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1306
過去に一番映画をよく見た時期は、おそらく小学生の頃、金曜ロードショーや日曜洋画劇場など、毎週3~4本はテレビで古い映画を見ていた頃じゃないかなと思います。

社会人になってからは、テレビで見るより休日や夜間に名画座へ行って、公開から少し遅れて2本立て映画を一気に見ていましたが、結婚してからは、レンタル屋さんでVHSやDVDを借りてきて、家で見ることが多くなります。

最近は、テレビで放映される映画をハードディスクにドンドンとため込んでおけるようになったので、そうした放送された映画を中心に見ることが多くなっています。

別に人生の終盤にかかり、総仕上げのまとめに入っているというわけではないですが、日記やブログを始めて以降のここ十数年にみて、さらになんらかのコメントを残した映画(劇場だけでなくテレビでの鑑賞含む)を映画の公開年代ごとにまとめてみました。

10年間で見た映画のすべてを網羅しているわけではありませんが合計103本です。

今回は(1)として1999年までに製作・公開された映画をその公開年別でリスト化しました。

URLは感想などを書いた記事リンクです。
1949年以前
グランド・ホテル(1932年) http://restrer.atgj.net/Entry/380/
風と共に去りぬ(1939年) http://restrer.atgj.net/Entry/605/
ミニヴァー夫人(1942年) http://restrer.atgj.net/Entry/991/
無法松の一生(1943年) http://restrer.atgj.net/Entry/656/
素晴らしき哉、人生!(1946年) http://restrer.atgj.net/Entry/481/
白熱(1949年) http://restrer.atgj.net/Entry/741/
1950年代
陽のあたる場所(1951年) http://restrer.atgj.net/Entry/804/
第十七捕虜収容所(1953年) http://restrer.atgj.net/Entry/380/
麗しのサブリナ(1954年) http://restrer.atgj.net/Entry/741/
山の音(1954年) http://restrer.atgj.net/Entry/884/
慕情(1955年) http://restrer.atgj.net/Entry/454/
幕末太陽傳 (1957年) http://restrer.atgj.net/Entry/934/
第七の封印(1957年) http://restrer.atgj.net/Entry/741/
渚にて(1959年) http://restrer.atgj.net/Entry/148/
浮草(1959年) http://restrer.atgj.net/Entry/567/
鍵(1959年) http://restrer.atgj.net/Entry/732/
1960年代
甘い生活(1960年) http://restrer.atgj.net/Entry/944/
何がジェーンに起ったか?(1962年) http://restrer.atgj.net/Entry/972/
博士の異常な愛情(1964年) http://restrer.atgj.net/Entry/857/
男性の好きなスポーツ(1964年) http://restrer.atgj.net/Entry/862/
ドクトル・ジバゴ(1965年) http://restrer.atgj.net/Entry/575/
招かれざる客(1967年) http://restrer.atgj.net/Entry/804/
1970年代
戦争と冒険(1972年) http://restrer.atgj.net/Entry/991/
スティング(1973年) http://restrer.atgj.net/Entry/501/
真田幸村の謀略(1979年) http://restrer.atgj.net/Entry/780/
1980年代
最前線物語(1980年) http://restrer.atgj.net/Entry/741/
夜叉(1985年) http://restrer.atgj.net/Entry/575/
私をスキーに連れて行って(1987年) https://restrer.sakura.ne.jp/site4/diary/diary0905.html
映画女優(1987年) http://restrer.atgj.net/Entry/870/
3人のゴースト(1988年) http://restrer.atgj.net/Entry/501/
ニューシネマパラダイス(1988年) http://restrer.atgj.net/Entry/501/
1990年代
木と市長と文化会館/または七つの偶然(1993年) http://restrer.atgj.net/Entry/987/
生きてこそ(1993年) http://restrer.atgj.net/Entry/501/
学校(1993年) http://restrer.atgj.net/Entry/1002/
ショーシャンクの空に(1994年) http://restrer.atgj.net/Entry/501/
誘う女(1995年) http://restrer.atgj.net/Entry/862/
ボルケーノ(1997年) http://restrer.atgj.net/Entry/148/
ジャッカル(1997年) http://restrer.atgj.net/Entry/870/
イングリッシュ・ペイシェント(1997年)  
プライベート・ライアン(1998年) http://restrer.atgj.net/Entry/501/

こうして見ると割と各年代まんべんなく見ているって感想です。

その中では70年代の映画が、戦争と冒険(1972年)、スティング(1973年)と真田幸村の謀略(1979年)の3本だけというのはちょっと意外。

しかも「スティング」は当時映画館でロードショーを見ています。60年代の映画は6本、50年代は10本もあるのになぜ70年代の映画が少ない?

