろいろと調べていくと、即身仏を安置したお寺が方々にあり、あれれ?こんなに即身仏っていっぱいあったのか?と初めて知ったからです。

ちなみに、即身仏が現在でも保存されている場所は、山形県がダントツに多くて8カ所。いずれもお寺です。もう今の季節だと、山寺が多いので、雪が積もっていたらおいそれとは参拝できないでしょう。


出典:山形県資料「郷土愛を育む副読本「郷土Yamagata-語って 創る やまがたの未来-

次に多いのが新潟県で4カ所、残りは福島県、茨城県、長野県、神奈川、岐阜県、京都府に各1カ所あります。

なぜ山形県に現存する即身仏が多いのか?というのは、ちょっと調べてみましたが不明です。

霊山の出羽三山があるからと言っても霊山なんて日本各地にあり、日本三大霊山はと言うと恐山(青森)、比叡山(京都・滋賀)、高野山(和歌山)で、出羽ではありません。

また仏教が盛んで、お寺が特に多い地域というわけではありません(寺の数の多い都道府県は1位愛知県、2位大阪府、3位兵庫県で、山形県は中間の24位、現在の人口10万人あたりの数では山形県は8位)。

ひとつ考えられるのは、庄内平野は昔から米どころでもあり、干ばつなど飢饉が襲うと多くの農民が餓死するなど苦しむことになり、そうした飢饉の時に救済と願いを求めて僧侶が生け贄的に即身仏となったということがあるかも知れません。

でも飢饉で苦しむのは、山形の農民だけでなく、東北全般で言えることですし、山形の場合は、米だけでなく漁業もあるので、内陸の地域よりかは食料事情は比較的マシだったはず。

純粋に仏教で悟りを開くための修行ということを考えると、ひとつの地域に集中している謎は不明です。

山形県や鶴岡市のサイトを探しても、即身仏は貴重な文化遺産であることは確かなものの、観光の目玉としてや、地元の子供の社会見学の場所にするようなわけにもいかず、結構微妙な扱いなので、探すのに苦労します。

わかりやすいと言えば、ちょっと書かれたのは古いですが、下記の「みうらじゅんに訊け!」は山形と即身仏について説明されています。

みうらじゅんに訊け!-この島国篇-山形県 即身仏、青春の光と影。(ほぼ日刊イトイ新聞)

即身仏になった修行僧は、歴史に名を残すような有名な僧侶達ではなく、貧しい下級僧侶が多かったということですので、地方の名もなき下級僧侶が、命に代えて名を残したいがため究極の修行をおこなったのでは?という話しもあります。

内田康夫氏の小説「熊野古道殺人事件」で知りましたが、紀伊(和歌山)でおこなわれていた補陀落渡海(ふだらくとかい)の行は、小舟に僧が乗り込み、外に出られないようにして、伴走船に沖合まで引っ張られ、そのまま返ってこないもので、即身仏と同様、死を覚悟しなければできない行で、渡海して浄土へ行くという目的があってのことです。

そのような命を賭して僧侶が修行を結実させることは全国にいろいろとあったのではないでしょうか。

現在でも比叡山延暦寺でおこなわれる「千日回峰行」は、即身仏や補陀落渡海まではいかないまでも、命を賭した厳しい修行です。

即身仏の作り方を以前テレビで見たことがありますが、深く掘られた土の穴に入り、その中で、何日もお経を唱え、鐘を鳴らし続けます。

それが途切れたら亡くなったことになり、その後しばらくしてから、亡骸を引き上げて、防腐処理をして寺社に祭るということでした。今の科学で言えば絶食と給水がない状態での飢餓(栄養失調)と脱水状態による緩やかな自殺と言うことになります。

人が高齢になって、自分で栄養や水分補給ができなくなったとき、医療技術が未発達だった頃は、一般的に老衰として自然死ができました。

現在の医学では、本人の意識外で点滴や胃瘻、人工呼吸など生命維持装置で、簡単には死なせてくれなくなっています。

普通の健康な人ならば、真っ暗な穴蔵にずっといれば、発狂するかその寸前で、生きたいという本能から自力で這い出すか、救助を求めるでしょうけど、そこは一定の修行を積んだ僧侶達ですので、老衰死に似た状態を自分でコントロールできたのでしょう。

こうした即身仏は決して日本独自の文化ではなく、世界の各地に似たような儀式やミイラはあるそうです。

で、結局、即身仏へお参りしたか?というと、せっかく山形まで行ったにも関わらず、そうした即身仏が奉られたお寺へはお参りすることなく、クラゲだけ見て帰ってきたのでした。


【関連リンク】
1250 夏休み特別企画「山形鶴岡市加茂水族館」
955 道の駅の転換期
937 浅見光彦シリーズドラマにはまる
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678 東北巡り



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1284
また昭和オヤジの昔を懐かしむ戯れ言か?という批判も真正面で受け止め、「今では聞かなくなったクルマの部品」の話しです。

例えばワイパーは100年ほど前に登場してから現在までその形状や機能はほとんど変わっていないクルマ界のシーラカンス装置と言えます。

ステアリング(ハンドル)もほぼ円形のまま100年以上変化がありません。タイヤは素材が木材や鉄からゴム、化成品と変わったぐらいで、こちらも形状や機能に大きな変化はありません。

一方では、ラジオ装備が普通だったクルマ装備のオーディオ類ですが、その後、8トラ、カセットテープ、MD、CD、DVDなどと進化し、現在ではナビと一体型のSDメモリーやスマホと連動した音源が主流となっています。こちらは今後もまだ変化をしていきそうです。

近い将来、完全自動運転が普及すれば、まずステアリングが不要となり、ワイパーも必需品ではなくなってくるかもしれません。

ま、そこまで大きな変革でなくても、例えば、すでに一般的になりつつあるEVには、過去150年近くクルマに必須だった内燃機関(エンジン)や燃料タンクが不要となっています。

エンジンが動力を作り出して、それをトランスミッションでタイヤに動力を変換して伝える仕組みも、EVカーには不要です。EVの動力と動力伝達機関はバッテリーとモーターだけで済みます。

この変化は自動車産業に大きなインパクトを与えることになりますし、高度な技術が必要で莫大な研究開発費と設備投資、大規模な工場が必要だった自動車産業が、ライトなパーツアッセンブリーメーカーに変わりつつある変革期にさしかかっていると言えます。

ちょうど通信業界のプレーヤーが、NTTやATTの巨大インフラ装置メーカーから、アップルやGoogleに置き換わっていくのと同じような大きな構造変革です。

そうした、大きな変革は別として、70年代、80年代には普通にあったクルマ関係の用品や用語で、今ではすっかり聞かなくなった部品や用品集です。

・チョーク
寒いときにエンジンを始動する時には、チョークレバーを引いてからセルモーターを回すのが普通でした。チョークを引くと混合比がガソリン濃いめとなります。

しかしそれによってプラグがかぶって(濡れて)しまい、始動不能になることもよくありました。神経質なクルマではチョークを戻すタイミングが結構難しかったです。

現在は混合比は手動ではなく、電子制御の燃料噴射装置により温度などを感知し自動的に最適な混合比を決めてくれます。


・全塗装
70年代頃までのクルマの塗装は品質が悪く、4~5年でボディに錆が発生し、塗装もはげてくるので、5年以上経過した中古車を全塗装することが結構ありました。

現在は防錆や塗装技術の進歩により、10年以上は持つようになり、全塗装をする需要はめっきり減りました。自慢じゃないですが、私は愛車(中古車)を過去2度全塗装に出しています。


・アースベルト
今でも売ってはいますが、揮発油などを運ぶタンクローリー以外で付けているクルマは見かけなくなりました。

元々静電気を防止するため、クルマの金属部分と地面とを導通性を持たせたゴムや金属でアースしておく用品で、70年代頃には大ヒットしていました。

また90年代に流行ったアーシングは、アースベルトとは全然別の機能のもので、バッテリーのマイナス(アース)をボディの各所とダイレクトにつなぐことで、エンジン性能が上がる!とか、オーディオの音が良くなる!とか噂が広まり、一部のマニアの中で大流行となりました。