70年代に公開された有名な映画と言えば、「サウンド・オブ・ミュージック」「ゴッドファーザー」「ポセイドン・アドベンチャー」「エクソシスト」「燃えよドラゴン」「タワーリング・インフェルノ」「JAWS/ジョーズ」「スター・ウォーズ」「スーパーマン」「日本沈没」「八甲田山」「野性の証明」など。

なるほど、その当時は中高生だったので、メジャーな映画の多くは、当時リアルタイムで劇場へ行って見てしまっています。

さて、上記の1999年までの映画から「私のお勧めの10本」を選んでおくと、

風と共に去りぬ(1939年)
無法松の一生(1943年)
素晴らしき哉、人生! (1946年)
慕情(1955年)
渚にて(1959年)
ニュー・シネマ・パラダイス(1988年)
生きてこそ(1993年)
ショーシャンクの空に(1994年)
イングリッシュ・ペイシェント(1997年)
プライベート・ライアン(1998年)

ってところでしょうか。

【関連リンク】
983 我が青春のヒーロー、スティーブ・マックイーン
915 「風と共に去りぬ」を観てわかるアメリカ史
880 高倉健さんを偲び映画の思い出など
764 思い出の香港





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1305
まほろ駅前番外地 (文春文庫) 三浦しをん

シリーズ第1弾「まほろ駅前多田便利軒」(2006年)と、すでに発刊されている第3弾「まほろ駅前狂騒曲(2013年)のあいだの2009年に単行本、2012年に文庫化されたシリーズ第2弾の短編集です。

ただしこの短編では、本編のスピンアウト作品という位置づけで、それぞれの話しで主人公が代わり、例の便利軒の二人は脇役へ回っています。

収録されているのは「光る石」「星良一の優雅な日常」「思い出の銀幕」「岡夫人は観察する」「由良公は運が悪い」「逃げる男」「なごりの月」の七篇です。

第1作目の「まほろ駅前多田便利軒」は映画が製作されましたが、この第2弾は、瑛太と松田龍平など主要な出演者は同じでテレビドラマ化されています。

話しは、便利屋稼業の日常が描かれているわけですが、テンポもよく比較的短くて読みやすく、内容も軽めのものが多いので、ちょっとした暇つぶしの時などに持っていると良さそうです。

主人公は高校の同級生同士で、便利屋に居候している主人公の内のひとりに、昔、家庭内で起きた問題が、少しだけ明らかになっていきます。

すでに三作目が出ていますので、それですべて明らかになっていくのかどうかわかりませんが、なかなか焦らせながら次回へ続くみたいな手法はうまいなと思いました。

★★☆

 ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟

謎解き 関ヶ原合戦 戦国最大の戦い、20の謎 (アスキー新書) 桐野作人

2000年に出版された「真説 関ヶ原合戦」から加筆修正した新書で2012年に出版されました。

著者は歴史研究家の作家で、多くの戦国時代を中心とする書籍を出されています。

タイトルの20の謎ですが、
1 関ヶ原合戦の原因は何か
2 「五大老・五奉行」制はあったのか
3 前田利家・利長父子は家康と対決するつもりだったのか
4 家康は最初から軍事対決を目論んでいたのか
5 石田三成と直江兼続の密約はあったか
6 三成の挙兵戦略はどのようなものだったか
7 前田利長・利政はどちらにつくつもりだったのか
8 家康はなぜ小山・江戸に長く留まったのか
9 徳川秀忠の中山道進軍の目的は何か
10 徳川軍の主力は家康勢か秀忠勢か
11 上杉景勝はなぜ南進せず、最上義光を攻めたのか
12 三成の東進策はなぜ実らなかったのか
13 岐阜城はなぜ簡単に落ちたのか
14 家康は大垣城の西軍とどう戦うつもりだったのか
15 西軍の関ヶ原転進には三成の秘策があったのか
16 小早川秀秋はなぜ松尾山に陣取ったのか
17 島津勢は日和見で戦わなかったのか
18 井伊直政はなぜ「抜け駆け」したのか
19 宇喜多勢は本当に精鋭だったのか
20 「島津の退き口」はどのように行われたのか
となっています。

なかでも意外に思って面白かったのは、8「家康はなぜ小山・江戸に長く留まったのか」9「徳川秀忠の中山道進軍の目的は何か」16「小早川秀秋はなぜ松尾山に陣取ったのか」かな。

家康が小山評定で家康勢が上杉攻めから反転した後、すぐに上方へ向かわず、なぜか江戸に長く滞在していた謎や、秀忠が真田攻めに苦労して関ヶ原に間に合わなかったという通説の誤り、小早川の裏切りの可能性があることをわかっていた大谷吉継の動きなど、あくまで現在ある資料と著者の推測ですが、納得できるものが多くありました。

一度、関ヶ原へ行って各陣地跡を見ておくと、本文で書かれる各陣営の動きなどその位置関係がよくわかって良いでしょう。

5分でわかる関ヶ原の戦い 2014/12/13(土)

★★★

 ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟

ダブル・フォールト (集英社文庫) 真保裕一

2014年に単行本、2017年に文庫化された長編法廷ミステリー小説です。

著者の小説は過去に20作品を読んでいますが、それらに法廷が舞台の小説はなかったと思います。

主人公は若い居候弁護士で、1999年以降の司法制度改革により、需要以上の多くの弁護士が誕生し、月収が10万円前後という厳しい現実に身を置いています。

そこへ事務所の代表弁護士から、ある殺人事件の被告の弁護をするように話しがきます。

被告は、事件を起こした後、自ら警察に出頭し、事件を大筋で認めていますが、計画的な殺人か、正当防衛か、あるいは突発的な過失致死かという争点で検察側と争うことになります。

被告を弁護する側としては、殺された被害者の凶暴性や社会的な問題点を次々と表沙汰にすることで、被告のやむを得なかった正当防衛を主張していくことになりますが、当然ながら被害者の遺族は、「人を殺し、さらにその被害者の過去を暴く」と猛反発を食うことになります。

このあたりの、被害者遺族と加害者の弁護士との関係、法廷における証人に対する質問などが、スリルとサスペンス感がいっぱいでドキドキしつつ楽しめます。

タイトルは、主人公の弁護士が若い頃から続けているテニスにちなんでのものですが、もうひとつ本小説の内容とテーマ、結末が結びつかず、意味不明なところがありました。

著者は時代劇から、歴史物、刑事物、ビジネス物など幅の広いジャンルをテーマとした小説が持ち味で、そのあふれる才能には驚かされるばかりです。

★★☆

 ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟

嗤う名医 (集英社文庫) 久坂部羊

「寝たきりの殺意」「シリコン」「至高の名医」「愛ドクロ」「名医の微笑」「嘘はキライ」の6編の短編が収録されている2014年に単行本、2016年文庫化された小説です。

著者は現役医師でもあり、過去には「日本人の死に時―そんなに長生きしたいですか」と「無痛」の2作品を読んでいます。

「無痛」6月後半の読書 2016/6/29(水)
「日本人の死に時―そんなに長生きしたいですか」2月後半の読書 2017/3/1(水)

どの短編も医療にまつわる話しや医療従事者がメインの話しで、ブラックユーモアも散りばめられていて、一般人は知らない医療の世界を垣間見ることができます。事実かどうかはともかく。

医療関係者が読むと、結構あるある話しなのかも知れません。

ラストで大どんでん返しがある「寝たきりの殺意」、豊胸手術の失敗と、美容整形の後始末を嫌がる医療界の無責任さがわかり女性の美容整形の痛々しさを皮肉った「シリコン」、解剖学の技術員と放射線技師の二人が、形の良い頭蓋骨を愛するあまり暴走していく「愛ドクロ」など、医者の視点から見たドタバタがなかなか楽しめます。

でもこの作家さんの小説は、やっぱり長編のほうが面白いという結論に達しました。

★★☆

 ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟ ∟

はなとゆめ (角川文庫) 冲方丁

2013年に単行本、2016年に文庫化された、平安時代絵巻風で、主人公というか語り手が清少納言という変わった趣向の長編小説です。

清少納言と言えば、今から1000年ほど前の西暦1000年頃に、都(京都)で活躍していた女流歌人であり「枕草子」で有名です。同世代には「源氏物語」の紫式部などもいます。二人に直接の接点はなかったようですけど。

その他の有名人では、陰陽師の安倍晴明がちょっと出てきたりします。平安時代の寵児ですね。

著者の作品は、過去に時代物の「天地明察」とSF物の「マルドゥック・スクランブル圧縮」の2作品を読んでいますが、今回の作品含め、3作品はいずれも共通性がまったくないもので、著者の多才ぶりがよくわかります。