私も90年代終わり頃、秋葉原で部材を購入し装着してみましたが効果のほどは感じませんでした。


・リトラクタブルヘッドライト
恥ずかしながら20代の頃に乗っていたクルマには、これが付いたクルマに得意げに乗っていました。

現在では保安基準(衝突時の歩行者保護で突起物をなくすなど)の変更や、一部の地域(国)では昼間も常時点灯の義務があったりして、世界的にこのスタイルのクルマはなくなってきています。

旧車でもこれ付きのクルマを持っていると、その希少価値はますます高まってくるかも知れません。

国産車では、シルビア、ガゼール、180SX、240SX、フェアレディZ、パルサーエクサ、2000GT、セリカ、スプリンター、MR-2、カローラII、コルサ、NSX、インテグラ、プレリュード、アコード、ビガー、バラードスポーツCR-X、RX-7、コスモ、ファミリアアスティナ(ユーノス100)、ロードスター、スタリオン、GTO、アルシオーネ、ピアッツァなど多くのクルマに設定がありました。


・金属製バンパー、衝撃吸収バンパー
70年代までのバンパーは前後とも金属製が多く、高級車や上級車はメッキやボディ同色塗装、普及車や商用車は黒塗装と相場が決まってました。

ぶつけたりこすったりすると、修理すると言うよりバンパー全部を交換するという消耗品的な扱いです。また乗員の安全性に配慮し、衝撃をバンパーだけで吸収できるよう大きなバンパーを付けたクルマも登場しました。

これはアメリカの規制で通常5マイルバンパーと呼ばれる大きくて頑丈なバンパーです。

現在は乗員よりも歩行者を保護するため、バンパーが突起物とならないよう前面はボンネットやグリルと面を合わせて平面とし、素材もポリプロピレンなど柔らかな化成品が多くなっています。

衝突時の大きな衝撃はバンパーだけでなく、ボディ全体で吸収するよう考えられています。


・愛車セット
ここ15年ぐらいの間に3度新車を購入しましたが「そう言えば愛車セットを勧められないな」と思ってました。

が、しかし名称はともかく、新車購入の際にディーラーで販売する愛車セット的なものは今でもちゃんと存在しているようです。知りませんでした。

古くはワックスやウインドーウォッシャー液、ウエス(洗車用、窓拭き用)、洗車ブラシなど洗車用品、その後もフロアマットやドアバイザーなどを組み合わせた基本セットなどとして生き延びています。

70年~80年代はディーラーの新車見積もりには必ずこの愛車セットがこそっと忍ばされていたものですが、最近は相手を見て、入れたり省いたりしているようです。


・イグニッションコイル
80年代以前のガソリンエンジン車に乗っていてボンネットの中をのぞき込んだことがある人は、「円筒形の黒い装置」として記憶があると思います。

それがイグニッションコイルで、プラグを高電圧で点火するための変圧器です。

80年代にはスポーツ走行用に効率の良いCDI式が登場し、コイルを社外品のそれと交換するのが流行りましたが、現在はヘッドカバーの上にイグニッションコイルをマウントするダイレクトイグニッションが主流となり、黒い円筒形の物体は姿を消しています。


・カンガルーバー

名の通りオーストラリアで走行中飛び出してくるカンガルーと衝突してもクルマに被害が及ばないようにフロントバンパーに取り付けられた鉄の頑丈なバーですが、なぜかそのデザインがヘビーデューティで格好いいと日本でも大流行したときがあります。

当時新車で標準装着していたのは、三菱デリカ、パジェロ、トヨタ スプリンターカリブ、ランドクルーザー、日産テラノ、サファリ、ホンダシビックシャトル、オルティア、スバルインプレッサ、いすゞビッグホーンなど、4駆やRV車の多くに採用されました。

ただその中で一部の車種を除き、実際にはデザイン性だけの機能でガードバーとして実用性がないものも多くありました。

現在でもグリルガードとして一部残っているものもありますが、歩行者保護の観点から飛び出たような突起物は禁止される傾向にあり、素材も従来の鉄パイプむき出しではなく、柔らかな樹脂でカバーするなど対応が求められています。

以上、いかがだったでしょうか。

またいろいろと思い出したら続編を書いてみたいと思います。


【関連リンク】
1241 自動車のリサイクルと部品共通化 前編
1242 自動車のリサイクルと部品共通化 後編
1212 EVシフトと言いつつも当分需要はそれほどでもなさそう
1197 2017年の乗用車販売台数に思うこと
1124 国内自動車販売台数や耐用年数推移など