「天地明察」2014年2月前半の読書
「マルドゥック・スクランブル圧縮」2016年8月後半の読書

内容は、清少納言というあだ名が付けられた経緯や、代表作とされる随筆「枕草子」が書かれるゆえんとそのタイトルの話しなど。

「枕草子」は、中国の司馬遷が編集した「史記」から「敷物」を連想し、「敷物≒寝具」には「枕」が似合うという言葉遊び(しゃれ)からという説をとっています(諸説あり)。草子は冊子という意味です。

それにしても「清少納言:枕草子」は、日本の青少年が学校で習う定番ですが、その人物のことや、書かれた背景を知っている人はごくわずかでしょう。

今では古い資料を見て推定するしかないものの、さすがに千年以上前の資料が新しく発見されることはあまり考えられず、こうした作家さんが考えた小説が人気を博し、また映画など映像化もされていくようになると、やがてはこれが通例となっていくのかも知れません。

★★☆

【関連リンク】
 1月後半の読書 本能寺の変 四二七年目の真実、欲しい、アキラとあきら、ひとり暮らし
 1月前半の読書 未来の年表 、約束の海、ハサミ男、さがしもの、しゃぼん玉
 12月後半の読書 豆の上で眠る、八月十五日に吹く風、定年後のリアル、あのひとは蜘蛛を潰せない、抱擁家族
 12月前半の読書 ベルカ、吠えないのか?、地下街の雨、イノセント・デイズ、明智左馬助の恋、人生はすべて「逆」を行け
 11月後半の読書 ハリー・クバート事件、とにかくうちに帰ります、代償、介護ビジネスの罠、黒冷水
 11月前半の読書 孤舟、天使の卵 エンジェルス・エッグ、社会人大学人見知り学部卒業見込、沈黙の町で、流れ星が消えないうちに



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1304
都市部の通勤時の電車の混雑は相変わらずと言ったところですが、小田急のように複々線化をして混雑緩和と電車遅延防止に大きな効果を上げているところもあり、新しく住まいを探すときには、避けようがなく今後何十年と続く通勤のことを考え、どの沿線に住むかというのは大きな検討の要素となります。

その小田急は2016年度の混雑率が192%という、首都圏の鉄道混雑率で堂々トップ3に入るひどい混雑ぶりでしたが、複々線化のあとは151%と41位にまで大きく下がりました。素晴らしい!お見事です。

できれば私が小田急線をよく利用していた、1990年代に混雑緩和を果たしてもらいたかった、、、

首都圏の鉄道混雑率2017年度(東洋経済)


首都圏の鉄道混雑率のトップは、もうお馴染みとなっている悪名高き地下鉄東西線で199%。

東西線は元々JR総武線の混雑緩和の目的で作られた路線ですが、比較的安くて住みやすいエリアを沿線に抱え、一気に人口が増加したため、総武線以上の混雑tとなってしまいました。

東西線では混雑のせいで電車の窓ガラスが割れるという事故もしばしば起きていて、そうしたことを含め、一旦故障や事故などが起きると、沿線の駅は人であふれ、まるで地獄絵図の様相を毎度展開しています。

2位はJR総武線(各駅停車)で197%。総武線はずっと地上を走っているので、外の景色が見られ、まだ気も紛れやすいし、真っ暗な地下でノロノロ運転される地下鉄よりはストレスも溜まりにくいでしょう。

そして私もよくお世話になっている混雑率ランキング上位の常連のひとつ東急田園都市線は、2017年度も前年と同様トップ10入りして8位の混雑率185%となっています。

関東に住む中年以上の人ならよく知っているとおり、田園都市線沿いの横浜市の郊外エリアは、1983年から放送された大ヒットテレビドラマ「金曜日の妻たちへ」通称「金妻」の舞台となった人気エリアで、今で言えばベイエリアの高層タワーや、多摩川沿いの二子多摩川や武蔵小杉に人気が集まるのと同様、多くの人が、お洒落なたまプラーザやあざみ野へ、我も我もと集まってきたところです。

当時、その田園都市線エリアのマンションや一戸建てを購入した層は、団塊世代とその前後に多く、現在は仕事から引退し、家やマンションは築30年が過ぎ、人も家も老朽化が目立ってきているエリアでもあります。

以前から、「このエリアに住むのは団塊世代が多いので、2010年前後に団塊世代が一斉に退職した後は、田園都市線は90年代の頃の無茶苦茶な混雑から徐々に空いていくだろう」と言われていました。

ところが、どうしてどうして、まったく混雑は緩和されません。

その理由のひとつに、平成以降、景気減速もあってか、その引退した団塊世代の子供達、いわゆる団塊ジュニア層が独り立ちせず、親の家にパラサイトしていて、結局は電車の混雑は緩和することもなく、世代が入れ替わっただけという結果になっています。

昨年12月には、帰宅ラッシュ時に窓ガラスが割れるという事故も発生しました。

東急田園都市線でドアのガラスが破損(FNN PRIME)
東京・渋谷駅に停車中だった東急田園都市線の満員電車の窓ガラスが10日、突如破損した。クモの巣状にヒビが入り、中央には割れた穴。この神奈川方面行の電車が回送になったことで、帰宅ラッシュ時の渋谷駅はまさに大混雑のパニック状態となった

田園都市線は、いま以上の増便は難しく、朝のラッシュアワーではいつも前の電車がつかえ、ノロノロ運転が日常化しています。

これが解決できるのは、団塊ジュニア世代が順次引退していく2030年以降ということになりますかね。

【関連リンク】
1273 働き方改革と通勤定期
628 優先席に思うこと
449 電車の事故遅延について
396 濡れた傘の行方




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1303
アラフォー・クライシス」とも呼ばれていますが、就職氷河期世代が今後日本の行く末にマイナス面で大きく関係してくると言われています。

私が勝手に煽っているのではなく、NHKをはじめとするマスメディアや評論家、学者先生方が言っているのです。

アラフォー・クライシス(NHK)

氷河期世代没落で生活保護費30兆円増、衝撃の未来図(ダイヤモンドオンライン)

概略を書いておくと、現在アラフォー(40歳前後)の人が学校を卒業する時、ちょうどバブル崩壊後の就職氷河期にあたり、正社員の雇用が狭き門だったり、給与水準が高く、教育制度等が整っている大企業へ就職できた人が減少した世代が、今後高齢化すると起きてくる問題を懸念していると言うことです。

その1993年から2005年頃の就職氷河期世代(1970年~1983年生まれ)というと、現在は35歳から48歳になっています。本来だと、結婚していて子供もでき、そろそろ家でも買ってという時期です。

人口が特に多い層が初めに出現した団塊世代(1947年~1949年生まれ)、そしてその団塊世代の子供達の団塊ジュニア世代(1971年~1974年生まれ)は、明らかに突出して人口が増えましたが、その次の団塊3世が本来できたはずのところ、これが綺麗に消滅しています。

その原因は様々に言われていますが、そのひとつには、団塊ジュニア世代の一部が、上記の「就職氷河期とかぶってしまった故、結婚できない、子供を持てない人が多い」という理由も影響していると思われます。

統計資料から、世代別にどのぐらいの金融資産を持っているかをみてみます。注目すべきは超氷河期世代を含む30代後半と40代です。





中央値と平均値の年代差額


通常は、20代で就職し、30代、40代と収入が上がっていき、40代後半か50代前半頃に収入のピークを迎え、その後は下がり、60代で退職金を得て終わります。

この表とグラフは収入額ではなく、預金など金融資産額ですので、その多くは貯金や株式など債権投資の額です。

30代、40代、50代は子供の教育費を支払ったり、自宅の購入資金などで、貯金額が大きく変動する可能性がありますが、それにしても、30代と40代の金融資産額に変化(差)がないのに対して、40代と50代の間には大きな差がついていることが特徴としてわかります。

50代と60代で差が付いているのは、60代でまとまった退職金を手にする人が多いので、これは差が付いて当然と言えますが、40代と50代の差の理由は明らかではありません。

10年ごとの各年代ごとに、金融資産の中央値を見ると、各年代でおよそ100万円ずつ増加していくようで、30代で200万円、40代では本来なら300万円のところ220万円とわずか20万円しか増えていません。そして50代では400万円と元のペースに戻ります。つまり現在の40代でなんらかの大きな出費があったのか、元々収入や貯金が少ないのでは?と考えられます。

個人資産だけの問題であれば、それほど日本全体でみて大きな問題とは思えないのですが、心配なのは、正社員に就けなかった人や、収入が低い企業に就職せざるを得なかった人達が、所得や貯蓄が少なく、持ち家をあきらめ、ずっと安い賃貸住宅に住み続けているケースが増加傾向にあったとすると、年齢が高くなる今後大きなインパクトをもたらすように思えます。