 

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1277
子供の頃に買ってもらった地球儀は、国ごとに色が違っていてカラフルで、細かな文字がいっぱい書き込まれ、まだ世界を知らない子供にとってはなにか夢のある魔法の球体と映った人も多いのではないでしょうか。

現在、世界中に独立国は206カ国(Wikipedia)あり、そのうち国際連合に加盟しているのは193カ国ということです。



日本が承認している国の数は196カ国です。なんと国連加盟国数よりも3カ国多い?

その理由は、国連に加盟していて、日本が国家と承認していない国は、北朝鮮の1カ国で、逆に国連に加盟していなくて日本が国家と承認しているのは、バチカン、コソボ共和国、クック諸島、ニウエの4カ国あり、4-1=3カ国(多い)ということです。

その中で、日本人がビザなし渡航ができる国は180か国(2018年)で、これはシンガポールと並び世界トップということです。日本のパスポートが世界中で通用するのは、日本人としては誇らしいことです。

さて、その世界の国206カ国のうち、何カ国ぐらいの国名が言えるでしょうか。50?100?150?

Wikipediaに書かれている206カ国の根拠ですが、国連加盟国193カ国に、国連オブザーバー国2カ国(バチカン市国、パレスチナ国)、国連から自由連合国と認められている2カ国(クック諸島、ニウエ)、法学上の国家の定義を満たし得る事実上の独立国9カ国(中華民国、コソボ共和国、サハラ・アラブ民主共和国、アブハジア共和国、南オセチア共和国、北キプロス・トルコ共和国、アルツァフ共和国、沿ドニエストル共和国、ソマリランド共和国)の13カ国を加えた数になります。

私が小学校4年生の頃に、地球儀を買ってもらいましたが、その時はというと1966年です。

1966年時点では、国連加盟国数は122カ国でしたので、加盟国の中でも名称が変わったり、連邦が分離したりと変化はありますが、それに加えて現在の193カ国まで71カ国が増えたことになります。

増えた国々は様々な理由からですが、特に1991年のソ連崩壊で独立した国、アフリカの内戦など経て、新しく独立した国などが多そうです。

1945年に国連ができた当初の加盟国は51カ国、その後1980年頃までほぼ毎年増え続けていきますが、大きく増えたのは1955年(16カ国)と1960年(17カ国)、そして1992年(13カ国)です。

日本が国連に加盟したのは、戦後11年が経った1956年で、同じ敗戦国イタリアより1年遅く、東西に分断されていた(東西)ドイツより14年早い加盟となっています。

最近は新たな加盟国というのはさすがに少なく、一番新しい加盟国は、2011年の南スーダンです。

 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

子供の頃、買ってもらった地球儀を眺めているのが好きでした。その後、子供誌の付録に付いていた小さな地球儀を苦労して組み立て、それも気に入ってました。

いつかは、地球の裏側のブラジルや、文化先進国のイメージが強くあった欧州へ行ってみたいな~と思っていましたが、現在のところそれは果たせていません。

中学校の時の地理のおさらいですが、世界一ベスト3まとめです。

・国土面積が大きい国(広い国)
1.ロシア 約1,707万平方km 日本の約45倍
2.カナダ 約999万平方km 日本の約26倍
3.アメリカ 約963万平方km 日本の約25倍

日本の国土の45倍もある世界最大の国ロシアですが、わずか0.5平方kmの北方領土さえ返還してくれないというせこさです。返還しないのは、面積と言うよりは防衛や冬季の港、海洋資源など、地政学上、商業上の理由や都合が大きいのでしょうけど。

・国土面積が小さい国(狭い国)
1.バチカン市国 約0.44平方km 日本の約86万分の1
2.モナコ公国 約2平方km 日本の約19万分の1
3.ナウル共和国 約20平方km 日本の約1万8000分の1

・人口の多い国(WHO2018年)
1.中国 1,411,415人
2.インド 1,324,171人
3.アメリカ 322,180人

4年後、2022年にはインドが中国を抜いて世界最多人口の国になりそうです。その時、インドは中国と同様、人口の優位性を武器にして、覇権国家を目指すようになるのでしょうか。そしてインドが経済力を付けてきた暁には、現在の米中にらみ合いから、中印にらみ合いへと世界は変わっていくのかも知れません。