持ち家か、賃貸か?という議論はずっとあり、それはライフスタイルに合わせてどちらを選んでも自由で、どちらが良いとか悪いとかという話しではありません。

ただ、25年前と比較すると、60歳以上は持ち家率は横ばいか、上昇しているのに、50歳以下は軒並み持ち家率は減少していて、特に30代から40代半ば以下の持ち家率は10%以上大きく減少しています。

これはどういうことかと言うと、従来の持ち家という価値観が薄まり、自由に転居ができる賃貸派が増えたという価値観の変化もあるでしょうけど、それだけではなく、欲しくてもこの年代の人が買えなくなってきていると思われます。

しかし、そうした賃貸派の人も、自分が60歳を過ぎ、仕事を引退したあとも、同じように賃貸住宅を終の棲家として過ごすイメージを持っているでしょうか?

すでに高齢者、特に独居高齢者お断りの賃貸住宅が多くあり、また軽度でも認知症など患っていると、火事のリスクが高まるので、契約更新ができなくなるという問題も起きています。親しい近親者が近くにいないと賃貸契約保証人の問題もあります。

そして今後減少が見込まれる年金の中から、賃貸住宅費用を毎月支払い続けないとならないことで、高齢者の貧困化が加速していきそうです。

もし持ち家であれば、30~40年後、例え価格が大きく下落していたとしても、少なくとも誰に気兼ねすることなく住む家はあり、また最悪そこを売って、そのお金で地方や郊外の老夫婦向けの手頃で安いマンションを購入することもできます。

多くの金融機関がおこなっているリバースモーゲージは、住んでいる住宅を担保にして、お金を借り、亡くなった後にその担保(不動産)を処分して返済するシステムで、持ち家の人の最後の手段としては有効に活用できます。

もちろん、今後増えていく空き家を使った賃貸の高齢者住宅やシェアハウスなど、賃貸派向けの高齢者住宅も整備されていくでしょうけど、若いときは地域のつながりはほとんど気にしない人でも、高齢者になると、近所の知り合いや仲間というのが、とても大切になってきます。

男性はともかく、特に女性の場合、ご近所や地域との関係や縁は深く、旦那が思いつきで田舎へ引っ越ししたくても「勝手にひとりでどうぞ」と言われかねません。

つまり自分のライフプランに合わせ、賃貸だから気軽にどこへでも引っ越しできるというのは若い間だけできるってことです。

昔なら、子供が何人かいて、その子供達が親の生活や経済の面倒を見てくれるというのが普通にありましたが、今の若い人が安定した収入を得て、親を養っていけるほどの経済力があるとも思えません。

親の年金にすがって生きる、引きこもりの若い人が何百万人といるぐらいです。

持ち家はなくても、持ち家を買えるだけの資産はちゃんと貯めてきたというのなら心配はありませんが、買えなかった、貯金はない、となった時、その人が高齢者になって働かなくなった時に待ち受けているのは、あまり想像をしたくない状況で、安く貸してくれる賃貸を探して放浪する旅となってしまいそうです。


【関連リンク】
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変形性股関節症とその後に待ち受ける人工股関節についての話しを、一経験者から書いておきたいと思います。

昨年12月に芸能人のエスパー伊東さん(57歳)が、変形性股関節症で芸能活動を休止し、手術をおこなうという話しがありましたが、50代の男性でも変形性股関節症になるということが一般世間で認識されたことはよかったと思います。

“引退”撤回したエスパー伊東さんが患った「右変形性股関節症」とは?(FNN PRIME)

あとこの1月にはプロテニスプレーヤーでグランドスラムも達成したことがある元世界ランク1位のアンディ・マレー(31歳)が人工股関節置換手術をおこなったという発表がありました。

マレーが手術を報告、痛みが終わるように願う(テニスマガジン)

股関節の故障の原因は書かれていないので変形性股関節症かどうか不明ですが、31歳で人工股関節へ置換手術したということで、若くして股関節痛に悩む人に勇気を与えるのではないでしょうか。

また、昨年暮れには当ブログで人工股関節手術のことを読まれ、この1月に置換手術をするという50代男性から、「記事が参考になった」とメールをいただきました。このように反応をいただけるのはうれしいことです。

  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

さて、7年前、私が50代前半の時、整形外科の医師に問診で、股関節唇損傷など変形性股関節症だと思うと申告しても、「50代男性で変形性股関節症になる人はいない」と、まったく信用されず、レントゲンをみて初めて渋々認めてくれたという嘘みたいな本当の話があります。

医者にもよるでしょうけど、思い込みや自分の経験が優先され、それ以外のこと、特に医学に素人の患者の意見や見立てなどは簡単には認めない頭の固い人もいます。医者は一般的に生半可な医学知識を持った素人を嫌いますから。

変形性股関節症だから必ずしも人工股関節置換手術をしなければならないわけではありませんが、痛みを我慢して、やりたいことができない、生活に不自由をきたす、気持ちが後ろ向きになることがあります。

私の場合、冬に綿の掛け布団をかけて寝ていると、寝返りしたくて身体の向きを変えようとしても、股関節が痛くてそれができないということに毎日腹立たしさを感じていました。

また旅先などで、部屋が和室で畳の上の布団で寝ると、朝になってひとりで起き上がる(立ち上がる)ことができません。和食のお店で、座敷に正座やあぐらを組んで座ることもできません。

自分の行動に制限ができてしまうこと以外に、周囲の人に気を遣わせたり、痛みが出ることで表情が暗くなってしまうなど、まわりに与える影響もでてきます。

それなら思い切って人工股関節手術をすることで、痛みがない元気な頃の自分に戻るのだと考えれば、気持ちも前向きに変わり、一時的な治療やリハビリは我慢ができるようになります。

自骨を切って身体の中に人工物を埋め込むというイメージは「できれば避けたい」と思うのは普通の感覚で、私も最初はそうでした。できれば人工股関節のお世話にはなりたくない!と。

でもいろいろと調べてみると、人工股関節手術は決して珍しいことではなく、国内で年間6万例(1日平均164件!)ほどがおこなわれているたいへんポピュラーな手術です。

人工股関節先進国のアメリカでは年間20万例以上(人口は2倍、術例は3倍以上)で、年齢も日本のように高齢者中心ではなく比較的若い層も痛みがあれば、どんどん手術をおこなっているようです。

あと、人工股関節にすると、もうスポーツはできないと思っている人がいますが、確かにラグビーとか柔道のように衝撃が激しいスポーツはともかく、テニスやゴルフ、バレーダンス、ジョギング、自転車などのスポーツは現在ではほとんど問題がありませんし、そうしたスポーツでは、現役のプロ選手で人工股関節を入れて活躍している人もいます。

私の経験では、術後1年間は弱っている足の筋肉を速歩で歩くウォーキングとストレッチで強化し、さらに長く運動らしい運動をしてこなかったために弱っている心肺機能も高め、1年経過後の検査で異常がないことを確認してからは、医者と相談してゴルフや軽いジョギング、軽い山登りなどスポーツを楽しんでいます。

ということで、これから日本では高齢者が増えていきますので、自然と人工股関節置換手術も今まで以上に増えていきポピュラーな手術となっていくでしょう。

そして、現在唯一のネックとなっているのが、人工股関節(インプラント)の耐久性という問題で、若くして置換手術をすると、再置換手術をしなければならなくなると言われています。

しかしそのインプラントも日進月歩していて、現在では20年を超える耐久性はあり、事例がまだ少ないものの、使い方によっては30年以上も可能と言われている製品もあります。数年後にはほぼ半永久的という製品が出てきても不思議ではありません。

人工股関節は、いまや30年以上の耐久性を期待されるほど進歩しています(特定医療法人 朋仁会 整形外科 北新東病院 佐々木拓郎先生)

人工股関節置換手術も、10年前だと、入院期間1ヶ月とかが普通でしたが、現在はアメリカでは術後4~5日で退院というのが当たり前、日本でも片足だけの手術の場合、術後1~2週間で退院というのが多くなってきました。

ひとり住まいの人など、自宅では療養生活が心配で、長く入院していたいという人もいるでしょうから、その人の生活環境にもよるとは思いますが、入院費用や家族の負担、自由さなどから早期に退院ができるのはメリットがあります。

そしてよく心配ネタにされるのが、人工股関節がなにかの衝撃で外れてしまう脱臼のリスクを言う人がいます。

これは手術方法や、患部の状況などにもよるとは思いますが、通常なら、術後半年以上経過すればまず問題とならないレベルと思って良いみたいです。

自分の骨でも強い衝撃で脱臼することはあり得ます。それと同程度と思えば良いと聞きました。

つまり階段で転倒するとか、自動車事故のように思わぬ方向から強い衝撃を受けるとかそういう時に健常者でも骨折や脱臼するのと同様の強度が人工関節にもあるということです。