・人口の少ない国
1. バチカン市国 793人
2. ツバル 9,847人
3. ナウル共和国 9,947人

面積が小さく、人口も少ないナウル共和国は南太平洋にあり、1990年頃まではリン鉱物資源で潤っていたものの、その後資源が枯渇し、現在は他に産業もなく各国の援助に頼らざるを得ない状態です。現在日本人は住んでいないそうですが、起業精神あふれる誰か日本人が同国に渡って産業起こせば、同国の英雄にもなれるチャンスかも知れません。

・面積が広い島
1. グリーンランド 217万5600平方km デンマーク
2. ニューギニア(イリアン) 80万8500平方km インドネシアほか
3. ボルネオ(カリマンタン) 75万7100平方km インドネシアほか
(参考) 本州 23万0500平方km 日本

オーストラリアは島ではなく、大陸なんだと言うことを思い出しました。グリーンランドは地球儀では北極近くあって、なんだか北にある南極大陸みたいなイメージがありましたが、国土の8割が氷や万年雪ということで、あながち間違ってはいなそう。四季がある日本ではちょっと想像しにくいですね。

・面積が広い砂漠
1. サハラ(Sahara) 907万平方km アフリカ
2. オーストラリア(Australian) 337万平方km オーストラリア
3. アラビア(Arabian) 246万平方km アジア

広さはともかく、アメリカのロサンジェルスや二刀流大谷選手が加入したエンジェルスのあるアナハイムは元々砂漠地帯でした。ラスベガスも砂漠の真ん中に人工的に作った都市ですね。つまり砂漠でも開発すれば人が住めるってわけで、将来の食糧不足や気温上昇の対策を兼ねて、太陽光発電と、海水淡水化をひっさげ巨大砂漠地帯の緑化(農場化)を誰かやる人はいないかな?国際プロジェクトとしてやるべきかも。

・面積が広い湖
1. カスピ海 374,000平方km アジア・ヨーロッパ
2. スペリオル湖 82,400平方km 北アメリカ
3. ビクトリア湖 68,800平方km アフリカ
参考 琵琶湖(びわこ) 670平方km (日本で一番大きい湖)

琵琶湖を見て、日本人の多くは「広いな~海みたいだ~」と言いますが、カスピ海はその琵琶湖の500倍以上、日本の国土面積とほぼ同じ広さですから、海とどう違うのか説明が付きそうにありません。さらにカスピ海は琵琶湖のような淡水ではなく、海と同様の塩分が混じった鹹水(かんすい)です。

私が出かけた海外といえば、アメリカ(本土西海岸、ハワイ)、香港・マカオ、台湾、シンガポール、韓国ぐらいで、ヨーロッパやアフリカ、南アメリカ、中央アジア、中東、オセアニアなど行ってない場所がほとんどです。

もうさすがに若気の至り風にバックパッカーとして出掛ける気力はありませんが、せめて団体ツアーのようなものではなく、飛行機と宿だけが決まっているパックツアーに参加するのが夢です。

さて暇はあってもお金の余裕があるか?っていう大人の事情と心の中で葛藤しています。

【地球儀&世界地図】
レイメイ藤井 地球儀 しゃべる国旗付 OYV400

ドウシシャ しゃべる地球儀 パーフェクトグローブ HORIZON

学研 Gakken ニューワールドアイ 地球儀を超えた無限の情報量 NEW WORLD EYE

東京カートグラフィック 世界地図 A2 MPWA

スクリーンマップ 世界全図 国旗入り (ポスター 地図 | マップル)

今がわかる時代がわかる 世界地図 2018年版

レモンツリーART 世界地図 ポスター アンティーク風世界地図

【関連リンク】
1257 国連分担金について思うこと
998 天皇陛下の外国訪問
914 殺人事件の国際比較
911 visa(査証)なしで何カ国へ渡れるのか
777 成人の力 国際比較




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1272
東京で時々聞く笑い話に「関西の家には必ずたこ焼き器がある」という話し。この話しを最初聞いたときには、「どうして東京の家にはたこ焼き器がないの?」って思いました(笑)