禁忌肢位と言う、術後にとってはいけない姿勢というのも、以前はよく言われていましたが、最近の先進的な病院の手術では、それもほとんどなくなっていて、術後2日目ぐらいのリハビリで、理学療法士から「ハイ、それでは正座してみましょうか!」と言われます。もちろん足を組むのもヨガ的なストレッチもどんな体勢も平気です。

但し今でも禁忌肢位を定めている医師や病院もあるでしょうから、どこでもOKというわけではありません。

あと、手術を受ける年齢ですが、一般的には再置換の可能性を減らすため60歳以上が望ましいと言われていますが、個人的には、ひどく痛むときが替え時と思っています。

理由としては、
1.痛みで行動が制限されるより、早く治して元気な生活がおくれることが大事
2.若い時の方が治りも早く、筋肉強化もしやすい(早く歩けるようになる)
3.再置換するとしても20年後、30年後の手術がどうなっているか不明(医療技術は進歩するので日帰り手術なんてものがあるかも)
4.痛みが消えると気持ちが明るく前向きになります

2.をちょっと補足しておくと、手術の後のリハビリルームで、同様の手術をした高齢の患者さんは、長いあいだ歩く運動をしてこなかったためか、歩こうという意志が乏しく、痛みがなければずっと車椅子でいいんだ、みたいなことを言う人もいらっしゃいました。

せっかく痛みが取れたのですから、自分の足で歩いて、生活を楽しみたいものです。それには若いときのほうが筋肉もついていて治りも早く、リハビリにも身が入ります。

リハビリが苦痛みたいなことをブログに書いている人もいますが、私は元々の長い変形性股関節症の痛みと比べると、リハビリはまったく苦痛ではありませんでした。日々良くなっていくのが体感的にわかりますので。

それよりも、衰えてしまった筋肉を早くつけて、昔のようにサクサク歩いたり、小走りができるようになりたいと前向きになりました。それもまだ若く元気なうちだったからできたことかも知れません。

少し古いのですが、医療関係者向けと思われる「変形性股関節症」の資料が公開されていますので、ご参考まで。
変形性股関節症診療ガイドライン2016


【過去からの経緯】
◎2002年頃 
歩くとき右足全体に痛み。クルマに乗降するとき左足を上げて右足が軸になってひねると強い痛み

◎2004年6月
自宅近所の内科クリニックで検査(母親が罹患していたリウマチを疑った)も異常なし

◎2004年10月
近所の総合病院整形外科で受診するも異常なし。筋肉痛と診断

◎2012年4月
ダウンタウンの松本人志(当時46歳)が、股関節唇損傷で2010年に手術をしたという記事を読み、その時の痛みの話しが「自分の症状とよく似ている!」と思い、近所の整形外科クリニックを受診。
その際事前の問診で「股関節唇損傷」じゃないかと強く説明するも「あり得ない」「違うだろう」と医者から一笑に付されるが、レントゲン撮影をすると「股関節唇損傷」を含む「臼蓋形成不全」、総合的には「変形性股関節症」と診断。
50代男性での変形性股関節症は珍しく、見逃されやすいということ。医者はなにか納得がいかず不満そう。
その後は医師の指導で体重を落とし、保存療法に努めるも徐々に痛みは激しくなる。

◎2016年5月
右側の足の痛みが我慢できなくなり、ネットで人工股関節の術例が多くあり、股関節外来のある総合病院を調べ、電話で予約して受診。診断の結果「両側変形性股関節症末期」。痛みが股関節由来であることを確かめるため、股関節に麻酔をうち痛みが消失したことを確認する。痛みのある右側だけの人工股関節置換手術を要望し、事前の検査及び手術の日程を決める。

◎2016年7月
右側股関節置換手術。術後8日目に退院(入院期間は10日)、術後19日目(退院後11日目)に仕事復帰

◎2017年7月
術後1年検診の際に、痛みが激しくなった左側の手術を依頼し、検査及び手術日程を決める

◎2017年10月
左側股関節置換手術。術後8日目に退院、術後16日目(退院後8日目)に仕事復帰

手術後は、初年度は3ヶ月後、6ヶ月後、1年後にレントゲンを撮影しての人工股関節に異常がないかの検査があり、その後は1年ごとに同様の検査が(たぶん)死ぬまで続きます。

できるのならば、自分が死んで火葬場で灰になったとき、焼け残るチタン製の人工関節を手に取って「よく頑張ってくれた」と礼を言いたいところですが、、、できませんね。


【関連リンク】
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1150 人工股関節全置換手術とVIP舛添要一さん
1146 人工股関節置換手術1年検診
1137 人工股関節、人工膝関節の寿命と再置換
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