つまり私も元々関西人で、実家にはちゃんとガスコンロで焼けるたこ焼き器(鉄板)が当然のように備わっていました。

お好み焼きも、ここ20~30年のあいだに関東で急速に普及してきましたが、私が就職して東京に来た40年前はお好み焼き屋さんはほとんど見かけませんでした。

たまにあっても、そこはもんじゃ焼きがメインでお好み焼きも出しているとか、広島県人御用達の広島風お好み焼き屋だったりしました。

当時すでにレトロ感が漂っていた渋谷の東急プラザの地下に「ぼてじゅう」の支店を発見したときの驚きはしばし言葉を失ったぐらいです(ややオーバー)。この東急プラザは現在建て替え中で来年(2019年)に新しくお洒落になって開業予定だそうです。

その後、ぼてじゅうや千房(いずれも本社は関西)、道とん堀(本社は東京)など関西お好み焼きの店が次々と出店し、現在では関東でも関西風お好み焼きを食べるのに困ることはなくなりました。

たこ焼きに話しを戻すと、同じ関西でも兵庫県には明石焼きという通常のたこ焼きから少し枝分かれした変形ヴァージョンもありますが、基本はぶつ切りのタコとキャベツ、紅ショウガを入れただけの粉ものに、甘いソース、削り節、青のりをまぶしたものです。

通常は地域の神社のお祭りなどで、たこ焼きは、金魚すくい、お面、綿菓子などとともに露店の定番として君臨し、いつも子供達が群がっていました。

私の記憶がある時(幼児~小学生低学年)は、小さな竹の舟に入ったたこ焼き4~5個が10円という時代が長く続いていました。今思えばとても安かったです。

ところが、1970年代ぐらいになってからたこ焼きの価格が急速に高騰してきた記憶があります。高度成長期でたこ焼きを焼く人件費の高騰が要因でしょうか、よくわかりません。

露店と比べても割と良心的な「築地銀だこ」の現在の価格は8個580円ですから、たこ焼き1個あたりに換算して比較すると50年前は1個2円だったものが今は72.5円となり、なんと30~36倍になっています。

1968年頃のサラリーマンの平均年収は64万円ぐらいでしたから、現在の418万円は当時の6~7倍です。

サラリー(年収)は6~7倍なのに、たこ焼きは30倍かよ!ってちょっと叫びそうになってしまいました。

たこ焼き以外の食べ物、ラーメンで比べると、1968年当時ラーメンは75円ぐらい、現在はというと500~600円ぐらいでしょうか。およそ7倍で、サラリーの上昇率とほぼ等しいですね。たこ焼きは例外的に高くなっています。

そこで露店で毎回数百円も払ってたこ焼きを買うぐらいなら、1000円以内で買えるたこ焼きの鉄板があれば、あとはタコさえ準備すれば、関西の家には必ず常備されているお好み焼きのセット(粉や具)が使えますので、それが関西の家庭でたこ焼き器が普及していった最大の要因でしょう。

最近は鉄板だけを買うよりも、専用の電気たこ焼き器や、焼き肉用の電気鉄板プレートにたこ焼き用の鉄板が備わったものなどが主流となっています。

私もこの間、中古品を扱っているディスカウント店で、未使用新品の電気たこ焼き器が売られていたので、思わず買ってきました。

スーパーへ行けばたこ焼き専用の出汁の入った粉や、たこ焼き専用ソースなどもあり、それらを使うと素人でも簡単に作れて味もプロ顔負けの美味しさです。

おまけに鉄板はテフロン加工がされていて、焦げてくっついたりしないので、竹串を使って簡単にコロッと回転させることができ、便利になったものです。

本当なら、大勢でパーティーをやるときとか、小さな子供がいたり、孫でもできて遊びに来たときに作ってあげるというのが多いパターンなのでしょうけど、私の場合は、自分が思う存分にいろいろな味付けや具を入れて食べたいから作るという方針で当面はやっていきたいと思っています。

アイリスオーヤマ たこ焼き器 レッド ITY-18A-R

山善 たこ焼き器(着脱プレート式) レッド YOA-240(R)


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